† THEATER OF MOON †

つきこの創作小説劇場◆愛と幻想・・・妖しくも美しい禁断の物語へようこそ!更新遅れてすみません。

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重要なお知らせ

長らく休止状態で申し訳ございません。
長年お世話になったYahoo!ブログが来年以降停止するということで更新もせずに放置状態でしたが、8月末で記事の投稿も出来なくなってしまうとのことなので最後のご挨拶に参りました。

このブログはまだ年内閲覧できるそうですが、来年以降消失してしまうのもなんだかしのびなく、慌ただしい中他社ブログへお引越しさせていただきました。
そのまま記事を移行してますので新しいブログ用に修正が出来ておりません。
何分多忙につき不具合の改善が全て完了するまで時間を要するかと思いますが、過去記事に興味がおありの方はどうぞ移行先のブログにもお越しくださいませ。
新しい記事をいつ更新できるかはいまだ未定ではありますが気長にお待ちいただければ幸いです。


移転先  †THEATER OF MOON†

今まで当ブログをご愛顧賜りましてありがとうございました。
作品にコメントを寄せていただいた皆様にも感謝御礼を申し上げます。


                            久藤津稀子


◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。
 
 
 
「それにしても何だ?あの姫・・・気が強いにも程がある。助けてやったというのにお礼の言葉の一つもなかったぞ。」
 シェリークはイリュミナに平手打ちされたことを思い出して、熱くなった頬を指で摩った。
「姫が怒るのは無理もありませんよ。」
 エメリア伯爵は薬を片付けると呆れたようにシェリークを見た。
「何だ?その目は・・・」
「まったく・・・相変わらず女性のことに関しては鈍いのですね。」
「・・・?」
 エメリア伯爵の言葉の意味が理解できずに目を円くさせると、いつのまにか部屋にはファルド侯爵夫人が楽しそうに笑みを浮かべながら立っていた。
「伯爵はあなたのことを女心もわからないと懸念しているのよ。」
「ああ・・・そんなもの、わかってたまるか。わかりたくもない。」
 吐き捨てるように言ったシェリークを見てさすがの夫人も困ったように眉間に皺を寄せた。
「あら・・・本当に困った子ね。姫の心を射止めるのではなかったの?せっかく戦いに勝っても姫に嫌われたら・・・」
「何だ?言いたいことがあるならはっきり言え。」
「ふふっ・・・純粋な乙女心を傷つけて、ただで済むとでも思っているのかしら?」
 愉快そうに呟く夫人の言葉にシェリークも反論する気さえ失せていた。
「もういい。少し休ませてくれ。」
 気怠そうに長椅子に横たわったシェリークを見てファルド侯爵夫人も溜息を漏らした。
「休ませてあげたいのは山々なのだけど・・・今夜は大事な月の宴よ。忘れたわけじゃないでしょうね。」
「・・・?」
「先程大公の使いの方がいらして、今夜は特別に大公の船に私たちをご招待してくださるそうよ。」
「それは本当ですか?」
 誇らしげに話す夫人にエメリア伯爵も思わず驚きの声を上げた。
「もちろんよ。あの剣試合で大公は余程シェリークさまのことが気に入ったみたいよ。もしかしたら彼の正体もすでにばれているのかもしれないわね。」
「その件については私も気がかりではありましたが・・・あの大公のことです。ばれるのも時間の問題かと・・・」
 夫人の憶測にエメリア伯爵も気になる様子で眉を顰めた。ただシェリークだけはそんなことを気にもせず、いつのまにか寝息を立てて眠りについていた。
「まあ・・・余程お疲れだったのね。こうして見ると子供みたいに可愛らしい寝顔なこと・・・」
 嬉しそうにシェリークの寝顔を覗き込んだ夫人の横でエメリア伯爵はまたも深い溜息を漏らした。
「仕方ありませんね。宴まではまだ少し時間がありますからそれまで休ませてあげましょう。」
 エメリア伯爵は自分の上着を脱いでそっとシェリークの身体にかけた。エメリア伯爵はまだ不安が拭えなかったが、覚悟を決めるしかなかった。
 
