日本史跡研究会 日々の徒然・改(埋もれた歴史を訪ねて)

全国各地の埋もれた史跡をご紹介致します。また、研究会活動についてもご紹介しております。

東京都の史跡

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   【伊興遺跡】

    所在地: 足立区東伊興4−9−1


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 昭和30年代、國學院大學の故大場磐雄教授が、郷土史家・故西垣隆雄氏の収蔵品のなかから、子持勾玉と古式須恵器を発見し、祭祀遺跡として学会に紹介したことで、全国的に知られるようになった。

 昭和30年代、そして平成に入り発掘調査が進められ、溝跡やピット(小穴)、方形周溝墓、おびただしい土師器や須恵器、玉類、石製品が出土している。


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 約4000年前の縄文時代後期から集落が営まれているが、出土遺物から古墳時代に毛長川流域の政治・経済の中心的役割を果たした遺跡と推定されている。

 平成8年(1996)、延暦17年(798)銘の木簡や馬に乗った役人らしき人物が描かれている騎馬木簡が出土したことから、奈良時代以降は律令国家の郡衙が存在したのではないかと推測されている。

 平安時代に入ると、若宮八幡神社遺跡にその機能が移ったと考えられ、伊興遺跡は衰退したと考えられています。


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 復元竪穴住居址ですが、竈の遺構があることからも古墳時代の竪穴住居址であることがわかります。

 これも勉強の成果勉強する以前は、竪穴住居址はどれも同じように思っていましたが…違うんですよ

 炉址があれば古墳時代以前だと考えられるし、竈址だと古墳時代という具合にね
 

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 木簡は都指定文化財なのでパネル展示となっていますが、遺跡から出土した遺物は展示館にあります。

 
 (参考資料)
   現地案内板


  【小日向一丁目東遺跡】

   所在地: 文京区小日向1−23


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 平成26年(2014)、集合住宅建設に伴う発掘調査が行われ、縄文・弥生・奈良・平安・中世・江戸時代の複合遺跡であることが判明しています。

 縄文時代早期の野外炉5基、弥生時代後期から古墳時代前期の竪穴住居址5、奈良・平安時代の竪穴建物址3、土坑1基、江戸時代、切支丹屋敷に関わると推定される遺構が検出しています。

 特に切支丹屋敷のものと思われる遺構墓3基と遺物である人骨が注目され、国立科学博物館によるDNA鑑定の結果、一体の人骨は170㎝超のイタリア人中年男性と判明。

 文献史料から切支丹屋敷で没したイタリア人宣教師・シドッチ神父のものと推測されます。


 現在は集合住宅となってしまいましたが、切支丹屋敷跡の石碑に隣接する形の遺跡であることから場所は分かり易いですね。また、しっかりとした案内板が建てられているのも嬉しい限り。

 茗荷谷は縄文以来、人々が暮らしやすい土地柄だったことが遺構からわかりますね。発掘調査報告書が文京区シビックセンターにあるので興味がある方は閲覧するのも良いかもしれません。


 (参考資料)
   現地案内板





  【浄厳律師墓】

   所在地: 台東区池之端2−5−30 妙極院境内


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 浄厳律師は、江戸時代の真言宗を代表する高僧の一人であり、寛永16年(1639)、河内国(現在の大阪府)に生まれた。俗称上田氏。

 高野山金剛峰寺に八歳で登り、悉地院雲雪に師事して出家し、真言宗を習い、諸典を修め、諸子百家の書を極めた。

 寛文7年(1667)、古代インドの文語であるサンスクリット語、梵字を解するものが居ないことを憂いて、悉雲(梵字・梵語の音声や書法の学問)の研究を手掛けた。

 そして、『悉雲三密鈔』や『秘密真言蔵』などを著して、日本梵学史上に大きな足跡を残した人物である。


 貞享元年(1684)、江戸に下ると、元禄4年(1691)、老中・柳沢吉保邸で徳川綱吉に謁見。普門品(観音経)を講じている。綱吉は浄厳律師に深く帰依し、湯島の地に関東真言律本寺、宝林山・霊雲寺を建立し、浄厳律師を招請している。

 元禄11年(1698)、幕府よりこの地を給せられ、没後の塔院として妙極院が建立されています。

 そして、元禄15年(1702)6月27日、64歳で没し、この地に埋葬されました。


 浄厳律師という人物、なかなか知られてはいない人物ですねインド哲学などではサンスクリットは研究対象となることから、サンスクリット研究を行った高僧として知られてはいますが…。

