神社の参拝記
吉備中県国造は吉備のある地域を支配したとされ、国造本紀(先代旧事本紀)
によると崇神天皇(10代)の時代、神魂命の十世孫である阿加志毘古命を
国造に定めたことに始まるとされます。
中県国がどこにあったのか、また、どんな神を祀っていたのかについて
の調査報告です。
1.地域の特定
中県国がどこにあったのか、決定的な証拠が無く一般にはよく分からない
と言っていい状況です。
太田亮博士は「吉備中県国の所在は不詳も、その名称より備中国内と思はる。されど、その後裔が安芸国高宮郡領たるより見れば、安芸国内にその所在を求むべきか。」としており、実際に三代実録において
「安芸国高宮郡大領外正八位下三使部直弟継、少領外正八位上三使部直勝雄等十八人、本姓仲県国造に復す」
と記
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