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「制裁延長」決定したものの・・・日本政府に渇!
拉致事件・政治等
[ 11 ]
2008/4/12(土) 午前 10:03
[ シュウジ ]
2008/3/30(日) 午後 11:07
[ シュウジ ]
2008/3/25(火) 午後 8:09
[ シュウジ ]
2008/3/25(火) 午後 8:02
<ごめんなさい、3頁めです>
私は今44歳になったばかりですが、44と言えば、東京オリンピックの年です。つまり同年代の中央の連中がみたこともないほどの数の遺体を見てきて、触ってきたと思うのです。すると当然、私が東京へ出て来ると決定的に同年代の連中と何かが違うのが自他共に現れるのですね。ははは!!
こうした死生観こそ、特攻隊の方々がバイブルとした「歎異抄」の核と同じものなのですね。ユング言うところの「循環的時間観」というものですね。魂(理念や誇り)は、一個の肉体を超え継承されてゆく、と。
きっと、我が故郷の特産物はほとんど何も無いに等しいのですが、唯一言えるのは「贋金作り」ですね! 私は痛快にさえ思えます。「何?中央(江戸)じゃ、こんなもの(銭)の為に人を殺めたり偽ったりするのか? こんなもん、ほれ、いくらだって作れるぜ!」と。つまり「もっと大事なことがある」と心底分かっていたんですね。あの人食いまでした天保の大飢饉の時に、たったの一人の餓死者も出さなかったのが証左でしょうか。その理念と知恵があったんですね。
[ シュウジ ]
2008/3/25(火) 午後 7:44
[ シュウジ ]
2008/3/25(火) 午後 7:37
お邪魔します。きっと、つくし3本以上の夏井です!
コメント有難うございます。
私は、仰っていること、いつしか気づかぬうちに血肉に入って暮らしてきた気がします。家庭環境や地域(社会)環境に恵まれたというべきでしょうか。ただし、これは奇異な事例のようです。私が生まれ育ったところは岩手の県北の小さな農村なのですが、寺山修司は何かの著書に「岩手の県北と青森の県南の一帯だけが、どんなに日本が物質文明にひた走ろうと、その中央の価値観に乗らないのか乗れないのか分からないが、いずれ一線画した価値観、つまり戦前や戦中の価値観とも言える価値観で生きている」と指摘されたことがあります。一言で言えば、決定的に表れるのが死生観です。


