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シェリークの剣に喉元を突き付けられたドナールは身動きも出来ないまま身体を震わせていた。
「そこまでだ。勇者よ。剣を納めるがいい。」
ゼア大公の一声で場内はたちまち大きな歓声に包まれた。己の勝利を確信したシェリークは笑みを浮かべると、ドナールに向けていた剣を颯爽と鞘に納めた。誰もがシェリークの勝利に酔い痴れ狂喜乱舞した。さすがのドナールもそんな周囲の空気に居た堪れなくなり、逃げるようにその場を立ち去った。
「すごいじゃないの。まさか本当に勝てるなんて・・・」
ファルド侯爵夫人も喜びに声を上げると興奮して隣にいたエメリア伯爵に飛びついていた。
「夫人・・・人前ですよ。」
「あら、ごめんあそばせ。私としたことが・・・」
悪びれない夫人の様子にエメリア伯爵は呆れたように溜息を零した。
「それよりも・・・」
エメリア伯爵が気を取り直してシェリークの下に行こうと腰を上げたときだった。エメリア伯爵よりも早くイリュミナ姫が先にシェリークに駆け寄っていた。
突然目の前に現れたイリュミナを見て、シェリークがふと笑みを浮かべた。だがそんなシェリークにイリュミナは思わず怒声を浴びせた。
「なんて馬鹿なの?!無茶なことをして・・・」
「ふっ・・・か弱き姫君を守るのは男の務めだろう?」
シェリークは剣を鞘に納めると、眩しいくらいの笑みをイリュミナに向けた。
「だっ、誰がか弱いですって?!私を侮辱するのは・・・」
「ならば私と剣を交えるか?」
「・・・?」
イリュミナはシェリークの左手に血が流れているのを見て眉を顰めた。
「負傷した者を相手に戦えぬ。」
「ははっ・・・私に情けをかけているつもりか?強い相手と戦いたかったのだろう?」
揶揄するようなシェリークの視線にイリュミナは思わず目を逸らした。
「違う・・・そうじゃない・・・」
「何が違う?」
困惑したように口籠るイリュミナにシェリークは怪訝そうな顔をした。
「わからない・・・だがおまえとは戦えない。」
「本当にいいのか?」
「何度も言わせるな。傷ついている相手を打ち負かしても私の誇りが許しはしない。」
「相変わらず気の強いお姫さまだ。」
「くっ・・・おまえのせいで私は・・・」
そう言いかけて、はっと我に返ったイリュミナは思わず頬を紅く染めた。
「・・・?」
シェリークに訝しげに見つめられて、イリュミナはどうしていいのかわからなくなった。
「礼がまだだな。」
「えっ?」
いつのまにかシェリークの精悍な顔が近づいてきたかと思うとイリュミナは瞬く間に唇を奪われていた。突然のことにイリュミナは目を見開いたまま身体を硬直させていた。
シェリークに背中を強く抱き締められたイリュミナは抗うこともできずにシェリークの口づけを受け入れるしかなかった。それはあまりにも唐突で何も考えられないイリュミナの頭の中は真っ白になった。
「んっ・・・」
漸く熱い息を漏らした唇がイリュミナから離れたかと思うとイリュミナはまるで夢でも見ていたかのように呆然となった。
「ふふっ・・・そんなに気持ちよかった?それともまだ足りなかったかな?」
シェリークに顔を覗き込まれてイリュミナははっと我に返った。
唇に熱く濡れた感触を覚えて、イリュミナは思わず指で唇に触れた。イリュミナは自分が目の前の男と口づけを交わしたのだとわかってたちまち顔を真っ赤に染めた。そんなイリュミナを見てシェリークが再び顔を近付けたときだった。
激しい音が庭中に響き渡った。
「あっ・・・」
気が付くとシェリークの左頬はイリュミナに平手打ちをされて真っ赤に晴れていた。それには場内が一瞬にして静まり返った。
「馬鹿!」
居たたまれなくなったイリュミナは思わずシェリークの胸を突き飛ばすと、耳まで真っ赤にしてシェリークの前から走り去った。一人残されたシェリークは訳が分からず呆然と立ち尽くした。
「随分と派手にやられましたな。」
代わりにエメリア伯爵がシェリークの前に現れると、血で汚れた衣服を見て眉を顰めた。
「なんだ?勝ったのに喜んではくれないのか?」
「喜んでいる場合では・・・私は生きた心地がしませんでしたよ。」
「へえ・・・あんたでも心配してくれたの?」
「無茶な真似をして・・・私はあなたを危険な目に遭わせる為にここに来たわけではありません。」
エメリア伯爵は素早くシェリークの左腕に布を巻いて止血すると、小さな溜息を漏らした。
「でも収穫はあっただろう?」
得意げな顔をしたシェリークに無言で視線を向けると、いつのまにかゼア大公の使いの老人が傍に立っていた。
「大公がお呼びでございます。どうぞこちらへ・・・」
振り向くと玉座で試合を眺めていたゼア大公が冷やかに笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「たいしたものだな。若者よ。我が夜の森が誇る騎士団の精鋭を倒すとは・・・約束通り褒美をとらせよう。」
「これは・・・光栄の極み・・・」
