doranyankoの部屋

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映画「おろしや国酔夢譚」
 
2/3 (土) BS朝日「サタデーシアター」枠21:00 〜 23:00

■ 悲壮感に塗(まみ)れながら、夢ではなかったかと思う程、日本と現実離れしたロシア--幕末当時はオロシャと発音--の体験記。
本作は、1991年、ソ連崩壊期のサンクトペテルブルクでの大規模ロケだった。
 
随所に緒形拳ならではの演技があった。
 
■ エカテリーナ役のフランス女優マリナ・ヴラディさんは、実に懐かしい。
 
「女王蜂」(1963年、カンヌ女優賞)、「輪舞」(1964年)の25歳の頃は、色っぽかったなあ。
高校1年の期末テスト終了後、18禁の「女王蜂」を観て補導され、先生に絞られたことを思い出す。
 
それにしても、華麗なロシア王宮シーンだった。
 
■ 漂流〜厳寒のシベリアの行程におけるサバイバル感は物足りなかった。
モノクロにしておいて、イルクーツクで薄っすら色がついて、サンクトペテルブルクでバア〜とフルカラーにし、帰国後はドロッとした映像にするとか・・・・。
 
*イメージ 1
 
【原作】 井上靖
 
第1回(1969年)日本文学大賞作品
 
文藝春秋社
 月刊誌・・・文藝春秋1966年1月号〜1967年12月号・        1968年5月号
 単行本・・・1968年10月・新装版1992年1月
 文庫本・・・文春文庫1974年6月

徳間文庫1991年12月
 
*
 
【劇場映画】
 
製作: 大映、電通
配給: 東宝
公開: 1992年6月
 
*
 
【スタフ】

製作総指揮: 徳間康快
統括: 小暮剛平
製作: 山本洋、郡進剛
製作協力: 徳間書店、大映映像、TOKYO FM/JFN
監督: 佐藤純彌
脚本: 野上龍雄、神波史男、佐藤純彌
撮影: 長沼六男 
美術: 徳田博、ワレーリー・ユルケーヴィチ 
照明: 熊谷秀夫 
音楽: 星勝 
録音: 橋本泰夫 
編集: 鈴木晄 

*
 
【キャスト】
 
緒形拳: 大黒屋光太夫(コーダユ)
・・・廻船「神昌丸」の沖船頭、1751年(宝暦元年)若松村生まれ〜1828年(文政11年)。
西田敏行: 庄蔵
沖田浩之: 新蔵
川谷拓三: 小市
米山望文: 磯吉
三谷昇: 九右衛門
 
ヴィクトル・ステパーノフ: ヤーコフ・ニビジモフ・・・アムチトカ島滞在の猟師
アナスタシヤ・ニェモリャーエワ: タチアナ・・・日系ロシア女性(漂流した津軽藩の三之助の遺児)
タチヤーナ・ミハリョーフキナ: ニーナ・・・新蔵の恋人

オレグ・ヤンコフスキー: キリル・ラックスマン・・・フィンランド出身の博物学者(ロシア王立科学アカデミー)
マリナ・ヴラディ: エカテリーナ2世・・・ロマノフ朝第8代女帝
ユーリー・ソローミン: ベズボロドコ・・・伯爵、女帝の側近
オリヨーナ・アルジャニーク: ソフィア・・・女帝付き女官、ブーシェの妹
エヴゲニー・エフスチグネーエフ: ブーシュ・・・離宮御苑の管理役、ラックスマンの友人
 
江守徹: 松平定信
幕閣達・・・加藤和夫、金内喜久夫、 児玉謙次、平野稔
幕府の使者達・・・頭師孝雄、竹村健
 
*
*
 
【あらすじ】
 
*
 
1782年(天明2年)師走12月、機知(きち)に富んだ船頭の大黒屋光太夫(緒形拳)は、紀州藩の囲米[かこいまい、備蓄用・兵糧(ひょうろう)用]500石を積み、船乗り15名・紀州藩立会いの農民1名(合計17名)を乗せて伊勢亀山藩の白子村(現・三重県鈴鹿市)の浦を出発した、百姓・彦兵衛が所有する廻船(運輸船)の「神昌丸」は、駿河沖付近で江戸へ向かう途中に嵐に遭(あ)い、舵(かじ)を失って漂流してしまった。
 
