清水知輝の視点 〜ビジネス・キャリア徒然草〜

昔は有無で選択し、今まではQCDで選択し、これからは信念・哲学で選択する、NPO法人FRI&Associates理事長の徒然日記

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2008年05月

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最近、活躍している経営者の方々の話を聞いていると、多くの人が、いわゆる「本流」のキャリアを歩んでいない事に気がつく。もちろん、経営者育成を主眼に、敢えて本流を作らない会社も出てきているが、特に、日系大企業はこの傾向が強いように感じる。
「本流」とは、いわゆる、「エリートコース」というものである。

多くの企業において、本社管理部門はエリートコースになっている事が多い。
最近は、経営幹部候補ということで、子会社の経営層を経験するケースも出てきているが、大抵は、財務部門や経営企画部門などを経て、役員への階段を登り始める。
他にも、その企業で最も大きく安定している事業の管理職も、コース上にある事が多い。

しかし、そういったタイプの人が社長に就いても、企業は大きな発展をしたケースは少ない。
それは、多くの著名な経営者を見てみれば明白だ。ほとんどが傍流で多様な経験を積んでいるケースが多い。
確かに、本流の人がトップに就くと、企業が潰れるケースは少ないようだ。ただ、大きな問題が起きた際に、企業が傾くのもまた、こういったエリートコースを歩んできたトップであるケースが多い。
ようは、失敗がないかわりに成功もなく、安定するが変化に弱いのである。

これは、今までの「エリートコース」が「成功させる(≒挑戦する)」人ではなく「失敗をしない」人を選んできたからに他ならない。
こういっては何だが、大企業のメインストリームを担う事業は、頑張って良くしようと「しなければ」、悪くなることもまた少ない。ようは、変化させなければ、誰がやっても同じようなものである。だからこそ、その企業は秀でているとも言えるのだ。
そんな安定的なところばかり経験し、失敗だけはせずに、それなりの期待にだけ応えてきた人が、自ら目標を掲げて会社をリードし、環境変化に合わせて変革し、更なる発展を遂げられるのだろうか。それが難しいことは、想像に難くないだろう。

そして、どれだけ大きな企業でも、事業の集合体であることに他ならない。そして、事業は成長と衰退のサイクルで動く。つまり、いつまでも安定だけ求めていてはならず、必ず転換期を乗り越えなければ、その企業は傾くのである。
多くの日本企業は、市場の拡大にのって、そういった本来の転換期を誤魔化して乗り越えたような錯覚を得て成長してきた。その分、企業の内部に多くの歪みが残されており、そういった部分にメスを入れたり、ボーダレス化や消費者の成熟化という市場環境変化に対応するため変革を進められるトップでなければ、企業を更に成長させることは難しいと言えよう。

少し脱線するが、いわゆる新卒で入社する人気企業についても、企業の抱える事業のサイクルから考えると、ある程度仕事で実績をあげて、更に大きな実績をあげるための仕事に就ける頃には、その企業や企業が属する産業自体が、衰退期に入っていることも多々ある。
今でも、多くの学生が金融業界を目指すと聞くが、金融とは社会インフラの一部である以上、なくなる事はなくとも、大きく役割を変える事もない。ガスや電力のように規制がかからないのであれば、その多くは競争に晒されて、当然ながら業績を悪化させる銀行も出てくる。あれだけ多くの雇用を、将来にわたって維持できるとは到底思えないし、給与だって相対的に下がってくるだろう。
それなのに、なぜか現状の安定を求めて、多くの人が「現在の人気企業」、そして、多くの場合「将来の不人気企業」を選んでいる。これも1つの歪みと言えるだろう。

話を戻すと、これからますます本質的なリーダーが求められる傾向は強まっていくだろう。後少なくとも、四半世紀近くは続くと思われる。
そうであれば、大企業の「エリートコース」を目指すことが、本当に将来の自分のためになるのか、素直に考えてみればわかって貰えると思う。

これから求められる人材は、自ら考え、自ら方向性を打ち出し、それを推進できる人である。
そういった人材は、早くから人の上に立ち苦労をし、新しいことに挑戦して意思決定し、多くの失敗も経験することで、多様な価値観を理解し、自らの考えを的確に伝えて人を動かせるようになるのだ。
すなわち、今で言う「非エリート」コースを歩まなければならない。
いわゆる本社管理部門ではなく、新しい事業や大きくない事業、あるいはベンチャー企業などにおいて、自らがなるべく重い責任と権限を持って、事業を遂行する立場に身を置き、極論すれば、本社管理部門のような安定環境から遠い、いつ潰れるともわからない不安定な事業現場で、事業の本質を学ぶべきだろう。

