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本当は、GHQか原発の話題書く予定が、大幅にズレてしまいました。 というのも、ちととあるブログで紹介されていた詩が、後ろ髪引っ張ってしまったんですわ。 武者小路実篤の「ヴァイオリンの名人」という詩でした。 いや、バラしてまうと、僭越ながらわたくし職業ヴァイオリン弾きだったりするので、ほっとこうにも後ろ髪引かれるんですが。(あ、意外な声が方々から聞こえてくるよぅ・・・・うきゃー。) 武者小路実篤が白樺派という理想・個人主義者であるとか、つまりは赤作家であるということは、まずおいといて、 とにかく、その詩というのは、自分の言葉で簡単に要約すると、 退屈し、生きるのがつまらなくなった人々の前に、ひとりのヴァイオリン名手が現れ、 悲しい曲を弾いては、人々は涙ぐみ、元気な曲を弾いては、人々はみんな元気になって勇気がわいてくる。 そうして、ヴァイオリン弾きは人々の心を音の魔力で、思うが侭に勝手に動かして、こう言う。 どうだ、人の心というものはすごいだろう、動かしようによってどうにもなるのだ。 われわれがいつも心をくだらなくできるのと同様に、人生の名人は、だから心を美しくできるのだと、 人の心ほど思い通りに動くものはないと、言い残して、彼はまた弾きだして、 人々を清い涙にさそいこんで帰って行く その後には、天使が訪れて去っていったように人々の心は清められ、讃嘆の声が室内に満ちた と、こういう内容であります。 なるほど、これが武者小路の思想なのか、それともアイロニーなのか、と、苦虫を噛み潰したような気持ちで納得しましたが。 ちなみに、最後の「天使が訪れて去っていった」という形容は、 天使の風貌を持つ悪魔のことであります。 キリスト教圏で信じられる古くから「ヴァイオリン」という楽器の属性は、 天使の奏でる楽器じゃなくて、ディアボロ(悪魔)の専売特許であります。 その難易度とあまりに多様な美しい音色から、人の心を惑わせる、混乱へと招く悪魔の楽器であると考えられ、 悪魔のヴァイオリンと謳われた19世紀の名手パガニーニの死後、キリスト教会は大地に埋葬することを禁止し、30数年間、地上を彷徨うこととなりました。 余談はさておき、 そういった芸術や出来事が、人の心を容易に動かすことは事実です。 ただし、赤い血を流した人間が、自由に思いのまま、人の心を動かせるのだとすれば、それは人の皮をかぶった悪魔なのであります。 ヴァイオリニストのはしくれとして、わたしが思うのは、 音楽に魅了され、曲の意図やインスピレーションを自分の言葉で表現しようと、とりつかれたようになって、なりふり構わず演奏家は鍛錬し、奏でる。 ・・・・・とまあ、常にそうありたいと私自身は思っていますが。 打算や思惑があるとすれば、それは三流以下にすぎない。 本当に好きな人間ならば、客の反応、人の批評や名誉など、二の次三の次であり、 それを精一杯出し切って、周りを見渡したとき、 まったく思いもよらずして、 聴いてくれた人が涙を流すなら。幸せになれるのなら、再び生きてゆく力を得るのならば。 それこそが、最高の誉れであり、幸せなのであります。 真の芸術家である巨匠たちこそが、そういった誉れ高き人間たちなのでありまして、 人の心を自由に動かすことが、できるのは、神でなければ、悪魔の仕業なのです。 感銘を受けて、その人が心を動かすのならば、その人の心であり、わたしたち演奏家はキッカケを与える単なる媒体にしか過ぎず、 「あなたの力強い演奏のおかげで、勇気がわいてきて、隣人の騒音に苦情を言いに言ったら、ナイフで刺されたじゃないの!どうしてくれるの!?」 などと言われても、「あたしの知ったことかい、てめぇの責任でしょ。」なのであります。 つまり、 人の心を感情によって動かして、操ろうと考える、人間の皮をかぶった悪魔が、 今、日本国内に、世界中に、跋扈しているのです。 