 
男勝りに剣を振り回し汗まみれになって部屋に戻ってきたイリュミナは乳母に無理矢理風呂に入れられ湯浴みをさせられていた。大人しく湯に浸かったまま三人の小間使い達に髪と身体を洗われていたイリュミナは疲れたように大きな溜息を漏らした。
「一体どうなさったというのです?先程から溜息ばかり・・・」
 イリュミナの様子が何処か可笑しいことに気付いて、乳母は心配そうに声をかけた。
「お聞きしましたよ。姫さま・・・異国の若者が颯爽と現れてあの騎士団のドナール・ランデスを打ち負かしたとか・・・それはもう大変な騒ぎに・・・」
 イリュミナの濡れた長い銀色の髪を櫛で梳いていた若い小間使いが嬉しそうに話し始めた。だがイリュミナは不機嫌そうに眉間に皺を寄せるばかりだった。
「あの男・・・私に無礼を働いたあの異国者・・・許さない・・・」
 イリュミナが呟いたのを聞いて、乳母は思わず目を細めた。
「姫さまを助けた勇敢な若者だったとお聞きしましたが・・・?」
 納得がいかないとばかりにイリュミナは乳母を睨み付けた。
「私は助けてほしいなどと一言も言わなかった。それなのにあの男は勝手な真似をして私に・・・」
 イリュミナは自分の唇を奪われたことを思い出して、かっと頬を紅潮させた。それを見た乳母が嬉しそうに笑みを零した。
「ほほ・・・聞けばその若者、大層素敵な殿方だとか・・・女たちが皆噂しておりましたよ。」
「何処が・・・あんな野蛮な男。私は認めない。」
「珍しいこと。姫さまがそれほど殿方のことを気になさるなんて・・・そういえばその方、銀の森からのお客人なのですって?」
「銀の森・・・?」
「おや?ご存じではなかったのですか?」
 不思議そうな顔をした小間使いたちを見て、イリュミナは思いがけない男の素性に目を円くさせた。
「あの男、銀の森から来たのか?なんて名前だ?貴族なのか?」
「さあ・・・名前までは・・・ああ確かファルド侯爵夫人の従者とか・・・」
「ファルド侯爵夫人?」
「ええ・・・姫さまも昔お会いなさったことがあるはずですが、銀の森でも有数の名門貴族でそれはもう美しいと評判の夫人ですよ。大旦那さまも大層なご執心ぶりで・・・」
 ファルド侯爵夫人の名前は何処となく覚えていた。昔、祖父であるゼア大公から大事な客人だと紹介されたことを思い出していた、だがイリュミナが気になるのは男が何者なのかということだった。
「あの夫人のことですからお気に入りの若いツバメでも連れてきたのではないかと囁かれていますけどね。」
「ツバメ・・・?」
「あら・・・初心な姫さまには知らない方がよいことでしたかしら。」
「ば、馬鹿にしないで。そんなことぐらい私だって・・・」
 乳母の言葉を思わず否定したイリュミナだったが、その言葉が意味するものが何なのか気にならない訳はなかった。
 何・・・?あの男、夫人の恋人なの?どういうこと?だったら何故私にあんなことをしたの?信じられない。まさか私のことをからかっただけ?
 そんな思いが頭の中を過って困惑せずにはいられないイリュミナであった。
「そんなことより姫さま・・・そろそろご準備していただかないと・・・」
「・・・?」
「宴に間に合いませんよ。今夜は特別に姫さまを綺麗に仕立てなければ・・・」
 突然煌びやかな宝飾を付けた白い衣装を手にして現れた小間使いたちを見て、イリュミナは目を瞬かせた。
「ほら、ぼうっとしている場合では・・・美しい姫さまをご覧になればどんな殿方も皆虜になります。」
「待て、私は・・・」
「今日こそは覚悟をお決めなさいませ。私たちの自慢の姫さまを披露しなければ・・・」
 そう言うと小間使いたちは一斉にイリュミナの濡れた身体に布を被せて風呂から連れ出した。有無を言わせず身体を綺麗に磨き上げていく小間使い達に囲まれて、イリュミナは逃げることも出来ずに衣装を着せられていた。
 瞬く間に美しく髪を結われ華やかな装飾品を纏わされたイリュミナは昼間の男装していた姿からは想像もできないほどの変身ぶりだった。
「これならあの方も姫さまに心奪われるのは間違いなしですわ。」
 小間使い達は皆うっとりと美しいイリュミナの姿に見惚れていた。着慣れないドレスを着せられてすっかり疲れ果てたイリュミナは言葉もなく大きな溜息を吐くことしか出来なかった。
 
