飯田トレーナーの「ボクシングあれこれ」

ボクシングに関する話題を思うがままに書きたいと思います

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
エミール・グリフィス。1938年生まれ。元世界ウェルター級、ミドル級チャンピオン。
1961年4月、世界ウェルター級チャンピオン、ベニー・パレットに挑戦し13R KO勝ちで王座を獲得。しかし9月の再戦で判定負けし王座から陥落した。
1962年3月パレットに再挑戦し12R TKO勝ちで王座奪還。しかしパレットはリング上で昏睡状態となり病院に搬送。意識が戻ることはなく10日後に死去した。試合を放送したABCはこのリング禍によってボクシング放送から撤退を決めた。他の地上波放送局も後に続き地上波テレビ局がボクシング中継を再開するのは1970年代になる。
1963年12時にはノンタイトル戦でルービン・ハリケーン・カーターと対戦し初回 TKO負けを喫している。
1966年4月には世界ミドル級王者ディック・タイガーに挑戦。15R判定勝ちで2階級制覇を達成した。
他にもホセ・ナポレスやカルロス・モンソンとも対戦歴がある。

iPhoneから送信
エルビス・アルバレス。1965年生まれ。元WBO、 WBA世界フライ級チャンピオン。
コロンビア出身のサウスポー。
1989年3月、新団体のWBO世界フライ級王座決定戦に20戦目にして出場。ミゲル・メルセデスにユナニマスの判定で勝利し王座獲得。しかしこのタイトルは1度も防衛せず返上した。
1991年3月、東京武道館で WBA世界フライ級チャンピオンのレパード玉熊に挑戦。ユナニマスの判定勝ちで WBAタイトルを獲得。しかし6月にソウルで行われた初防衛戦で金容江に判定負けで王座を明け渡した。
1994年1月、2階級制覇を目指し WBA世界バンタム級王者ジュニア・ジョーンズに挑戦したが判定負けし王座獲得はならなかった。この試合を最後に引退した。
1995年7月母国コロンビアでトラブルに巻き込まれ射殺されその生涯を閉じた。
そういう話、よく聞くけどコロンビアって物騒だな。

iPhoneから送信
高橋良輔。1973年生まれ。元OPBF東洋太平洋クルーザー級チャンピオン。
身長183cmとヘビー級としては小柄ながらも左フックと右カウンターを武器にフォースカップヘビー級トーナメントで優勝。
2003年、7月に東洋太平洋ランカー、モセシ・カビカに判定勝ちしヘビー級で東洋太平洋ランカーとなる。
2005年3月、日本人として初めてオケロ・ピーターの持つOPBF東洋太平洋ヘビー級に挑戦したが3R TKOに敗れる。
2006年12月、階級を一つ下げてクルーザー級でOPBF東洋太平洋チャンピオン、ナーミン・サバノビックに挑戦。3Rに左フックでダウンを奪い判定勝ち。西島洋介山に次いで日本人2人目のOPBF東洋太平洋クルーザー級チャンピオンとなった。
このタイトルは2007年6月のドミニク・ベアとの初防衛で眼筋麻痺の影響もあり8R TKO負けで王座陥落。
現在は『闘争心プログラム』を主催しパーソナルトレーニングを展開している。

iPhoneから送信
ジャーシー・ジョー・ウォルコット。1914年生まれ。元NBA世界ヘビー級チャンピオン。
本名はアーノルド・レイモンド・クリーム。バルバドス島の悪魔と言われたウェルター級チャンピオン、ジョー・ウォルコットに憧れてリングネームにしていたという。
1947年12月、ジョー・ルイスの持つ世界ヘビー級タイトルに挑戦するが判定負け。翌年、再びジョー・ルイスに挑戦するが11R KO負け。
1949年、空位のNBA世界ヘビー級タイトルをエザード・チャールズと争うが判定負け。
1951年3月、エザード・チャールズの持つタイトルに再び挑戦するが判定負け。
同年7月、再度エザード・チャールズに挑戦し7R KOでタイトル獲得。この時の年齢は37歳6ヶ月でジョージ・フォアマンに破られるまでヘビー級の最年長奪取記録だった。
このタイトルは1952年9月、ロッキー・マルシアノに13R KOで敗れ失った。
翌年、ロッキー・マルシアノに挑戦したが1R KO負けし引退した。





iPhoneから送信
ミゲル・カント。1948年生まれ。元WBC世界フライ級チャンピオン。
1969年2月のプロデビュー戦は3R TKO負けのスタートながらキャリアを積みながら実力をつけ1973年
40戦目にして世界初挑戦。空位のベツリオ・ゴンザレスと空位のWBC世界フライ級タイトルを争うも15R判定負け。王座獲得はならなかった。
しかし1975年1月、ベツリオ・ゴンザレスを降してチャンピオンになった小熊正二に挑み15R判定勝ち。47戦目のことだった。このタイトルはベツリオ・ゴンザレス、花形進などを含めて当時の世界フライ級史上最多となる14度の防衛を果たした。
カントのトレーナーはヘスス・リベロ。一言居士で偏屈者とも言われていて袂を別つボクサーも多いがカントは最後までリベロの指導を受けた。

iPhoneから送信

.
ボクシングトレーナー飯田
ボクシングトレーナー飯田
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

標準グループ

登録されていません

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事