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北朝鮮人権大学(第二回・関西校)を受講してきました。 9月21〜23日までの連続講義、 都合で2日間しか参加できませんでしたが、 北朝鮮問題のスペシャリストの方々の講義、 および脱北者の方々の証言はとても勉強になりました。 残念だったのは5年前の第一回目よりも受講者が少なかったこと。 もっと多くの人に北朝鮮の深刻な人権問題等を知ってほしいと思いました。 更新遅れがちで自信ありませんが、 講義で受けた内容を要約して、ぼちぼちとブログに綴っていきたいと思っています。 【講師】 萩原遼さん(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表) 佐村多賀雄さん(フリージャーナリスト) 野村旗守さん(フリージャーナリスト) 増元照明さん(拉致被害者家族連絡会) 加藤博さん(北朝鮮難民救援基金代表) 荒木和博さん(特定失踪者問題調査会代表) 恵谷治さん(軍事評論家) 西岡力さん(救う会全国協議会会長) 南新一さん、川崎栄子さん、ほか2名(脱北者) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 普段は別々に活動している方々が一度に集結したため、
さまざまな角度から北朝鮮問題を勉強できました。 |
拉致事件・政治等
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主な参考は世界週報、中央公論、Newsweek、フォーサイト、各新聞です。
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以下は、前回に引き続き、特定失踪者家族の藤田隆司さん(特定失踪者 藤田進さんの弟)の質疑の内容を要約したもの。 民主党議員 鷲尾英一郎氏の「特定失踪者家族の方は政府認定の拉致被害者家族とどういった点で異なる、違うと強く感じているか」という質疑に対して。 藤田隆司さん 「兄については本人の写真が出てきている。北での目撃情報もある。 国内で、誰の指示のもとに兄が拉致され、どこに連れ込まれていったかという具体的な情報も出てきている。 これだけの情報があるにも関わらず、認定されないのが分からない。何があれば認定してくれるのか。 もちろん認定が目的ではない、北朝鮮から拉致被害者を取り戻す、というのが目的なはずだが、 その前段階として、なんだかんだ理由をつけて、明らかに拉致としか考えられない人を認定しない。 北の拉致の大半は完全犯罪に近いもので証拠を残さない。 証拠をもとにして認定していくのは大事であるが、 それでは証拠がない人は永遠に認定されないのかとなってしまう。 国は総力をあげ、政府認定あるなしに関わらず、拉致被害者の情報を集約し、北朝鮮に突き付けてほしい。」 今年6月に各都道府県警が、遅れながらも(本当に、大変遅れながらも)、拉致の可能性を排除できない失踪者をホームページで掲載した。 私の地元を見てみると、奈良では4人、現在在住の大阪では32人、顔写真とともに掲載されている。 そのすべてが、政府が拉致被害者と認定していない失踪者である。 なおその中には、民間の調査団体、特定失踪者問題調査会が、拉致濃厚としている失踪者もいる。 そう考えると今回の公表については、政府認定以外の拉致被害者が帰ってきたときに、 「警察は今まで何をしていたんだ!」 そういう国民から当然おこりうる怒りに対し、 「私たちは調査をしていましたよ」 というアリバイ工作をしているのではないか…と思ってしまう。 遅れながらも、掲載したこと自体は評価したい。 ただこれを本当のアリバイ作りで終わるのではなく、藤田さんの言うよう、
積極的に情報を集め、北朝鮮に拉致被害者情報を突き付ける発起点としてほしい。 |
