日本史跡研究会 日々の徒然・改(埋もれた歴史を訪ねて)

全国各地の埋もれた史跡をご紹介致します。また、研究会活動についてもご紹介しております。

奈良県の城館跡

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  【若槻環濠跡】           評価  

    別   名:   若槻平城・若槻塁
    所 在 地:   大和郡山市若槻町
    築城年代:  文正元年(1466)頃
    築 城 者:
    区   分:       平 城
    現   状:     天満神社・宅地


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 大和盆地には濠で周囲を取り囲んだ環濠集落が数多く形成し、『日本城郭体系』ではその数224としています。
 若槻環濠は「稗田環濠」と並び、環濠集落としての景観を良く残していることで広く知られます。


 形成時期については諸説ありますが、13世紀中頃から耕地拡大のため集落が形成され、灌漑設備を兼ねて集落の周囲に濠を巡らせるようになったと考えられています。

 環濠形成過程や変遷は『若槻庄土張』に記され、文正元年(1466)頃とされます。

 14世紀に入り、戦乱の世となると、環濠に軍事的な要素が加わり、城郭としての機能が強化されることになります。

 『郷土記』には若槻平城、当時の一級史料である『大乗院寺社雑事記』には若槻塁と記載され、世間からも城郭と認識されていたことが明らかとなっています。


 具体的に若槻環濠が戦国期にどのような役割を果たしたのかは不明ですが、文禄4年(1595)、東西に長い環濠集落が形成されていたと記されていたことから、戦乱の世でも機能していたと思われます。


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                            ( 現在の若槻集落 )

 大和郡山市HPにも環濠集落としてしっかりPRされている「若槻環濠および集落」ですが、駐車場は無いので訪問する際には注意が必要です。

 環濠自体も天満神社周辺で確認出来るが、集落内の環濠は用水路となってしまっている。

 しかしながら、奈良盆地の環濠集落の大多数が遺構としての環濠の確認が容易ではなく(用水路になってしまている場所だらけである)、この若槻環濠は良い遺構が残されていると言って良いだろう。


 奈良盆地の集落を考察する上でも、貴重な集落であるので訪れる価値は高いと思う。


 (参考資料)
  日本城郭体系 10 三重・奈良・和歌山                 新人物往来社
  現地案内板


  【稗田環濠跡】           評価  

   別   名:     ―――
   所 在 地:  大和郡山市稗田町
   築城年代:
   築 城 者:
   区   分:    環濠集落
   現   状:    売太神社・宅地


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 大和盆地には環濠集落が数多く形成されており、『日本城郭体系』ではその数を224としています。

 稗田環濠の形成については諸説ありますが、13世紀中頃から耕地拡大のため集落が形成され、灌漑設備を兼ねて集落の周囲に濠が巡らされたと考えられています。

 14世紀になると、大和地方にも戦乱が拡大し、稗田環濠も軍事的な要素が強まり、城郭としての役割を持つようになったと考えられます。


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 この地は古代から朝廷の祭祀に携わっていた猿女君一族が居住し、稗田氏を名乗ったとされ、天武天皇に召されて『古事記』編纂に関わった稗田阿礼も稗田一族です。

 文安元年(1444)、古市胤仙が筒井方から稗田を奪い取ったことが史料に見られます。

 文明14年(1482)、筒井氏は体勢を立て直して稗田を攻撃し、攻略しています。

 こうした事実から、稗田環濠はこの時期には城郭としての機能が備わっていたことは明らかである。


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 環濠は260m四方の規模であり、南西側に張出が存在しています。北東側は七曲りと呼ばれる複雑な構造です。濠の幅は10m内外、深さ約2〜3mです。
 集落内部も道がT字交差したり、袋小路となっており、防御を考えた構造であることがわかります。


 現在も稗田集落を濠が取り囲んでおり、濠が埋め立てられた多くの環濠集落とは異なって往時の姿をとどめています

 しかし、環濠は生活用水排水にも利用されているのでしょう。水質は悪化しているようです。

 貴重な環濠集落として知られる稗田環濠集落ですから、何らかの対策が必要でしょうね。現在も生活の場であり、水質改善には費用も掛かることから難しい面もあるかと思いますが、文化財保護法改正や観光の面からも何らかの対策を考えていくべきでしょう。

