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久しぶりに、MMカートリッジRoksan CORUSに付け替えて、レコードを聴いて
います。あらためて、音楽を楽しく聴かせてくれる、良いカートリッジだなあ。
DGGのムラヴィンスキー指揮チャイコフスキー「第5」が、豊かなホールトーン
とつややかな弦の響きで、細部までいききして聴こえてきます。この録音は、
高校生の頃に初めて聴いたものですけど、当時は強奏がガサガサした印象
をもっていました。やはり、再生装置のクオリティは重要。全曲を通して聴き、
深い感銘を受けた休日でした。
ところでカートリッジを替えるということは、それに調整作業がつきまとうもの
です。特に針圧調整は面倒なもののひとつですよね。今回はそれを、針圧
計を使わず、まったく聴感のみを頼りに行いました。数枚のレコードを聴きな
がらアーム高さ、針圧を少しずつ追い込んでゆきます。「このくらいでよいだ
ろう」と思ったところで初めて、針圧計で測定してみました。
我が家では、回転シェルのスタビライザとしてブラシが付いています。そのた
め、トータルの針圧がスタイラスとブラシにどのくらいの配分になっているか
は、実のところ不明です。でもCORUS MMの場合、両者が針圧計に乗った
ときに4グラム程度を「目安」と考えています。
さて実測してみたところ、なんと4.25グラムでした!これには我ながらビック
リ。やはり針圧計など必要ないのです。考えてみたらこれは「良い音で聴く」
ための装置。それならば、良い音のするようにセットアップすればよいわけで、
実測値がいくらかなんてどうでもよい(精神衛生的には大切ですが)ことなん
ですね。バカ高い装置にも、ムチャ太いケーブルにも、そして針圧計にすら
頼らなくなって、本当に音質本位のオーディオライフとなりつつあります。
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モントゥーがロンドン響を振って英Deccaに録音したドビュッシー&ラヴェルのアルバム、
以前にも書いたはずですが、私がこの指揮者に目を見開かされ 忘れがたい1枚です。手元にも、最初に購入したリイシュー重量盤LP、ED1初期盤(あま り盤質は良くない)、4トラック19cm/sテープLCL-80108があり、ときどき聴いています。 そんな愛聴盤ですが、マスター(おそらくLCL-80108の)からのコピーとされる2トラ38テープを入手 期待したとおり、手持ちのすべてを上回る素晴らしい音質 ところでひとつ痛感したこと、それはアルバムとしての曲編成の妙です。つまり「牧神」 で静かに始まり、「夜想曲」で盛り上がったものがいったん引いてゆく。再び静かな世界 から「スペイン狂詩曲」が激しいクライマックスを作ると、最後は静謐な「亡き王女」で 締めくくるのです。そして、「スペイン狂詩曲」が終わり「亡き王女」が始まるまでの空白。 これは生のコンサートであれば聴衆の大きな拍手とカーテンコールが入り、ある意味、 「前の曲の記憶は消され、初期化されてしまう」ところです。しかし再生音楽では、前曲 の余韻を引きずったまま次の曲が立ち昇る、それが実に効果的なのです。このテープ を聴きながら、「スペイン狂詩曲」が過ぎ去り茫然としているところへ静かにホルンが鳴 りはじめたとき、思わず涙 こうして考えると、再生音楽(レコードもテープも)は決してコンサートの代替ではない わけです。その曲順、曲間にまで製作者の意図がこめられているからです。そしてそれを その配列のままに再生するLPやテープは、やはり再生音楽の王道ですね |

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私の現用スピーカはTANNOYの「初代」スターリング(1983年に購入)、それに対し同サロンのものは最新・最高級のウェストミンスターロイヤルGR!入り口にSPU-Classic GE、プリはMarantz #7と、垂涎モノの名前ばかりですね。
サロンのレンタル時間は80分なので、LP選択には結構迷いました
・ワーグナー: 夜明けとジークフリートのラインへの旅(クナ・VPO)
・ブルックナー: 交響曲第8番からアダージョ楽章(シューリヒト・VPO)
・ドビュッシー: 管弦楽のための映像から「イベリア」(モントゥー・LSO)
