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			<title>MITSUBOSHI RESTAURANT</title>
			<description>===== 大阪に移り住んだ事務職員。 =====

===== 仕事とは無関係で日本の平和・防衛・北朝鮮による日本人拉致事件に関心あり。 =====


[[item(http://www.youtube.com/v/6zkD9Hdw500)]]
ヤドカリ飼いました。PC上でのいただきものですけれども。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>MITSUBOSHI RESTAURANT</title>
			<url>https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/banner/banner.gif?1188386203</url>
			<description>===== 大阪に移り住んだ事務職員。 =====

===== 仕事とは無関係で日本の平和・防衛・北朝鮮による日本人拉致事件に関心あり。 =====


[[item(http://www.youtube.com/v/6zkD9Hdw500)]]
ヤドカリ飼いました。PC上でのいただきものですけれども。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania</link>
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		<item>
			<title>警察庁幹部が日朝政府間協議に参加するが…</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;拉致再調査　日朝協議に警察庁担当者を派遣　国家公安委員長「検証、チェックのため」
（産経新聞 6月27日(金)12時29分配信） 
（略）拉致被害者らの再調査に関し７月１日に中国・北京で開かれる日朝政府間協議に、警察庁の担当者を派遣すると発表した。協議では北朝鮮側が立ち上げる特別調査委員会について説明を受ける予定で、古屋氏は「（調査委の）中身を日本側が検証、チェックするために派遣する」と説明した。
 　派遣されるのは警察庁長官官房で拉致問題を担当する今井勝典参事官。日本政府は調査開始時点で独自制裁の一部解除を判断する方針で、「包括的かつ全面的な調査の実効性を確保する」（古屋氏）ため、今井氏を派遣し、調査委のメンバーや権限を確認する。（略）
&lt;/pre&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;上記は産経新聞の記事。&lt;br /&gt;
再調査に関し、政府は「警察庁」の担当を派遣するとの事。&lt;br /&gt;
なぜ「警察庁」の担当なのか。&lt;br /&gt;
それは、警察が一昨年末に発表した「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者」らが今回帰国するのではないかということが議題にあがっているからと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかし、これに関して、甚だ違和感を覚える。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「拉致の可能性が排除できない」と警察が発表した失踪者は８６８名（現在８６２名）である。&lt;br /&gt;
その根拠は何なのか。&lt;br /&gt;
たとえば、々作員とみられる不審な人物がいたと目撃した人がいた、⊆鷺者には、自殺や失踪する理由がなかった、失踪の仕方が不審であった、など、警察が「拉致の可能性を排除できない」とした理由が必ずあるはずである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかし警察は、それを国民に対して一度も大々的に公表もせず、長年発表しなかったことに対して謝罪もせず、積極的な情報協力なども呼び掛けていない。&lt;br /&gt;
このような状態で、政府の解決の条件に挙げている「拉致問題の真相究明」など果たして出来るのであろうか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;このような状態では、警察庁の担当者が再調査協議に行ったとしても、北朝鮮側の言い分、たとえば「失踪者が見つかった、一部は死んでいて、他は未入国」などの発表があったとしても反論できるのか。北朝鮮に言われるがままになってしまうのではないか。甚だ心配である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今からでも遅くない。&lt;br /&gt;
警察は、まずは日本国内に対し、これらの失踪者を「北朝鮮による拉致」の可能性を排除出来ないと考えた根拠を国民に知らせること、そして情報提供を国民に呼びかけること。これを実施していただきたい。&lt;br /&gt;
拉致問題の真相究明はそこから第一歩を迎えるはずである。&lt;br /&gt;
（文章：Ｍ）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64714314.html</link>
			<pubDate>Sun, 29 Jun 2014 23:49:13 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>「再調査」北朝鮮と日本の思惑</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/494053/76/64655176/img_0?1401540323&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_3920_2204&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;第２７回垂水区民講座
垂水区民　みんなで考える拉致問題
５月３１日開催　主催：神戸垂水ロータリークラブ
講師：荒木和博さん、有本明弘さん、有本嘉代子さん