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先週金曜日、拉致特委員会が開かれた。 今回は1年前とは違い、家族会(政府認定の拉致被害者家族)の参考人が横田さんご夫妻だけに対し、 特定失踪者(政府未認定の拉致被害者)家族の方が3名参考人として国会で発言された点では、色々な意味で有意義であったと思う。 その中で、今回は藤田隆司さんの発言を抜粋・要約して紹介したいと思う。 藤田隆司さんは、特定失踪者、藤田進さんの弟さんである。 藤田進さんは昭和51年、川口市から失踪している。 以下、藤田さんの発言の要約。 ・3年ほど前から、拉致問題に関心のある有志の方と50か国程の大使館をまわっている。各国大使館とも、拉致問題に対しては理解している。しかし、特定失踪者のことについてはほとんど知らない。拉致被害者は政府認定の十数人という認識であり、兄の事などを伝えると、事の重大さを認識される。 また、各国大使館と話していて、日本の本気度を見ているんだな、と思う。 ・昨年、ジュネーブの国連人権理事会の強制的失踪作業部会に出席し、藤田進の事に関し協力を求めたところ、わずか、1か月で兄の件が国連で受理されている。受理とは、日本でいう拉致被害者認定にあたる。これをもとに国連は北朝鮮に対して書簡を送っているが、いまだに返答はない。 ・昨年末に警察から、868人(現在864人)が北朝鮮による拉致のある疑いのある人と発表があった。国内にいる関係する人物、共犯者などを摘発・逮捕するなど、日本にできることはまだまだある。北から拉致されたのではなく、日本に受け皿がある。実態の解明をしていただきたい。 上記の発言を検討すると、拉致問題が解決しないのは、つまるところ、我が国がこの問題に本気で取り組んでいないからであるのは明白である。 ・まず、関係各国に協力を求めるにしても、認定されている拉致被害者が数十名と数百名ではインパクトがまるで違う。私自身、特定失踪者問題調査会が作成しているポスターを見てびっくりされる方が多いことを確認している。 (調査会ポスター) ・また、国連はわずか1か月で藤田進さんの件を認定し、北朝鮮に対して書簡を送っている。それに対し、我が国は、藤田さんその他特定失踪者で北朝鮮に拉致されたという明白な証拠のある方でも、現在まで極力拉致認定することを避けている。 ・そして、拉致実行犯及び協力者が北朝鮮のみならず、現在も日本国内にいることがわかっていながらも、一向に逮捕等しようとしない。これでは、政府の声高に言う、拉致問題の真相究明などできるはずがない。 藤田隆司さんは最後に、「日本にできることはまだまだある」と述べられた。 日本政府は我々の総意によって成り立っている。
日本政府の重たい腰をいちばん動かせるのは私たち国民である。 一人ひとりが拉致問題に関心を持ち、出来る範囲で我が国の政府に拉致問題解決を訴えていかなければならない。 |
「砂浜に人を引きずった跡が…」拉致工作員と話した男性証言 鹿児島県の吹上浜で昭和53年8月12日、市川修一さん=拉致当時(23)=と増元るみ子さん=同(24)=が北朝鮮に拉致された事件当日、「工作員とみられる男と話した」という県内に住む60代の男性が26日までに産経新聞の単独取材に応じた。男性は「もしかしたら自分も拉致されていたかもしれない」と当時の状況を証言した。 男性が吹上浜に到着したのは午後6時45分ごろ。すでに車が1台止まっていた。市川さんの車だった。 波打ち際に細長い木造船が乗り上げていた。平成13年12月、奄美大島沖で海上保安庁の巡視船と銃撃戦の末、沈没した北朝鮮の工作船に搭載されていた小型船とよく似ていたという。 陸側に向かう斜面にはウミガメがはったような跡が残っていた。だが、ウミガメが登るには斜面は急で、男性は後になって「人をひきずった跡ではないか」と考えるようになった。 斜面を上がった先に、不審な男はいた。やせ形で年齢50歳前後、ステテコをはいていた。同じ昭和53年の8月15日、富山県で発生した拉致未遂事件で目撃された実行犯もステテコ姿だった。 