Precious Life

ほぼ、季節の変わり目しか更新していませんが、もうちょっと頑張ってみようかと思うこのごろ。

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6月になりました

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↑ポインセチアの花です。
クリスマス時に日本やアメリカでは鉢植えでしか見たことがありませんでしたが、こちらではこのように木に咲いているのをよく見かけます。

オーストラリアは6月から暦上では冬になりました。(最近の私のブログは季節の変わり目しか書いていないような・・・)でも、今週の週間天気予報は晴れで軒並み20度を超えるとのことで、雨さえ降らなければ過ごしやすい季節です。

主人が今日から1週間、アフリカに出張です。やはり寂しいですね。それに主人がいないというのは少々不安で、小さなことにナーバスになっているようです。
こういうときに限って、玄関のチャイムが鳴り、出てみると誰もいなかったり、電話が鳴り、出てみると誰も答えなかったりで(こちらの方は相手方の電話が不調のためにおこったことなのですが)心配になります。

何年か前、主人が或る山岳地帯の国に出張に行っていたとき、その国で起こったイスラム過激派による誘拐事件をテレビの特集で見て、本当に主人のことが心配になりました。主人は特に仕事柄、僻地とかほぼ未開の地に行くことが多いので、その番組を見た後数日間は不安で不安で仕方ありませんでした。無事に帰ってきたときには、本当に神様に感謝しましたが、神様に信頼しきっていなかった自分が情けなくもありましたが。

主人のお母さんは立派なクリスチャンで、いつも主人が主張に行く時は詩篇91篇を読み、祈り、主にまったき信頼を寄せています。私も義母の信仰を見習わなければ。

「いと高き者のもとにある隠れ場に住む人、
 全能者の影に宿る人は
 主にいうであろう、
  「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。」

 詩篇91:1−2 (口語訳)

私はいくつかのデボーション・ブックを併用していますが、その中のひとつは、オズワルド・チェンバーズによる「My Utmost for His Highest」(邦題は「いと高きかたのもとに」)というクラッシック・デボーションです。今日の箇所は、耳に(目に?)痛かったところでした。

「もし私達が神の霊によって生まれ変わったものであれば、神様にあちらへこちらへと導いて下さるようには求めません。神様は今まで「導いてこられた」のです。それを思い返すときに神様の素晴らしいご計画があったことがわかり、それにより、ますます神様が今、導かれているということを信頼するにいたるからです。」とあり、また「日常のあらゆる事柄の中で神様の働きを確認するには、霊的な訓練が必要です」ともありました。(*自訳ですので、出版されている日本語訳とは異なっているかもしれません)

最近の私の祈りには頻繁に「導いて下さい」が出てきていました。現状打開が見えない焦りからかもしれません。しかし、今までの自分の人生を振り返ってみれば、確かに神様は私を導いてきてくださいました。もっと「神様ご自身の導き」に任せ、信頼しなければいけないなあと思います。私が、神の働きを日々の生活の中に確認できないとすれば、それは私自身に問題があるのでしょう。霊的に鈍感になっている、あるいは、気持ちが神様に向いていないか一致していないのでしょうね。

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