 夜の森に陽が沈み、いつしか宵闇が空を覆い尽くした。代わりに美しい満月が森の向こうから姿を現すと湖面を蒼白く照らして宴の時を知らせた。
「今宵は一段と美しい満月ですな。」
「月の宴に相応しい見事な月だ。」
 人々は空に浮かぶ月を眺めると誰もが感嘆の溜息を漏らした。
 普段は静かな森の湖もこのときばかりは人々で賑わい、水辺に浮かべた自慢の船で舟遊びを楽しんでいた。湖上で月を眺めながら楽師たちが奏でる静かな楽器の音色に酔い痴れ、夜明けまで酒を酌み交わしながら宴を楽しむというものだった。
 湖上に浮かぶ船の中でも一際目を惹くのは見事な龍の彫刻が施された船首を高く掲げたゼア大公の豪華な船であった。ゆっくりと波に揺られて漂うその姿はまるで優雅に波と戯れる龍そのもののようでさえあった。
「さすがですな。今年も大公の船は何とも贅沢ですな。」
「おや・・・孫娘のイリュミナ姫さま以外に客人を招待なさるとは珍しい。」
「あれは確か銀の森のご一行ですよ。昼間の剣試合で勝利したという若者がほれ・・・」
「まさか本気で姫さまにあの若者を・・・?」
「はは・・・酔狂にも程がある。」
 そんな噂話が囁かれている中、ゼア大公の船はゆったりと湖面の中央を進んで天高く浮かんだ満月にきらきらと照らされていた。
「今宵は船にお招きいただいてありがとうございます。見事な宴ですわ。」
 ファルド侯爵夫人はうっとりと空の景色を眺めると、傍にいた大公に微笑した。
「気に入っていただけたかな?宴はまだ始まったばかり・・・まだまだお楽しみはこれからですぞ。」
 大公が誇らしげに黒い顎髭を撫でると、女たちが次々と豪勢なご馳走を運んで船の中央に並べだした。月の明かりにほのかに照らされた美しい彩のご馳走は馨しい香りを漂わせて人々の鼻を擽らせた。
「それよりもお客人、先ほどは見事な試合を拝見させていただいたが怪我の具合はいかがかな?」
 突然ゼア大公に怪我のことを尋ねられて、シェリークは一瞬目を円くさせた。だがそんなシェリークを気遣うように、エメリア伯爵が代わりに返答をした。
「ご心配には及びませぬ。傷は思いの外軽傷でございました。」
「ほう・・・それはよかった。勇猛果敢な若者で頼もしい限りだ。のう・・・イリュミナ?」
 エメリア伯爵の言葉に目を細めたゼア大公は隣にいた孫娘のイリュミナに視線を落とした。するとイリュミナは何処か上の空の様子で遠くを見ていた。
「ん・・・?どうした?イリュミナ・・・何をぼうっとしておる。銀の森からの大事なお客人だ。ファルド侯爵夫人のことは存じておろう?」
 ゼア大公の言葉にイリュミナはちらりと夫人を見ると、間が悪そうに会釈した。
「ええ・・・夫人のことは覚えております。以前お会いした時と変わらず美しい方で・・・」
 ふと見た夫人の隣に見慣れない男性が座っているのを見てイリュミナは怪訝そうな顔を向けた。
「ああ・・・エメリア伯爵とは初めてであったか?彼はあのテリドレアーネ王の片腕としても名高い側近だ。親しくしておいて損はないぞ。」
 意味深な笑みを浮かべたゼア大公に紹介されたエメリア伯爵を見てイリュミナは何だか腑に落ちなかった。
 テリドレアーネ王といえば文武両道の美しい王として、この夜の森でもその評判を知らない者がいないほどであった。そんな銀の森の王の側近が何故この国に来ているのかイリュミナは不思議でならなかった。
 
 
 
