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【中城跡】 評価
別 名: 猿尾太郎種直館
所 在 地: 比企郡小川町大塚字中城
築城年代: 鎌倉時代
築 城 者: 猿尾太郎種直
区 分: 丘 城
現 状: 山 林
『新編武蔵風土記稿』増尾村古城蹟には、「村の小名中條にあり、四方二町ばかりの地にて、から堀の蹟所々に残り、また櫓の跡なりとて小高き所あり、その辺今は杉の林なりたれど、城蹟のさま疑ふべきもあらず、土人の伝へに猿尾太郎種直が居城なりといへど、何人の枝属にて、何の時代の人と云うことは伝えざれば詳ならず。」と記され、猿尾太郎種直は源義経の家臣であったという伝承が存在します。
建武年間(1334〜1336)、斎藤六左衛門重範が居城としていたとも伝わる。
( 「半僧坊」が建つ地が櫓台であったとされる )
文明6年(1474)、『太田道灌状』には、「上田上野介在郷の地、小河に一宿仕り候うところ」とあり、これが中城と推定されていることから、上田氏関連の城郭と考えられるようになってきています。
単郭で横堀を廻らせ、二重土塁、屏風折り、食い違い虎口の特徴が見られ、戦国時代まで改修されながら使用されたと考えられる。
また、発掘調査の出土遺物からは15世紀後半の築城と推定されています。
『新編武蔵風土記稿』大塚村の項には、元禄11年(1698)、旗本金田丹波守がこの地を領し、陣屋を置いたことが記されており、中城のある丘陵下には陣屋沼と呼ばれる沼がある。
この「中城跡」、実に十年ぶり(?)に訪れたのであるが、遺構が随分と見やすくなっていました
比企郡には「中城跡」のように遺構の残存度合いが
是非、時間をかけてゆっくりと散策してもらいたい地域です
(参考資料)
日本城郭体系 5 埼玉・東京 新人物往来社
改訂 歩いて廻る「比企の中世・再発見」 埼玉県立嵐山史跡の博物館
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