現在の多くの新聞社、テレビ局が利用する「人を感動させて動かそう」というまさに悪魔のなす仕業たる報道や、コメント、教科書内の痛々しい写真や記述といった宣伝行動に、 心を動かされるとすれば、それは、自身の幼さが、悪魔の技に操られたというべきでしょう。 しかし、ときに、ほんとうに、まったく打算なく、なにかに突き動かされたかのように、 純粋にただ人を動かすことができるものがあると、わたしは思う。 それは、純粋に、一身に、なにかのために、全身を呈した人の心が創り出した「行動(結果)」であり、 それは、ときに、奇跡さえ起こす。 そこに打算や思惑など、踏み込む余地など、どこにもなく。 芸術分野であろうが、経済や商業分野であろうが、医療・福祉分野であろうが、政治・軍事分野であろうが、 すべての分野を問わずして、古今東西、全身全霊でもって何かを成し遂げる者とは、 いつの時代も、時代を超えても、ただただ、人の心を動かして止まない。
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みあけさんて熱いものを持っておられるんですね、何に対しても真剣なんですね。私は「ザイ界」で名声を残したい、ザイ界はザイ界でも漫才界ですけど・・・・・。
2007/10/25(木) 午後 0:39 [ ネオ若狭 ]
私、この記事を読み終えて、思わず手を合わせてしまいました。
みあけさんが奏でられるヴァイオリン聴いてみたいです。
2007/10/25(木) 午後 0:49 [ 松本メタル ]
感動を呼ぶのは、その方の与えられた持ち場で精一杯以上の仕事を為しえた時であり、それは地位や名声は関係ないです。
実業界で成功した人間の「私はいかにして会社を大きくした」と言う話を聞いても余り感動を呼びません。
ただ、下記の記事を見たら涙無しには語れません。
http://blogs.yahoo.co.jp/all_taiwan/37146304.html
本当に感動させる出来事は一見、非常に地味です。
しかし、一度その人の心に入ったら忘れたくても忘れられなくなる。
私も幸い(?)地位も名誉も金も無い人間ですが、そういう人間でありたいです。
みあけさんもそういう心をもってヴァイオリンを弾いてください。
傑作○
2007/10/25(木) 午後 8:39
武者小路の詩から、話がどうなるのだろうと思って読んでおりましたら、いや、お見事です。しかしみあけさんがヴァイオリニストだとは、驚きました。芸術家の知り合いがいないというのもありますし、なにより昨日の妙に生活臭の満ちた(失礼!)記事を拝見した後では、同一人物としてのイメージがわかなかったのです。いや、これは大いなる偏見でした。時が経つにつれ、弓を華麗に操るみあけさんの姿が目に浮かんできます。
人の心が自由に操れたら…私はそういう願望を持ったことが、随分とありました。いわゆる“マインドコントロール”ですね。しかし実際そんなことは許されないことです。人間として最も恥ずべき行為です。しかしそのような暴挙に挑む輩の存在もまた現実です。カルト宗教しかり。支那共産党しかり。我が国のマスメディアもまた同様です。築地に社屋を構える某新聞は、戦後60年を国民の洗脳に費やしてきました。この企みは半分成功しています。しかし、みあけさんや、小生、こちらへ来られる多くの方の存在は、その企みが完全な成功でないことを示しています。
外野の雑音は耳には届かず。「全身全霊でもって何かを成し遂げ」ましょう。傑作☆
2007/10/26(金) 午前 1:46
私もその記事、読んでました^^ 最近よく書き込んでるブログですのでw
実篤は分りやすい言葉で、アカの思想を入れ込んできますね。
昔の知識階層はアカが多かったと聞きますが、まぁその頃はアカが
どれだけ多くの人間を殺戮していくか、まだ知らなかった時代なので仕方ないとは思いますが・・・
お仕事、素敵ですね。しかも異国の地で頑張ってらっしゃるし。
腱鞘炎も職業病だったんですね。お大事にして下さい。
傑作☆ピカッ!
