きのうまで(3月9日・10日)、 東京の青山学院大学で開催されていた公開講演会 『渤海を掘る10 −沿海州渤海古城 クラスキノ古城の機能と性格−』 に行ってきました。 遣唐使が行き来した中国の唐と同じように、 日本と深い交流があった、古代北東アジアに存在した国、渤海。 青山学院大学がロシア科学アカデミー極東支部歴史学・考古学・民族学研究所と共同調査してきた、ロシア沿海州に所在する渤海時代の城跡、クラスキノ城跡は、 日本と渤海との交流において、使節らの渤海側の発着の場であったのではないかとみられています。 今回の講演会では、 そのクラスキノ城跡の調査に関わった日露の研究者10人が発表を行いました。 3月9日(土) 1.「クラスキノ古城発掘調査30年とロ日共同調査」 V.ボルディン(ロシア科学アカデミー極東支部歴史学・考古学・民族学研究所) 2.「考古学から見たクラスキノ土城の機能と性格」 田村晃一(青山学院大学名誉教授・東洋文庫) 3.「渤海平地城とクラスキノ城跡 −ポシエト湾周辺遺跡群の評価−」 小嶋芳孝(金沢学院大学) 4.「クラスキノ城址出土土器の特質とその意義」 中澤寛将(青森県教育庁文化財保護課) 5.「クラスキノ土城の土器」 E.ゲルマン(ロシア科学アカデミー極東支部歴史学・考古学・民族学研究所) 3月10日(日) 6.「沿海州渤海遺跡出土瓦についての一考察」 清水信行(青山学院大学) 7.「クラスキノ古城住人の生活文化」 N.レシチェンコ(ロシア科学アカデミー極東支部歴史学・考古学・民族学研究所) 8.「沿海地方クラスキノ古城 −歴史から見た特徴と機能−」 A.イブリエフ(ロシア科学アカデミー極東支部歴史学・考古学・民族学研究所) 9.「クラスキノ古城と塩州」 酒寄雅志(國學院大学栃木短期大学) 10.「交易の視角からみた渤海国」 鈴木靖民(國學院大学名誉教授・横浜市立博物館) 会場には中国古代史の研究者や西日本の古代山城の研究者など、 じつに様々な領域の研究者や学生などが50人ちかく集まり盛況でした。 発表後の質疑応答は盛り上がり1時間以上に及ぶことも…… 講演会というよりシンポジウムあるいはワークショップのような盛んな議論がたたかわされました。 下の写真は、2011年の調査の際に撮影した、 クラスキノ城跡の土塁上から見た北方の風景です。 たった2年前ですが、とても懐かしいです。 |
全体表示
[ リスト ]








渤海国との交流
志賀町は福浦港を中心として大陸との交流の玄関だった。
朝鮮半島では新羅が668年に高句麗を滅ぼし統一新羅を樹立した。698年に中国の東北からロシア極東に住んでいた「靺鞨(まっかつ)」が高句麗の遺民たちと共に唐軍を退け振国を樹立。713年に振国の大祚栄が唐から渤海郡王に封じられ、以後、渤海と称した。
位置;中国東北地方の黒龍江省、吉林省、遼寧省、北朝鮮の咸鏡北道、ロシアの沿海州
歴史;698年に建国され926年に契丹の攻撃で滅ぼされる。
渤海は当初、新羅、唐に対する牽制の意味合いから日本と頻繁な交易を図ったが、次第に儀礼的、商業的な意味合いが強くなっていった。
日本は新羅と30回以上の交流があるなど良好であったが、属国とみなしていた新羅が対等な関係を求めてきたことなどにより、渤海の要請により新羅討伐計画を立てるまでにいたる。
2018/7/19(木) 午後 9:01 [ 食品汚染がカネカ油症を生じた ]