飯田トレーナーの「ボクシングあれこれ」

ボクシングに関する話題を思うがままに書きたいと思います

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明日は! ケータイ投稿記事

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金子ジムの今年の初試合。

渡辺大地がスーパーライト級でプロ2戦目にのぞみます。

写真、向かって左が渡辺大地。向かって右の日本ランカー藤中周作ともスパーを積んできました。

明日、6時開始の第4試合。
頑張ります。

実家で発見したもの ケータイ投稿記事

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正月に実家に行った時に親父か「まだおまえの物があった」と雑誌とコンビニ袋を出してきた。
雑誌類はブルース・リー関係だったので置いといてもらう事にした。
コンビニ袋の中を見ると昔の手紙類が多数入っていた。
間違って現金でも入ってないか漁っていたらこんなものが。

俺の現役最後の年のライセンス。昔はこんなだったんだよな。
RINGWEIGHTがなぜかJr.Feather。
これライセンスとった1987年からそうで最初はフライ級、最後でもバンタムで一回もこの階級でやった事ないのにここの表記は変わらなかったな。

しかしライセンスにこの写真使うかね。なんか寝癖がついたような頭の中して。当時はあんまりこだわってなかったんだろうね。



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1月27日 ケータイ投稿記事

今朝、新聞の日付の1月27日という文字を見た時、ある人物が頭に浮かびました。
飯泉健二氏である。1月27日は飯泉健二氏の誕生日です。
なぜ、覚えているかというと、まだ俺が高校時代ダイナミックグローブでマーク堀越対飯泉健二の試合を見た。昭和61年4月だったと思います。
当時、まだ飯泉健二を知らず無敗の強打者マーク堀越が勝つのだろうと思って見ていました。しかし飯泉氏も確かその当時8勝7KO1敗の戦績だったはずです。しかしランクは下位。
しかし飯泉氏はマークのパンチを物ともせずグイグイ前に出てパンチを振るい7Rにスタンディングカウントを奪いその後の連打でレフェリーストップを呼び込みました。確かレフェリーは森田健だったように思います。
それから飯泉氏はA級トーナメントを制し日本タイトル戦へと向かうのだが長くなるのでこの辺で。

そんな強い印象を残した飯泉氏はボクマガやワールドのボクシング雑誌のみならず格通などにも紹介されていました。
そのプロフィールに生年月日が書いてあり昭和42年1月27日とありました。テレビ中継でもアナウンサーが弱冠19歳と言っていたように思います。

昭和44年3月生まれの俺とあまり変わらないじゃんと鮮烈に思い記憶に残った。という訳です。


そんな飯泉氏とも面識ができ何度かあって話した事もあるので僭越ながらLINEで誕生日おめでとうございますと送ったら『よく覚えてますね』と。そして『ありがとうございます。ブログみてますよ〜』とも。

なんか嬉しくなって書いてしまいました。

飯泉さん、無断で名前出して申し訳ありません。お許し下さい。

でも飯泉さん、相変わらずカッコいいです。

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