（※講師の言葉は聞き取り時のメモであり、要約されています）

荒木和博さん
「再調査という言葉は、本当に調査するということではなく、北朝鮮の面子を保つというものであり、日本政府としては北朝鮮に対して（被害者を返す）口実を作ってやるというものです」

有本嘉代子さん
「北朝鮮が、政府認定の拉致被害者を返すためには、北朝鮮が亡くなったと発表した人（拉致被害者８人）を生き返らせなければなりません。今回の協議の件で恐れているのは、再調査を理由に、政府認定以外の特定失踪者を出し、（前回死亡と発表した）拉致被害者が棚上げにされることです」
　　　　&lt;/pre&gt;
 
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h3&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;「再調査」北朝鮮の思惑&lt;/h3&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;現在の北朝鮮は、中国との関係の悪化、日本の制裁・朝鮮総連本部ビル売却の問題、国連での非難決議などで、袋小路に陥っている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;「何とか日本から支援をもらいたい」という思いが強い。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
ただ日本国民の心情を考えると、拉致問題を解決しない限り、日本からの支援はもらえない。&lt;br /&gt;
被害者何人かを返して支援を貰い、かつ総連ビル売却を阻止できれば…というのが、今回の協議再開の理由であろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;しかしここで問題となってくるのが、2002年の小泉元首相訪朝時に、北朝鮮が「８人死亡」と発表したことである。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;政府認定の拉致被害者を返すためには北朝鮮が発表した「８人死亡」の発表を撤回しなければならない。しかし撤回すると&lt;b&gt;「北朝鮮は嘘をついていた！」&lt;/b&gt;となり、非難されることは必須である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そこで「再調査」という言葉が出てきたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;再調査した結果、新たな事実が見つかりました、というならば、嘘をついたことにはならない。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかし、日本の世論としてはどうだろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;「再調査の結果、有本恵子さん、横田めぐみさんが見つかりました」となれば、やはり嘘をついていた！と非難轟々になるのは間違いない。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;tt&gt;そこで、北朝鮮と日本との間で打診されたのが、特定失踪者（日本政府が拉致認定していない被害者）の存在ではないだろうか。&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
再調査の結果、新たな被害者が見つかりましたので、日本に返しますというものである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h3&gt;&lt;a name=&#039;section-2&#039;&gt;&lt;/a&gt;日本のごまかし&lt;/h3&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;日本としては、政府認定拉致被害者、特定失踪者に関わらず、拉致被害者を取り返したいという思いが強い。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかし、&lt;b&gt;特定失踪者など、政府が認定していない被害者&lt;/b&gt;が返ってくるとなると、&lt;br /&gt;
「警察は、政府は今まで何をしていた！」との国民の非難が上がるのが確実である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;tt&gt;そこで慌てた警察は一昨年の１２月、「拉致の可能性を排除できない人」として、８６８人（現在８６２人に訂正）と発表した。&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
政府に認定されていない拉致被害者が返ってきては、警察の面子が保てないというためである。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;また政府も、2002年以降に松本京子さんなど、新たに拉致被害者を認定している。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h3&gt;&lt;a name=&#039;section-3&#039;&gt;&lt;/a&gt;我々がしなければいけないこと&lt;/h3&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;特定失踪者や松本京子さんなど、2002年当に名前の挙がっていなかった被害者を返すことで、北朝鮮は何とか面子が保たれる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;日本としても上記のとおり、その準備を進めてきた気配がある。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;政府認定であろうが、非認定であろうが、一人でも、二人でも多く返ってきてほしい。&lt;br /&gt;
それも正直な心情である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかし、上記のような北朝鮮と日本との合意のもと、いい加減な調査しかされず、数人の被害者を返しただけで双方「幕引き」を図ることだけは許されない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今回の協議のあと、拉致被害者数人が返ってくるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;しかし一人や二人が返ってきただけで、我々は満足するのではなく、被害者全員を取り戻すまでは諦めない！という姿勢を示すことが重要である。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64655176.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 May 2014 21:45:23 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>難波に春の匂い</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/511753/45/64470745/img_0?1394377683&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/511753/45/64470745/img_1?1394377683&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
08:00ちょうど、太鼓の音に叩き起こされました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日から15日間、大相撲春場所が家のすぐ近くで行われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
難波駅付近を歩くと鬢付けのいい匂いが…。&lt;br /&gt;
やはり、力士さんが１０ｍほど前を歩いていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まだ肌寒いけれど、少しづつ日が長くなってきたこの頃、&lt;br /&gt;
力士さんの鬢付けの匂いで「春が近づいてきたなぁ」と感じます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64470745.html</link>
			<pubDate>Mon, 10 Mar 2014 00:08:03 +0900</pubDate>
			<category>その他スポーツ</category>
		</item>
		<item>
			<title>戦艦大和元乗組員　北川茂さんのお話　Ｈ26.3.2　ウェーブ産経講演会</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/494053/50/64460450/img_0?1393772209&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_150_84&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h1&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;『戦艦大和の最期を語る』　北川茂さん　Ｈ26.3．22（ウェーブ産経講演会）&lt;/h1&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;元戦艦大和の乗組員、北川茂さん（９０）の講演会に行って参りました。&lt;br /&gt;
かつての戦争経験者のお方からお話を直に聞く機会が減っている現在、とても貴重な時間でした。&lt;br /&gt;
９０歳であるにも関わらず、元軍人らしく礼も立居振舞もキリっとされておられ、さすが元軍人と感じました。その一方、辛い戦争経験をユーモラスに語られる部分などもありました。&lt;br /&gt;
北川さん、主催の産経新聞さん、ありがとうございました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;以下はお話頂いた内容をメモ書きでまとめたもの。&lt;br /&gt;
表現などは若干自己流になっている可能性あります、ご容赦ください。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　&lt;br /&gt;
&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;
昭和１７年、「赤紙」ではなく「白紙」が届いた。しかし、国のためなら兵隊に行ったほうがいいだろうと、海軍に志願した。陸軍を選ばず海軍を選んだ理由は、陸であればどこまでも走らなければいけないが、海軍であれば、走ると言っても軍艦の長さ分であり、しれているから（場内笑）。はじめはそういう気持ちで入隊した。

