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【工女宿宝来屋】
所在地: 松本市島立2196−1 松本市歴史の里内
観覧料: 大人 ¥400 中学生以下 無料
木造平屋一部二階建、切妻造妻入りで、屋根は板葺石置き。建築年代は様式などから江戸時代後期と推定されています。
桁行8間半(15.3m)、梁間7間半(13.5m)。間取りは乗鞍・御岳高原の農家で一般的に使われた形式であり、表側の2室は工女宿として宿泊客が増加した明治時代に増築され、土間奥のネベヤと背後の半間分も明治以降に付加されたものと推測されています。
松本市奈川地区川浦の信州松本―飛騨高山を結ぶ主要な経済路であった旧野麦街道に尾張藩領の旅人宿として建造されています。
明治時代に入ると、信州岡谷・諏訪で製糸業が盛んとなり、飛騨高山方面から信州へ製糸労働のために往来した工女たちの宿となりました。
川浦地区には同様の宿が7軒ほどあったといいます。
明治30年代(1897〜)、岡谷・諏訪の大製糸家は県外に進出するようになったことから、野麦峠を越えてくる飛騨出身の工女の数は少なくなり、宿は不要となり次第に廃れていきました。
さらに、昭和9年(1934)、国鉄高山線全線開通によって交通経路の大幅な変更によって客足は途絶え、川浦にあった工女宿は店をたたんだといわれます。
昭和58年(1983)、現在地に移築保存されています。
土間には大きな漬物樽がいくつも置かれ、大勢の工女が一度に泊まるために食事の煮炊きに使う囲炉裏も二つありました。
工女たちはこの場でも敷布団を敷かれて眠ったという。宿の人々は工女が朝4時には出発することから寝ずに握り飯を握っていたという。
また、工女以外でも宿泊できる格式ある畳敷きの客間もありました。
こちらは工女が宿泊した二階の板敷きの間。ここにすし詰め状態で身体を休めたんでしょうね。
(参考資料)
松本市歴史の里ガイドブック 大河 直躬 松本市立博物館・松本市歴史の里
現地配布パンフレット
現地案内板
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