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 シェリークの剣に喉元を突き付けられたドナールは身動きも出来ないまま身体を震わせていた。
「そこまでだ。勇者よ。剣を納めるがいい。」
 ゼア大公の一声で場内はたちまち大きな歓声に包まれた。己の勝利を確信したシェリークは笑みを浮かべると、ドナールに向けていた剣を颯爽と鞘に納めた。誰もがシェリークの勝利に酔い痴れ狂喜乱舞した。さすがのドナールもそんな周囲の空気に居た堪れなくなり、逃げるようにその場を立ち去った。
「すごいじゃないの。まさか本当に勝てるなんて・・・」
 ファルド侯爵夫人も喜びに声を上げると興奮して隣にいたエメリア伯爵に飛びついていた。
「夫人・・・人前ですよ。」
「あら、ごめんあそばせ。私としたことが・・・」
 悪びれない夫人の様子にエメリア伯爵は呆れたように溜息を零した。
「それよりも・・・」
エメリア伯爵が気を取り直してシェリークの下に行こうと腰を上げたときだった。エメリア伯爵よりも早くイリュミナ姫が先にシェリークに駆け寄っていた。
 突然目の前に現れたイリュミナを見て、シェリークがふと笑みを浮かべた。だがそんなシェリークにイリュミナは思わず怒声を浴びせた。
「なんて馬鹿なの?!無茶なことをして・・・」
「ふっ・・・か弱き姫君を守るのは男の務めだろう?」
 シェリークは剣を鞘に納めると、眩しいくらいの笑みをイリュミナに向けた。
「だっ、誰がか弱いですって?!私を侮辱するのは・・・」
「ならば私と剣を交えるか?」
「・・・?」
 イリュミナはシェリークの左手に血が流れているのを見て眉を顰めた。
「負傷した者を相手に戦えぬ。」
「ははっ・・・私に情けをかけているつもりか?強い相手と戦いたかったのだろう?」
 揶揄するようなシェリークの視線にイリュミナは思わず目を逸らした。
「違う・・・そうじゃない・・・」
「何が違う?」
 困惑したように口籠るイリュミナにシェリークは怪訝そうな顔をした。
「わからない・・・だがおまえとは戦えない。」
「本当にいいのか?」
「何度も言わせるな。傷ついている相手を打ち負かしても私の誇りが許しはしない。」
「相変わらず気の強いお姫さまだ。」
「くっ・・・おまえのせいで私は・・・」
 そう言いかけて、はっと我に返ったイリュミナは思わず頬を紅く染めた。
「・・・?」
 シェリークに訝しげに見つめられて、イリュミナはどうしていいのかわからなくなった。
「礼がまだだな。」
「えっ?」
 いつのまにかシェリークの精悍な顔が近づいてきたかと思うとイリュミナは瞬く間に唇を奪われていた。突然のことにイリュミナは目を見開いたまま身体を硬直させていた。
 シェリークに背中を強く抱き締められたイリュミナは抗うこともできずにシェリークの口づけを受け入れるしかなかった。それはあまりにも唐突で何も考えられないイリュミナの頭の中は真っ白になった。
「んっ・・・」
 漸く熱い息を漏らした唇がイリュミナから離れたかと思うとイリュミナはまるで夢でも見ていたかのように呆然となった。
「ふふっ・・・そんなに気持ちよかった?それともまだ足りなかったかな?」
 シェリークに顔を覗き込まれてイリュミナははっと我に返った。
 唇に熱く濡れた感触を覚えて、イリュミナは思わず指で唇に触れた。イリュミナは自分が目の前の男と口づけを交わしたのだとわかってたちまち顔を真っ赤に染めた。そんなイリュミナを見てシェリークが再び顔を近付けたときだった。
 激しい音が庭中に響き渡った。
「あっ・・・」
 気が付くとシェリークの左頬はイリュミナに平手打ちをされて真っ赤に晴れていた。それには場内が一瞬にして静まり返った。
「馬鹿!」
居たたまれなくなったイリュミナは思わずシェリークの胸を突き飛ばすと、耳まで真っ赤にしてシェリークの前から走り去った。一人残されたシェリークは訳が分からず呆然と立ち尽くした。
「随分と派手にやられましたな。」
 代わりにエメリア伯爵がシェリークの前に現れると、血で汚れた衣服を見て眉を顰めた。
「なんだ?勝ったのに喜んではくれないのか?」
「喜んでいる場合では・・・私は生きた心地がしませんでしたよ。」
「へえ・・・あんたでも心配してくれたの?」
「無茶な真似をして・・・私はあなたを危険な目に遭わせる為にここに来たわけではありません。」
 エメリア伯爵は素早くシェリークの左腕に布を巻いて止血すると、小さな溜息を漏らした。
「でも収穫はあっただろう?」
 得意げな顔をしたシェリークに無言で視線を向けると、いつのまにかゼア大公の使いの老人が傍に立っていた。
「大公がお呼びでございます。どうぞこちらへ・・・」