昭和１７年１２月、戦艦「日向」の乗組員となる。
戦闘訓練なども大変だったが、日向は古くて壁など剥がれている部分があり、掃除ばかりしていた。
日向での生活は厳しかった。教官室にはバットがあり、それらに赤や黄などの襷がぶら下げられており、そこには「軍人精神注入棒」と書かれていた。それでお尻を叩かれた。骨は折れなかったが。
しかし大和の乗組員となってからは、そういったことは無くなった。

昭和１９年に駆潜艇３６の乗組員となった。
駆潜艇の役割は、当時の日本は油が無かったので、遠く（東南アジアなど）から油を日本に運ぶタンカーの護衛などをするものであった。
マニラに基地があった。しかし、毛じらみ艦隊（役に立たないなどの意味で）と呼ばれたこともあり、秩父丸は護衛を断った。しかしその秩父丸は護衛がなかったためか、沈没した。

昭和２０年２月、戦艦大和の乗組員（測距儀の伝令兵）となる。
後から思えば、特攻の補充員だったのだと思う。

日向では新兵はハンモックであったが、大和は全員ベッドであった。
湯船も日向より大きかった。ただ真水は大事であったので、湯船は海水で、身体を洗い流す水は真水であった。真水は５杯までと決まっていた。ちなみに日向は３杯までであった。
また戦闘時には使えないが、エレベーターもあった。


平成２０年４月１日、アメリカが沖縄に上陸したことから、近いうちに沖縄に行くことはうすうす感づいてはいた。
そんな折、恩師の煙草を貰った。沖縄に行く前、少し時間があり、上陸して下宿先に行った時、下宿先のおばちゃんに「何かあったら三重の名張（実家）に送ってください」と恩賜の煙草を渡した。
その下宿先には７名の大和乗組員がいたが、帰ったのは自分を含めて２名で、５名は戦死した。

