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<title>たっきーの秘密基地</title>
<description>私の趣味や旅行、古今東西、日々の日常についてのブログです。</description>
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<title>たっきーの秘密基地</title>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>DE10牽引の931ﾚ写真で、村木氏のﾎｰﾑﾍﾟｰｼﾞでは、『SLが廃止になった昭和46年3月31日の翌日から、半年間、ディーゼル機関車DE10が牽引していたこの931列車も、この年の10月1日からはディーゼルカー(キハ20)に置き換えられた。』となっていた。これで、先日の客ﾚ廃止時期の疑問は解けた。ただ写真を見るだけではなく、ｺﾒﾝﾄも最後まで読むものだ。しかし、この文だけでは、931ﾚ、932ﾚでDE10の訓練運転が行われたか、はっきりしない。やはり冬季暖房の関係で、931ﾚ、932ﾚでのDE10訓練運転は行われなかったのか？ DE10を前機にしてC58を本務機で連結すれば、暖房の問題は解決できると思うが…。そのような運用は行われなかったのか。写真があれば拝見したいものだ。</description>
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        <pubDate>Fri, 19 Jul 2019 06:25:52 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>昨日の続きである。今日、ﾈｯﾄ検索していて、村木勝義氏が立ち上げた、「二俣線の詩」というﾎｰﾑﾍﾟｰｼﾞを見つけた。その中に、DE10牽引の客ﾚ（多分931ﾚではないか）の写真を見つけた。撮影時期は昭和46年（1971年）9月とあるから、客ﾚはC58からDE10へ置換え後も残っていたことになる。私はC58とともにDCに置き換わったと思っていたが…、間違いである。しかし、訓練期間中は、本当にどうしていたのか？ 客ﾚだけ訓練からDE10を外していたとしか考えられないのだが…。いくら暖国静岡でも、冬季は暖房無しというわけにはいかないだろう。それと、客ﾚは何時廃止になったのか？この2点が疑問だ。</description>
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        <pubDate>Mon, 15 Jul 2019 22:51:36 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>遠江二俣区配属のDE10は、鉄ﾋﾟｳNO962掲載の履歴表より機番が判明した。全11両は全てJR東海に引継がれ、静岡運転所へ集結している。旅客の定期運用は無く、沼津豊橋間の貨物取扱駅入換が主体であった。旅客運用は、飯田線のﾄﾛｯｺ列車や団臨等であった。同誌によると、当時中央線の「ちくま」牽引をJR貨物へ委託していた代わりのようである。当時、旅客貨物関の受委託ではやられていた走行ｷﾛ相殺である。11両のうち、1515の92年廃車が最初で、以降、廃車、美濃太田へ転属、JR貨物へ移籍と分かれ、最後が1517で、JR貨物岡山機関区で2016.3.31付けで廃車である（j･trainNO62）。現在、遠江二俣区配属車に現有車は無しだそうだ。ところで、新製配置後置換えまでの間、訓練運転（C58の後部補機）写真が、村木勝義氏の『二俣線の詩Ⅲ』に出ていた。当時、931ﾚ、932ﾚと遠江二俣豊橋間に客ﾚが1往復あったが、客ﾚ廃止までの4ヵ月に、DE10はこれを牽引したのだろうか。何かの写真で見たような記憶もあるが…。1500番代はSG無しで、冬季の客車暖房ができないが…。</description>
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        <pubDate>Sun, 14 Jul 2019 14:20:36 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>今、手持ちの鉄道関連書籍、雑誌の半数以上は古書、中古本であり、ｵｸで入手する機会が多い。ｵｸであるから競合する場合がほとんどである。負けて落札できなかったことも多い。以前は負けぬ気になって価格を上げたが、最近は自分で限度額を決め、諦める場合も多い。こんなことを書いていいのか分からないが、先日こんなことがあった。2冊ｾｯﾄの欲しい本が、1冊ずつ1980円で出品されていた。送料無料で計3960円。このｵｸが終了する前に同じ2冊ｾｯﾄが2480円、送料360円であったが、競合を予想して3600円、送料360円の計3960円でこちらを入札した。出せる金額は同じとした。競合となった相手の方は3700円を付け、その方が落札した。ところが5日後、同じ本が今度は1冊1780円、送料無料で出品され、2冊計で3560円、しかも即決だったのを見つけ、即落札した。今振り返ると、拘って3800円以上出して張り合い、高い買い物にならなくてよかったと、安堵しているところだ。冷静にならなければいけないが、時にはいいこともある。</description>
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        <pubDate>Fri, 05 Jul 2019 17:51:37 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>あと、鉄道ﾋﾟｸﾄﾘｱﾙの7、8月号。DE10･11･15の特集号で、まだ7月号を途中まで読みかけ。DE10は好きな機関車で、国鉄時代に二俣線で、重連でｾﾒﾝﾄ列車を牽く姿を見ている影響だろう。昭和53年10月ﾀﾞｲﾔ改正前までは、掛川へも顔を出していた。で、ﾍﾟｰｼﾞを捲っていくと、42ﾍﾟｰｼﾞに遠江二俣区で写されたDE10-1513号機が出ていた。8月号の巻末のDE10履歴表を見ると、遠江二俣区には1515、1516、1517、1518、1519、1520、1521、1522、1523、1524、1525の11両が、1970.11.19～1971.2.10にかけて新製配置されたようだ。全てJR東海へ引継がれ、静岡で生涯を終えたもの、美濃太田へ行ったもの、後にJR貨物へ譲渡されたものなど様々であったことが分かる。1513号機は、1970.11.10青森区配置となっているが、1970.11.11遠江二俣区配置、同年12.1青森区転属となっており、何らかの事情で、一時遠江二俣区に居たのだろうと思う。</description>
