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【旧曾我部家住宅】
所在地: 上山市鶴脛町1−7−38
観覧料: 無料
休館日: 水曜日 年末年始(12/29〜1/3)
曽我部家は宝永5年(1708)、初代・宗八が藤井松平信通の家臣となり、宗旨奉行や馬廻役を務め、家禄50石を給された家柄です。
二代目・勇八は徒頭を務め70石、三代目・右介は天明3年(1783)、大目付となり85石に昇進。その後も代々藩の重職に就き、最終的には100石の家禄を給されました。
屋敷地は初代からこの地にあり、敷地約2000㎡。そのほかに上山城内にも土地を有していたという。
旧曽我部家住宅がいつ建築されたかは定かではないが、藩政時代に造られた武家住宅の流れを持ち、木造平屋建て、武家中門造り、寄棟茅葺平入である。
外壁は真壁造白漆喰仕上げとなっている。腰壁は下板張。
内部間取りは一部改造されているが、玄関は式台付の格式が高いものであり、鑓掛場・刀置場・上段などが見られ、当時の上山藩中級武士住宅の様子がうかがい知ることが出来ます。
庭には水路から水を引き込み築池を施している。釣瓶井戸は近年まで使用していたとされ、敷地の周囲には生垣が巡っています。
旧曽我部家は鉤形の曲屋ですが、これには理由があり、上山城下に敵が侵入した際に、隣接する屋敷と対を成して敵を迎撃する砦としての機能を有していたためである。
往時は屋敷の周りには土塀もしくは土塁が築かれていました。
(参考資料)
現地案内板
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