・ビゼー: 子どもの遊び(レーグナー・BRSO)
・前橋汀子のヴァイオリン小品集「亜麻色の髪の乙女」から3曲
としました。英Decca、米Angel、伊Philips、東独Eterna、日CBSとプレス国も多様に、
リストは録音年代順でもあり、その順に聴いてゆきました。
真空管アンプでドライブする大きなスピーカーは、やはりよいですね。が、我が家の
音よりずっと上かと思うと、なかなかそうでもありません。TANNOYバックロードホーン
はこれまでに二度、オートグラフを聴いた経験があります。その印象と、今回の体験
は「共通した」ものがあります。それは音源に「プラスされているものがある」という
ことです。ひとことでいえば「木の響き」ですね。楽器的ともいえるのでしょうけれど、
しかし「響き過ぎ」というのが私の感想
ドホーン)がもつものか、それともその大きな体躯が置かれる環境が響いているもの
なのかは分かりません。
以前にも書いたとおりで、我が家のオーディオは「非演出」系に進化しています。
レコードの音をフラットに(もちろん38cmウーハーのように低音は伸びませんが、
出ている範囲の話)ありのままの姿で提示する能力としては、これまでのオートグラ
フ体験、今回のウェストミンスターロイヤル体験、そのいずれをも上回っている
思います。加えて小さな部屋での、いわばニアフィールドリスニングですから、その
意味でも余計な響きは足されていないわけです。
したがってこの勝負には「勝ち負けはなかった」と思います。大スピーカーならでは
の余裕、それが加える響きがレコードの音に良い方向へ作用したとき、確かに出て
くる音楽は極めて心地よい
美しさに本当に目頭が熱くなりました。
訪れてよかった、楽しい80分でした。そして夜は熊本の町で、うまかもんを楽しんだ
のです
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毎年この時期に恒例、巨匠スクロヴァチェフスキが来日し読売日響を振るコンサー
トに出かけてきました。かくしゃくとしてはいてもミスターSももはや91歳、「超」のつく
高齢指揮者です。首都圏3回のコンサートはいずれも同じ曲目のワンプログラム。
それを終えた後に下呂で行う公演も同じプロのようです。
今年は8日(水)の東京芸術劇場(池袋)、そして本日11日(土)のみなとみらいホー
ル(横浜)に足を運びました。演目は、ブルックナーの交響曲第0番、休憩ののち、
ベートーヴェンの交響曲第7番です。結論から言うと、ブルックナーは「他に並ぶも
ののない最高の名演」であり、深い感銘を受けました。ベートーヴェンも極めて立
派かつみずみずしい素晴らしい演奏なのですけど…ベートーヴェンは難しいなあ、
というのが実感です。
ブルックナーの0番、過去には朝比奈が在京オケを振った一回、それから数年前
にやはりミスターSの棒で聴いた一回、これしか「ナマ」体験はありません。前者で
は(その当時、素朴・豪快なブルックナーこそが最高と思っていましたから)とても
感動したことを覚えています。一方、前回のミスターSでは、良い部分もあるものの、
全体としては(曲の弱さゆえか)感銘度はあまり高くなかった記憶です。
しかし今回は、冒頭から抵抗のないブルックナーの自然音の世界。もちろんこの
指揮者の常としていろいろ人工的な表情があるのですが、ほとんど抵抗を感じな
いのです(その理由は説明不可能)。基本テンポは少しゆっくり目で、ブルックナー
らしい歩みを共感を伴って進めてゆきます。ときどきリタルダンド、かと思うとサッと
元のテンポへ戻ったりと、弛緩するところがありません。
今日、そして今後しばらく、これほどに素敵で魅力的なブルックナー「第0」を耳に
することはないのでは、と思います。
一方のベートーヴェン。申し分なく立派なのです。読響も大変なアンサンブル能力
で音楽を奏でてゆきます。でも…ベートーヴェンには、もうひとつの「踏み外し」が
要るのではないか、と感じるのです。池袋で聴いたときにはそれが何か、うまく具
体的に指摘することができませんでした。会場の熱狂がスゴかっただけに、自分
の感じ方が「異端なのかな」と思ったものです。今日、同じ演奏をもう一度聴いて、
「これ」と思うものがありました。第2楽章の最後、再び全強奏で基本リズムが現れ
る部分(214小節)です。「タータタタータ、タータタタータ」の出はffでしたが、すぐに
