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ごまめの歯ぎしり 149 続き
>特に、天皇並び天皇を利用し日本の人および海外の人の数百万以上の命を無にし・・・
当時日本はいつも敵方から攻撃され、それでも隠忍自重を繰り返していました。
決して日本側から好んで戦争したことは一度もありません。
北支事変、満洲事変、上海事変、いつも民衆に反日を煽る軍閥や乱立する複数の政権が、自らの正当性を印象付けようとして日本人をターゲットに挑発したものです。
そこには、いつも日本人が戦争を避ける為に譲歩してきた優しさを弱さと侮ったシナ人の愚かさと傲慢さが見えます。
ロコウキョウが支那事変の始まりとされていますが、実はこれも支那共産党の挑発だったことが共産党の幹部が“自分の戦功だった”と名乗り出て解明されました。
日本軍は何度も交渉し戦争になることを避ける努力を重ねました。
休戦が実現したところ、戦争したかった蒋介石は上海に駐屯していた海軍陸戦隊の将校が自動車で外出していたところを運転手ごと機関銃で銃撃、暗殺します。
そして僅か3000名の海軍陸戦隊が護る上海の日本人街を殲滅するため、蒋介石は正規軍30万人を動員して攻撃を始めます。
このとき蒋介石軍は、外国人が多数居た上海のホテルやデパートを空爆し、日本軍の仕業と宣伝しました。
一方北平(北京の旧名)近郊の通州という町があります。
日本人が200名ほどと100人ほどの日本軍護衛部隊がいる町です。
そこにはキトウ保安隊・・・日本と良い関係にあり、近在の治安を任されていた部隊がありました。
しかしこの保安隊のトップは蒋介石軍が30万人で総攻撃を始めるという情報に、蒋介石軍が負ける筈がないと考え、日本を裏切ります。
たまたま日本軍の主部隊が何かの作戦で留守にしていました。残っているのは経理や厨房などの非戦闘員が主な40人程度だけだったと言います。
通州の日本人は全員が惨殺されました。その酷さはすべて記録に残っています。
一寸話は逸れますが、所謂南京大虐殺やそのネタ元になったと言われる本多勝二の“南京への道”などに表現されている、日本軍が行ったとされる虐殺の仕方が、通州で行われた惨劇と共通するのです。とても同じ日本人として考えもつかない殺し方や遺体に加えられた残虐な損壊が、どうしてシナ人の犯行である通州
の日本人に加えられた被害と似通っているのでしょうか?
本多勝二の取材は、すべてシナ政府の通訳(監視員)の紹介する証人に監視員同席でインタビューしたとあります。
有名な南京事件(捏造された所謂南京大虐殺)の10年前、1927年に起きたもう一つの南京事件があります。
排外主義のシナ人が当時の首都南京の各国大使館に乱入し、外国人を大虐殺する騒乱が発生しました。
揚子江に遊弋していた各国海軍は、直ちに市内に向けて報復の砲撃をしました。
その砲撃はものすごく無差別に南京市内を破壊しました。
日本軍も同調して攻撃するように申し入れがありましたが、当時の幣原外相は、親支那派で、日本軍に攻撃を許しませんでした。
その為日本大使館に居た数百人の日本人が虐殺されました。
日本海軍の艦長は、邦人を救出出来なかったことを詫びて切腹しました。
それ以来、支那の排外主義は、無慈悲な報復をしなかった日本だけをターゲットにし、排日主義へと変容していきました。
きれい事を言っても無慈悲に殺戮を繰り返す白人国は一目も二目もおかれ畏怖されたのです。
むしろ日本軍は、日本人シナ人の区別なく無辜の民間人を保護の対象としていました。
だから、日本軍が村や町に進駐してくると、逃げていた住民が帰ってくるだけでなく近在から平和と安全を求めて多くの人々が流入してきた例は枚挙に暇がありません。
>日本が古来よりはぐくみ育ててきた精神をも無にした当時の人々の責任は大きく、腹を切って償うことはできないと感じている。
日本人がマスコミや学校で教え込まれた、日本軍の姿とは随分違うと思いませんか?
