清水知輝の視点 〜ビジネス・キャリア徒然草〜

昔は有無で選択し、今まではQCDで選択し、これからは信念・哲学で選択する、NPO法人FRI&Associates理事長の徒然日記

仕事の本質

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「挑戦」への安心感

人は安心を求める。それは生き物としての本能から来るものだろう。
人間の欲求を5段階の階層で示した「マズローの欲求段階説」でも、「安全」欲求は、生命維持に必要な食欲などの生理的欲求の次に来るものとされ、自我や自己実現に対する欲求よりも、より根源的なものと位置づけられている。

しかし同時に、人は競争による挑戦により、社会を発展させてきたのも事実である。
人が「火」を手にした時点でそれだけに満足していたら、今の世の中はなかっただろう。

私は、変化の多い仕事、例えば、○○企画や○○改善・改革などの仕事に、主に就いてきたので、ある意味、変化がないと、落ち着かない方であるが、そういう人は経験上、少数派だと思う。
教育が画一的であったり、農耕民族で人と違う事をするのが苦手、というような理由はあるのだろうが、事実として、多くの人は、決まった事を決まった範囲で実行し、その中で評価される事を望む。
もちろん、私も、方針を決めた後に上位者に梯子を外された経験があるが、あれは結構こたえたので、気持ちは理解できる。

ただ、大量生産大量消費社会で、かつ、中国のような日本以上の低コスト生産国がなければ別であるが、決まった事を決まった範囲で実行しているだけでは、現代の日本では世界と伍していけないし、それによって生活レベルは相対的に低くなっていくのは当然である。
それを何とかしようと思えば、新たな挑戦を行い、永続的な改革をし続けなければならないのだ。

では、どうすればそれが可能なのだろうか。

私は、『「挑戦」への安心感』が必要だと考えている。
そして、それを生み出すのは、リーダーに他ならない。

つまり、人は決められた範囲で決められた事を遂行し、その基準によって評価されることで、安心感を持てるわけなので、全体を見れば「挑戦」であったとしても、
・ゴール像を仮説として設定
・ゴールに向かって何をすれば良いかを分解して明示
・個々の達成基準を明確化
して、仕事を依頼すれば、仮説が間違っていた時の責任をリーダーが取りさえすれば、依頼されたメンバーは、比較的安心して仕事に取り組めるのである。

「ビジネスに答えはない」とは言え、個々の到達目標を明示化する事は可能である。個々の目標を持つ人にとっては、それが「答え」になりうるのだ。

本来であれば、そういった他人任せな姿勢を肯定するのは、あまり褒められたものではない。
しかし、全員がリーダーとして不確定な世界に飛び込めるかといえば、そうではないのも事実である。
私でも、不安に感じる事は多々あるし、安心して働けているとは思っていない。失敗すれば、首になることも覚悟しなくてはならない。
だが、リーダーとして立ちたい、あるいは、成果を確実に自分の手で挙げていきたい、と心から願うのであれば、メンバーに対して、『「挑戦」への安心感』を提供すべきだろう。

願わくば、より多くの人が、安心感を得る立場ではなく、安心感を与える立場にたって貰いたいものだ。



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「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」

もっともなように聞こえるが、果たして本当にそうなのだろうか?
私は、事業企画と業務改革を中心に仕事をしてきて、今もある大手メーカーの本社管理部門改革を支援させていただいているが、最近、「人がいる程、仕事が増える」という言葉の方が、本質を突いているように感じることが多くなった。

例えば、「一人一人、相談に最後まで乗って、それを前提に対応する」と言われると、一見すると、一生懸命やってるのだなぁ、と思うかもしれないし、実際、担当者は一生懸命やっているのであるが、実のところ、大多数の顧客からは、高い評価を得られていないことが多い。
そこで、実際にそういう現場でよくよく話を聞いてみると、幾つかのことが共通している事がわかった。

