虎箱!

姉妹ブログ「歩こう!仙台の遺跡」http://blogs.yahoo.co.jp/kroraina2

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前回のつづき。


畑に囲まれた道を北へ行くと、岩堂山が見えてきます。


岩堂山は82.2m。
神奈川県で一番低い山です。

山の北側に登り口があり、砂利道を歩くと2〜3分で頂上に着いてしまいます。
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石堂山は、大正時代から第2次大戦前に砲台の観測所が置かれていました。

陸軍東京湾要塞三崎砲台金田岩堂山観測所という名称だそうです。

今回見たのはコンクリートの低い防壁状の構築物だけでしたが、木々に囲まれた藪の中には、観測所の建物がまだ残されています。

砲台そのものは、この観測所の北東約1kmの所にあります。
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南側から先ほどの防壁状の建物を見ると、こんな感じです。

南側には畑が広がっています。
この畑で農作業してる方のトラックが山頂に停まっていたりします。
山頂に上る道は狭いですので、車とすれ違う時などはくれぐれもご注意を。
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この山の上からの眺めはとても素晴らしいです。

緑の畑が広がり、その向こうに海が見えます。

来る途中で見た風力発電の風車も見えました。


2回目の三浦の旅は、これで終わりです。
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諸磯遺跡

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前回のつづき。


黒崎の鼻を後にして、三崎口駅前までいったん戻り、南へ。

赤坂遺跡を目指します。


赤坂遺跡は、弥生時代の大集落跡で、三浦半島を代表する遺跡の一つです。
三浦市初声町三戸・下宮田に所在しており、三崎口駅から国道4号線を南へ少し行き、三戸へ行く道路との交差点付近に位置しています。

弥生時代中期から後期にかけての遺跡で、100軒以上にも上る多数の竪穴住居跡のほか、方形周溝墓も発見されており、この地域における拠点的な弥生時代集落であったと考えられています。

ただ、
ただ…、
この日は遺跡地図を持っていくのを忘れてしまいました……。
なので位置が分からず。

帰って調べてみると、上の写真の50mくらい北だったようです。
すみません。

また今度、ちゃんと位置を確かめて行ってみようと思います。

遺跡周辺は、上の写真のように、住宅と畑が混在しています。
左(西)は三戸の台地へと続いており、右(東)はやや標高が下がり緩やかな斜面となっています。
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次はバスに乗り込み南へ。

栄町のバス停で降りて少し南へ歩き、交差点を西へ行きます。
しばらく歩くと老人ホームの看板があるのですが、その手前にあるのが諸磯遺跡の石碑です。


諸磯遺跡は、縄文時代前期の遺跡で、「諸磯式」土器の標識遺跡。
ここから出土した土器が基準となって、縄文時代前期後半に関東から中部地方にかけて作られた縄文土器が「諸磯式」として型式分類されています。
竹状の工具による沈線文や爪状文などが特徴です。

現在では、現地にこのような石碑が建てられているのみです。
石碑の後ろには、遺跡の解説が2〜3行。
さびしいものです。
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諸磯遺跡を後にして、三崎港めざして南へ。
なんだか曇ってきました。


港へ出た後は、東へ。
海岸沿いの道を歩いていきます。

道の向こうには、風力発電の風車が見えます。

あたりは一面に畑が広がり、のんびりとした風景。


宮川の三叉路で北に進路を取り、次の目的地である石堂山を目指します。
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