fひとつに音量を抑えてしまったのです。
たとえばマタチッチならば、ここは突入したffのまま豪快・開放的に「タータタタータ、
タータタタータ」と高らかにオケを咆哮させるところでしょう。そして私にはその方が、
ベートーヴェンの音楽により相応しく思える。逆に、ミスターSの解釈は(それが音
楽として美しくはあっても)ベートーヴェンの魂と「少し距離がある」ように感じられ、
乱舞する音の中に素直に入ってゆけなかったのです。
冷静で立派なベートーヴェンは、他にいくらでもあります(あるはずです)。ベートー
ヴェンに求めるもの、期待するものはそうではなく、やはり心の底から揺さぶられる
魂の咆哮でしょう。マタチッチ、フルトヴェングラーにはそれがありますが、ミスターS
の美演はその「汚さ」に一歩二歩、距離があるように思えたのです。
ベートーヴェンは、朝比奈が生涯をかけて巡礼をしたように、奥が深く難しい…。
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フランクフルトのアルテ・オパー大ホールにて、シュターツカペレ・ドレスデンの
コンサートを聴いて来ました
協奏曲(ソロはクレーメル)、ブルックナーの第9交響曲というプログラムです。
アルテ・オパーすなわち旧オペラ座ですから由緒正しき建物かと思ったら、戦
争で焼失し1980年代に再建・再開したのですね。外観は昔を再現し、内部は
モダンな作りとなっています。1階平土間はホントに平らで、その上に覆いかぶ
さる2階は傾斜していますがかなり奥行きが深いです。最近は音楽専用ホール
に慣れているため、このような多目的ホールは久しぶり。ホールに入ったときは
「いったい、どんな響きがするのだろう?」といぶかったのです
まるとその整った響きに感心しました。壁も床も木(色合いはローズウッド風)
であること、音を吸う敷物がまったくないことがプラスに働いているのでしょう。
残響は1秒台の半ばくらいでしょうか。それでも管弦楽を細かく聴き取ることが
でき、良い響きです
実は音が鳴り出して、最近の我が家で聴く音と雰囲気がよく似ていることに驚
きました。まあもちろん、生の音とレコード再生の音とは違うわけですけれど、
全体のバランス感、そして音楽の勘所の捉えやすさといったあたりに共通点を
感じたのです。私は長年そういうレベルを目指しオーディオを整えてきたので、
その意味ではとてもうれしい
そんな余計なことを考えたのはグバイドゥーリナ、こういう現代音楽が苦手な
ため「音響」として聴いていたからなのです。この作曲家がこの手の音楽を作
ることは、たぶん1990年代にFM放送で聴いて知っていました。今回の演目は
さらに新しい2006/07年、何と21世紀音楽です!聴いていて音楽の構造はまっ
たく私には分からず
てもいいように思いました…すいません。クレーメルのVnも初めて接しましたが、
ヴィブラートは最小限の「切れる」ヴァイオリンですね。もっと線が細いような
イメージを抱いていたのですけど、大管弦楽をバックに立派に前に出ていまし
た。これは指揮者ティーレマンが上手にバランスをとっていたということと、ホー
ルの響きの良さも助けになっていたのでしょう。
さてメインのブルックナー「第9」、こちらにはあまり感心しませんでした
前、飛行機の中で、VPOを振ったベートーヴェン「英雄」を視たことがあります。
そのとき「説明調の音楽だな」と感じた、その延長線上にありました。たとえば
旋律を弾くとき、一音一音の頭にごく軽くですがアクセントをつけ後ろを延ばす、
そういうことをするのです。そうすると旋律が「線」として届かず、「ここではこう
いう音階が並んでいますよ」的に聴こえてしまいます。また、主題が変わる際
にその雰囲気の変化を強調するやり方
します。スケルツォのリズムは「ダダダンダンダンダッダッダッ」となってほしいの
に「タリラーリーラーターターター」という感じでだらしない。アダージョは部分的
には美しいと思うこともありましたが、全体としては人工的でなまぬるいなぁと
思わざるを得ませんでした。
ティーレマンは1959年生まれでまだ55歳です。この先の「晩熟」に期待しましょ
う。そのときまで私が音楽を聴き続けているか?それが問題ですが…。
それなりに楽しめたフランクフルトの夜でした
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