2007/10/26(金) 午前 9:29
素晴らしい・・。
その通りだと思います。
お気に入り登録させて頂き、今後も来ます。
2007/10/26(金) 午前 10:33
ネオ若狭さん、いやもう、赤顔の至りです。つい勢いで書いたら、趣旨から外れて別なほう行っちゃいましたよ。本当は感動して簡単に惑わされる人心の危うさを言いたかったのにー。
若狭さんのように、余裕あるユーモアを交えていけたらいいのになぁ〜。
2007/10/26(金) 午後 5:14
松本さん、お願いだから手なんて合わせんといてください。そんならわたし平伏せなー。わたし、きっと挑発とか乗りやすい単純なタイプなんですね、もっと余裕もっていけたらいいんですが・・・。
2007/10/26(金) 午後 5:18
chibanittaiさん、まったくその通りだと思います。精一杯実力以上のことをしたとしても、常に感動や奇跡が起こるとは限らない、9割以上が苦労と地味な努力なのだと、思っていますが・・・・・・しかし古臭く聞こえますね、現代においては。でも、呼び起こす感動はいつの時代でも本物です。
2007/10/26(金) 午後 5:25
あはは!カラカラ帝さん、いやいや、偏見は実は今日のほうかもしれませんよ、一昨日の方が私むしろ地を行ってると思います。(笑)
しかしさすがカラカラ帝さん、途中記事の要領が掴めなくなってしまい、言いたいことが伝わったのかわかりませんでした。
しかし、某新聞社はじめとして、どんな話術や巧妙な記事を利用しても、惑わされぬ人は惑わされぬし、下手な話術でも、通じる人には通じるんですね。日本もまるきり捨てたものじゃないというコトですね!
2007/10/26(金) 午後 5:37
れおんさん、お陰様でうまいこと再利用させていただきました。(笑)
武者小路は非常に危険ですね。なまじ実力ある文豪だけに、さらに人心をあやつりやすい。思想書を読むと思って当時の文学読めば面白いですけど、無垢な「読書感想文」には危険すぎますわ。
うれしい言葉です、ありがとうございます。
2007/10/26(金) 午後 5:43
クールビズサラリーマンさん、はじめまして。ありがとうございます、今後とも宜しくお願いします。
2007/10/26(金) 午後 5:45
バイオリンひきでしたか・・。
打算なく、努める・・。
それが、人を動かせる。
私も、そう思います。
2007/10/26(金) 午後 8:31
クールビズさん、人を動かそうと企んで、努めているマスメディア、3流作家、かれらは人を滅びに導く悪です。人は、それに気づかなくてはなりません。
2007/10/26(金) 午後 9:35
記事内にある、武者小路氏の「ヴァイオリンの名人」は、内容を自分で要約して書いたものですので、本人の作品を載せたわけでありませんので、あしからず。
武者小路氏のオリジナルと思って、記事のその部分をコピペして記事になさった方がおいででしたので、一応書いておきます。
2007/10/26(金) 午後 9:39
大変失礼しました。削除させていただきました。
2007/10/26(金) 午後 10:55 [ 杉山 浩司 ]
杉山さん、了解しました。
2007/10/27(土) 午前 6:15
昔、ヴァイオリン弾きの女性とお見合いしたことがあります。
結構いらっしゃるもんなんですね。
がんばってください。
キポツ♪
2007/10/31(水) 午前 0:22
れおんさん、まー、わざわざご丁寧に。ありがとうございます。了解です、あとで返信しておきますね〜。(^^)b
2007/11/4(日) 午後 9:06
coffeeさん、あらまあ、そうでいらしたんですかー。うーん、coffeeさんの美しい思い出に変なイメージ入り込まないと良いんですが〜・・・。(^^;)>
2007/11/4(日) 午後 9:08