*
 
8カ月に及ぶ漂流の末に1名(幾八)を失いながら、蝦夷(えぞ)北の果てカムチャツカ半島〜日付変更線〜アリューシャン列島の1つ、アムチトカ島に漂着したのだった。この島は当時はロシア帝国・ロマノフ朝の属領だった。
 
漂着後のこの島内で7名の仲間が次々と寒さに耐えられず死んで行く。生き残った9名は、先住民アレウト人や毛皮を獲るために滞在していたヤーコフ・ニビジモフ(ヴィクトル・ステパーノフ)らのロシア人に遭遇し、アムチトカ原住民の言葉やロシア語(※)を習得しながら、帰国の道を模索する。が、双方共に船を失う。
(※) "エタ チョア(Что Этоを逆転して覚えたか?)
 
*

出帆して4年後の1787年(天明7年)7月、有り合わせの壊れた船の古材や流木で造った船(600石程)により、ロシア人と共に遂にアムチトカ島を脱出し、カムチャッカ半島のニジネカムチャック港へ向かう。だが、陸続きの半島で待っていたのは島とは比較にならない厳しい冬将軍であり、更に3名を失う。
 
生き残った6名は、現地の役人達と共に、オホーツク〜ヤクーツクを経由しレナ川沿いに1789年(寛政元年)、漂流民を管轄するイルクーツク総督府に到着する。世界で最も厳しい寒さと闘いながらシベリアを転々とし、土地土地で数奇な運命に翻弄(ほんろう)されたのである。
 
*

6名の中で庄蔵(西田敏行)は、重度の凍傷で片足を切断せざるを得ず自暴自棄になったが、日本人の父を持つハーフの女性、タチアナ(アナスタシヤ・ニェモリャーエワ)の助けで帰国不可能を悟り、手を引かれるようにロシア正教徒(キリシタン)となり帰化の途を選ぶ。
 
同じくキリシタンとなった最も若い新蔵(沖田浩之)もまた、ロシア女性のニーナ(タチヤーナ・ミハリョーフキナ)と恋に落ち、姿を消した。
 
イメージ 2

*
 
イルクーツクの地で、光太夫は、初めて見る文化に強い衝撃を覚え、この感動を故国へ伝えたいと帰国への執念を燃やすが、政庁役人に帰国嘆願(たんがん)しても届かないことに業を煮やし、
当地に住んでいて日本に強い興味を抱いていたフィンランド人の博物学者キリル・ラックスマン(オレグ・ヤンコフスキー)の助けを借りようと決める。

光太夫はラックスマンの導きで、最後の望みを賭けて、女帝・エカチェリーナ2世(マリナ・ヴラディ)に帰国への直訴を決意し、1791年(寛政3年)、ロシアの西端の帝都ペテルブルグへ向かった。
 
日本地図を描いて提出せよとの取引材料や、ペテルブルグのベズボロドコ伯爵や女帝の側近ソフィアの協力を得て、数カ月を掛け光太夫の熱い想いは女帝に届き、遂に夏の宮殿で謁見(えっけん)を成就し、求められた文楽(人形浄瑠璃)を即興で演じ、帰国を許される。
 
*
 
かくして、日本徳川幕府に対して漂流民を返還する目的で遣日使節アダム・ラクスマン(キリルの次男、ロシア陸軍中尉)に伴われ、1792年(寛政4年)、漂流から実に9年9カ月の長きを経て、光太夫・小市(川谷拓三)・磯吉(米山望文)の僅(わず)か3名は、根室へ上陸し帰国を果たしたのだ !!