・特定の人(管理職)が相談対応に時間を取られている
・全体の作業効率が悪い
・現場のメンバーは何やら忙しい
・仕事の大半は管理職で止まっている

他にも色々とあったのだが、ここまで来て何となくわかった。
それは、意思決定が可能な管理職の業務量のみ増していて、現場のメンバーは時々で変わる指示に振り回され、その後始末に追われていて、結果的に、普通の日常業務が雑になったり、とにかく短時間で済ませようとして、顧客から見て支障が出ている、という流れである。

こういうパターンの場合、現場を更に深く見てみると、

・マニュアルがない、あるいは、あっても不完全
・判断基準が曖昧で、その周りの問合せが多い
・多くのことが、最後は管理職に聞かないと判断がつかない
・一人一人対応を考えるため、対応する人によって対応内容が変わってくる

というような特徴があることが多い。

ようは、判断基準が明確化されていない上に、問い合わせしたら情状酌量の余地があるので、それが原因で問い合わせ数が非常に多くなり、しかも、現場担当者クラスでは判断し兼ねる事も多いので、問合せをした人は、「対応が遅い」「たらい回しにされる」と不満を持たれる上に、情状酌量された人がいると聞きつけた人は、「判断が人によって違うのは不公平だ」と常々不満に思う。
それを何とかしようと現場のメンバーも頑張るが、結局、自分で判断できないので、誤魔化し対応になり、更に、基準が曖昧なので標準化されておらず、対応するには幅広い知識や経験が求められるようになり、若手や派遣社員ではどうにもならず、少々の増員も焼け石に水。
日々、相談ごとに追われる結果となり、落ち着いて仕事も出来ないし、判断待ちの案件が多すぎて、幾つかは忘れさられてしまう有様。そうなれば、更に顧客満足は下がり、頑張っても報われない環境が作られていくのだ。
更に言えば、忙しいからと人を増やせば、アウトプットは良くならないのにコストは上がる。

「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」

ここまで聞いて、この言葉は本当だと思えるだろうか?
嘘ではないかもしれないが、それは、基準が明確化され、ある程度、標準化が進んだ組織が、対応力を増して、顧客の待ち時間を減らす時に、はじめて言えることであって、曖昧な判断で柔軟に対応するという、一見すると良さそうに見えるところでは、この言葉は詭弁であると言えよう。

ベストなサービスとは、そもそも、「問い合わせや相談をする必要性を感じないサービス」であり、誰が見ても明確でシンプルであることなのだ。
例えば、あらゆる機能を満載しているが、全てを使いこなせない最近の携帯電話が、果たして優れたツールだと言えるだろうか。買い換えるまでに、一度も使わない機能や設定が如何に多いか。少なくとも私は、シンプル携帯が売れるのはとても納得がいく。
そういったシンプルさ・わかりやすさの追求を徹底せずに、「お金をかけないと/人を増やさないと出来ません」と安易な方に流れる事しかできない人は、そもそもサービスの何たるかを語る資格はないだろう。

コストをかける前に、自分がやれる事は本当にないのか。常々忘れないようにしたいものである。



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1つの仕事が遅い人は、大抵、全ての仕事においても遅い。
同じ仕事量でも、なぜかかかる時間が全く違う。

これは、単に仕事をこなすスピードが遅いだけかと思っていたが、最近、それだけでもないように感じるようになった。
私が理事長をつとめるNPOのコラムにて、『仕事が「はやい人」と「おそい人」の違い』(http://www.fri-associates.com/blog/basic-skill/000109.html)を述べたが、最近は、それに加えて、意思決定を後回しにする人は、それだけで、自ら仕事を増やして、自分の首を自分で締めている、という事に気が付いた。

私は理事長としてNPOの様々な意思決定を、仕事をやりながらこなしているのだが、対応がとにかく「遅い!」と感じることが多々あるし、それによって、無駄な業務がかなり生み出されているように思える。
もちろん、これは通常の仕事でもそうである。
私が携わってきた改革の大半は、上位者がダラダラと意思決定をしないが故に、課題が問題へと大きくなり、解決しなければどうしようもないまで熟成した結果、その解決に多大な労力をかけなければいけないケースばかりである。

