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夜の森のゼア大公家の館では月の宴に集まった客人たちが剣試合の余興を楽しんでいた。
広場の中央では二人の若者が一触即発の緊張感漂う中、剣を構えて対峙していた。夜の森の騎士団で一、二を争う精鋭と謳われるドナール・ランデスに挑む異国の美しい青年の姿を皆が固唾を呑んで見守っていた。
「ふっ・・・いい気になるなよ。余所者の分際で・・・どれほどの腕前なのか、お手並み拝見といこうじゃないか。」
「望むところだ。」
シェリークの剣が宙を斬ったかと思うといつのまにかドナールの懐に飛び込んでいた。その信じられない動きにドナールは一瞬相手を見失いそうになっていた。だがそう簡単にやられるドナールではなかった。素早く体勢を整えるとシェリークに反撃の剣を突きつけていた。
「ふっ・・・なかなかやるじゃないか。だがその程度の腕で私を倒せるとでも思っているのか?」
「何?」
力任せのシェリークの剣をいとも容易く振り払ったかと思えば、ドナールの剣は瞬く間にシェリークを追い詰めていた。
「どうした?口ほどにもない。そんな目茶苦茶な剣術で私に勝とうなどと・・・笑わせる。」
「くっ・・・」
シェリークは軽い眩暈を覚えて、思わず足元をふらつかせた。
こんなときに・・・まだ昨夜の酒が残っていたか・・・
二日酔いからまだ完全に醒め切っていないことに気付いて、シェリークは一瞬眉を顰めた。だがそんなことで試合に負けるわけにはいかなかった。シェリークは自分を奮い立たせると再び剣を強く握り締めた。
「あら・・・完全に押されているけど大丈夫かしら?」
優雅に見物していたファルド侯爵夫人もシェリークの様子を見て、さすがに心配そうな声を漏らした。
「あんな無茶な作法では・・・」
エメリア伯爵はふと昔のことを思い出して眉根を寄せた。まだ少年だったシェリークが兄のシェラ・ドーネと剣の稽古をしていたときのことだった。シェラ・ドーネが流れるような美しい剣術で完璧に相手を圧倒するのに比べて、シェリークは流儀を無視した荒々しい剣法で力任せに相手を打ち負かして周囲を困らせていた。
「シェリークさま、何度言ったらわかるのです?そのような剣で相手を無理矢理倒そうなどと・・・兄君のシェラ・ドーネさまをご覧なさい。動きにまるで無駄がない。シェリークさまも兄君をもっと見習うように・・・」
二人に剣術を教えていた教師はシェリークに散々手を焼いていた。幼き頃より真面目に練習に励み、華麗な剣術を身に着けていた兄のシェラ・ドーネとは違って弟のシェリークは稽古にも不真面目でまるでやる気が感じられなかった。普段はさぼりがちなシェリークがたまに稽古に参加したかと思うと、無茶な剣を振り回して教師の頭を悩ませていた。
「ふん・・・何かあればすぐにシェラのことばかり・・・そんなにシェラがいいならシェラにだけ教えていればいいだろう?」
教師の言葉に苛立ちを覚えたシェリークは吐き捨てるように言うと踵を返した。
「シェリークさま!お待ちください。シェリークさま・・・」
慌てて呼び止める教師の声にも振り返らずにシェリークは稽古を放棄して逃げ出すこともしばしばであった。
「また逃げられたか。今日こそは真面目に稽古を受けてくれるものとばかり思っていたが・・・」
さすがの教師も自分の指導が悪いのかと思い悩まずにはいられなかった。そんな様子を遠くからエメリア伯爵は心配げに眺めていたのだ。
あのテリドレアーネ王の血を受け継いでいれば剣の腕も悪くはないはずだが・・・非の打ちどころがないシェラ・ドーネさまと比較されるのはさすがに我慢ならないといったところか・・・
当時そんなことをふと思っていたエメリア伯爵であった。だが自分も公務に忙しく、なかなか王子たちの練習相手をしている暇もなかった。そうして気が付けば王子たちも成長し、いつのまにか立派な若者へと変貌していたのだ。エメリア伯爵は成長したシェリークの剣の腕がいかほどなのか知る由もなかった。子供の頃とは違って少しは剣の腕前も上がっているものだと信じたかった。
「どうした?最初の威勢は何処へ行った?足元がふらついているぞ。」
「くっ・・・」