 振り向くと玉座で試合を眺めていたゼア大公が冷やかに笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「たいしたものだな。若者よ。我が夜の森が誇る騎士団の精鋭を倒すとは・・・約束通り褒美をとらせよう。」
「これは・・・光栄の極み・・・」
 シェリークはエメリア伯爵と共にゼア大公の前に足を運ぶと恭しく感謝の礼をした。そんなシェリークの様子にゼア大公は訝しげな視線を送った。
「ところで・・・そなたは一体何者だ?ファルド侯爵夫人のただの護衛ではあるまい?」
「滅相もございません。私は夫人のお供で参っただけの従者でございますれば・・・」
 そう言って平然と頭を下げたシェリークを見て、ゼア大公は突然大きな声を上げて笑い出した。
「はっ、はっ・・・これは参った。まさかとは思っていたが・・・エメリア伯爵・・・まんまとこのわしが騙されるとは・・・」
「はて・・・何のことだか一向に・・・」
 あくまで白を切ろうとするエメリア伯爵にゼア大公も笑いが止まらないといった様子で視線を向けた。
「まあよい。エメリア伯爵・・・よい余興であった。いろいろと楽しませてくれて礼を言う。」
「いえ・・・大事な剣試合に騒ぎを起こしてしまいご無礼を・・・」
「いや、わしは気に入った。なかなか大した度胸のある若者じゃ。あの勝気な姫を泣かせるとは・・・」
 ゼア大公が思いの他喜んでいるとわかってエメリア伯爵はひとまず胸を撫で下ろした。だがゼア大公の目をそう易々と騙せるほど甘くはなかった。
「ではエメリア伯爵・・・後でじっくり話を聞かせてもらうとするよ。今宵の宴でまた会おう。」
 そう言うとゼア大公は玉座からゆっくりと腰を上げて退席した。ゼア大公が立ち去ったのを見て、エメリア伯爵はシェリークの方に向き直った。
「まったく・・・こんな騒ぎを起こして・・・どうなさるおつもりですか?」
「何をそんなに怒っている?」
「あれが目に入らないのですか?」
「えっ?」
 エメリア伯爵の視線の指す方向に振り返ったシェリークはその光景に目を円くさせた。そこには勝利したシェリークに熱い眼差しを送りながら我先にと押し寄せてきた大群の婦人たちの姿があった。
「うわっ、逃げるぞ。エメリア伯・・・」
「よい判断です。」
 慌てて立ち去ろうとするシェリークを守るように、エメリア伯爵は今にも襲いかかろうとする婦人たちの行く手を遮った。
「失礼・・・傷の手当てをいたしますので皆さま、どうかお引き取りを・・・」
 そう告げたエメリア伯爵の優雅な物腰に婦人たちが一瞬目を奪われている隙に、シェリークは素早くその場から逃げ去った。
 追いかけようとする女達を振り払ってシェリークとエメリア伯爵は漸く静かな場所に逃げ出すことが出来た。
「助かった。エメリア伯・・・恩に着る。」
 息を切らしながら建物の影に隠れたシェリークはほっと安堵の笑みを零した。
「シェリークさま・・・お怪我は・・・?すぐに部屋に戻って手当をしましょう。先程止血はしましたが、また傷が開いているかもしれませぬ。」
 血に紅く染まった左腕を心配そうに見つめるエメリア伯爵にシェリークは眉を顰めた。
「大した傷じゃない。すぐに治るさ。」
「剣の傷を侮ってはなりませんよ。痕が残っては・・・」
「ふっ・・・名誉の負傷だ。勲章みたいなものだろう?」
「まったく・・・あなたというお方は・・・」
 エメリア伯爵は呆れて言葉も出てこなかった。そんなエメリア伯爵に少しは申し訳ないと思ったのか、部屋に戻ったシェリークは大人しく汚れた服を脱ぎ捨てて傷を負った左腕を晒した。
「出血のわりには傷は思ったほど深くない。これなら暫く安静にしていれば傷も直に癒えましょう。」
 エメリア伯爵は傷口を消毒して手早く薬を塗ると、手慣れた様子でシェリークの左腕に包帯を巻きつけた。
「くっ・・・もう少しやさしく出来ないのか?」
「これでも十分やさしくしているつもりですが・・・」
「うっ・・・」
「男なら我慢なさい。この程度の傷で済んで運がよかったのですよ。また傷が開かぬようくれぐれも安静に・・・」
 薬学の知識や医術の心得のあるエメリア伯爵の言うことにはさすがのシェリークも大人しくするほかはなかった。
「悪かったな。こんなことまでさせて・・・」
「これも私の仕事ですから・・・お気になさいませんよう・・・あなたの身に何かございましたら我が君に顔向け出来ませぬ。」
 シェリークはエメリア伯爵の真意が読めなかった。やはりこの男が一番大事に思っているのは自分ではなく父であるテリドレアーネ王なのかと思うと何だか胸が痛んだ。この男にとって自分はただの駒なのかと思うと何処か悔しいような想いが駆け巡った。
 
