そういえば暫く自宅で音楽聴いてないなと思い、トランクや棚の奥深くに眠っていたCDを引っ張り出してみました。 私は、ロック&ポップ、トランス、レゲエ、ヒップホップからサルサやメレンゲなどのラテンも大好きだし、ピアノ(リチャードクレイダーマンなど)やオーケストラ(ポールもリアとかね)なんかも聴きます。勿論ビートルズやカーペンターズも私の音楽人生の原点ともいえますし、YMOとサザンを聴いてからは邦楽も好きになりました。
| 「お〜、デュランデュランだ、バングルスだ、ロクセットだ!」 80〜90年代ロックをノスタルジックな気分で片っ端から聞いてみたのです。音楽とは不思議なもので、当時の時代背景や思い出を記憶の底から引き出してくれる効果があって、感慨に浸ってしまうものです。 「あの頃こんなバカやったな」「アイツ元気かな」「あの娘は幸せに暮らしてるだろうか」なんてね。それでもかつて音楽を聴いているだけで幸福感をたっぷりと味わえたあの感性はどこにいってしまったのか。良い音楽を聴いて青空眺めているだけで幸せになれたあの感覚は、年とともに消失していくものなんだろうか。 |
私は”Life without music is meaningless”と言えるほどに音楽好きでした。下手なDJよりもCD持っていると思います。3.4千枚くらいまでは数えましたが、途中で面倒なのでやめました。封を開けてないCDもいっぱいあります。つまりそれほどの音楽ヲタがいつの間にか自宅で音楽を聴かなくなってしまったのを我ながら不思議に思ったのです。
| アメリカの映画の中でマイケル.J.フォックスが「音楽がうるさく感じるようになったらジジイの始まりだ!」なんて言ってましたが、もしかして「俺もジジイの始まりを体感しているのか!?」う〜ん…ヤバい!! |
| 近頃、我々オサ〜ン(オバさんも)をポジティブに見直そうとする啓蒙思想をアラフォーと称するようになり、トレンドであるようだが、所詮、加齢臭とタチの悪い息子(下半身の奴ね)に悩み始めるメタボリンジャー博士にすぎませんw |
| えっ、あなたのティンコの性能はいまだ衰えていません? あっそうですか、そりゃ良かったですね!!! 私なんかね、バイアグラ飲むと頭痛くなるんですよ!! (泣 |
| 最近では元カノどもからお誘いの電話をいただいても、愛のないセクースの為だけに奉仕するのが億劫になってきたし、性欲満たすだけなら自分で処理した方が面倒なことしなくて済むからなあ、なんて考えてしまうんです。 ヤルだけやって寝るなんて芸当は俺にはできないし、送り迎えもあるわ、六本木のホテル代も馬鹿にならんとかねw |
| この頃なんかオナニーするのも面倒になって途中で寝てしまいますもん! 俺もう男として終わってるかも... (鬱 |
| 仕事が忙しくて時間がないなんてのは、言い訳なんだよな。昔の方が仕事がんがんこなしてたけど、寝る時間削ってでも、好きな女の為に花や風邪薬を届けてやったり、海までドライブにでかけてたもん。好きなことする為のエネルギーや情熱に溢れていたんだよね。それが今じゃ独りの時間を前ほど楽しめなくなってきました。それは、つまり音楽や天気1つで幸せや希望を感じられた感受性が衰えてきたということなのかもしれません。性欲が衰え、金に対する執着も薄れ、煩悩から解放されると見えてくるものがあるのは確かなんですが、男として寂しさを感じずにはいられないのです。価値観の変遷と言えば、ここ数年では、親しい人と経験や時間を共有することの方が価値あるような気がします。だって人との繋がりの中でしか人生の意味って見い出せないんじゃないかと思うから...生態系みたいなもんだよね。つまり、それぞれの存在が相互依存しているのが宇宙のシステムなんだから、存在価値とは他者との関わりの中にしか生まれてこないのではないかと私は考えるわけです。魚が何千何万もの卵を産むのだって、魚が子供好きだからというわけではないでしょうw 他の生き物に食われてしまうからなのだとすれば、やっぱり他者との関わりの中で存在の意味が生まれてくると考えてしまうのも仕方ありませんよね。 |
アラフォーというテーマで何かを表現してみようかなと書き綴るうちに哲学的な内容となり、自分でも意外なオチがつきました。さすが教養ある人間は、話が深いですねw 自分でも時々感心します、己の愚かさにですよ。
本当はもっと他のことを書こうと思っていたのですが、面倒になってきたし、これはこれで良いか...
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