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彼女がデビューした頃、
所謂普通のアイドルだと思っていた。
派手な衣装で可愛さだけを売りにした歌手だと・・・・
しかし、デビュー後数年して、彼女は声楽を学び、アイドル歌手を卒業して
本格的歌手を目指した。
不運にも、白血病に冒され、闘病生活を余儀なくされながら、いつの日も歌を忘れなかった。
彼女の代表曲:
この曲は、ドラマ白い巨塔で、主人公の財前五郎ががん専門医の医師でなりながら自らがんで死亡したとき、流れた曲です。
田宮二朗主演の第1回ドラマ化の内容は壮絶でした。
さて、美奈子に話を戻しましょう。
聴き比べしてください:
美奈子&岩崎宏美です
美奈子との声量の差を感じていただけましたか?
アイドル歌手からスタートして、本物の歌手になった美奈子。
もっともっと、きみの歌を聞きたかったよ・・・
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峠を越えて
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セローで行くツーリング記
峠を越えたら何が見える・・・
峠を越えたら何が見える・・・
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免許を取ったのが二十歳ちょっと前、1981年頃です。
友人からもらったヤマハMR50が初めてのエンジン付きでした。
これでしばらくの間、高知大学まで走っておりました、当時家族は誰も4輪車免許を持ってなかったので、家には生まれてからずっと、自動車はなかった。
初めてのマイカーである。(マイカーって今では死語だね)
①最初の自動車:日産 サニー、白、4ドアセダン、1400cc、無論中古車、お値段約30万円
写真を探してみたんだけど無かったので、一番近い感じのものを拾ってみた。
この車は、2月頃に買って、事故でその年の8月には廃車!
たった半年のお付き合いでした。
免許取立てで、今から思うと恥ずかしいくらい、運転が下手だったなぁ〜〜〜
この時期は、車自体にあまり興味が無くって、無難な白色で、便利な4ドアだったら何でも良かった感じかな?
②2代目は、マツダ(当時はまだ東洋工業)のファミリアAP
FF形式になる前の最終型FRでした。
これも写真が無いので、近いものを探した・・・
朱色、1300cc、FR、無論中古車、お値段約30万円
セダンからハッチバックになって利便性が増した。
色もタイガーマスク(伊達直人)と同じで、学生時代6年間乗った。
6〜7万kmは走ったかな?
バイクは家に置いてて、帰省の際にはファミリアで帰り、たまにツーリングでMR50って具合。
ヘッドライトが球切れして、自分で換えた。
スパークプラグ交換も自分でやった。
ディストリビュータの清掃や磨き、バッテリの交換も初めて体験した。
ちょっとだけ自動車そのものに愛着や興味が増してきた頃だった。
大学卒業後、徳島に本社のあるところだったが、研修名目で大阪が勤務地となった。
当時は研修先の会社の寮に入ったので、乗っては行けず、親戚の従姉妹が免許を取ったのを機会に、譲った。
前のサニーに比べ、とても運転しやすく、お気に入りだった。
ただ当時の車にはカーステ(カーステレオ)など付いてなかったから、シガー電源から給電して、普通のラジカセ(日立:パディスコ)を助手席に置いて、カセットテープを聴きながら走ったな・・・。
大阪に居た5年間、車とは無縁の時代だった。
就職後1年間は寮生活だったが、2年目は豊中市にワンルームマンションを借りて、
独身生活を謳歌していた。
車も持てなくは無かったけど、駐車場などかなりの出費になるので、当時はホンダ
TLM50で大阪〜徳島を往復していた。
③5年後、徳島本社に帰って来る際、
実家での移動用かつ通勤用に、生まれて初めての新車:スズキ カルタス1300 を買った。
グレー色、5ドアハッチバック、初めてのFF車、125万円、無論自分の給料で支払った。
標準装備でカーステ付き!!!(無論、カセットテープねっ)
これも現物じゃないけど、こんな感の車でした:(色はグレー)
![]() 徳島本社に帰ってきて、結婚して、トライアルが再燃して、念願のマイ・トラ車を買って、トランポが必要になり、タウンエースに買い換えるまで、約9年間乗った。
名古屋中京放送のシステム開発で約1年間名古屋生活。
ちょうどその頃、見合いして、婚約時代・・・
大阪在住の彼女(今の妻:キャハッ!)とのデートカーに活躍。
お高い駐車場代を支払って、名古屋市中警察署の近くに2万円で場所を借りた。
元を取るべく、名古屋〜徳島の往復はカルタスで。
さて、2年後無事結婚。
しばらくは通勤カーとして使用する。
ちょうどその頃、妻が普通4輪免許を取ったので、次の愛車スバル・ヴィヴィオを買った・・・。
その会社を辞めて、トランポとなるタウンエースを買うまで、乗っていた。
④妻のファーストカー:スバル・ヴィヴィオ
ここで初めてスバル車に出会うわけだ!