 

 
 
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 夜の森のゼア大公家の館では月の宴に集まった客人たちが剣試合の余興を楽しんでいた。
 広場の中央では二人の若者が一触即発の緊張感漂う中、剣を構えて対峙していた。夜の森の騎士団で一、二を争う精鋭と謳われるドナール・ランデスに挑む異国の美しい青年の姿を皆が固唾を呑んで見守っていた。
「ふっ・・・いい気になるなよ。余所者の分際で・・・どれほどの腕前なのか、お手並み拝見といこうじゃないか。」
「望むところだ。」
 シェリークの剣が宙を斬ったかと思うといつのまにかドナールの懐に飛び込んでいた。その信じられない動きにドナールは一瞬相手を見失いそうになっていた。だがそう簡単にやられるドナールではなかった。素早く体勢を整えるとシェリークに反撃の剣を突きつけていた。
「ふっ・・・なかなかやるじゃないか。だがその程度の腕で私を倒せるとでも思っているのか?」
「何?」
 力任せのシェリークの剣をいとも容易く振り払ったかと思えば、ドナールの剣は瞬く間にシェリークを追い詰めていた。
「どうした?口ほどにもない。そんな目茶苦茶な剣術で私に勝とうなどと・・・笑わせる。」
「くっ・・・」
 シェリークは軽い眩暈を覚えて、思わず足元をふらつかせた。
 こんなときに・・・まだ昨夜の酒が残っていたか・・・
 二日酔いからまだ完全に醒め切っていないことに気付いて、シェリークは一瞬眉を顰めた。だがそんなことで試合に負けるわけにはいかなかった。シェリークは自分を奮い立たせると再び剣を強く握り締めた。
「あら・・・完全に押されているけど大丈夫かしら?」
 優雅に見物していたファルド侯爵夫人もシェリークの様子を見て、さすがに心配そうな声を漏らした。
「あんな無茶な作法では・・・」
 エメリア伯爵はふと昔のことを思い出して眉根を寄せた。まだ少年だったシェリークが兄のシェラ・ドーネと剣の稽古をしていたときのことだった。シェラ・ドーネが流れるような美しい剣術で完璧に相手を圧倒するのに比べて、シェリークは流儀を無視した荒々しい剣法で力任せに相手を打ち負かして周囲を困らせていた。
「シェリークさま、何度言ったらわかるのです?そのような剣で相手を無理矢理倒そうなどと・・・兄君のシェラ・ドーネさまをご覧なさい。動きにまるで無駄がない。シェリークさまも兄君をもっと見習うように・・・」
 二人に剣術を教えていた教師はシェリークに散々手を焼いていた。幼き頃より真面目に練習に励み、華麗な剣術を身に着けていた兄のシェラ・ドーネとは違って弟のシェリークは稽古にも不真面目でまるでやる気が感じられなかった。普段はさぼりがちなシェリークがたまに稽古に参加したかと思うと、無茶な剣を振り回して教師の頭を悩ませていた。
「ふん・・・何かあればすぐにシェラのことばかり・・・そんなにシェラがいいならシェラにだけ教えていればいいだろう?」
 教師の言葉に苛立ちを覚えたシェリークは吐き捨てるように言うと踵を返した。
「シェリークさま!お待ちください。シェリークさま・・・」
 慌てて呼び止める教師の声にも振り返らずにシェリークは稽古を放棄して逃げ出すこともしばしばであった。
「また逃げられたか。今日こそは真面目に稽古を受けてくれるものとばかり思っていたが・・・」
 さすがの教師も自分の指導が悪いのかと思い悩まずにはいられなかった。そんな様子を遠くからエメリア伯爵は心配げに眺めていたのだ。
 あのテリドレアーネ王の血を受け継いでいれば剣の腕も悪くはないはずだが・・・非の打ちどころがないシェラ・ドーネさまと比較されるのはさすがに我慢ならないといったところか・・・
 当時そんなことをふと思っていたエメリア伯爵であった。だが自分も公務に忙しく、なかなか王子たちの練習相手をしている暇もなかった。そうして気が付けば王子たちも成長し、いつのまにか立派な若者へと変貌していたのだ。エメリア伯爵は成長したシェリークの剣の腕がいかほどなのか知る由もなかった。子供の頃とは違って少しは剣の腕前も上がっているものだと信じたかった。
「どうした?最初の威勢は何処へ行った?足元がふらついているぞ。」
「くっ・・・」
 ドナールに煽られて追い詰められたシェリークは思わず体をよろけさせた。二日酔いの身体はまだ本調子ではなく、シェリークにとって不利な戦いであることに違いはなかった。
「あら・・・なんだか調子が悪そうね。このままじゃあの黒い騎士に負けてしまうわよ。」
 面白そうに試合を眺めていたファルド侯爵夫人もさすがにシェリークの尋常ではない様子に気付いたようで不安げな声を漏らした。その横でエメリア伯爵も小さな溜息を漏らしていた。
「おそらくまだ昨夜の酒が残っているのでしょう。自業自得です。大人しく部屋で休んでいればいいものを・・・」
「ふふ・・・相変わらず冷たいのね。でもよくやっていると思わない?正直彼があれほど戦えるとは思っていなかったわ。」
「・・・」
 夫人の言う通りであった。エメリア伯爵もシェリークが思っていた以上に懸命に剣を振り回している姿に驚きを隠せなかった。
