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2009年7月16日に
あこがれの「トムラウシ山」「美瑛岳」で不運にも亡くなられた10名様のご冥福をお祈り申し上げま
す。
「トムラウシ山」の名を聞く度にこの山を目指した2002年7月8日の事が思い出されます。
私自身も遭難予備軍の一人であったと言う反省を含めて。
特に2002年7月11日には山頂周辺で2名の死者が出ています。
トムラウシ温泉より日帰りの最短コースをとりました。
日帰りの場合は往復11時間のハードなコースです。
縦走ですと1日の徒歩時間は7〜8時間ですが20kg以上のザックを背負う体力を要求されます。
そこで軽いザックでOKのツアー会社の商売が成り立つ訳です。
ツアーですとテント、コンロ、はツアー会社が運んでくれますので寝袋のみでOKです。
金と時間はあるが体力のない中高年にはありがたいシステムです。
この地域のツアーは各社共人気が高く早くから完売となるようです。
まず歩き始めて気づきましたのは登山道がぬかるんでいて快適でない事でした。
この山域全体は大雪山系と呼びますが火山が作った山体です。
地下の溶岩が雨水をストップして浸透を妨げていますので水溜りも多くあります。
ですから蚊が多い。私達が日頃目にする家蚊と違い大きくしつこい休憩で腰を降ろすと
たちまち集まってきます。携帯用の電気蚊とり、防虫スプレー及びうちわが必要と思いました。
登るにつれて雨となりました。
レインウエアを着用。このレインウエアーも今回の遭難の原因の一つでないかと思います。
登山の場合のレインウエアーはゴアテックス製がほとんどでしょう。
2シーズン位で防水性能が劣化して雨がしみてきます。市販の防水スプレーで回復を図りますが
不十分で長時間の歩行では体が濡れてきます。今回の死者のウエアーは雨を通していたのではと
想像しました。検視の医師によれば死者は皆下着までびしょ濡れであったそうです。
私はこの山旅の後レインウエアーを買い換えました。
カムイ天井を過ぎると当時は沢が登山道でした。現在は尾根に新たな道が作られています。
10回程渡河します。飛び石を飛んで渡りますが増水の為飛び石は水の中です。
深さはくるぶし位あります。流れも速く踏み込むのに躊躇します。
この段階で登山は断念すべきであったと思いますが遠くから飛行機で来ていますので決断が
つきません。さいわいダブルストックでしたので落水する事なく渡り切ました。
そしてこまどり沢入り口へ。
こまどり沢も写真のような水量です。体も滲み込んできた雨で冷えてきました。
この沢を登る気は起きませんでした。またいつの日か再訪するつもりでUターンしました。
帰路登ってくる登山者から「何故引き返すの?」聞かれます。この天候でも登りの人は12〜3名
いました。みな道外の人と思われます。この日8日は前トム平に登ってもまだ強風も吹いていなかった
と思われますので頂上を極め戻る事は出来たでしょう。11日には暴風雨となり疲労凍死の人が出ていま
す。今回も避難小屋にて停滞していれば避けられた遭難であったと思います。
ツアーが必ずしも安全ではなくむしろ危険な要素も多いと言えるのではないかと思います。
何故「トムラウシ」を目指すのかそれは雑誌の影響力でしょう。
読者アンケートでは常に第一位ですから。
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今晩は。
いろいろ考えさせられますね、遠くの山に遠征する(?)する時は、特にツアーなどでは、予定の日程でしか行動できないでしょうから、縦走となれば尚更のこと、登山口と、下山口が遠く離れていて。
余裕のある日程を組めば、宿泊費がかさむし。でも、やはり中高年登山者は、其の余裕を惜しむべきではないと思います、20代・30代の無理が効く世代とは違うので。
ところで、深田久弥の、「わが愛する山々」(新潮文庫)を手に入れるべく手配しました、ありがとう。読むのを今から楽しみにしています。
2009/8/27(木) 午後 10:27
今月号の山の雑誌でこの遭難の特集を読みました。
遭難したグループが避難小屋に滞在できない理由が判明しました。
同じ会社の次のグループがこの避難小屋に宿泊予定であったそうだ。
ガイドの1人は場所確保の為の小屋に残留していた。
2009/10/9(金) 午後 10:07 [ tro*fe*7 ]
新年明けましておめでとうございます。
貴方様にも、日本にも、本年が素晴らしい年となりますよう願っております。
なかなか伺えずに申し訳御座いません。
傑作○です。
2010/1/2(土) 午後 11:06
本年も宜しくお願い致します。
2010/1/5(火) 午後 7:51