運転がしやすくて、小さくて、燃費が良い車だった。
色:ライトブルー、加給機なし、4気筒NA、5ドアハッチバック、
初めてのCVT(プーリによる無段変速機構)トラちゃん初めてのオートマ車である。
お値段約128万円
当時はまだカーナビは一般的ではなかった時期なので、電子コンパスなるオプションをつけてみた。
車の進行方向がリアルタイムに表示される電子コンパスで、意外と重宝した。
CDチェンジャーも自分で取付したし、プラグ交換やオイル交換など基本的な整備もこの車で教わった。
結局・薬局・放送局、、、ヴィヴィオは一番長い期間乗った車となった。
基本的には妻用にヴィヴィオで私はカルタスだった。
でも、遠出の際には、どちらもが運転できて(妻はオートマ限定)便利なヴィヴィオの出番だった。
四国霊場88ヶ所の旅も、ヴィヴィオで行った。
とにかく思い出一杯の車だったね。
廃車前の雄姿がこちら:
この車とは17年の付き合いで、人生史上最も長く乗りました。
一番思い出深い車でした。
さて、買った順に並べたら、次はタウンエースとなります。
⑤タウンエースロイヤルラウンジ、2000cc、1BOX、後席スライドドア
1999年、ちょうど今のセローを勝った時期とほぼ同じで、まだこのときは、家族6人でゆったり移動できるという目的でした。でも数ヵ月後ナンバー無しトラ車のトランポとなる運命に・・・(笑)
さすがに2000の1BOXで、1.5トン、燃費は10km/Lちょいでしたね。
当時は某電器店に勤務してたので、まあガソリン代を気にするほどでもなかった。
トラ車を積んで、香川の竹やぶ練習場や、鴨島、明和、高知・正蓮寺、、、など色んなところに走っていった。
無論メインは徳島トラの穴練習場であった。
トラが一番活動的だった時期のことですね。
手放す前の画像がこちら:
さらにこの後、タウンエースの後継機、ヴィヴィオの後継機と続くのだ。
記事が長くなりすぎるので、一旦閉じて、続きは次稿へ・・・
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こないだの強風の後、徳島では暖かい日々が続いています。
もう、雪はないだろうという予測の基、スタッドレスから通常タイヤに履き替えいたしました。するとどうでしょう?!およそ1ヶ月半ぶりのTOYO トランパスLuK、昨年11月に新品交換してから、また新たな感動の走りが甦った!
接地感、直進安定性、転がり感、剛性、ロードノイズ等々、、、
あらゆる面で冬専用タイヤであるスタッドレスとは段違い平行棒!!
久々の感覚に酔いしれます・・・・・・。
軽自動車に合うサイズとしては、現在最高レベルか?!
とにかく、最高・サイコー
やっぱ車は最終、タイヤやなぁ〜〜って思いましたね。
追記:
冬用タイヤを1セット持っていると、タイヤローテーションが苦労なく出来ます。
今までは、予備タイヤに付け替えて、一度ジャッキを下げ、別の場所のタイヤを外しては、入替え、また対角線上のタイヤを同様に付け外ししなければいけなかったので、作業性大幅アップです。
時間にして1/3くらい?!
で、X型にローテすると、回転方向が逆になって、ブレーキの効きも良くなるし、偏磨耗抑制にも効果的と、良いことだらけ・・・。
冬タイヤさまさまってところです。
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さて、わたしは、どこに居るのでしょう???
詳細レポは後ほど・・・
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道路の広くなった場所で昼飯です。 腹ごなしに、近くの尾根をたどってみた・・・ 尾根線は別名:分水嶺とも言います。
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