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【宇賀神社】
所在地: 上水内郡信濃町野尻琵琶島246
天平2年(730)5月、沼尻村の産土神として創建されたようであるが、寛永年間(1624〜1644)、飯山城主・松平遠江守忠俱再建口碑によれば、天平年間(729〜749)、僧・行基が参拝し、社殿を造営し、弁才天女を刻んで安置したことで、弁才天のお社と誤解されたという。
戦国時代、越後の上杉謙信も崇敬し、重臣・宇佐美駿河守定行を琵琶島城主として(しかしながら、宇佐美駿河守が城主であったのは、柏崎市の琵琶島城であった)、宇賀神社を崇敬し、武運長久を祈り、社殿を補修し、太刀一振りを奉納している。
その後、江戸幕府の直轄地となった。
川中島藩主・森右近太夫忠政は宇賀神社を崇拝し、以後、この地を治めた飯山藩主も崇敬し、武運長久を祈る祈願所となっている。
寛永5年(1628)、松平遠江守忠俱は、本社を再建し社領10石を寄進している。
寛文5年(1665)、高田藩主・松平光長は野尻湖の水を灌漑に利用している恩顧を感謝し、石燈籠一対を寄進しています。
現在の社殿は慶応2年(1866)に再建されたものである。
明治9年(1876)、立ヶ崎から琵琶島にかけられた木造の大橋が村の有志によって架橋され、明治11年(1878)7月に完成している。
巾三間、長さ二百五十間で、所々に人や車のよけあう待避所が設けられていた。
当時、大橋を渡るのには長野県知事の認可が必要であり、定めとして大人一人五銭、小人一人三銭、車馬七銭の渡橋料が徴収された。
しかし、明治22年(1889)、補修されないままで朽ち果てて渡れなくなってしまった。
現在、宇賀神社に渡るには人力ボートか野尻湖遊覧船で行くほかない。宇賀神社はパワースポットとしても知られており、信濃町を訪れた際には訪れておきたいスポットである。
(参考資料)
現地配布パンフレット
現地案内板
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長野県の神社仏閣
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【武水別神社 八幡宮】
所在地: 千曲市八幡3012
創建年代は明らかではないが、社伝によれば、孝元天皇の御代(紀元前214〜156)に武水別大神を御鎮斎したというが、これはあまり現実的ではないように思われる。
安和年間(968〜970)、石清水八幡宮より誉田別命・息長足比売命・比メ大神が勧請されたという。
武水別神社は『延喜式』に名神神社として記載されており、『日本三代実録』によれば、貞観2年(860)、従五位下、貞観8年(866)、従ニ位の神階を受け、貞観9年(867)、官社に列したことから考えても古からの大社であったということは間違いないことであろう。
その後、戦国時代には神官・松田氏の居館と一体化して城郭化したと考えられており、永禄7年(1564)、この地で武田・上杉両軍が対峙している。
戦国から江戸時代にかけては、諸武将の尊崇が篤かった。慶安元年(1648)、幕府から朱印地200石が与えている。
明治時代に入ると郷社となり、明治41年(1908)、県社に昇格。現在は神社本庁別表神社に指定されている。
商売繁盛・家内安全などの御利益があることから、地域の人々からも崇敬されている。善光寺ほどの人出はないが、初詣スポットとして多くの参拝者で賑わうことで知られる。
(参考資料)
さらしな歩紀 八幡・桑原・稲荷山 千曲市川西地区振興連絡協議会
現地配布パンフレット
現地案内板
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