そもそも、「仕事に優先順位を付けられない(付けても間違っている)」「対応すべき範囲が不適切」というところがあるのだが、特に上位者になればなるほど、方針決定が遅れると、その方針に沿って業務を進める人達の作業が分散し、結果的にムダになるばかりか、後から決めた方針によって駄目になってしまったことについて、「なぜ駄目なのか」を説明しなければならず、その説明自体も間違っていないかを、方針決定レベルで確認を取らなければならない。
つまり、自らの意思決定と説明が遅れた結果、ムダな仕事を生み出しているという事だ。
ムダな仕事を生み出せば、当然、その分、成果に結びつかない事に時間を費やすわけで、一生懸命やってはいるが「仕事が遅い」ということになる。

もっと分かりやすい例で説明しよう。
例えば、お客様とアポを取る際、どのように依頼をしているだろうか。
仕事が遅い人は、大抵、「私が駄目なのは、○日の午後と○日の午前です。それ以外で決めていただければ合わせます」とか、「言って貰えれば、極力調整します」などと言ってくる。
一見、相手に親切そうだが、実は、結果的に迷惑がかかる事が多い。連絡をした後に、他の外せない用事が出来て、返事が来ても被ってしまったり、他に調整が必要な用事が複数あると、重要なものから順に決めなくては、返事を貰ったとしても他のものが決められなかったり、調整しきれずアポに間に合わなかったりする。相手にとっては、迷惑以外の何者でもない。

仕事がはやい人がどうするかと言えば、「以下の日程からお選びください」と確実に都合を付けられる日程を3つ4つ提示して、相手に選ばせるというものだ。
これなら、複数の約束があっても、それぞれ被らないように枠を設定して、一斉に調整をかけられるし、返事が来た瞬間に確定できる。また、確定さえすれば、新たに話が来ても、決まったことで調整枠が空くわけなので、調整はどんどんしやすくなる。前後の移動時間を考えて日程枠を提示すれば、遅れる事も基本的にない。
ある意味、日程調整を始めた瞬間に、その仕事は終わっているのである。

このようにすれば、スムーズに意思決定(日程決定)が行えるし、ムダがほとんど発生しない。移動時間や空いた枠で仕事を片付ければ、自分の時間も有効に活用できる。社内の打ち合わせも、事前に枠を少しとっておけば、それもしっかりと行える。
一見、強引なようにも見えるが、相手に選択の余地を与えているし、その範囲内では迷惑をかけていないわけだから、結果的には非常にスムーズにことが運ぶ。私なら、そちらの方がよっぽど仕事がやりやすい。「やる事は無限にあるのに時間が有限」というのが忙しい人間の基本的感覚だからだ。

意思決定の大半を相手に預けるような事や自身の意思決定やその伝達自体が遅れると、確認・調整などの面倒な仕事がどんどん増えるし、相手に待ってもらうというムダな時間を発生させてしまう。
自らの意思決定の遅さが、どれだけ回りに迷惑を与えているのか、よくよく考えて貰いたいし、それによって、自らの手で自らの仕事を増やしていることに気が付いて貰いたい。「仕事がたまってるんですよね」と苦笑いする暇があれば、その瞬間に、一件でも良いから意思決定を行って進めれば良い。

私は、極論を言えば、出来る限りその場で片付けることが、仕事をはやくする方法だと考えている。
なぜなら、人が常に考えられる数には限りがある(それも片手程度だ)以上、それ以上の仕事を抱えるのは無意味だし、重要な意思決定は、常にやってくるものだからだ。

時間が有り余っていると思っている人はそれでも良いが、仕事ばかり増えてなかなか進まない、と思う人は、まず、自らの仕事のやり方を見つめ直して貰えればと思う。きっと、多くのヒントがそこにあるはずだから。


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