４月５日１５００、総員が集められ、「沖縄特別攻撃に命ず」と言われた。
今までは「○○作戦を命ず」などであったが、「特別」という２文字が入った。

駆潜艇３６時代、南方で走り回り、毎日一人一人と死んでいった際にも、恩賜の煙草は貰われなかったが、自分たちが貰ったのは、やはり「特攻」隊員であったからだった。

訓示が終わり、解散と言われた後、しばらくは足元が地面にへばりついて動けなかった。
その一時は変な気持になったが、やるぞという気持ちも出てきた。
「やるぞー」と声をあげた者もいた。

出撃の前々日、缶詰と一升瓶で酒宴をした。２１００頃にお開きとなった。艦長が、明日もあるからそろそろ、と各々に言いにきたためである。広い艦隊なので艦長の顔を知らない者もいて、中には艦長に絡んだ者もいたが、艦長はよく呑んでいるな、などと優しくなだめていた。

その後各人の持ち場に帰った。ベッドはないので、つっかえ棒のようなものに腰かけして仮眠しようとしたが、なかなか寝れなかった。

２３３０頃、トイレに行こうとして下に降りた際、大和の脇に２つの駆逐艦がくっつき、乗組員が行き来している。トイレに行くことも忘れ、作業している兵隊に何をしているのか問いただしたところ、駆逐艦乗組員は燃料を貰っているとの事。当時の駆逐艦は燃料がないため、豆を煮るなどで燃料を作っていたため、煙からは豆のにおいがしていた。

明日、大和は出撃するのになぜかと問いただすと、大和は片道燃料でいいと分隊長が言っていたからだといった。
その時からすでに、大和は「特攻」であるというシナリオは決まっていたのだ。



翌朝沖縄に向かう途中、豊後水道あたりで、大分に咲く桜が肉眼で見えた。
おい、桜だ、と乗組員と言い合った。皆、桜を見ていたと思う。
これが見納めかな…と思うと、瞼が熱くなった。


４月７日１２時前、敵機が前方に現れた。

しかし気がつくと敵機に３６０°囲まれていた。１５０機ほどになると思う。
「敵機発見」の合図はあったが、戦闘開始の合図はなかった。

大和は爆弾では沈まないので、魚雷にしろと言われていたようであり、左側ばかりに魚雷を打ち込まれた。魚雷を受けた数は左舷１１、右舷は２。


大和は後方角は撃っていたが、主砲角は撃たなかった。


敵機の攻撃の４波か５波の時、舵がやられ、大和は左へ左へ旋回するようになった。
１４２０頃、伊藤司令長官が戦闘中止号令、総員退去命令を出した。


大和沈没時には、大きな波をよけることもできず、水中に巻き込まれた。もがいても上に上がることはできずにいた。溺死とはこんなものかな、などと考えていたが、大和が水中で大爆発を起こし、お尻を戸板で殴られたようにして上へ上へあがった。

上がった時、周りの皆の顔は重油で真っ黒になっていた。

大和の甲板は木であったため、木管板がたくさん浮いていて、それに&amp;#25681;まった。

身体を温めないといけないと、誰となしに唄を唄った。

はじめは軍艦マーチ「守るも攻むるも黒金の…」と唄っていたが、大和がやられているのに何でこんなのを唄うのかとなり、夕焼け小焼けなど、童謡を唄った。

途中、自分の身体を掴もうとした上等兵がいた。慌てて離れ、上等兵に丸太を掴ませようとしたが、その上等兵は後頭部がザクロのように開いていた。これは助からないなと思った。その上等兵はうわごとのように女の人の名前を呼んでいたが、そのまま沈んでいった。


そのうち足はしびれて動かなくなったが、味方に助けてもらおうと、手で波を作った。
それに気づいた駆逐艦「雪風」から「ワレハッケン、ワレハッケン、シバラクマテ」と手旗信号が送られてきた。
駆逐艦まで２００メートル泳ぎ、浮き輪を投げてもらったが、重油で浮き輪がすべり、思うようにつかめなかった。雪風乗組員は浮き輪を３つ投げてくれ、２つを足に挟むよう指示した。こうしてようやく助けられた。