 歴史に名を残しながら、現在では全くといって良いほど知られていない歴史上の偉人って多いですねぇ。

 「ふ〜ん。こんな人も居たんだぁ」ということで、史跡紹介致しました。


 (参考資料)
  たいとう名所図会 史跡説明版ガイドブック         台東区教育委員会
  現地案内板


  【動坂遺跡】

     所在地: 文京区本駒込3−18−4


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 標高23mほどの洪積台地上に立地し、東部にはかつて藍染川の流れによって開析した谷に臨んでいた。この谷は古東京湾の汀線地帯にあたり、豊かな漁場に恵まれた高台の地は、居住に適した環境であったと思われます。

 動坂遺跡は、縄文時代・弥生時代・江戸時代の複合遺跡であり、昭和49年(1874)、都立駒込病院の整備工事が計画され、東京都教育委員会によって遺跡の存否確認調査が実施されました。

 調査の結果(この時点の調査はいわゆる試掘調査と呼ばれる)、縄文時代の集落跡と貝塚が検出したことから緊急発掘調査が行われた。


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                   (都立駒込病院前にある「動坂貝塚記念碑」)

 発掘調査によって、縄文時代前期から後期に亘って連綿と継続した貝塚を伴う集落遺跡であることが判明しました。

 遺跡から出土した土器は、千葉県を中心とした東関東地方に特徴的なもの、東京都西部から長野県にかけて分布する特徴のある土器であることから、縄文時代の地域間相互の交流を表すものと推測されました。

 考古学ではこうした発見から歴史の復元を目指しているのです。そうした観点から「動坂遺跡」は考古学上、重要な遺跡と考えられます。


 さらに江戸時代、幕府の鷹匠屋敷地でもあったことから、地下室から小鳥の骨が大量に出土しています。小鳥は将軍鷹狩用の鷹の餌として飼育されていたと推測されますが、一部の骨は解体の痕跡もあることから、なぜ小鳥が解体されたのか?疑問として挙げられています。


 調査で出土した遺物は「文京ふるさと歴史館」に展示されています。

     文京ふるさと歴史館 はこちら   https://blogs.yahoo.co.jp/tsjqu183/14466822.html


 (参考資料)
  文京の史跡                      文京区文化資源担当室
  現地案内板


  【弥生二丁目遺跡】

   所在地: 文京区弥生2−11 東京大学構内


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 明治16年(1883)、東京帝国大学予備門の学生で、後の東京大学工学部教授となる有坂鉊蔵は、現在の東京大学工学部(通称、浅野地区)付近で、見慣れない形の土器を発見。

 翌明治17年(1884)、有坂は東京大学理学部の学生であった坪井正五郎・白井光太郎(後の東京大学植物学教授)と知り合い、二人を土器を発見した現場に案内し、共同研究の材料として向ヶ岡弥生町遺跡出土・壺形土器(東京大学所蔵・重要文化財)、通称、弥生土器第一号を坪井に預けたとされる。

 この土器は、大森貝塚でモース博士が発見した縄文土器とは異なっており、埴瓦土器と呼ばれていた土師器・祝部土器と呼ばれた須恵器、古墳時代の土器とも異なっていたことから、次第に、考古学研究者の間で話題となっていった。

 縄文時代と古墳時代とを繋ぐという意味から、中間土器、あるいはマレー式土器など様々な名称で呼ばれていたが、次第に出土地の弥生町から、弥生土器の名称が定着していったようである。


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 しかしながら土器の発見地は、正式な発掘調査が行われなかったことから、出土位置が記録されなかったこと、その後周辺地域が市街地化したことで、長い間、正確な場所が不明でした。推定地として有力であるのは、根津小学校校舎裏の崖上、東京大学農学部の東外側(サトウハチロー旧居跡付近)、そして弥生二丁目遺跡である。

 昭和49年(1874)、東京大学浅野地区に隣接する文京区立根津小学校の生徒たちが、大学構内で遊んでいた時、地表上で土器を採取。その破片が同町内に住む大学教授のもとにもたらされた。

 このことがきっかけとなって、昭和50年(1975)、東京大学校舎増築にともなう緊急発掘調査が行われた。調査で大地の縁に沿って弥生時代の集落を取り囲む環濠(空堀)の一部が検出。濠の中からは食料となったであろう牡蠣など貝殻の層を検出したほか、弥生土器を出土しました。


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 平成13年(2001)、武田先端知ビル建設に伴う発掘調査が実施され、弥生時代の方形周溝墓2基が確認され、墓域を伴う弥生時代の集落跡が広がっていたことが確認されました。

 武田先端知ビルには方形周溝墓の説明版があります。


 弥生二丁目遺跡は東京大学構内にあることから、昨今の事情で入ることが憚れるが、見学は自由です。


 (参考資料)
   文京の史跡                            文京区文化資源担当室
   現地案内板

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