日本が古来から育んできた精神は、あの戦いで無にしたでしょうか?
あの大東亜戦争では、およそ260万人の軍人と80万人の民間人が亡くなりました。
80万人の内沖縄で17万人、東京大空襲で20万人、広島、長崎の原爆で30万人が亡くなっています。
痛ましいかぎりです。
そしてこれらの非軍事都市、非戦闘員である日本国民を対象にした無差別爆撃は、完全に戦時国際法に違反していることにご注意ください。
非難されるべきは、アメリカではありませんか?
シナでは、戦争直後、軍民およそ300万人が犠牲になったと発表されました。
その後年々増えて、江沢民が来日する前は3500万人が死傷とされ、江沢民が来日し
て3500万人が“殺された”と変わりました。
ついでに言えば、毛沢東は文化大革命と大躍進政策を施行し、合計で5000万人とも
7000万人とも言われる死者を出しました。
さらについでに言えば、朝鮮戦争に於いて、連合軍の反撃が中朝国境まで迫ってきたとき、シナ共産党軍が参戦しました。
このときのシナ軍の最前線は、投降した蒋介石軍300万人にろくな銃も与えずに、後方から督戦隊に追われて前進させられ、アメリカ兵をして、全シナが襲ってくると恐怖させたといいます。
何しろ、アメリカ兵がいくら撃ってもバタバタ倒れるだけで、次から次へと沸いてくるくるのですから・・・。後ろに逃げれば容赦なく督戦隊に撃たれ、前進すればアメリカ兵に撃たれるのです。
これが、毛沢東のシナ共産党軍の正体です。
1945年8月15日 日本は降伏しました。
その時、蒋介石軍主力は日本軍の包囲攻撃にあって、もう明日は降伏しようかと覚悟を決めていたとき、突然日本軍の攻撃が止みました。
陛下の玉音放送と共に、全軍に戦闘停止の命令が来たためでした。
戦闘停止命令で全軍が整然と戦闘をやめた・・・。日本軍がいかに秩序が保たれていたかが判ります。
屡々日本軍が残虐だったと言われます。でも私には信じられません。
すると戦争は狂気だ、どんな人間でも狂うものだ・・・と片づけられます。
では本当に狂気なら、間もなく降伏しそうな相手に、こんな風に降伏するでしょうか?
戦後日本は、七年九ヶ月にわたって、連合軍(実態は米軍)の軍政下に置かれました。
アメリカは日露戦争で日本が勝ったときから、脅威を感じていたと言います。
そして、その覇権をアジアに求めるとき、邪魔な存在が日本でした。
日本が世界で始めて提議した差別撤廃を、黒人奴隷や低賃金の移住民に支えられたアメリカ経済の現実を抱えていたウイルソン大統領は、このときになって多数決を突然全員一致に変えて葬りました。
そして日本人移民から土地所有権や様々な基本的人権を剥奪し、弾圧をはじめまたのです。
アメリカは日本を何とかして殲滅し、植民地化したいと願っていました。
日露戦争で日本警戒論に転じたセオドア・ルーズベルト大統領は、直ちに対日戦作戦・オレンジ計画を立てさせました。
その後年々改訂し、1941年、奇しくもセオドア・ルーズベルトの従弟であるフランクリン・ルーズベルトが大統領の時代でした。
ヨーロッパ戦線で劣勢に陥ったイギリスの参戦要請をうけ、どうしても日本を戦争に引き摺り込む必要が出てきたのです。
そこで当時日本が多くの主要産業の原材料、特に石油の供給をアメリカに頼っていたため、アメリカは禁輸という経済制裁を始めました。
一方で、シナのマーケットを狙っていたアメリカは、蒋介石軍に軍事、経済援助を与えました。