救助を待つ人間はまだいて、同じく助けられた上官も、もっと助けてほしいと随分食い下がって懇願したが、敵の潜水艦が来るためできないと言われた。
果たしてその決断は正しかった。

夜、敵の潜水艦に追跡された。
総員、動くな喋るな、トイレに行くなとの命令がなされた。
長い長い時間であった。
その後安全区域に入り、駆逐艦は全速力で逃げた。
なお駆逐艦「雪風」は無傷で生き返った唯一の駆逐艦である。

夜明け、松島の松に、太陽の光がさしている。日本でしか見れない美しい光景である。
生き返ってよかった。その時の思いを胸に、今でも朝日に手を合わせている。

　　　　&lt;/pre&gt;
 
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;多くの尊い命が失われた第二次世界大戦。&lt;br /&gt;
今後、戦争の惨禍を繰り返さないようにするために、我々はどういう選択をしていくべきか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そのヒントとして、その当時に生きた人々のお話を聞くことは非常に重要であると感じました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;当時の戦争経験者も数少なくなってきているため、なかなかこういった機会に恵まれる方は少ないと思いますが、戦争体験者の文献などでも学習できます。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;いま、アジアの力関係も大きな変革を見せています。&lt;br /&gt;
悲劇を繰り返さないためにも、我々は当時の戦争のことをを深く学ぶべきです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64460450.html</link>
			<pubDate>Sun, 02 Mar 2014 23:56:49 +0900</pubDate>
			<category>軍事</category>
		</item>
		<item>
			<title>６４式小銃について</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/1495957/86/64416986/img_0?1401541039&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_250_109&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;（画像はwikipediaより）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;昨年１１月から今年１月にかけて、予備自招集訓練に応じました。&lt;br /&gt;
今年度の訓練計５日間、無事終了しました。&lt;br /&gt;
色々学ばせてもらいましたので、時間があれば訓練レポします。&lt;br /&gt;
更新頻度からすると自身ありませんが…。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今回は６４Ｒについて若干の記載をしたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;【６４式７．６２仂銃】&lt;br /&gt;
１９６４年に国内で生産された小銃。&lt;br /&gt;
口径７．６２弌&lt;br /&gt;
全長約９９僉&lt;br /&gt;
銃身長４５僉&lt;br /&gt;
重量約４．３圈&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;６４式小銃は、殺傷能力が高いらしい。&lt;br /&gt;
弾丸が遠方まで飛び、着弾した弾丸は、体を抉るように貫通する。&lt;br /&gt;
６４式より新しい、８９式小銃の方が殺傷能力は落ちるらしい。&lt;br /&gt;
それなら６４式のほうが優秀なのかというと、そうでもないとの事。&lt;br /&gt;
助教曰く、敵側に「死者」ではなく「負傷者」を出させる方が、相手の戦力を落とすとの事である。&lt;br /&gt;
つまり、１人の負傷者を助けるためには、３～４人の助けが必要となるから、敵を死なせるよりは負傷させた方がいいとの事。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ここからは６４式小銃に若干お世話になった者の、６４Ｒへの感想など。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;まずは重たい。&lt;br /&gt;
ある程度鍛えていないと、据銃するだけで疲れる。&lt;br /&gt;
いつも「よっこらしょ」と言って格好悪く据銃してしまっている。&lt;br /&gt;
そして銃身が長い。&lt;br /&gt;
手の短い者にとっては姿勢をとるだけでも大変である。&lt;br /&gt;
射撃時の反動も強い。&lt;br /&gt;
チビの身体でもしっかりと銃を受け止めておかねばならない。&lt;br /&gt;
（↑射撃が苦手な者の言い訳の数々）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;比べて８９式小銃は&lt;br /&gt;
口径５．５６弌&lt;br /&gt;
全長９１．６僉&lt;br /&gt;
銃身長４２僉&lt;br /&gt;
重量３．５圈&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;重量の軽さやコンパクトさ、反動が強くないことから「当たりやすい」銃らしい。&lt;br /&gt;
分結も６４式に比べると簡単である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;チンチクリンとしては、はやく６４式から８９式に移行してくれないか…と願っていたのだが、&lt;br /&gt;
どうやら本年から、ぼちぼちと予備自衛官も８９式になるかもしれないとの事。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;新隊員でも６４式を用いた訓練をしない世代もあるとの事。&lt;br /&gt;
今回の訓練でも、現役の頃に６４式を撃ったことはない、ずっと８９式であった、という方が数名おられた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そうなると、とたんに「予備自補時代」から６４式と共にした訓練などが懐かしく、若干誇らしく思えてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;銃尾部、握把は木でできている。&lt;br /&gt;
大きな撃鉄。&lt;br /&gt;
「銃」らしい威圧感…。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;桜のマークの横には「１９８３年」と製造年が書かれている。自分より２歳年上になる。&lt;br /&gt;
それでいて銃は錆びず、ピカピカの状態。もちろん、基幹隊員らが整備を怠っていない証拠である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;これも助教の話。日米共同訓練の際、アメリカ軍人が６４式小銃を「Ｏｌｄ」とバカにしたが、&lt;br /&gt;
アメリカ軍人の新しいＲｉｆｌｅは錆だらけで、助教は「整備された６４の方がカッコいい」と思ったとの事。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;３０年間戦いつづけ、その後投降した小野田寛郎さんの銃がピカピカであったのと同じで、&lt;br /&gt;
戦前から変わっていない日本人の美徳が自衛隊に引き継がれているようで嬉しい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;６４式小銃の感想兼、今回の訓練感想でした。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64416986.html</link>
			<pubDate>Thu, 06 Feb 2014 01:36:13 +0900</pubDate>
			<category>軍事</category>
		</item>
		<item>
			<title>竹田恒泰先生講演会レポート①H25.11.3（ポートピアホテル）神戸</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/511753/61/64261361/img_0?1383666520&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1825_2370&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;竹田恒泰先生の講演会に行ってきました。&lt;/h5&gt;
以下は、話の内容で印象に残ったものを抜粋・要約したもの。&lt;br /&gt;
走り書きメモしたものであり、表現は私なりになっております、ご勘弁下さい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　&lt;br /&gt;
&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;
福岡県の建国意識調査では、高校生１００人のうち、２人しか日本が建国した年を知らなかった。
その２人についても、おじいさんやお父さんなど、先祖から教えてもらったもので、
学校教育では教わらなかったと回答した。