 これもイリュミナ姫への恋の成せる力か・・・?
 エメリア伯爵がそう思ったときだった。
「危ない!」
何処からか悲鳴のような声が上がったかと思うと、ドナールの鋭い剣がシェリークの左腕を切り裂いていた。
切り裂かれた服の中から紅い血が流れ出して途端にシェリークの左腕を血に染めていた。「うっ・・・」
不意を突かれたシェリークは思わず傷ついた腕を庇って足元をよろめかせた。そんなシェリークにドナールが止めを刺そうと剣を振り上げたときだった。イリュミナ姫は咄嗟に立ち上がって声を上げた。
「やめて!もう勝負はついている。」
 思わず叫んだイリュミナの声が聞こえていないわけはなかった。ドナールは姫の声を無視するとにやりと笑みを浮かべてみせた。
 だが勢いよく振り下ろされたはずのドナールの剣は鈍い音を立てながらたちまち遮られていた。
「なにっ?!」
 ドナールの剣をシェリークが右腕だけで力強く受け止めていた。それにはドナールも目を見開いたままシェリークを見下ろした。
「ふっ・・・まだ勝負は終わっていない。本番はこれからだ。」
 不敵な笑みを浮かべたかと思うとシェリークは上目遣いにドナールを見据えた。その恐ろしいまでの視線にドナールは一瞬背筋を凍らせた。
 なんだ・・・こいつ・・・さっきまでと顔が違う・・・
 ドナールが恐怖に顔を引きつらせていると、シェリークは押さえつけていたドナールの剣を勢いよく跳ねのけて立ち上った。その姿に広場にいた観客たちは皆呆然となっていた。
「イリュミナ姫・・・これはその男と私の二人だけの勝負だ。邪魔をするな。」
「何ですって・・・?」
「皆から可愛がられ大事にされて育った姫さまにはわかるまい。今まで剣の試合で負け知らずだと言っていたな?そんなはずはないだろう?皆大公が怖くてあなたに負けた振りをしていただけだ。違うか?」
 たちまち場内がざわめいた。シェリークの暴言にイリュミナは怒りを露わにした。
「何を根拠にそんなことを・・・私を侮辱するのは・・・」
「可笑しいとは思わなかったのか?大公が大事な孫娘の為に大方剣士たちに謝礼でも渡していたのだろうさ。」
「そんなはずは・・・」
「ふふっ・・・気付かなかったとでも・・・?それだけ皆から愛されて・・・本当に幸せな姫さまだな。」
 イリュミナはかっとなった。シェリークの言ったことを信じたくはなかった。
「おじいさま・・・今の話、嘘でしょう?おじいさまがそんなことするはず・・・」
 だがゼア大公は否定もせず黙ったままイリュミナを見つめた。
「嘘・・・おじいさま・・・違うと言って・・・」
 今にも泣きそうな顔で訴えるイリュミナを見て、ゼア大公は大きな溜息を漏らした。
「イリュミナよ。そなたを守る為だ。可愛いそなたを傷つけるわけにはいかんからのう。」
「そんな・・・」
 ゼア大公が漏らした言葉にイリュミナは絶句した。自分が強いわけではなかった。ただ自分が強いのだと思い込み自惚れていただけだとわかって、イリュミナは全身から力が抜けそうになった。そんなイリュミナを見てシェリークはふと笑みを零した。
「だが本当の勝負はそんなものじゃない。今から見せてやるよ。そこで大人しく見ていろ。」
 眩いばかりの夕日に照らされたシェリークは解けた黄金色の髪を風に靡かせ、天を仰ぐように右腕で剣を翳していた。その輝かしいまでの美しい姿に誰もが息をのまずにはいられなかった。
 あれは・・・?
 あまりの眩しさにゼア大公の目が瞬いた。思いがけないシェリークの姿に遠い日の記憶が蘇っていた。
 あれはまさしく・・・恐王・・・若き日のラザ王セラフィス・・・
 ゼア大公は思わずその名を口にしていた。それは忘れもしない王の名であった。
 先代のラザ王セラフィス・・・かつて諸国から恐王と呼ばれ世界を支配した伝説の王。神の子として民から崇拝され、太陽のように眩しい存在感を放って揺るぎない力を誇ったあの王のことをゼア大公が忘れるはずなどなかった。
若き頃より勇猛果敢と謳われたゼア大公でさえもラザ王セラフィスの前では勝つことも敵わず負けを認めるしかなかったのだ。ゼア大公は友好の証に領地の一部をラザ王に差し出し自らラジールと同盟を結んだ。そうして夜の森は今も繁栄を続けているといってもよかった。
まさかあの若者・・・
シェリークを見たゼア大公が目を疑うのも無理はなかった。瞳の色こそ違ったが黄金色の髪を靡かせたシェリークの姿はまるで若き日の美しいセラフィス王を思い起こさせたのだ。
そんなシェリークの姿に圧倒されたドナールはたちまち形勢が不利になった。まるで人が変わったかのようにシェリークの剣がドナールを攻めていた。その剣の威力にドナールは逃げ場を失い、瞬く間に剣を振り払われていた。
ドナールの剣は宙を高く舞い、イリュミナ姫のすぐ傍に落ちて地面に深く突き刺さった。それはほんの一瞬の出来事だった。気が付くとシェリークの剣先が尻もちをついたドナールの喉元に突き刺すように向けられていた。
「降参するか?それともこのまま息の根を止められたいか?」
 シェリークの言葉に倒れ込んだドナールは蒼ざめたまま声を出すことも出来ずに冷や汗を流した。
 