 人が訪れることで、そうした対策が図られるという面もあります。是非足を運んでいただきたいと思いますしかし、集落に住んでいる方のご迷惑になることだけはお控えくださいますようお願いいたします。


 (参考資料)
  日本城郭体系 10 三重・奈良・和歌山              新人物往来社
  現地案内板


  【地黄環濠跡】                  評価  

    別   名:     ―――
    所 在 地:  橿原市地黄町
    築城年代:
    築 城 者:
    区   分:    環濠集落
    現   状:     宅 地


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                               ( 地黄集落 )

 築城年代、築城者などその歴史は不明である。

 飛鳥川の西岸に位置し、惣村型の環濠に分類され、領主居館といった広い屋敷地は存在しないのが特徴である。

 
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 地黄集落には堀跡と思われる水路が流れ、一部はカギ状に折れ曲がっており、ムラの防衛的な役割を果たしていたものと考えられる。


 橿原市にも非常に環濠集落は多く、地黄環濠もその一つである。マニアックな城館跡であることから、なかなかこうした城館跡を訪れる人はいないであろうが、こうしたものも城館跡であることだけは知ってもらいたい。


 (参考資料)
   橿原考古学研究所 公式HP



  【小美濃庄環濠跡】           評価  

   別   名:      ―――
   所 在 地:  大和郡山市美濃庄町
   築城年代:
   築 城 者:
   区   分:      環濠集落
   現   状:      宅地・耕地


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 大和郡山市美濃庄町には二つの環濠集落が確認されている。

 そのうちの一つが「小美濃庄環濠跡」である。

 築城年代・築城者などその歴史は不明であるが、集落を環濠(用水路となってしまっている)が廻っていることは確認できる。

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                             ( 環濠跡の用水路 )

 奈良盆地には環濠集落が多数存在しており、集落毎が環濠といっても良い程である。

 橿原考古学研究所HPの「遺跡検索」を見れば、環濠集落だらけと思っていただけると思う。


 さて、そんな環濠集落であるが、その全てが自衛を目的としたか?というと「そうではない」と思うところもある(自分の中では城館址としてカウントしますけど…)。

 この疑問は、今後奈良大学で歴史地理学の教授に伺ってみたいところです。


 なお、「小美濃庄環濠跡」は、山王神社を目指せば良いということを補足しておきたいと思います。

 
 (参考資料)
  橿原考古学研究所HP 


  【筒井城跡】          評価  

   別   名:      筒井平城
   所 在 地:  大和郡山市筒井町
   築城年代:    
   築 城 者:      筒井氏
   区   分:       平 城
   現   状:     宅地・耕地


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 築城年代は明らかではないが、『満済准后日記』には永享元年(1429)、興福寺一条院衆徒・筒井順覚の城との記述があり、筒井城の史料上の初見である。

 嘉吉元年(1441)、筒井順永が家督を継ぐと、勢力拡大し、越智氏との抗争を繰り広げている。

 永禄2年(1559)、松永弾正久秀が大和に入国すると、久秀は急速に台頭し、筒井氏とも対立するようになる。久秀は当主・筒井順慶を筒井城から駆逐している。

 順慶は筒井城と旧領回復を図り、松永氏との攻防を繰り返すこととなった。


 元亀2年(1571)、辰市合戦で久秀を破った順慶は筒井城へと戻り、その後、織田信長に臣従する。

 久秀は天正5年(1577)、信貴山城で信長に対して反旗を翻して、結果滅亡順慶は筒井城の改修を信長に願い出ている。

 しかし、天正8年(1580)、信長による大和一国破城令で筒井城も破却対象となり、順慶は居城を大和郡山城へと移し、筒井城は廃城となった。


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                           ( 筒井城外堀址 )

 筒井城は現在、宅地・耕地となっているが、シロ畠と呼ばれる地は周囲の地形よりも一段高くなっており、城址らしさを感じさせる。

 また、光専寺裏手には外堀址が明確に残されている。


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                                ( 内堀址 )

 地域住民の方も筒井氏の城址であることを認知しており、前述したシロ畠には宅地を立ててはいけないとしている。
 
 筒井城は明確な遺構も残され、地域住民の方々からも愛されている非常に良い城址であると感じた。


 (参考資料)
  日本城郭体系 10  三重・奈良・和歌山                  新人物往来社
  図解 近畿の城郭                    城郭談話会     戎光祥出版
  現地案内板 

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