海外で「建国記念の年日」をきちんと言えない人は友達ができない位のレベル。
家族と同居していながら、家族の名前を言えないようなものである。

日本人は「国際人」というと、英語を流暢に話し、米国などのことを勉強する。
そしていざ海外に行くと、そこで外国人から聞かれるのは日本についてである。
しかし日本人は日本について何も知らない。

真の国際人とは、
自国を理解して、それを他国語でしっかりと喋れること、である。

戦争に負け、我が国は６年８カ月、［鮖法↓⊃析叩教育を封印されてきた。
民族の同一性とは、結局「歴史と神話」である。
歴史学者トインビーは研究の中で、
「神話を１２歳までに学ばなくなった国は亡びる」
と答えを出している。
我が国がまさにこれに当たる。

　　　　&lt;/pre&gt;
 
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;自分自身、今までで「知っておくべき歴史だ」と感じたのは、ほとんどが独学である。&lt;br /&gt;
学校の中での歴史教育は、ただ単なる事実の羅列であった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;我が国の成り立ちはどのようなものだったのか、&lt;br /&gt;
我が国は先祖のどんな努力によって現在まで繁栄を続けてきたのか…。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;未来の我が国の子どもには、このような視点から歴史を教えていきたいものである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64261361.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Nov 2013 00:48:40 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>「飛べダコタ」の要約・感想</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/412254/35/64234435/img_0?1382458662&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_906_1280&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h5&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;「その島が選んだのは、憎しみか、日本人の誇りか」&lt;/h5&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;飛べダコタ観ました。&lt;br /&gt;
素晴らしい映画でしたので簡単に要約して紹介します。&lt;br /&gt;
セリフ部分についてはパンフなどの裏付け資料がなく、&lt;br /&gt;
アレンジ入っている可能性大です、ご容赦ください。&lt;br /&gt;
お時間ある方は&lt;b&gt;是非&lt;/b&gt;映画をご覧下さい。　&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.tobedakota.com/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.tobedakota.com/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
(公式サイト）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;飛べダコタ（要約）