日本は、アメリカの援蒋ルートがなければもっと早期に治安回復が出来たはずです。
アメリカの禁輸によって、日本は最大限節約しても九ヶ月後には、軍艦も戦闘機も戦車も動けなくなります。
日本はアメリカに何度も禁輸を解除してくれるように交渉しました。
日独伊三国同盟の形骸化さえ提案しました。
アメリカは実は日本を戦争に引き摺り込みたかったのです。
だから、日本が譲歩してきても、妥協するどころか条件を吊り上げてきました。
これが有名なハル・ノートです。
日本政府はそのころ東条英機大将が首相でした。
アメリカの頑なな態度に、政府は戦争の覚悟を固めます。
天皇陛下に奏上しますが、数回にわたって、もう一度折衝せよと戦争にすることをお認めになりません。
いよいよ、このまま禁輸されたまま降伏するか、戦争を覚悟で東南アジアの産油国(殆どが植民地)から輸入するか決めなければならないタイムリミットが迫ってきました。
陛下は、それでもお認めになりません。
アメリカに交渉に行っている来栖、野村両大使にも、何度も訓令が飛びます。
遂にタイムリミットを一ヶ月延ばして陛下に最終の交渉を奏上します。
ある将軍が遺した言葉です。
“戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして屈せば、永遠の亡国である。乾坤一擲戦って破れたなら、二世代三世代後の日本人に、我らの誇りが伝わる。きっと後世の日本人はこの誇りのもとに再起するに違いない。”
そうして日本は戦いを始めたのです。
>理由の如何を問わず、戦争で多くの命を無駄にしたことは切腹では済まされない・・・。
私は、そうは思えません。
英霊が命を捧げて戦って下さったおかげで、今の日本があり、日本人が生きているのだと思います。
欧米白人国の覇権がアジアに及んできた時、日本がその前に立ちはだかったのです。
シナに於ける戦いも、彼らは侵略だと喚きますが、麻のように乱れたシナ大陸に、民衆が安心して住める治安回復のために行動していた日本軍に、自分たちのエゴで反日を煽り、攻撃したのはだれか?
日本が石油を求めて東南アジアに働きかける時も、対象は植民地の宗主国であり、植民地の民衆の解放、独立を目指しました。
宗主国の軛を解き放ち、日本は大東亜共栄圏を建設しようとしたのです。
屡々能く事情を知らない反日勢力が、“宗主権を乗っ取った・・・”と言うことがあります。
しかし、インド、仏領インドシナ(ベトナム・カンボジア)、インドネシア、シンガポール、ビルマ・・みんな独立を達成しました。
戦争は悪い、日本は戦争をした・・・理由を問わず戦争は悪い・・・。
今まで数知れない戦争がありました。今も大規模な軍事行動は絶えません。
その当事者の言うことを誰がどれだけ非難し、阻止しようと動いているでしょうか?
チベット、東トルキスタンでは、今もシナの弾圧、虐殺、民族浄化が行われています。
理由の如何を問わず、戦争が悪いなら、チベット、東トルキスタンの人々を見殺しにすることが正義でしょうか?
日本は、人類史上初めて、自国だけの利得ではなく、白人の植民地で過酷な収奪にあえぐ多くの民族の解放、独立のために戦ったいわば本当の聖戦、大東亜戦争を戦ったのです。
我が国は武運つたなく敗北しましたが、その戦争目的は見事に達せられ、アジア各国はすべて植民地の呪縛から解放され、独立国として繁栄しているではありませんか!
