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国重要無形民俗文化財

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尾張津島 天王祭
宵祭  7/23(土) 午後6時〜(小雨決行)
朝祭  7/24(日) 午前8時40分〜(小雨決行)
 
 
 
日本三大川まつりのひとつに数えられる「尾張津島天王祭」。津島神社の祭礼として500年の伝統を誇り、全国の数ある夏まつりの中でも最も華麗なものと言われています。
 まつりはかつて、旧暦で行われていましたが、現在は7月の第4土曜日とその翌日に開催されています。
 天王川に浮かぶ津島五車のまきわら船の提灯に灯がともされると、宵祭の始まりです。まきわら船が、津島笛を奏でながらゆうゆうと天王川を漕ぎ渡ると、揺らめく提灯が川面に映り、まきわら船はその美しさをさらに際立たせ、灯と水のドラマは頂点に達します。
 朝祭は、市江車を先頭に6艘の車楽船が能の出し物をかたどった置物を飾り、楽を奏でながら漕ぎ進みます。先頭の市江車から10人の鉾持が布鉾を持って水中に飛び込み、川を泳ぎ、神社に向かって走るその姿は勇壮というほかありません。
 また、このまつりは、昭和55年に「尾張津島天王祭の車楽船行事」が国の重要無形民俗文化財に、昭和59年に「尾張津島天王祭の車楽」が県の有形民俗文化財にそれぞれ指定されています。
 
 
 
由来=
南北朝時代に津島に逃れて来た良王親王(後醍醐天皇の曽孫南朝方の親王)を守る津島武士が、北朝方の武士を船遊びにさそい討ち取ったことに由る行事とか、津島神社の「神葭流し」の神事をもとにしたものとか言われてますが、明らかではありません。
永禄3年(1560年)桶狭間の戦いの2年前、夫人同伴で織田信長が現在の御旅所付近にかけられいた天王橋から朝祭を見物しています。
 
“津島さん”“天王さん”と呼ばれて親しまれている「津島神社」は1460余年もの伝統ある牛頭(ごず)天王の総本社

今夜・明日は

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◆天王祭の由来◆
尾張津島天王祭の車楽舟行事(昭和55年1月に国の無形民俗文化財に指定)
津島が誇る祭りの代表がこの『尾張津島天王祭』だ。500有余年の歴史を持ち、まさに時代絵巻きと言うにふさわしい『荘厳・華麗』な川祭り。
祭りは数ヶ月に渡って、様々な行事、儀式、神事が行われるが、祭りのクライマックスはなんといっても『宵祭』と『朝祭』だ。現在は、7月第4土曜日とその翌日に行われているが、古くは陰暦6月14・15日に行われていた。

津島牛頭天王社は、疫病・災厄除けの神。酷暑の夏に、疫病が流行しないように祈願する祭りが、牛頭天王の祭だった。京都の祇園祭、博多の山笠など、牛頭天王の祭礼がほとんどこの時期に行われるのは、そういう意味があってのことだろう。
宵祭は、二隻の舟をつなぎその中心に真柱を立て、そこに一年の月数十二個の提灯をつけ、半円形に一年の日数三百六十五個の提灯をつける。その他の提灯も合計すると、一隻あたり五百五十程度の提灯がつく事となる。(この舟を巻藁舟という)それが五隻なので、一回の祭りで最低でも二千七百五十個の提灯とロウソクを使用し、点灯する順番で、三種類の大きさがある。真柱と坊主の下側は一番大きく、五百五十個の提灯が最後まで灯っているようになっている。
ロウソクは、明治以前は高価な貴重品であり、このことからも祭りを支える地域の金銭規模が伺える。朝祭は津島の五隻に、佐屋町市江地区の『市江車』が先頭に加わる。市江車には十人の若者が締め込み姿で布鉾を持ち、途中から天王川に飛び込み泳ぎ、津島神社に通じる岸まで渡る。その後、神社まで走って神前に布鉾を奉納する。


朝祭の舟(車楽舟)の最高部には、能装束を模してつくられた衣装をまとった人形が乗るが、津島の五隻中、先頭を行く当番車には必ず『高砂』が乗る。その他の四隻は毎年能番組が変わり、毎年の楽しみの一つでもある。天王祭の「お囃子」と能の「お囃子」とは直接の関係はない。ただし、天王祭のお囃子のメロディ部分を参考にして能管による笛の独奏曲が作られている。その作品は現在も能の笛方である藤田・一噌・森田各流派において伝承されている。大多数の地方では「まつり囃子」で使われるのは篠笛だが、津島で使われる笛は『能管』という能の笛だ。
文献では、織田信長が津島によく来ており、津島祭りも当時の天王橋の上から見物をしたという記録も残っている。 他にも、大事な行事の一つに『神葭流し』がある。朝祭の終了後の深夜、社殿に奉斎されていた古い神葭を天王川に流すものだ。新しい神葭は津島神社本殿に納められ、一年間人々の祈願を受ける。
江戸時代、天王川が海に続いていた頃は、この神葭が、知多半島や三河湾に漂着した記録も残る。漂着した場では御社を建て神葭を奉り、近郷近在の信仰を集めた。
尾張津島天王祭は、祭りに直接関わる人のみならず、津島の人々すべての力により、五百年以上の歴史を刻んできた。これからも津島の大切な『歴史的財産』として、津島市民の誇りとして、永く後生に伝承していきたい。

古墳 ケータイ投稿記事

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愛知県春日井市
ハニワの館 併設



味美二子山古墳は、春日井市で最大の規模を誇る、盾形の周濠をもった墳長94mの前方後円墳です。昭和11年に国の史跡に指定されました。

 平成3・4年に公園整備に伴う発掘調査が行われ、現周濠の外側に溝が確認されました。溝からは大量の埴輪や須恵器が出土しました。円筒埴輪をはじめ人物・馬形・家形などの形象埴輪や、高坏・器台・脚付四連坏・子持蓋付脚付壺などの特殊な形の須恵器が出土しています。出土の集中する箇所が墳丘造り出し部分の延長上にあたることから何らかの祭祀が行われたことが推察されます。

 二子山古墳の築造年代は、出土する埴輪や須恵器などから6世紀前葉(約1500年前)であると考えられます。
 また、隣接して御旅所古墳(円墳、31m)、白山神社古墳(前方後円墳、84m)があります。

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