６７年前に実際に佐渡でおこった出来事である。
終戦から５か月後、佐渡に１つの英国機「ダコタ」が不時着した。

佐渡にも、戦争で息子を失った人や、家族を失った人がいる。
身体を不自由にした人もいる。
英国は５か月前の敵国である。

その英国人を助けるべきなのか・・・。
感情の揺れ動く中、島民たちが最終的に出した結論が、「困った者を助けるのが、佐渡の人間」
であった。

島民たちはダコタを飛ばせるため、総出で滑走路を作っていく。
そのうち、かつての敵国であった英国人とも仲良くなる。

島民の女たちは、滑走路をつくるための石を積みながら喋った。
「英国人も、みないい人ばかりじゃなぁ」
「なんで戦争なんかしたんじゃろ」
「軍部が勝手にしはじめたんじゃ」
これをきいた村長はこう答えた。
「軍部がはじめたんじゃない、我々日本人がはじめたんだ。
そう理解しなければ、また戦争を繰り返す」

最終的にダコタは、島民たちのつくった滑走路に乗り、無事に空へ舞う。


映画にはないが、それから、６４年後、かつてダコタで不時着した乗組員の息子が佐渡を訪れ、「亡き父がこの地で大変お世話になったこと。もう一度、佐渡に行きたいと思いを馳せながら死んだこと」を告げたという。 
　　　　&lt;/pre&gt;
 
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;上記で紹介した以外にも、登場人物の発言などで考えさせられる部分が多々ありました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今回の「飛べ！ダコタ」や、トルコとの「エルトゥールル号」についてなどを、道徳教育にもっと活かせないものか、と思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64234435.html</link>
			<pubDate>Tue, 22 Oct 2013 00:25:01 +0900</pubDate>
			<category>邦画</category>
		</item>
		<item>
			<title>北朝鮮人権大学（関西校）第２回 脱北者の方のお話</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/494053/59/64192659/img_0?1380466416&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_2361_892&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;北朝鮮人権大学（関西校）第２回　２５．９．２３&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;第９講義　脱北者対談の中から、川崎栄子さんのお話を抜粋・要約&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;すべての衣食住は保障されている…それが朝鮮総連の言葉の担保であった。
そして北へ渡った。
北では、衣食住は保障されていたが、日本の基準とは天と地の差ほどあった。
毎日、食べるものに苦労し、悩んだ。


北朝鮮では「一切の人権」が認められなかった。
この点が一番大きかった。


平壌以外の地方では、死体を累々とみた。

北朝鮮人にも「良心」はある。脱北して日本に来て、拉致事件の事実を知り、びっくりした。
北朝鮮にいるころは、小泉元首相が訪朝したことは知っていたが、「小泉総理が将軍様に教えを乞いに来た」としか報道されなかった。
報道をそのまま信じてはいなかったが、拉致問題があることは知らなかった。
北朝鮮人民も、このような真実を知ったら恥ずかしく思うし、日本人に申し訳なく思う。
情報が北に流れるようにしてほしい。

日本人の方にお願いしたいことは、「拉致被害者を返せ」というのではなく、
「全部の日本人を返せ」と言ってほしい。
帰国事業で連れていかれた日本人妻たちも北朝鮮の犠牲者である。

　　　　&lt;/pre&gt;
 