そのためには、旧来型の「エリートコース」に乗っていては、それは望めない。
社内異動でも転職しても良いが、若いうちから安定した場所に身を置くのではなく、数年でビジネスの基本を身に付けた後は、失敗できるうちは失敗を恐れずにチャレンジする、また、チャレンジできる環境にいることを心がけた方が良いだろう。
少なくとも、大企業に入って育てて貰おう、などという甘い考えは捨てた方が良い。正直、そんな余力はほとんどないのが実態である。少なくとも、活躍の場、として捉えるべきだろう。

それこそが、自身を加速度的に成長させ、自立という最も安定した力を手にする方法なのである。



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「挑戦」への安心感

人は安心を求める。それは生き物としての本能から来るものだろう。
人間の欲求を5段階の階層で示した「マズローの欲求段階説」でも、「安全」欲求は、生命維持に必要な食欲などの生理的欲求の次に来るものとされ、自我や自己実現に対する欲求よりも、より根源的なものと位置づけられている。

しかし同時に、人は競争による挑戦により、社会を発展させてきたのも事実である。
人が「火」を手にした時点でそれだけに満足していたら、今の世の中はなかっただろう。

私は、変化の多い仕事、例えば、○○企画や○○改善・改革などの仕事に、主に就いてきたので、ある意味、変化がないと、落ち着かない方であるが、そういう人は経験上、少数派だと思う。
教育が画一的であったり、農耕民族で人と違う事をするのが苦手、というような理由はあるのだろうが、事実として、多くの人は、決まった事を決まった範囲で実行し、その中で評価される事を望む。
もちろん、私も、方針を決めた後に上位者に梯子を外された経験があるが、あれは結構こたえたので、気持ちは理解できる。

ただ、大量生産大量消費社会で、かつ、中国のような日本以上の低コスト生産国がなければ別であるが、決まった事を決まった範囲で実行しているだけでは、現代の日本では世界と伍していけないし、それによって生活レベルは相対的に低くなっていくのは当然である。
それを何とかしようと思えば、新たな挑戦を行い、永続的な改革をし続けなければならないのだ。

では、どうすればそれが可能なのだろうか。

私は、『「挑戦」への安心感』が必要だと考えている。
そして、それを生み出すのは、リーダーに他ならない。

つまり、人は決められた範囲で決められた事を遂行し、その基準によって評価されることで、安心感を持てるわけなので、全体を見れば「挑戦」であったとしても、
・ゴール像を仮説として設定
・ゴールに向かって何をすれば良いかを分解して明示
・個々の達成基準を明確化
して、仕事を依頼すれば、仮説が間違っていた時の責任をリーダーが取りさえすれば、依頼されたメンバーは、比較的安心して仕事に取り組めるのである。

「ビジネスに答えはない」とは言え、個々の到達目標を明示化する事は可能である。個々の目標を持つ人にとっては、それが「答え」になりうるのだ。

本来であれば、そういった他人任せな姿勢を肯定するのは、あまり褒められたものではない。
しかし、全員がリーダーとして不確定な世界に飛び込めるかといえば、そうではないのも事実である。
私でも、不安に感じる事は多々あるし、安心して働けているとは思っていない。失敗すれば、首になることも覚悟しなくてはならない。
だが、リーダーとして立ちたい、あるいは、成果を確実に自分の手で挙げていきたい、と心から願うのであれば、メンバーに対して、『「挑戦」への安心感』を提供すべきだろう。

願わくば、より多くの人が、安心感を得る立場ではなく、安心感を与える立場にたって貰いたいものだ。



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「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」

もっともなように聞こえるが、果たして本当にそうなのだろうか?
私は、事業企画と業務改革を中心に仕事をしてきて、今もある大手メーカーの本社管理部門改革を支援させていただいているが、最近、「人がいる程、仕事が増える」という言葉の方が、本質を突いているように感じることが多くなった。

例えば、「一人一人、相談に最後まで乗って、それを前提に対応する」と言われると、一見すると、一生懸命やってるのだなぁ、と思うかもしれないし、実際、担当者は一生懸命やっているのであるが、実のところ、大多数の顧客からは、高い評価を得られていないことが多い。
そこで、実際にそういう現場でよくよく話を聞いてみると、幾つかのことが共通している事がわかった。