ところが、鎖国体制の維持に拘(こだわ)る幕府は彼らを迎え入れようとしない中、小市はとうとう病死し、残された光太夫と磯吉も厩舎(きゅうしゃ)に留置される。
 
やがて、第11代家斉の老中・松平定信(江守徹)の計らい??で、光太夫は幽閉という扱いながら迎え入れられることになる。そして、初めて出会った心揺さぶる異国文化を故国に伝えようとする。がしかし・・・・・。
 
*


*
【時代背景】
 
○ 日本
 
天明年間
2年〜8年(1782〜88年)、天明の大飢饉(だいききん)。
3年(1783年)、浅間山の大噴火・・・死者約2万人、大飢饉が更に深刻化。
6年(1786年)、老中・田沼意次が失脚。
7年(1787年)、徳川家斉が第11代将軍に、松平定信が老中に就任。江戸・大坂で米屋打ち壊し事件。
1787年(天明7年)〜93年(寛政5年)、寛政の改革。
1792年(寛政4年)、ロシア使節アダム・ラクスマンが来日。
 
1801年(寛政13年)、幕府はロシアを警戒し蝦夷奉行(後に箱館奉行)を設置。
その前後に、伊能忠敬が蝦夷地を測量、間宮林蔵が密命により樺太を探索。
1825年の異国船打払令から1842年の薪水給与令へとシフト。
 
○ ロシア
 
エカチェリーナ2世(Yekaterina II Alekseyevna、1729年〜96年)
ロマノフ朝第8代ロシア女帝(在位:1762〜96年)。豪放磊落(らいらく)で派手好み、ボリショイ劇場・エルミタージュ宮殿(現・美術館)を建設。積極的な外交政策を推進し、南下政策によってロシア帝国領土を大幅に拡大。
1780年、アメリカ独立戦争に際し中立国としてアメリカへの輸出を推進し、ヨーロッパ諸国に働き掛け武装中立同盟を結成するなど、ロシアの国際的影響力を誇示。
1855年、ニコライ1世、樺太を巡り国境の定めのない日露和親条約を締結。
 
○ フランス
 
1792〜1802年、ナポレオン・ボナパルト皇帝。
1804〜15年の7月革命を始め、市民革命が熾烈(しれつ)に。
1858年、ナポレオン3世が宣教師団の保護を目的にインドシナ遠征軍を派遣。
 
○ イギリス
 
1780年代、東インド会社を政府が支援し、綿花市場を押さえて本国の第一次産業革命を推進。
1800年代中盤には、インドで反英闘争(ムガール朝の崩壊)、中国・清朝でアヘン戦争(1840〜42)へと侵略を拡大。
 
○ アメリカ
 
1775〜83年、独立戦争。
1803年、日本・長崎に来航し通商を要求。
1800年代後半のカリフォルニア・ゴールドラッシュ、南北戦争(1861〜65年)へ。
1853年、ペリーの黒船来航。

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ドラにゃんこ先生(なぜかそう呼びたい*)はすごいですね

私は映画の好き嫌いがわりとあって、気に入った映画は何回も観ます*

それで、わからない部分をネットで調べたりします*

例えば、‘ゴールデンスランバーのロックの先輩は裏切ったのか?’などと…

そうすると、たくさんの参考意見が出てきます*

ドラにゃんこ先生のブログを読んでいると、色々な事を尋ねてみたいと思います。

2011/12/2(金) 午後 11:32 [ ばばたんちーたん ]

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ばばたんちーたんサン
私もヒマに任せて、ネットで調べ叱られないだろう程度でパクリもします。
「ゴールデンスランバー」は面白かったですね。
岩崎先輩は警察の強要に抗し切れず、逮捕協力と見せ掛けたんでしょうね。

2011/12/3(土) 午前 1:36 [ doranyankoドラにゃんこ ]

さすがですね

職場の若い子たちに同じ質問をぶつけたり、ネットでも調べましたが、ドラにゃんこ先生の答えが、一番言い当てていて、これこれ!
この答えを待っていたという感じです。
ありがとうございました*

2011/12/3(土) 午前 6:26 [ ばばたんちーたん ]

Что это?でも Это что?でも、ロシア語の場合、語順は自由ですよ。

2019/8/23(金) 午後 8:00 [ SGT.Pepper ]


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