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「日本の研究者も、南京大虐殺を認めた」 日本と中国による歴史共同研究、報告書公表へ
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090820/chn0908201353003-n1.htm
・中国英字紙チャイナ・デーリーは20日、日中両国有識者による歴史共同研究について、
中国側の研究者が9月1〜5日に訪日し、日本側研究者と共同で報告書を公表する
予定だと報じた。
2009/8/21(金) 午後 7:20
日中歴史共同研究(委員リスト)
ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/jc_rekishi_list.html
日中歴史共同研究第3回会合出席者
ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/pdfs/jc_rekishi_03m.pdf
東大教授、防衛大教授、防衛庁防衛研究所戦史部第1戦史研究室長に対して「サヨク」とか「在日」とか「工作員」とか自虐的なことを言いませんよね?
2009/8/21(金) 午後 7:21
現防衛大学長のイオキベの売国度は工作員並みです。WGIPの威力は今もどんどん拡大再生産されています。村山元首相は社会党だから当然としても、故宮沢、江之傭兵、加藤紘一、売国奴など掃いて捨てるほどいます。田母神氏を解任、退任させた国防相が自民党内閣なんです。今の戦史室長が誰だか知りませんが、売国奴だからといって何の不思議がありますか?
要は、あらゆる分野、あらゆる階層に売国奴は浸透しているというより、それだけ敵の工作とマスコミの中枢の汚染がひどいということです。サンプロの田原総一郎など、シナ人の靖国を貶める映画を絶賛し、同時期に発表された“南京の真実”を無視するほどのシナ好きです。
2009/8/21(金) 午後 9:36 [ tridjapan ]
そもそも南京捏造物語は、東京裁判で検事側が原爆の犯罪性を薄めるために公表しようとしたが、一切の証拠も証言も得られず、むしろ南京虐殺などなかったという証言ばかりであきらめたのでした。ところが朝日新聞の本多勝一がシナ工作員と協力して捏造本を出したのが実際の始まり。その後社会党の田辺ナントカが労組の金を持ち出し、シナ政府に南京虐殺館を提案し、それにシナ政府が乗ったのです。
だから、日のないところに煙を出そうとして、嘘に嘘を塗り重ねざるを得なくなったのです。本多勝一はじめマスコミ中枢にはびこったガン細胞のような売国奴が、我が国の民主主義の脆弱性を突いて日本を腐らせていくのです。やはり腐ったリンゴは箱から出さなければみんな腐ってしまいます。
2009/8/21(金) 午後 9:52 [ tridjyapan ]
1936年の南京にいたわけではないのですから当時の様子を知るには各種証言や史料を調べるしかありません。
それらを全て否定すれば南京大虐殺は無かったと言うことができます。が、通用するのは脳内だけです。
正しい、間違っているは最終的な手段として司法の場で判断となりますが。司法(最高裁)において南京大虐殺は認められております
2009/8/23(日) 午前 8:26
各種証言や資料がすべて証拠能力がないでっち上げであることが証明されています。何も無かったことを立証することは悪魔の証明といってきわめて困難なことなのです。南京の場合、シナとその手先になっている名無しの同類たちが多くの証拠を出してきました。それが捏造であることを科学的に立証することで、南京虐殺の欺瞞を暴露することができたのです。南京の虐殺とされる物語が日本の司法で事実と認められたことは一切ありません。このように嘘を平気で述べてくれるので、南京の欺瞞がますます明らかになるのです。
2009/8/23(日) 午前 9:22 [ tridjapan ]
こんにちわ、この記事はたもがみさんの意見ですか?
それともブログ主さんのご意見ですか?
誰かの入れ知恵、悪質な戦争プロパガンダ丸出しですよ。
おそらくたもがみさんの意見で、背後の黒幕は渡部さんですよ。
渡部さんの文体臭いなあ(笑)
自分で調べた意見ならこんなに簡単に日本の立場を説明できるはずはありません。
なぜなら日本に不都合の事実に出くわすからです。
それを全部ばっさり切り捨てているところをみると悪質な扇動者のしわざです。
オレンヂプランってなんですか?
レインボープランのひとつでしょう?
アメリカでは虹は六色として理解されています。
つまり六カ国を仮想的としたアメリカの一般的な国防プランの一つです。
それをことさらオレンヂだけとりあげるのは悪質でしょう?