・特定の人(管理職)が相談対応に時間を取られている
・全体の作業効率が悪い
・現場のメンバーは何やら忙しい
・仕事の大半は管理職で止まっている

他にも色々とあったのだが、ここまで来て何となくわかった。
それは、意思決定が可能な管理職の業務量のみ増していて、現場のメンバーは時々で変わる指示に振り回され、その後始末に追われていて、結果的に、普通の日常業務が雑になったり、とにかく短時間で済ませようとして、顧客から見て支障が出ている、という流れである。

こういうパターンの場合、現場を更に深く見てみると、

・マニュアルがない、あるいは、あっても不完全
・判断基準が曖昧で、その周りの問合せが多い
・多くのことが、最後は管理職に聞かないと判断がつかない
・一人一人対応を考えるため、対応する人によって対応内容が変わってくる

というような特徴があることが多い。

ようは、判断基準が明確化されていない上に、問い合わせしたら情状酌量の余地があるので、それが原因で問い合わせ数が非常に多くなり、しかも、現場担当者クラスでは判断し兼ねる事も多いので、問合せをした人は、「対応が遅い」「たらい回しにされる」と不満を持たれる上に、情状酌量された人がいると聞きつけた人は、「判断が人によって違うのは不公平だ」と常々不満に思う。
それを何とかしようと現場のメンバーも頑張るが、結局、自分で判断できないので、誤魔化し対応になり、更に、基準が曖昧なので標準化されておらず、対応するには幅広い知識や経験が求められるようになり、若手や派遣社員ではどうにもならず、少々の増員も焼け石に水。
日々、相談ごとに追われる結果となり、落ち着いて仕事も出来ないし、判断待ちの案件が多すぎて、幾つかは忘れさられてしまう有様。そうなれば、更に顧客満足は下がり、頑張っても報われない環境が作られていくのだ。
更に言えば、忙しいからと人を増やせば、アウトプットは良くならないのにコストは上がる。

「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」

ここまで聞いて、この言葉は本当だと思えるだろうか?
嘘ではないかもしれないが、それは、基準が明確化され、ある程度、標準化が進んだ組織が、対応力を増して、顧客の待ち時間を減らす時に、はじめて言えることであって、曖昧な判断で柔軟に対応するという、一見すると良さそうに見えるところでは、この言葉は詭弁であると言えよう。

ベストなサービスとは、そもそも、「問い合わせや相談をする必要性を感じないサービス」であり、誰が見ても明確でシンプルであることなのだ。
例えば、あらゆる機能を満載しているが、全てを使いこなせない最近の携帯電話が、果たして優れたツールだと言えるだろうか。買い換えるまでに、一度も使わない機能や設定が如何に多いか。少なくとも私は、シンプル携帯が売れるのはとても納得がいく。
そういったシンプルさ・わかりやすさの追求を徹底せずに、「お金をかけないと/人を増やさないと出来ません」と安易な方に流れる事しかできない人は、そもそもサービスの何たるかを語る資格はないだろう。

コストをかける前に、自分がやれる事は本当にないのか。常々忘れないようにしたいものである。



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キャリア選択

キャリアの選択というのは、なかなか難しいものである。
かくいう私も、もう直ぐ3度目の転職をする。
正直なところ、労働市場の流動性が高まったとは言え、回数だけで言えば多いと感じるし、日本の労働市場においては、不利になるのも事実である。個人的にも、本音を言えば、もっと長く勤めていたいと思うし、転職する度にそう思っている。

しかし、では、転職して後悔しているかと言えば、少なくとも私個人については、全くない。
恩に報いれなかった人がいるのは事実だが、それを除けば、私は自分の信念に基づき、必要な行動を取ったまでであると言えるし、給料泥棒になったのは、仕事を覚えるための新卒入社の最初の1〜2年程度だと思っている。実際、今でも私を評価してくれる顧客(過去の会社での顧客も含め)はいるし、今回の転職も、過去の仕事絡みでのヘッドハンティングだ。

ただ、就職を控えた学生や若手社会人からも、キャリア相談は後を絶たないし、就職や転職で「こうではなかった」と言う話を聞くことも多い。
そこで、そんな私が、キャリア選択の中で言えることは、それ程多くはないが、幾つかあるので、基本的な事を書きたいと思う。

1つは、「好き」と感じる事は大切にするべき、ということ。
なぜなら、仕事はどんなものでも大変だ。常に何らかの成果を残さねばならないし、それはテストのようなものではなく、自分以外の他者からの評価になるからだ。自分で頑張ったと思っても、常に報われるわけではない。
「好き」でもない仕事を、そんな厳しい環境の中でやり続け、成果をあげることなど出来るだろうか。
そして、成果を挙げなければ、本質的には評価されない(表面上、慰めで評価される事はあっても)。

