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去年の暮れに、肘を骨折。
なんか、この骨折の話だけでも、ネタになる話盛りだくさんだけど、、(笑)
さて、ギブスも取れて、肘の動きもそれなりに元通りなったので、
久々に自転車で競技場へ、出発ーーっ!!
実は、競技場に行く途中で事故って、骨折したので、
そのトラウマで、「まだ事故にあうのかな」って、競技場につくまで、
けっこう不安だった。でも、無事到着!!
いつもは自宅から40分のところが、50分かかってるんで、
やっぱり、一ヶ月も走ってないとけっこう衰えるなって思うとともに、
別段、疲れもなくぴんぴんしてるんで逆に困った。(笑)
というのは、「どうせ疲れて、行って帰ってくるまでの体力しかないだろう!!」って、踏んでた。
なんで、練習予定なんかさらさら考えないで競技場に来てしまった。
「さあて、どうしたもんだろうか、、」と誰もいない競技場に立ちつくす。
そのうち、Tくんがきたんで、一緒にアップ。
アップが終わって、ストレッチが終わると、また、僕は呆然と競技場にたちつくす。
(さーて、何をやろうか、、)
わりに陸上というと、バンバンただ走ってるだけのように受け止められてる。
そういう人から見ると、「走ればいいじゃん」ってなるだろうが、そういうものではない。
陸上競技は、野球や他のスポーツと比べて、シンプルであるが故に、「走りの感覚」というものがものすごく大事になる。
この感覚がわずかに違うだけで、走りも変わってしまう。
ちょっとしたことで、自分の走りが変わってくのが陸上の面白いところだが、
逆に悪くもなるのが陸上の難しいところだ。
しかも、脳とは面白いもので、しばらく動かなくて身体が動かなくなっても、
動くとき身体の状態を前提として、指示を出してしまう。
身近な例では、物を取ろうとして(たいして意識したわけでもないのに)身体をねじって、腰いためたとか。
わずかな身体の動きの差であるが、特に陸上だとしゃれにならないことがある。
こういうときに、足捻挫したり、肉離れとかよくおこる。
体調(特に筋肉)は、日々刻々と変化する。
にもかかわらず、同じその人の走りを実現しているというのは、
「走りの感覚」を元に、「身体の状態」との微妙な調整が行われているからだ。
この感覚を感じうるのは、本人のみであり、超個人的なこと故に表現もしずらい。
さらに、身体の変化に合わせて、この「走りの感覚」も変化していく。しかも、このわずかな変化が走りを変えてしまう。
それだけに、わりに安易に陸上をやられたことがない方が、
「たたが、ちょっとしたことじゃん。」といって、
短距離選手をマラソンや駅伝にさそったら、思わぬ抵抗にあって驚かれることがあると思うが。
短距離に限らず、陸上選手が自分の専門種目から逸脱した種目をやりたがらないのは、
この微妙繊細な「走りの感覚」がそのことで狂うことを嫌っているということも、
背景には一因としてあることも、わかってもらいたい。
さて、僕は少し、ドリルやって、100mを流しで休みいれながら5本走ってみた。
1、2本目がおかしいのは、僕は走りながら感覚を調整していくので、おかしいのはいつものこと。
3本、4本と走っても、自分で笑えるほどおかしな走りしてるのがわかる。
しばらく頭を抱えて、なんでそんな走りになるのか考え込む。
5本目はいくらかましになったが、片足の膝と足首が痛くなってきたので辞めた。
しばらく走ってなかったのと寒さのせいで、動きが悪くなって、まともに走ったときの衝撃が来たのだろう。
あとは、ハードル使ったドリルを20分ばかりやって、また軽く走っておしまい。
なんとか調整を入れて、感覚にあわせようとするのだが。
なんか、休んでる間にそれなりにトレーニングはやってたから、動きの良くなった部分と、
逆に走ってなくて動きの悪くなってる部分があいまって、僕の脳の処理能力では1回の練習では無理だとわかった。
もう、2、3回練習して、やっと走りがそれなりになるだろうな、、
帰りに、Tくんがやけに今日はドリルやってるのと、走りに精彩がないので聞いたら、
2週間ぶりの練習とのこと。
やっぱり、この「走りの感覚」って、難しいなってつくづく思った。
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