ドナールに煽られて追い詰められたシェリークは思わず体をよろけさせた。二日酔いの身体はまだ本調子ではなく、シェリークにとって不利な戦いであることに違いはなかった。
「あら・・・なんだか調子が悪そうね。このままじゃあの黒い騎士に負けてしまうわよ。」
面白そうに試合を眺めていたファルド侯爵夫人もさすがにシェリークの尋常ではない様子に気付いたようで不安げな声を漏らした。その横でエメリア伯爵も小さな溜息を漏らしていた。
「おそらくまだ昨夜の酒が残っているのでしょう。自業自得です。大人しく部屋で休んでいればいいものを・・・」
「ふふ・・・相変わらず冷たいのね。でもよくやっていると思わない?正直彼があれほど戦えるとは思っていなかったわ。」
「・・・」
夫人の言う通りであった。エメリア伯爵もシェリークが思っていた以上に懸命に剣を振り回している姿に驚きを隠せなかった。
これもイリュミナ姫への恋の成せる力か・・・?
エメリア伯爵がそう思ったときだった。
「危ない!」
何処からか悲鳴のような声が上がったかと思うと、ドナールの鋭い剣がシェリークの左腕を切り裂いていた。
切り裂かれた服の中から紅い血が流れ出して途端にシェリークの左腕を血に染めていた。「うっ・・・」
不意を突かれたシェリークは思わず傷ついた腕を庇って足元をよろめかせた。そんなシェリークにドナールが止めを刺そうと剣を振り上げたときだった。イリュミナ姫は咄嗟に立ち上がって声を上げた。
「やめて!もう勝負はついている。」
思わず叫んだイリュミナの声が聞こえていないわけはなかった。ドナールは姫の声を無視するとにやりと笑みを浮かべてみせた。
だが勢いよく振り下ろされたはずのドナールの剣は鈍い音を立てながらたちまち遮られていた。
「なにっ?!」
ドナールの剣をシェリークが右腕だけで力強く受け止めていた。それにはドナールも目を見開いたままシェリークを見下ろした。
「ふっ・・・まだ勝負は終わっていない。本番はこれからだ。」
不敵な笑みを浮かべたかと思うとシェリークは上目遣いにドナールを見据えた。その恐ろしいまでの視線にドナールは一瞬背筋を凍らせた。
なんだ・・・こいつ・・・さっきまでと顔が違う・・・
ドナールが恐怖に顔を引きつらせていると、シェリークは押さえつけていたドナールの剣を勢いよく跳ねのけて立ち上った。その姿に広場にいた観客たちは皆呆然となっていた。
「イリュミナ姫・・・これはその男と私の二人だけの勝負だ。邪魔をするな。」
「何ですって・・・?」
「皆から可愛がられ大事にされて育った姫さまにはわかるまい。今まで剣の試合で負け知らずだと言っていたな?そんなはずはないだろう?皆大公が怖くてあなたに負けた振りをしていただけだ。違うか?」
たちまち場内がざわめいた。シェリークの暴言にイリュミナは怒りを露わにした。
「何を根拠にそんなことを・・・私を侮辱するのは・・・」
「可笑しいとは思わなかったのか?大公が大事な孫娘の為に大方剣士たちに謝礼でも渡していたのだろうさ。」
「そんなはずは・・・」
「ふふっ・・・気付かなかったとでも・・・?それだけ皆から愛されて・・・本当に幸せな姫さまだな。」
イリュミナはかっとなった。シェリークの言ったことを信じたくはなかった。
「おじいさま・・・今の話、嘘でしょう?おじいさまがそんなことするはず・・・」
だがゼア大公は否定もせず黙ったままイリュミナを見つめた。
「嘘・・・おじいさま・・・違うと言って・・・」
今にも泣きそうな顔で訴えるイリュミナを見て、ゼア大公は大きな溜息を漏らした。
「イリュミナよ。そなたを守る為だ。可愛いそなたを傷つけるわけにはいかんからのう。」
「そんな・・・」
ゼア大公が漏らした言葉にイリュミナは絶句した。自分が強いわけではなかった。ただ自分が強いのだと思い込み自惚れていただけだとわかって、イリュミナは全身から力が抜けそうになった。そんなイリュミナを見てシェリークはふと笑みを零した。
「だが本当の勝負はそんなものじゃない。今から見せてやるよ。そこで大人しく見ていろ。」
眩いばかりの夕日に照らされたシェリークは解けた黄金色の髪を風に靡かせ、天を仰ぐように右腕で剣を翳していた。その輝かしいまでの美しい姿に誰もが息をのまずにはいられなかった。
あれは・・・?
