飯田トレーナーの「ボクシングあれこれ」

ボクシングに関する話題を思うがままに書きたいと思います

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飯泉健二。1967年生まれ。
元IBFアジアライト級チャンピオン。
1986年、タフさとラッシングパワーを武器にマーク堀越を7R KOし注目を集めその年に行われた第1回A級トーナメント、フェザー級で優勝。決勝では後のジュニアライト級チャンピオン高城正宏を7R KOに屠っている。
翌年、1月12日チャンピオンカーニバルで時の日本フェザー級王者杉谷満と対戦。持ち前のハードパンチでせまるが3R右カウンターから連打を浴びスタンディングカウント。再開後も冷静な杉谷の連打からの左フックで顔面からキャンバスにダイブ。痛烈な KO負けを喫した。この試合はホールで見ていた。俺は飯泉さんのファイトスタイルが好きで絶対勝つと思っていた。あの飯泉さんが倒れる訳がないと思っていたので信じられず身体が震えた。
翌年もA級トーナメントに出場し順調に勝ち抜いて決勝は金子ジム、萩原昇氏。この試合、俺はバケツ持ちでセコンドについている。萩原さんの頑張りで試合は白熱したがパワー差は明らかで7R KOで飯泉さん再びトーナメントを集める制し翌年のチャンピオンカーニバルの出場を決めた。
チャンピオンは杉谷満。再戦となった。この試合、いつもはガッと攻める飯泉さんがやけに慎重。なかなか出れずにポイントは杉谷に流れる。この試合もホールで見ていたが客席で他の客が「飯泉〜、行けースッキリさせてくれ〜!」という歓声を聞いた。
そう飯泉さんはいつも小気味よく攻め観客にカタルシスを与えるような試合をしていた。まさにプロボクサー!
しかし試合は後半攻めたものの判定で杉谷の勝利。タイトル獲得はならなかった。
その後、1989年の文成煥との試合、6R KO勝ちしたものの試合後に網膜剥離が発覚。当時のルールで引退を余儀なくされた。
実戦のリングから遠ざかったが練習は続けIBFに参戦。
1998年にスラヤ・ケランに2RTKO勝ちしIBFアジアライト級チャンピオンとなり引退を表明した。

しかしいまだ、ビルドアップされた身体を誇る飯泉さんはまさに全身拳闘家!

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