少なくとも、私はそれほど強くないので、「好き」あるいは「やりたい」と思う仕事でなければ、将来のための勉強になるか否かで判断し、それにすらならなければ、悪い評価を受けようとも引き受けないようにしている。
なぜなら、好きでもない仕事で十分な成果を挙げる自信がないし、その結果、多くの人に迷惑をかける事になるからだ。

但し、必要以上の「想い」があるようなものは、仕事ではなく趣味に留める、という事も大切だろう。
これが2つ目だ。

例えば、単なるブランド好きを超えたファッションに独自のこだわりがある人は、アパレル業界はやめた方が良い。
もちろん、小さなセレクトショップを自分で経営し、極少数のファンで満足できるなら別だが、それが本質的なビジネスかと言えば、ある意味、趣味と言えるし、私は、趣味に留める方が幸せだと思う。
なぜなら、そういったものに対し、第三者的視点を堅持できず、失敗にひた走ってしまう事が多々あるからだ。
「恋は盲目」と言うが、「好き」を超えて「恋」を感じるような仕事は、判断ミスに繋がり、多くの人に迷惑をかける事になる確率が高い。

「好き」だが「恋」にはならない。
非常に難しいバランス感覚が要求されるが、ある意味、それは「尊敬」の念に近いのかもしれない。

3つ目は、当たり前の話だが、視野を広く持つ、という事だ。
時々、最初から、業界を限定したり、企業規模を限定したりしている人がいるが、そこが適切かどうかの判断をどのようにしているのか、甚だ疑問である。
知れば知るほど迷う、という話はあるが、個人的には知らないで判断するよりはよっぽどマシだし、迷った上での判断の方が、経験上、後々納得がいくものだ。自分の感性を信じるのは、よくよく調べた上での最終判断だけにした方が良いだろう。

ビジネスとは、最後は、自分と他者との対話、である。
語るべき言葉を持つ必要はあるが、語る対象に振り回されてはいけない。
それが出来ない程のものであれば、ビジネスで扱わない方が良い。

加えて言えば、そのために客観的視点を養うことも忘れないようにしたい。
例えば、私の例で言えば、仕事以外にNPO活動に力を入れているが、これは、ある意味趣味の世界である。言葉は悪いが、それくらい気持ちが入っていると言うことだ。仕事とは別に、このような「場」を持つことで、上手く仕事とのバランスを取っているのかもしれない。
また、私は何人かの年上の相談相手(メンター)がいる。ちょうど5〜10歳くらい離れている人が多く、経営に近い人が多いが、活躍している場所も違っていて、自身の多様性を磨く基礎になっている。

仕事もそうだが、キャリアも「正解がない」ものの代表格である。
だからこそ、絶妙のバランス感覚と社会に対するアンテナが必要なのだろう。
そういった目線で見れば、成功かどうかはわからないが、少なくとも「後悔のない」キャリアが歩めると私は考えているし、実際に行動し後悔はないと言える。

もし、自分のキャリアに悩みがある人は、そういった視点で自身のキャリアを見て欲しい。
きっと、何らかのヒントが掴めると、私は信じる。


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「軸」を定める

私が仕事を進める上で、徹底している事がある。
これを守らない場合、私がその仕事を見ている場合は、決して許さないし、経験上、これを飛ばして仕事が上手くいったケースは、一部の運が良かった場合を除いて、非常に稀である。
だからこそ、徹底しているのであるが、これを徹底することで、どれだけ様々な障害に合おうとも、仕事は比較的順調に進む。

それは、『「軸」を定める』という事である。

仕事には、大きく
・方針(軸)を定める
・方針に沿って、詳細な実行手順を決める
・手順に従って実行する
と3つ程度に分類される。

これは私の個人的な意見であるが、一般的に優秀(有名大学を出ていて偏差値が高い)な人は、詳細な実行手順を決める事に注力し、頭より手足を動かす事だ!というような体育会系の人は、実行する部分に注力するように感じる。
どちらが良いという事ではないが、どちらも最初の「方針(軸)を定める」部分が、軽んじられがちである。

確かに、仕事をする上で、方針というものは無くとも進められるのは事実である。
しかし、案を練ったり実行して汗をかくことはできても、結果的に成果に繋がらない事が多い。
「失敗も経験のうち!」とも言えるかもしれないが、それは、多くのケースで成功できる場合に限られるし、失敗と言っても、大成功に終わらなかった場合に言うセリフであろう。
実は、本気で成果を求めるのであれば、この「方針(軸)を定める」ことが、最も重要なのである。