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        <pubDate>Fri, 05 Jul 2019 17:13:49 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>他に、梅原淳氏の『JR貨物の魅力を探る本』は、以前刊行された、氏の『鉄道貨物の謎と不思議』にもあったように、鉄道貨物（自動車や船舶も同じだが）輸送が、正規より割引いた運賃で輸送している実態がある、という記事が印象に残る。どの交通機関も顧客を奪われないように、かなり無理をしているような印象を受けた。あと、西野保行氏の『鉄道 その時代と共に』という、ｵｸで入手した写真集。1953年から氏が撮り続けてきた写真集で、（Ⅰ）、（Ⅱ）の2冊で1972年まで。もう一冊（Ⅲ）があるが、これはまだ未入手。貨物列車に限らず、どの列車、車両にも哀愁を感じ、昔は良かったと思う。（Ⅰ）に1959年、北陸線交流電化区間を走る、ED70牽引の客車列車が写っているが、説明によると、この列車、糸魚川発掛川行きとなっており、これには驚いた。</description>
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        <pubDate>Fri, 05 Jul 2019 16:02:41 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>ﾚｲｱｳﾄが不調で、そのまま状態の代わりに、書籍、雑誌は何冊か入手した。ﾚｲﾙﾏｶﾞｼﾞﾝとj･trainは今年も購入した。EF200が年度末で全車、運用を離脱したそうだ。かつて東海道でも姿を見れたが、その性能を発揮することなく終焉となり、非運としか言いようがない。私など、ｺｷ車32両の1600ｔ牽引、10/1000勾配で90km/hの走行を、本気で信じた時があった。また、昨年の山陽本線長期運休で、EF66の運用範囲が東福山以東となっていたのは意外だった。ｾﾉﾊﾁ等の徐行区間で低速運転すると、抵抗焼損の恐れがあるという理由らしい。そしてEF66-100にも廃車が出そうだ、というような記事が印象に残る。西浜松の入換が、DE10からHD300に変更になった。日車豊川行きや、甲種車両輸送時は、DE10をその都度、稲沢から回送しているようだ。</description>
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        <pubDate>Fri, 05 Jul 2019 15:33:21 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>長らくご無沙汰しましたが、GW初日にﾚｲｱｳﾄで運転してみようと電源を入れたが微動だにしなかった。昨年、ﾚｰﾙを敷設してから、時々運転していたのだが、この日は全く動かなかった。原因が分からず途方に暮れたが、多分、ﾚｰﾙの汚れではないか、と友人は言っていた。動かなくなってからｸﾘｰﾆﾝｸﾞｶｰでは洒落にもならないが、地道にﾚｰﾙ清掃するしかないのかと思う。電気的な原因も疑われるので、ﾃｽﾀｰが必要かも…。ということで、ﾚｲｱｳﾄはそのままで、自動車に浮気していた。弟が生前に乗っていた、平成16年3月購入のﾊﾟｼﾞｪﾛﾐﾆで、周りからも持ち上げられているので、今年も車検を通し、ﾊﾞｯﾃﾘｰ、ﾌﾟﾗｸﾞ、ｲｸﾞﾆｯｼｮﾝｺｲﾙ等部品交換し、弟と思って大事に労わり乍ら乗っている。</description>
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        <pubDate>Fri, 05 Jul 2019 15:00:13 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>今日、家山へお花見に行きました。大井川鐡道の桜臨は、今年は3/23より本日まで、3往復/日しましたが、最後の列車（1004ﾚ さくら14号）は、Ｃ108牽引、E34の後押しでした。家山には転車台が無いので、往路はE34牽引のEL急行でやって来ました。ﾄｰﾏｽ客車へ1両茶色客車が入っていました。桜臨は終了しますが、今年は例年より一週間花が遅れているということで、散り始めていますがもう2日ぐらいは大丈夫と思います。</description>
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        <pubDate>Sun, 07 Apr 2019 18:53:22 +0900</pubDate>
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        <title>yos*i71*5*rcさんのコメント</title>
        <description>その他、ｶﾓｼﾞで近隣で気付いたのは、関西線のｾﾒﾝﾄ列車が、8000番台の臨貨から5000番台、6000番台の定期列車、季節列車に戻っている。運用表によると、石油臨貨8075ﾚでDD51とDF200が重連となるようだ。中央線では、石油高速臨貨1往復が季節列車に格上げ（？）されたが、改正前の6286ﾚ～6883ﾚ、6882ﾚ～6287ﾚに該当する列車が消えているので、1往復減である。8000台の臨時列車が載っているものの、運用表からは定期運用は無いようなので、臨運用で走っているか、又は本当に減かもしれない。JR貨物労組の情報にあった『中央西線石油列車の見直し』とはこのことか？</description>
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        <pubDate>Fri, 22 Mar 2019 23:25:11 +0900</pubDate>
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