・・・疑問です・・・
赤穂浪士の討ち入りは12月14日となってますが、それは旧暦での話。
新暦から約一ヵ月〜一ヵ月半遅れて、旧暦の同月日が訪れる。
旧正月(旧暦の正月)は、新暦で云う2月の中頃でしょ?
だから討ち入りは現在のカレンダーで言うと2月上旬の話。
・・・だそうで。
って事は、歴史上の日付は新暦に置き換えずに教えられてるって事ですね。
考えりゃ、そうだよね。
例えば江戸時代に正月行事がらみの事件が起こった、とする。
その日付を新暦換算して歴史教科書に「2月某日」なんて書かれても変だしね。
明治5年12月2日まで太陰暦が使用されていて、
その翌日からグレゴリオ太陽暦が適用されました。 この日が明治6年の元日。
という事は日本史の日付には
明治5年12月3日から明治5年12月31日までは存在しない、って事になるんですね、そうなんでしょ?
2月11日 建国記念日
この日に神武天皇が即位、とされてます。
この祝日の制定は昭和に入ってからの事なんですが、これは現行の太陽暦に換算して、って事?
つまり冬の寒さが真っ盛りの時期に即位された、って事ですか?
それとも当時の暦における「2番目の月の11日目」って事?
もしそうなら現在、かなりトンチンカンな季節に祝ってる事になるが・・。
睦月・如月・弥生・卯月・皐月・・・月の旧称
1月・2月・3月・4月・5月・・・月の新称
行事は新暦で行うより旧暦のまま行ったほうが合理的、という例は多いです。
七草粥は旧暦1月7日 → 新暦2月下旬
そもそも今の1月7日に新緑なんか芽生えっこぉ?
桃の節句 旧暦3月3日 → 新暦4月中旬
水無月 旧暦6月 → 新暦7月中旬
中学の時、先生に尋ねたことがある。 「雨の多い梅雨時を、何故水無月って呼ぶんですか?」
先生:「空から水が沢山落ちてきて、空に水が無くなるから・・」
先生さぁ、多分これ、苦し紛れの回答だったんでしょ?
新暦に換算したら、夏の真っ盛りで文字通り水が無い時期ですよ。
七夕 旧暦7月7日 → 新暦8月下旬
七夕は元々はお盆行事の一環だったそうです。 現在でも旧暦で七夕を行う地方が有ります。
梅雨の最中である新暦よりも、梅雨の明けきった旧暦の方が星も見えるし、ね。
では↓以下の場合は?
端午の節句 旧暦5月5日 → 新暦6月中旬
こいのぼりを立てる風習がいつからかは知りませんが、
梅雨入りのうっとおしい空にこいのぼりがはためく図は、考えただけで暑苦しい・・・。
そしたら五月晴れって言葉は梅雨入り頃の貴重な晴天、って意味?
文月 旧暦7月 → 新暦8月中旬
文をしたためるに丁度良い時期、だって。 芸術の秋、みたいなもんか?
でも8月中旬からだって、まだまだ残暑厳しくて、文などしたためる気になる?
葉月 旧暦8月 → 新暦9月中旬
今の8月なら木々の葉が繁る最盛期だと思うんですが、9月の中旬以降だと?
葉の盛りは過ぎた後だが紅葉にも早すぎる・・・何をもって葉月と命名したのかな?
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