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;多くの拉致被害者がいる日本。&lt;br /&gt;
また帰国事業により多くの日本人が北へ渡った。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そのほとんどが、北朝鮮で現在も人権を剥奪され、苦しい生活を余儀なくされている。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;北朝鮮の人権問題を一番国際社会に訴えられるのは、まぎれもなく日本である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;我々が動かなければ、この悲劇の状態はは何年、何十年先も続いてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64192659.html</link>
			<pubDate>Sun, 29 Sep 2013 23:53:36 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>北朝鮮人権大学（関西校）増元照明さんのお話25.9．22</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/494053/01/64186101/img_0?1380124764&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_2361_892&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;北朝鮮人権大学（関西校）第２回（H25.9.22）&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;第４講義&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;講師：増元照明さん（拉致被害者家族連絡会、拉致被害者増元るみ子さんの弟）&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;以下は増元照明さんのお話の一部を要約したもの。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;１９７８年（注：多数の日本人が北朝鮮工作員に拉致された年）当時から、日本は北朝鮮による拉致行為を知っていた。

それは、北朝鮮スパイ母船からの電波を傍受していたためである。

１９７９年、福井県、鹿児島県、新潟県などの県警幹部が警察庁に呼ばれ、北朝鮮による拉致行為を、今の時期に国民に対して公開すべきかを議論した。

議論の結果、公開しないということになった。


理由は、北の電波を傍受中であり、それを今の段階で知られるのはよくないと判断したためである。

しかし、それでは何のための電波傍受なのか。国民の安全を守るためではないのか。
電波傍受のために拉致の事実を隠蔽するのは、本末転倒ではないか。

そして北朝鮮の一連の拉致事件は、拉致被害者や国民が運動を起こすまでは隠蔽され続けてきた。

「なかったことにしてしまえば、誰も責任をとらずにすむ」

警察にも、政治家にもこのような考えがあったのではないか。

拉致問題に関して、政治家は今まで失望させるような言動や行動をしてきたが、それについて責任をとった人は誰もいない。

　　　　&lt;/pre&gt;
 
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;北朝鮮の拉致行為の事実を隠ぺいした当時の政府や警察の判断が、結果的には拉致事件の未解決につながっている。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;この事実をしっかりと受け止め、反省しない限りは、我が国も国民の命を平気で見捨てる北朝鮮のような国と言われても仕方がない。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64186101.html</link>
			<pubDate>Thu, 26 Sep 2013 00:59:24 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>北朝鮮人権大学（関西校）第２回</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-0e-ca/tresbien24hiyamania/folder/494053/44/64184344/img_0?1380125165&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_2361_892&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;北朝鮮人権大学（第二回・関西校）を受講してきました。&lt;br /&gt;
９月２１～２３日までの連続講義、&lt;br /&gt;
都合で２日間しか参加できませんでしたが、&lt;br /&gt;
北朝鮮問題のスペシャリストの方々の講義、&lt;br /&gt;
および脱北者の方々の証言はとても勉強になりました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;残念だったのは５年前の第一回目よりも受講者が少なかったこと。&lt;br /&gt;
もっと多くの人に北朝鮮の深刻な人権問題等を知ってほしいと思いました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;更新遅れがちで自信ありませんが、&lt;br /&gt;
講義で受けた内容を要約して、ぼちぼちとブログに綴っていきたいと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;【講師】&lt;br /&gt;
萩原遼さん（北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表）&lt;br /&gt;
佐村多賀雄さん（フリージャーナリスト）&lt;br /&gt;
野村旗守さん（フリージャーナリスト）&lt;br /&gt;
増元照明さん（拉致被害者家族連絡会）&lt;br /&gt;
加藤博さん（北朝鮮難民救援基金代表）&lt;br /&gt;
荒木和博さん（特定失踪者問題調査会代表）&lt;br /&gt;
恵谷治さん（軍事評論家）&lt;br /&gt;
西岡力さん（救う会全国協議会会長）&lt;br /&gt;
南新一さん、川崎栄子さん、ほか２名（脱北者）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;普段は別々に活動している方々が一度に集結したため、&lt;br /&gt;
さまざまな角度から北朝鮮問題を勉強できました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tresbien24hiyamania/64184344.html</link>
			<pubDate>Wed, 25 Sep 2013 00:54:23 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		</channel>
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