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ピーター・マックス

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キャプテンアメリカは時計を捨てたけど、この時計を眺めてると時間を捨てられますw

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Peter Maxとの出会い

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ピーターマックスとの出会いは、んー今から30年くらい前までさかのぼりますか。。


                            ★   ★   ★


それは、ワタシがはなたれ小学校低学年の頃。
かーちゃんと叔母さんのウチに行って、大学生のイトコのにーちゃんと遊んだんですが、その時に見せてもらった絵本が、こちらの日本版(片岡義男さんの訳本)だったのです。
その時は

「なんじゃこりゃ。。ワケわかんない;;」

っていうのが、正直な感想。。
絵もハナシもぐちゃぐちゃカオス状態です。
でも色はキレイだなぁと思ったのは、覚えています。


その後、中学生になってビートルズを聴いていた頃に、イエローサブマリンの絵を見て、

「あっあの絵本のだ!」

と思ったのがきっかけで、興味を持ち出したんですね。
(あの絵本のじゃなかったんですけど^^;)


ほんで高校のとき、図書館で見た洋書の美術年間で、また再会することになります。
ニューヨーク近代美術館収蔵のポップアートの代表的作品のページに、彼の「キャプテン・ミッドナイト」や「Love」が載っていたのでした。

「うおおお!かっちょえー!!」

それ以来、脳内でPsy系回路が活性化し、現在に至っておるという次第で。。^^;


                            ★   ★   ★


そんなサイケ人生のキッカケになった絵本「GOD」
記念碑的なモノですが、ハッキリ言ってこれは大した作品ではありません。
大人になって入手しても、幼少のみぎり受けた印象どおり、評価は変わりませんでした。
代表作数点転載+落書きという感じです。
他で例えれば、ジミが68年以降レコードプラントで延々垂れ流してる、壊れたブルーズジャムみたいなもので、彼の脳内からこぼれ落ちた白昼夢の断片に過ぎません。
まーピーター・マックス自身、サティアン系に走って壊れだした時期ですから、ムリもないです。
彼の本当に素晴らしい時期は、66〜69年頃のたった3年足らずなのでした。。

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その他ピーター・マックスの灰皿を蔵から引っ張り出しましたー。
どれも彼の代表作がプリントされてます。


「Smile」

「Star Runner」

「Runner On Red」

「Butterfly」


peter maxのサイケ宇宙は、単なる紙ベースのグラフィック・アートを超え、家具、電化製品、服飾、キッチン用品、生活雑貨、嗜好品などなど、ありとあらゆる分野のデザインを積極的に手がけました。

日常空間が美しいもの、HIPなもので満たされていれば、ヒトビトの美意識も高くなり、人間性の豊かな社会につながって行く。。という考え方ですね。

芸術家が、日常生活品にこれほど深く、大量に関わった例はかつてなかったのではないかと思います。

まさにピーターマックスは、アプライド・アートの先駆者、実践者と言えるでしょう^^

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と、いきたいところですが、ワタシは煙草すいません。
他の煙もすいません^^;
いつもはティースプーン置きとかに、てきとーに使っております。


非常に有名な"Love"のアッシュトレイですが、実はこれはコピーキャットです。
90年代中頃に製造され日本でも流通していましたが、当時はまだpeter maxは忘れ去られた存在でしたから売れなくて、最終的にはかなり安価で出回ってました。


本物との比較写真を載せたいのですが、だいぶ前に売れてしまったので、いま手元にありません。
見分け方は、本物の方が角の仕上げがちょっと丸っこくて、裏の刻印の文字が細く弱々しいといったトコです。
まだたまーにヤフオクでも見かけるので、本物だと思って高額落札しないようにご注意!!

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なんか最近ピーター・マックスがちょっと流行っているみたい。。(・へ・;)ウーム
どうもネタ切れの雑誌媒体が採り上げて、服飾の世界だけでの一過性の評価みたいで複雑ですね。。



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ピーター・マックスの世界を語る上で非常に重要なのは、そのバックボーンです。
彼は1937年にベルリンで生まれ、上海で少年時代を過ごし、チベット、イスラエル、南アフリカ、フランス等の国々を転々とし、1953年にニューヨークに移り住みます。
それから天文学者になろうと志しますが、高校時代に絵画、デザインに興味を持ち、デザインの専門学校に進みます。
そして1962年に念願の自分のデザインスタジオを持ち、まもなく数多くのデザイン賞を取り、各界から注目される存在になった。。というのが序章までの歩みです。



彼の60年代の作品に見られるシンメトリー主義はまるでサイケ曼荼羅ですが、こうした世界は、
「少年時代に過ごしたアジア圏の伝統文化に大きくインスパイアされた」
と、本人がインタビューで語っています。
もう一つの大きなテーマであるスペイシーな世界は、MAX少年の頭の中で無限に広がるサイケ宇宙。
見えないものを具現化しようとすることで、価値観が縛られてしまうと思いきや、
彼の狂おしいまでの強烈な色彩感覚、激しく力強いPOP感覚に目を眩まされ、
人々はそこにそれぞれの価値観を見出して行ったのだと思います。
旧態然とした観念への破壊衝動は、それぞれの時代に様々な形で存在しましたが、
60年代後半のは、閃光のごとく七色に輝き、あっと言う間に燃え尽きてしまったのでしょう。。



                         ★      ★      ★



写真は、そんな破壊的にPOPな60年代の時計たちです♪
様々な文化が織り成すサイケ万華鏡が刻む時。。
こんな時計を部屋に飾ったら、それはそれはサイケな生活を過ごせそうー^^

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