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【安楽寺古墳】
所在地: 高崎市倉賀野町上町867 安楽寺境内
墳丘長約20m、高さ4mの円墳で、かつて周囲には濠が巡っていたと思われる。
安楽寺建立の際に墳丘の一部が削平され、墳丘南半が失われ、現在では安楽寺本堂の背後に墳丘が取り付いているような外観である。
平成2年(1990)、高崎市教育委員会による墳丘北裾部分が発掘調査され、円墳であることが明確となったのだが、それまでは多角形古墳の可能性が指摘されていました。また、この調査で墳丘上に葺石が確認されています。
埋葬施設は昭和40年(1965)に調査が行われており、石室構造は南に開口した横穴式石室であることが明らかとなり、截石切組積石室という構造であることが明らかとなりました。石室構造から、古墳の築造時期は七世紀末と推測されます。
截石切積積石室は、自然石をそのまま使用する中小規模の円墳とは区別され、有力者層の古墳といわれている。
また、古墳時代終末期の古墳は何らかの形で仏教と関係していることが考えられており、安楽寺古墳も石室奥壁と左右壁に計七体の仏像が彫られています。
この仏像は安楽寺の秘仏とされ、石室は12年に1度だけ御開帳される。次の御開帳は2025年である。
安楽寺古墳は倉賀野古墳群北東隅に位置するように見えるが、築造時期に隔たりがあることから、古墳群とは別個に単独で築造されたと推測されています。
旧高崎市における終末期の古墳を考える上で、山上古墳・安楽寺古墳は欠かせないだろう。いずれの古墳も仏教との関わりを強く感じさせる古墳です。
倉賀野地区には浅間山古墳・大鶴巻古墳・小鶴巻古墳といった古墳、中世城館跡・倉賀野城址と周辺砦群、中山道の宿場町という歴史があることから、ゆっくり史跡巡りが出来る地区です。
身近にこうした場所は数多あるでしょうから、地域の歴史を見直してみては如何でしょうか?
(参考資料)
群馬の古墳を歩く 前原豊 小島敦子 編 みやま文庫
高崎の文化財 高崎市教育委員会
現地案内板
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