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調布市に所在する10基の忠魂碑とその概要について記す。
概要は、 碑銘、所在地、形状・石材、設立年月日、設立者、揮毫者、内容の順である。 このうち「内容」は、碑に記されている対象となった戦争名と戦没者等の人数であり、碑文そのものではない。 No.8 碑名:戰歿英霊墓 所在地:昌翁寺(調布市仙川町3-7-1) 形状・石材:大型板状自然石(面取りは前後2面) 設立年月日:昭和28年(1953)11月15日 設立者:昌翁寺柤信徒遺族一同 揮毫者: 内容:第二次世界大戦。戦死者68人。 昌翁寺本堂の右側、墓地の入口に建てられている。表面に大きく「戰歿英霊墓」、その下に三段にわたって戦没者の名が記されている。裏面には設立年と「昌翁寺柤信徒遺族一同建之」とあり、さらに「建設委員」として10人の氏名と設計施工業者の名がある。 No.9 碑名:第二次世界大戦戦没英霊之墓 所在地:法性院(調布市深大寺南町5-9) 形状・石材:中型板状自然石 設立年月日:昭和46年(1971)3月18日 設立者: 揮毫者: 内容:第二次世界大戦。戦死者13人。 深大寺に近い法性院という堂宇の手前に建てられている。碑の表面右側に「第二次世界大戦」、中央に大きく「戦没英霊之墓」とあり、左に小さく「二十七回忌」と建立年月日が記され、その下に戦没者の名が記されている。 「戰歿者名」と記された下に戦没者の名が並び、それを線で囲んでいるが、うち11人は深いくっきりとした沈線で囲まれているのに対し、その左の1人は後から付け足したようにやや粗く薄い線で囲まれている。さらにその左に記されたもう1名は枠外となっている。 裏面は観察しづらい状況となっており、銘があるかどうかは確認していない。 No.10 碑名:忠魂碑 所在地:田中稲荷神社(調布市若葉町3-12-6) 形状・石材:小型板状自然石(面取りは前後2面) 設立年月日:昭和35年(1960)2月24日 設立者:個人 揮毫者: 内容:第二次世界大戦。戦死者6名。 神社参堂脇に建っている。個人(一族)により建てられたもの。表面の一番右には「戦没順序」と記され、戦没者名が並ぶ。裏面に建立由来と建立年月日、「●●一家中」と記されている(●●の部分は伏せた)。 この碑と並んで、「出兵記念碑」と記された碑がある。上記の忠魂碑を建立した同じ一族によって建てられたもの。裏面に従軍者の名前が記されているが、名前は古参順に並んでいる。設立年月日は大正13年(1924)3月だが、上記忠魂碑に記されている名前も並んでおり、さらに碑の文末に「昭和二十年八月十五日ポツダム宣言により日本帝国軍隊解散す」と記されていることから、順次書き足されていたものとみられる。 下の写真は、その「出兵記念碑」。 |
調布市の忠魂碑
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戦争遺跡としての忠魂碑
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調布市に所在する10基の忠魂碑とその概要について記す。
概要は、 碑銘、所在地、形状・石材、設立年月日、設立者、揮毫者、内容の順である。 このうち「内容」は、碑に記されている対象となった戦争名と戦没者等の人数であり、碑文そのものではない。 No.5 碑名: 忠魂碑 所在地:深大寺(調布市深大寺元町5-15-1) 形状・石材: 中型角柱形白色花崗岩 設立年月日:大正2年(1913)2月 設立者:北多摩郡神代村恤兵義会・帝国在郷軍人会神代村村分会 揮毫者:陸軍大臣楠瀬幸彦 内容: 深大寺の境内、西門の脇に建つ2基の忠魂碑の一つ。すぐうしろに柵があり、背面を確認するのが難しい状況となっている。 No.6 碑名: 戦捷紀念碑 所在地:深大寺(調布市深大寺元町5-15-1) 形状・石材:大型板状自然石 設立年月日:明治39年(1906)11月 設立者:神代村恤兵義会 揮毫者:元帥公爵山縣有朋 内容:日露戦争。戦死者8名。 前面の山県有朋の名の下に、「内藤慶雲刻」とある。この碑も、背後の柵のために背面の観察がしづらい状況となっている。 No.7 碑名:紀念碑(征清従軍碑) 所在地:琥珀神社(調布市佐須1-14-3) 形状・石材:小型板状自然石(面取りは表のみ。裏面は自然面) 設立年月日:明治30年(1897)4月 設立者:地元有志 揮毫者:勺水日下寛 内容:日清戦争。従軍者3名。 琥珀神社境内の隅にある。碑文の上には大きく「紀念碑」とあるが、その下の碑文冒頭には「征清従軍碑」と記されている。揮毫者の日下寛は漢学者・日本史学者で、勺水は号。裏面に建立発起人の氏名あり。また、台座正面に「佐須中」とある。 |
