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【野木町煉瓦窯】
別 名: 旧下野煉瓦製造会社煉瓦窯
所在地: 下都賀郡野木町野木3324−1
拝観料: 高校生以上 ¥100 中学生以下 無料
休館日: 月曜日(祝日の場合その翌日) 年末年始(12/29〜1/3)
明治21年(1888)1月、谷中村下宮(現在の渡良瀬遊水地)に下野煉化製造会社の前身となる東輝煉化石製造所が設立された。これは北関東最古の煉瓦工場と考えられています。
同年10月、下野煉化製造会社が創立され、現在地に工場が建設され、11月、認可が下りたことで操業が開始されています。
渡良瀬遊水地に隣接し、煉瓦製造に最適な粘土と砂利が採取可能な場所であり、さらに渡良瀬川水運も利用できることから絶好の立地であった。
明治20年代は、明治政府の殖産興業政策が功を奏して、全国各地で鉄道や紡績などの企業設立が相次いだ時期でした。深谷市上敷免には渋沢栄一によって日本煉瓦製造会社が設立されています。
明治22年(1889)4月、煉瓦焼成窯として登り窯が完成。次いでドイツ人のフリードリヒ・ホフマンが特許を得ていた赤煉瓦焼成用輪窯であるホフマン式輪窯2基が築造されています。
このホフマン式輪窯築造には登り窯で焼成された煉瓦のほか、東輝煉化石製造所の煉瓦が使用されたという。
同年12月に西窯が、明治23年(1890)6月、現存する東窯が完成しています。
明治26年(1893)、定款改正によって下野煉化株式会社となり、大正8年(1918)、下野煉瓦株式会社、昭和14年(1939)、下野煉瓦工業株式会社を経て、昭和46年(1971)、株式会社シモレンと改称し、煉瓦製造が休止されています。
平成13年(2001)まで株式会社シモレンはセメント等建材の総合商社として経営されていました。
下野煉化製造会社化の煉瓦は、企業の建築資材として多数の赤煉瓦を供給し、佐野市久保町にある東武佐野線の煉瓦造のガードや野木町野渡の熊野神社の煉瓦道などにその痕跡が見られます。
ホフマン式輪窯は、ここ野木町の他、埼玉県深谷市の日本煉瓦製造会社旧煉瓦製造施設であるホフマン輪窯六号窯、滋賀県近江八幡市の旧中川煉瓦製造所ホフマン窯、京都府舞鶴市の神崎コンクリート株式会社旧煉瓦窯が残されています。
昭和26年(1951)には全国で50基あったとされていますが、現在では僅かに4基となっています。
これまで何度も訪れていた野木町でしたが、初めて野木町煉瓦窯の看板に気が付きました
貴重な歴史遺産をこれまで知らなかったという未熟さを痛感です。
全国的にも貴重な文化遺産ですから、訪れてみては如何でしょうか?
(参考資料)
現地配布パンフレット
現地案内板
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栃木県の史跡
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