あまりの眩しさにゼア大公の目が瞬いた。思いがけないシェリークの姿に遠い日の記憶が蘇っていた。
あれはまさしく・・・恐王・・・若き日のラザ王セラフィス・・・
ゼア大公は思わずその名を口にしていた。それは忘れもしない王の名であった。
先代のラザ王セラフィス・・・かつて諸国から恐王と呼ばれ世界を支配した伝説の王。神の子として民から崇拝され、太陽のように眩しい存在感を放って揺るぎない力を誇ったあの王のことをゼア大公が忘れるはずなどなかった。
若き頃より勇猛果敢と謳われたゼア大公でさえもラザ王セラフィスの前では勝つことも敵わず負けを認めるしかなかったのだ。ゼア大公は友好の証に領地の一部をラザ王に差し出し自らラジールと同盟を結んだ。そうして夜の森は今も繁栄を続けているといってもよかった。
まさかあの若者・・・
シェリークを見たゼア大公が目を疑うのも無理はなかった。瞳の色こそ違ったが黄金色の髪を靡かせたシェリークの姿はまるで若き日の美しいセラフィス王を思い起こさせたのだ。
そんなシェリークの姿に圧倒されたドナールはたちまち形勢が不利になった。まるで人が変わったかのようにシェリークの剣がドナールを攻めていた。その剣の威力にドナールは逃げ場を失い、瞬く間に剣を振り払われていた。
ドナールの剣は宙を高く舞い、イリュミナ姫のすぐ傍に落ちて地面に深く突き刺さった。それはほんの一瞬の出来事だった。気が付くとシェリークの剣先が尻もちをついたドナールの喉元に突き刺すように向けられていた。
「降参するか?それともこのまま息の根を止められたいか?」
シェリークの言葉に倒れ込んだドナールは蒼ざめたまま声を出すことも出来ずに冷や汗を流した。
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内緒さま
ご無沙汰してました。
なかなか更新できなくてすみません。
ご訪問ありがとうございます。
2014/3/3(月) 午後 11:23
2014/3/4(火) 午前 1:27 の内緒様
連絡ありがとうございます。
最近ブログも休止状態だったせいか、こちらでは今の所被害はないです。
2014/3/4(火) 午後 10:05
2014/3/4(火) 午前 2:28
ありがとうございます。
喜んでいただけて嬉しいです!
不運続きだったシェリークにもそろそろ幸せになってほしいので
ここが頑張り時かと・・・
今後の更新も不定期になるかと思いますが気長にお待ちいただけると幸いです。
2014/3/4(火) 午後 10:10
メアドでコメントされた方へ
ご訪問ありがとうございます。
表示名がメアドになっていましたので承認公開していません。
はじめましての方とは直接メールはご遠慮しております。
申し訳ございませんがこちらの内緒コメでも結構ですので
簡単な自己紹介などしていただけると嬉しいです。
2014/3/16(日) 午前 0:22