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調布市に所在する10基の忠魂碑とその概要について記す。
概要は、 碑銘、所在地、形状・石材、設立年月日、設立者、揮毫者、内容の順である。 このうち「内容」は、碑に記されている対象となった戦争名と戦没者等の人数であり、碑文そのものではない。 No.1 碑名:招魂碑(神奈川縣大十大區招魂碑) 所在地:西光寺(調布市上石原1-28-3) 形状・石材:中型板状自然石(面取りは前後2面。裏面には銘なし) 設立年月日:明治11年(1878)4月10日(昭和13年4月10日再建) 設立者: 揮毫者:陸軍中将従四位鳥尾小弥太 内容:西南戦争。戦死者7名。 西光寺山門脇、新撰組局長近藤勇像の左に建てられている。碑が置かれている同じ台座には、昭和13年に招魂碑の修築された際に建てられた「招魂碑修築誌」という碑がある。 No.2 碑名:忠魂碑 所在地:布田天神社(調布市調布ヶ丘1-8-1) 形状・石材:中型角柱形白色花崗岩 設立年月日:明治42年(1909)10月10日 設立者:調布町在郷軍人会 揮毫者: 内容:日露戦争。戦死者8名、病死者1名。 布田天神社境内に3基ある忠魂碑の1つ。裏面に「明治三十七八年戦役戦病死者」とあり、戦没者の名が記されている。 No.3 碑名:明治丗七八年戦役紀念碑 所在地:布田天神社(調布市調布ヶ丘1-8-1) 形状・石材:大型板状自然石(面取りは前後2面) 設立年月日:明治39年(1906)10月 設立者:調布町兵員慰労義会 揮毫者:中村克昌 内容:日露戦争。戦死者7名、病死者2名、従軍者84名。 裏面に「従軍人名」とあり、最上段に戦病死者名。以下3段にわたって従軍者名が記されている。 No.4 碑名:招魂碑 所在地:布田天神社(調布市調布ヶ丘1-8-1) 形状・石材:大型板状自然石(面取りは表の1面のみ) 設立年月日:明治28(1895)年12月 設立者: 揮毫者:永川賞吉 内容:日清戦争。戦死者1名。 「忠魂碑」の「忠」の字が磨り消されている。 上の写真は、布田天神社境内に並ぶ3基の忠魂碑。 |
近年、考古学は多様化し、近現代を対象とした研究も多く行われるようになってきました。 近現代の考古学の1分野としてあるのが、「戦跡考古学」です。 今回取り上げる忠魂碑は、明治時代以降に各戦争の戦死者などの供養のために多くの地域で建てられた碑です。 精神的な、あるいは宗教的な場としてだけでなく、戦前には軍事教育の場として機能しました。 戦後、GHQの指導によって撤去されたものも多いそうです。 物質文化から歴史を探る学問である考古学では、この忠魂碑も立派な考古学の遺物であり遺跡でもあります。 ここでは、東京都の調布市にある忠魂碑を見ていきます。 ■調布市忠魂碑等一覧
1.招魂碑(神奈川縣大十大區招魂碑) 所在地:西光寺(調布市上石原1-28-3) 2.忠魂碑 所在地:布田天神社(調布市調布ヶ丘1-8-1) 3.明治丗七八年戦役紀念碑 所在地:布田天神社(調布市調布ヶ丘1-8-1) 4.招魂碑 所在地:布田天神社(調布市調布ヶ丘1-8-1) 5.忠魂碑 所在地:深大寺(調布市深大寺元町5-15-1) 6.戦捷紀念碑 所在地:深大寺(調布市深大寺元町5-15-1) 7.紀念碑 所在地:琥珀神社(調布市佐須1-14-3) 8.戦歿英霊碑 所在地:昌翁寺(調布市仙川町3-7-1) 9.第二次世界大戦戦没英霊之碑 所在地:法性寺(調布市深大寺南町5-9) 10.忠魂碑 所在地:田中稲荷神社(調布市若葉町3-12-6) 忠魂碑とは少し違いますが、以下の碑も紹介しておきます。 ※その他 不忘の碑(中国残留婦人・孤児関係の碑) 所在地:延浄寺(調布市西つつじヶ丘2-30-1) 上の一覧作成にあたって、靖国神社発行の『東京都忠魂碑等建立調査集』と調布市のホームページ「調布市立図書館市民の手によるまちの情報資料館」内の「石に刻まれた足跡」を参考としました。 次回からは、それぞれの忠魂碑を実際に見ていきます。 参考文献
靖国神社 1995 『東京都忠魂碑等建立調査集』 調布市立図書館 「石に刻まれた足跡」 http://chofu.town-info.com/units/36243/peace002_lib/ |
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