シェリークはエメリア伯爵と共にゼア大公の前に足を運ぶと恭しく感謝の礼をした。そんなシェリークの様子にゼア大公は訝しげな視線を送った。
「ところで・・・そなたは一体何者だ?ファルド侯爵夫人のただの護衛ではあるまい?」
「滅相もございません。私は夫人のお供で参っただけの従者でございますれば・・・」
そう言って平然と頭を下げたシェリークを見て、ゼア大公は突然大きな声を上げて笑い出した。
「はっ、はっ・・・これは参った。まさかとは思っていたが・・・エメリア伯爵・・・まんまとこのわしが騙されるとは・・・」
「はて・・・何のことだか一向に・・・」
あくまで白を切ろうとするエメリア伯爵にゼア大公も笑いが止まらないといった様子で視線を向けた。
「まあよい。エメリア伯爵・・・よい余興であった。いろいろと楽しませてくれて礼を言う。」
「いえ・・・大事な剣試合に騒ぎを起こしてしまいご無礼を・・・」
「いや、わしは気に入った。なかなか大した度胸のある若者じゃ。あの勝気な姫を泣かせるとは・・・」
ゼア大公が思いの他喜んでいるとわかってエメリア伯爵はひとまず胸を撫で下ろした。だがゼア大公の目をそう易々と騙せるほど甘くはなかった。
「ではエメリア伯爵・・・後でじっくり話を聞かせてもらうとするよ。今宵の宴でまた会おう。」
そう言うとゼア大公は玉座からゆっくりと腰を上げて退席した。ゼア大公が立ち去ったのを見て、エメリア伯爵はシェリークの方に向き直った。
「まったく・・・こんな騒ぎを起こして・・・どうなさるおつもりですか?」
「何をそんなに怒っている?」
「あれが目に入らないのですか?」
「えっ?」
エメリア伯爵の視線の指す方向に振り返ったシェリークはその光景に目を円くさせた。そこには勝利したシェリークに熱い眼差しを送りながら我先にと押し寄せてきた大群の婦人たちの姿があった。
「うわっ、逃げるぞ。エメリア伯・・・」
「よい判断です。」
慌てて立ち去ろうとするシェリークを守るように、エメリア伯爵は今にも襲いかかろうとする婦人たちの行く手を遮った。
「失礼・・・傷の手当てをいたしますので皆さま、どうかお引き取りを・・・」
そう告げたエメリア伯爵の優雅な物腰に婦人たちが一瞬目を奪われている隙に、シェリークは素早くその場から逃げ去った。
追いかけようとする女達を振り払ってシェリークとエメリア伯爵は漸く静かな場所に逃げ出すことが出来た。
「助かった。エメリア伯・・・恩に着る。」
息を切らしながら建物の影に隠れたシェリークはほっと安堵の笑みを零した。
「シェリークさま・・・お怪我は・・・?すぐに部屋に戻って手当をしましょう。先程止血はしましたが、また傷が開いているかもしれませぬ。」
血に紅く染まった左腕を心配そうに見つめるエメリア伯爵にシェリークは眉を顰めた。
「大した傷じゃない。すぐに治るさ。」
「剣の傷を侮ってはなりませんよ。痕が残っては・・・」
「ふっ・・・名誉の負傷だ。勲章みたいなものだろう?」
「まったく・・・あなたというお方は・・・」
エメリア伯爵は呆れて言葉も出てこなかった。そんなエメリア伯爵に少しは申し訳ないと思ったのか、部屋に戻ったシェリークは大人しく汚れた服を脱ぎ捨てて傷を負った左腕を晒した。
「出血のわりには傷は思ったほど深くない。これなら暫く安静にしていれば傷も直に癒えましょう。」
エメリア伯爵は傷口を消毒して手早く薬を塗ると、手慣れた様子でシェリークの左腕に包帯を巻きつけた。
「くっ・・・もう少しやさしく出来ないのか?」
「これでも十分やさしくしているつもりですが・・・」
「うっ・・・」
「男なら我慢なさい。この程度の傷で済んで運がよかったのですよ。また傷が開かぬようくれぐれも安静に・・・」
薬学の知識や医術の心得のあるエメリア伯爵の言うことにはさすがのシェリークも大人しくするほかはなかった。
「悪かったな。こんなことまでさせて・・・」
「これも私の仕事ですから・・・お気になさいませんよう・・・あなたの身に何かございましたら我が君に顔向け出来ませぬ。」
シェリークはエメリア伯爵の真意が読めなかった。やはりこの男が一番大事に思っているのは自分ではなく父であるテリドレアーネ王なのかと思うと何だか胸が痛んだ。この男にとって自分はただの駒なのかと思うと何処か悔しいような想いが駆け巡った。
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内緒さま
ご無沙汰してます。
ご訪問ありがとうございます。
相変わらず仕事に追われる日々で体調不良から抜け出せず
なかなか更新も出来ずにおります。
一応元気なのですが如何せん体力不足で創作時間が作れない(T_T)
次回更新もいつになるかわかりませんが気長にお待ちいただけると嬉しいです。
2014/6/10(火) 午後 11:05
内緒さま
ありがとうございます。
残業続きで毎日ヘトヘトです。
早くこの生活から解放されたいのですが
パワー回復したら再開したいと思います。
2014/6/11(水) 午後 10:37