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北朝鮮人権大学(関西校)第2回(H25.9.22) 第4講義 講師:増元照明さん(拉致被害者家族連絡会、拉致被害者増元るみ子さんの弟) 以下は増元照明さんのお話の一部を要約したもの。 1978年(注:多数の日本人が北朝鮮工作員に拉致された年)当時から、日本は北朝鮮による拉致行為を知っていた。 それは、北朝鮮スパイ母船からの電波を傍受していたためである。 1979年、福井県、鹿児島県、新潟県などの県警幹部が警察庁に呼ばれ、北朝鮮による拉致行為を、今の時期に国民に対して公開すべきかを議論した。 議論の結果、公開しないということになった。 理由は、北の電波を傍受中であり、それを今の段階で知られるのはよくないと判断したためである。 しかし、それでは何のための電波傍受なのか。国民の安全を守るためではないのか。 電波傍受のために拉致の事実を隠蔽するのは、本末転倒ではないか。 そして北朝鮮の一連の拉致事件は、拉致被害者や国民が運動を起こすまでは隠蔽され続けてきた。 「なかったことにしてしまえば、誰も責任をとらずにすむ」 警察にも、政治家にもこのような考えがあったのではないか。 拉致問題に関して、政治家は今まで失望させるような言動や行動をしてきたが、それについて責任をとった人は誰もいない。 北朝鮮の拉致行為の事実を隠ぺいした当時の政府や警察の判断が、結果的には拉致事件の未解決につながっている。 この事実をしっかりと受け止め、反省しない限りは、我が国も国民の命を平気で見捨てる北朝鮮のような国と言われても仕方がない。
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2013年09月26日
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