2009/8/24(月) 午前 5:45
満州事変は当初国民党軍の攻撃による反撃だと関東軍はいってました。だから北大営を攻撃しました。
のちに張学良のいた錦州を爆撃しました。
熱河も攻撃し、溥儀を担ぎ出して分離工作しました。
政府は不拡大をとなえ、(若槻内閣)満州国の承認をためらいました(犬養内閣)。
蒋介石が抗日にふみきった原因(華北分離工作)や、ハルノートの原因(南部仏印進駐)にもふれてませんね。
大東亜会議にインドネシアとマレーがまかれてなかったことにもふれてませんね。
悪質なブロの宣伝工作ですよ。
2009/8/24(月) 午前 5:55
WGIPに汚染され、欺瞞を真実と信じた(吉田茂に曲学阿世の徒と罵倒されたものたち)人々が、騙されているだけでなく、周囲や後進に欺瞞を刷り込み、そんな拡大再生産を繰り返し、ついにヒロシやその同類の粘着質の嘘つきが蔓延るようになりました。彼らは論理破綻を来すと、反対の論者の人格誹謗にはしります。だんだんエスカレートする汚辱の形容詞が彼らの得意技ですね。武力を背景に完全圧政を敷いたGHQが、その総力を挙げて刷り込んだWGIPには真実の一欠片もあるはずがないのです。その壮大な欺瞞と、現在も精力的に真実を掘り起こすため真摯な努力を重ねる研究者の成果とどちらが信じられますか?ヒロシなる粘着虫には、この真偽を見分ける知性も無いようです。
しばしばマスコミに登場するシナ政府や南北朝鮮のステートメントやコメントは、ごく平均的な知性を持つ日本人でさえ、その欺瞞性を見抜けます。昨年の北京五輪、チベット、ウイグル、シナ人の継続的且つ日常的な欺瞞から類推しても、先に挙げた研究者を批判する言葉のむなしさが判ります。
2009/8/24(月) 午後 7:09 [ tri*ja*an ]
>各種証言や資料がすべて証拠能力がないでっち上げであることが証明されています
司法の場において南京大虐殺は無かったという判断をしたことはありません。
その真逆で南京大虐殺があったことを認める判断をしたことはいくらでもあります。
その「証明」なるものがいつ、誰がしたものなのかはわかりませんが。日本においては最終的な判断は司法がおこなうことをお忘れなく
2009/8/28(金) 午後 3:50
>そこには、いつも日本人が戦争を避ける為に譲歩してきた優しさを弱さと侮ったシナ人の愚かさと傲慢さが見えます。
そうしたら、なぜ中国大陸に日本軍が居たのか?
と気づいて、これは嘘の捏造だとすぐ見抜かなければならないよ。
要するに日本軍も中国大陸で欧米列強と同じようなことをしていたのだわ。
しかも、敗軍の将の証言など自分に有利なことしかしゃべらないよ。
だから「田母神氏に乾杯」ほどならず者に盗られた話はない。それが結論です。
2013/11/26(火) 午前 9:33
世に強盗の手先である軍人をほめるほどの愚論迷論無知論はなしです。
大昔からよその国から戦利品を盗って帰ってくるのが軍人の仕事です。あなたは此処を騙されていてはならないなと思いましたよ。
こういった話に証拠も何も関係ありません。犯罪者は証拠隠滅が十八番です。軍というのは、戦場で兵士にみじめな命令を出して国に帰ってから戦争の告発ができないようぬかりなく働くのです。そうしなければ次の戦争がやれないからです。
だから、あなたがたは、「あったことをなかったなかった」と言う捏造歴史の嘘に騙されていてはならない。
というわけで、世に「田母神氏に乾杯」と言うぐらい騙された話はない。これが正解です。
そして、彼の論では、戦争が繰り返されることで、これは自明としなければならないのです。
2013/11/26(火) 午前 9:33