先日もこんな事があった。
あるイベントのオープニングについて話していたのだが、担当から「オープニングなので短時間で終わらせる事が第一なので、使用する音楽は短時間に編集できているものにしたい」という話があった。
一見すると筋が通っているように感じるが、そこで「オープニングって何のためにするの?」と聞くと、返ってきた言葉が「スムーズに司会に繋ぐために、注目を集めるため」であった。
私はすかさず、「そうであれば、一言で注目を集められるから、オープニングに音楽を流すのは止めたら?」と返した。なぜなら、注目を集めるためだけにやるのは、費用対効果が悪すぎるし、短時間で終わらせるものの究極は、「やらない」という事であるからだ。その方向で最善を尽くせば、当然、やらない判断も出てくる。
それに対して、担当者は色々と理由を並べて話したのであるが、聞けば聞くほど、オープニングに何かをする必要性を感じなかった。
私は、それに対し、「軸は大きく2つ。イベントに集まった人にイベントの目的を伝える事に注力するか、集まった人の負荷を考えて取り止めることも含めて最小化するか、どちらかじゃない?」と指摘した。つまり、「何の為に」を明確にして、詳細な実行手順は、それに即した形で徹底して考え抜く、という事である。
「短時間で終わらせる」というのは、あくまで実行手順の話であり、それより前に、方針を定めないから、議論が行ったり来たりするのだ。
結論は担当者に任せたが、シンプルに考えれば一気に片が付く事を、ああでもない、こうでもない、と数時間かけて議論しているのだから、仕事の効率が悪くて仕方が無い。

こう聞くと、笑い話のようだが、皆さんの周りでも、このような事が起きていないだろうか?
私がコンサルティングに入ったり、ベンチャー企業で経験したケースの多くが、この「軸が定まっていない」事によって、時間と人をムダに浪費していた。
酷いケースでは、「方針を提案して欲しい」と顧客企業から頼まれる事も多く、提案した方針についても意思決定できない、という事も多々あった。そういう場合、過去に同じようなプロジェクトやタスクフォース、検討委員会が設定され、提言内容もバラバラで、結果的に何も実行されず、現場はプロジェクト疲れを起こしている。なぜなら、方針が不明瞭であるにも関わらず、具体的な実行策を求められて、「これは難しい」と却下されたり、突然方針が変わって努力がパーになったり、方針自体を提案しても、上の会議で決まりきらずお蔵入りになったりしているからである。

私は、複数の仕事を抱えても、ある程度業務を進められるが、それもこの「軸を定める」事をどれだけ最初に労力をかけても徹底するからである。逆に、これが出来ない場合は、失敗を覚悟して進めなければならず、そういう場合は、エマージェンシープランを練りながら進めたりもする。

詳細は、その場その場の環境変化で、当然ながら変わってくる。なので、逆に柔軟性がある方が良い。
しかし、だからこそ、方針が定まってなければならない。
「五重塔」が地震で倒壊しないのは、「心柱」という中央構造体を持ち、それ以外の部分を揺らす事で、ある意味、免震的効果を生み出す効果によるらしい。つまり、芯をしっかりと持ち、他に遊びを持たせる事で、地震に対する柔軟性を生み出している。
仕事における「方針(軸)」と「実行手順」はこれに似た関係にあると言って良いだろう。
「方針」が定まらなければ、「実行手順」がどれだけしっかりしていても、成功はおぼつかない。環境変化に耐えうるには、「方針(軸)」が定まっている事が必須なのである。

私は、方針を定められない事を会社のせいにする管理職を多く見てきた。しかし、本当に方針を定める事が、そんなに難しい事なのだろうか。
私はそうは思えない。
適切な訓練と経験を積めば、方針を幾つかに絞込み、決定するための要素を洗い出す事は、それほど難しい事ではない。もちろん、学習しなければ、身につかない事ではあるのだが…。
そして、確かに大変ではあるが、定める事によって得られる成果は、それを超えて何倍もあるものだから、チャレンジすべき格好の対象と考えるべきであろう。

私個人の意見を言わせて貰えれば、この仕事を完遂するために学ばない管理職などのリーダーの役割を持った人間は、サボっているの一言に尽きるし、そんな人間はリーダー格のポジションにいるべきではない。なぜなら、その組織にいる人達を、人として不幸にしてしまうからだ。

皆さんの仕事の仕方は、本当にいつも目的を見据えられているだろうか。
改めて、自分や自分の周りを見渡してみて欲しい。
青い鳥を追うのも良いが、ある意味、直ぐそばにフロンティアがあるのかもしれないのだから。


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