「よく来るの?」。男にそう問われ、男性が「犬を連れて来る」と答えると、男の態度が豹変(ひょうへん)した。「犬、どこにいるの」と慌てた様子で周囲を見回した。 近くで砂が動くような音がしたため、男性が見ようとすると、男は体を寄せて男性の視界を遮り、にらみ付けた。恐怖感を覚えた男性は海岸を立ち去った。 それから間もなく、男性は知人の鹿児島県警の警察官に目撃した様子を説明。その警察官は市川さん、増元さんの失踪を「北朝鮮の仕業だ」と話したという。 増元さんの弟、照明さん(57)らは26日、鹿児島県警で、捜査状況の説明を求めた。県警は23日に男性から事情を聴いており、仮屋浩治警備部長は「今後も継続して捜査、精査していく」と述べたが、拉致事件直後に男性から情報を得ていたかどうかについては、明言を避けたという。照明さんは面会後、「実行犯を逮捕し拉致の全容を解明してほしい」と話した。 2013.6.27 11:32 産経新聞 どう考えても、証言した男性は、昭和53年の当時に、市川さん・増元さんが行方不明になったという情報を聞き、すぐに警察に目撃状況を伝えたとしか思えない。 そして警察は、「それは北朝鮮の仕業」と、証言の男性に話している。 要は、警察は(日本政府は)30年以上前に、北朝鮮の拉致行為を把握していながらも、 これを放置し続けてきたということである。 これのどこをとって「日本は安全がタダな国」と言えたのであろうか。 また、証言に出てくるステテコ姿の男性は、拉致実行犯か国内協力者であろう。 これらの人物が今までに逮捕されたという例は一つもない。 政府は拉致問題解決として「拉致実行犯の引き渡し」を掲げているが、
国内にいる実行犯らをまず逮捕するべきではないか。 |
北朝鮮による拉致の可能性を排除できないとして、警察庁が28日、情報の公開を決めた行方不明者の中には、民間団体「特定失踪者問題調査会」が調べている特定失踪者が多く含まれている。調査会ができて今年で10年。これまで光の当たることが少なかった特定失踪者の家族は取り組みを評価し、真相究明に期待を寄せている。 「認定された17人以外にも拉致被害者がいる可能性を国内外に知らせる一歩になる」。昭和48年7月に消息を絶った千葉県の古川了(のり)子(こ)さん=失踪当時(18)=の姉、竹下珠路さん(69)は話す。 特定失踪者に関する政府の取り組みを不十分だと感じていた竹下さんは平成17年、古川さんを被害者認定するよう求め、国を提訴した。2年後の19年、国側が認定被害者以外の不明者も念頭に真相究明に努めると文書で表明したことを評価し、和解した。 だが、「(政府の)拉致問題対策本部のホームページ(HP)でも『拉致の可能性が排除できない人もいる』の1行で表現されてきた」という。それだけに、警察のHPに失踪者個人の氏名や写真などが掲載されることを「これまでにない取り組み」と評価する。 今回、全国の警察のHPには特定失踪者以外の行方不明者の情報も掲載される。昭和51年2月に失踪した埼玉県の藤田進さん=失踪当時(19)=の弟、隆司さん(55)は「遅い。今まで何をやっていたのか」とこれまでの政府の対応に不満を漏らす一方で、今後の展開に期待を寄せた。 「これまで公表されていない人の情報が出ることで、新しい目撃情報に結びつくかもしれない」 記事は平成25年6月28日付 産経新聞 藤田進さんの弟、隆司さんの言うとおり、警察は本当に今まで何をやってきたのか、と言いたくなる。 拉致が頻繁に行われたのは30年〜40年前であり、 今回掲載された失踪者もその時期に失踪しているケースが多い。 もっと早く、このように国民に呼びかけていれば、 ここまで大きく拉致被害者を出さずに済んだのではないか(昨年の警察の発表では拉致の可能性を否定できない失踪者は864人)、そういう思いがよぎってくる。 しかし、今さらながらも、拉致問題をことさら隠蔽しようとせず、
情報公開に踏み切ったことに関しては評価したい。 |


