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神々の黄昏
新神名帳考証(この神社はどこの神社でしょう?お分かりになった方はゲストブックへ・・・・)

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風早国の難波の風神

愛媛県西条市の風伯神社に祀られる神は、伊曾乃神社の戦前の由緒記である、「伊曾乃大社記」 によると
「三大実録に曰く、清和天皇貞観十七年三月二十九日、壬子、伊予国正六位上風
伯神従五位下」と三大実録に記載されている神であると言います。

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伊曾乃大社記より
また、祭神は建御名方神であるという。

愛媛県には、風伯神を祀る神社がまだ存在し、愛媛県神社庁によると、
北条市(現松山市)の恵良神社という神社に祀られています。恵良神社は恵良山という山の山頂に鎮座しています。

図1(恵良山)
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由緒:恵良山頂に風伯の神を祀り、風祭、祈雨祭を行っていたが、白山神社と金津神社を合祀して恵良神社と称した。 (愛媛県神社庁)

里宮
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恵良山の旧地名は、伊予国風早郡(風早国)難波郷と考えられ、神名より古くから風早国周辺で奉られた
神であった事が想像されます。

風早国(伊予国風早郡)の和名類聚抄に掲載される地名には、
西から粟井郷、河野郷、高田郷、難波郷、那賀郷と四つの郷が存在し、伊予北条から今治市菊間町まで
の地域を占めていたことになります。

風早国の統治者は、国造本紀によると応神天皇の時代に物部連の祖・伊香色男命の四世孫にあたる
阿佐利命を国造に定めたこと始まるとされますが、和名抄の郷名を見る限り、徳島県(阿波国)の旧
国名である粟国と長国(阿波国那賀郡)の名を冠する郷名が、粟井郷、那賀郷とあることを考えると、
郷司レベルでは阿波の国造氏族の親族が支配していた事が考えられます。

徳島県(阿波国)において、諏訪神であると認識される多祁御奈刀弥神社で、長国造家の建美奈命を祭っていた
事を考えると、風早郡の東側にあたる難波郷や那賀郷において、長国造系の郷司が、建御名方神
伊予の風伯神として祀っていたと予想されます。

建御名方神は長国造家の建美奈命(阿波の多祁御奈刀弥神社)と考えられる事から、結局
(多祁御奈刀弥神と長国造族の系譜 :http://blogs.yahoo.co.jp/tsubame7_bio_titech/14784689.html
伊予の風伯神とは建美奈命を指しているのではないでしょうか。

和名類聚抄に掲載される難波郷は、讃岐国にも存在し、寒川郡難波郷という地名があります。

寒川郡難波郷の近傍には、式内社の大蓑彦神社が鎮座し、大蓑彦神とは寒川神こと建御名方神
祀られています。http://blogs.yahoo.co.jp/tsubame7_bio_titech/16200526.html

これと同様に、神奈川県の寒川神社の本殿の背後には、難波の小池と言われる湧水があり
古来から霊験豊かな神池として崇められてきました。

今まで指摘してきたように、寒川神は相武国造(伊勢津彦三世孫弟武彦末裔) らが祖先神として
建御名方神(諏訪大社上社祝家の系譜 建御名方神〜会知速男命−真曽我男命−武国彦命
弟武彦
)を祀った神社でした。

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難波の小池

伊予国風早郡難波郷風伯神
讃岐国寒川郡難波郷大蓑彦神
相武国高座郡寒川郷の寒川神社の難波小池

こうしてみると、建御名方神の祭祀と祭祀氏族、地名の関係性は必死で探索すれば
見つける事ができますが、
伊勢津彦というキーワードで関連性を探るのは難しいという事がよく分かります。

最後に、難波の風伯神を拝んでいると考えられる神社が、伊予北条市にはあります。

図1の真裏にある国津比古命神社の森
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國津比古命神社と櫛玉比賣命神社の2社がこの森に鎮座しています。
物部連が国造になった時に、祭祀は地元の風伯神を祀る人々から物部連に変わり、
奪われたと考えられます。國津比古命神社の本殿の真裏が恵良山であり、
風伯神を祀る人々=長国造〜諏訪大社祝家と物部連との因縁を感じます。



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