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【箱根旧街道】
所在地: 三島市山中新田
箱根旧街道は、江戸時代の東海道の一部であり、小田原宿から箱根山を越えて三島宿へと至る、所謂「箱根八里(約32㌔)」を指す名称。
「箱根の山は天下の険
江戸時代初期、箱根越えの坂道は雨が降れば脛まで泥に潜ってしまうような悪路で、旅人は大変苦労して通行していました。
幕府は旅人の便を図るため、街道に箱根竹を敷いていましたが、根本的な解決には至りませんでした。
延宝8年(1680)、江戸幕府は金1,406両余をかけて、石敷きの街道にしています。
石畳は一辺30〜70cm、厚さ20〜30cm程度の大型の石材を道の両端に直線的に配置し、その内側にやや小型の石材を隙間なく敷き並べ、幅二間(約3.6m)を基本としていることが、発掘調査によって明らかとなっている。
石材の大半は安山岩で、街道周辺の来光川などの沢筋から運んできたものと推定されています。
また、石材は関東ローム層上に直接据えられ、特別な基礎構造は造られていませんでしたが、大型で重量のある石材を組み合わせることによって、基礎を造らなくても十分な強度が得られています。
しかし、特に傾斜の強い場所や、安定の悪い石材の下には、粘土に小石を混ぜ合わせた基礎材が敷かれていることも明らかとなっています。
三島市内では、山中地区から笹原地区までの約2キロ、石畳が復元整備されています。復元にあたっては、小田原市根府川の安山岩が新たに補充されています。
箱根旧街道ウオーキングを楽しむことも可能ですが、ウオーキングまでは…
全行程歩くのは…と思われる方は、ちょっとだけでも石畳の感触を味わってみてはいかがでしょうか?
(参考資料)
現地案内板
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