 
 
 
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 夜の森は今宵開かれる月の宴に参加する人々で大変な賑わいをみせていた。この地を治めるゼア大公は可愛い孫娘の為に若者たちを集めて宴の前の余興で剣試合を開催していた。それは剣の腕を競い合い勝利をおさめた者に褒美としてイリュミナ姫に求婚する権利を与えようというものであった。だが男勝りの姫は突然自分も剣で戦いたいと言い出して事態は急変した。最初は反対していたゼア大公もさすがに孫娘の我儘には勝てなかった。
「異論はございませぬ。姫と剣を交えることは至高の喜び、これ以上なき光栄の極みと存じます。」
 若者たちの中から現れた黒髪の剣士はそう告げると、イリュミナ姫の前に跪き頭を垂れた。
「おまえは・・・?」
 訝しげな顔をしたイリュミナに黒髪の剣士は顔を上げるとその精悍な容貌に薄く笑みを浮かべた。
「私は大公家にお仕えする夜の騎士団の一人、ドナール・ランデス。」
 その名前をイリュミナが知らないはずがなかった。ゼア大公直属の騎士団に所属する騎士たちは誰もが強者揃いで、とりわけ優秀なドナールは夜の森でも精鋭としてその名を轟かせていた。
「ああ・・・知っている。相当な剣の腕前とか・・・」
「私のことをご存じとは・・・光栄にございます。」
 微笑を浮かべて妖しく見つめる男からイリュミナは慌てて目を逸らした。
「ふん、喜ぶのはまだ早い。私に勝ってから言うのだな。」
「これは失礼・・・ではこのドナールが勝利した暁には姫君のお心も仕留めましょう。」
 ゼア大公もさすがに眉間に皺を寄せたままであったが、可愛い孫娘の機嫌を損ねることが出来なかった。
「御前、本当によろしいので?」
「仕方あるまい。姫の好きにするがよかろう。その代り大事な姫に傷でも負わせた者は・・・」
「御前・・・?」
「ふふっ・・・わかっておろうな。すぐさま捕らえて褒美の代わりに罰を与えるまでだ。」
「御意・・・」
 不敵に笑ってみせるゼア大公の傍で長年仕える初老の白髪の男は冷たい眼差しのまま頭を下げた。
 そんなこととも知らず、ゼア大公の許しを得たイリュミナ姫はすっかり上機嫌であった。強い相手と戦えることが嬉しくてならなかった。
「ほほ・・・益々面白くなってきたわね。私はあの男前の黒髪の剣士が勝利して姫の心を射止める方に賭けようかしら?」
「酔狂なことを・・・」
 事の成り行きを面白がっているファルド侯爵夫人にエメリア伯爵は冷たい視線を向けた。複雑な心境のエメリア伯爵の心配をよそに、剣の試合は順調に進められていた。
並み居る剣豪たちを瞬く間に倒して勝利の栄冠を手にしたのはドナール・ランデスであった。それは人々の予想通りといってもよかった。夜の騎士団の中でもとりわけ強いと評判の剣の使い手であったドナールにとって当然とでも言える結果であった。そんなドナールの前にイリュミナは臆することもせずに剣を持って現れた。
「おまえが私と戦うのか?手加減は無用だ。」
「承知しております。姫さまこそご油断召されるな。」
「ふっ・・・」
 しばし張り詰めた空気が広場を覆い尽くした。イリュミナとドナールはお互い剣を構えて対峙したまま微動もしなかった。
「どうされました?姫・・・もしや怖気づいたのですか?」
「何を馬鹿なことを・・・おまえこそ遠慮しているのか?」
 さすがに隙を見せようともしないドナールにイリュミナもどう戦うか相手の出方を窺っていた。
「では遠慮なく・・・」
 互いを警戒するかのような睨み合いが暫く続いたかと思うと、先に口火を切ったのはドナールの方だった。素早い動きからイリュミナに向かって剣を突き出すと、イリュミナも機敏に身体を交わして剣で応戦した。激しくぶつかり合う剣の音が辺り一面に響き渡った。
 ドナールの華麗にして力強い剣の動きにイリュミナも負けてはいなかった。激しい攻防戦を繰り広げる二人を観客は息をのんで見守っていた。
「なかなか筋はよろしいようですね。姫・・・ですがその細腕で何処まで耐えられますかな?」
「なにっ・・・?」
 イリュミナの剣を押し返したかと思うと、瞬く間にドナールの剣はイリュミナの顔の傍に迫っていた。
「美しい・・・恐怖に打ち震えるあなたは・・・実に美しい・・・」
「くっ・・・」
「そう・・・そのお顔です。もっと私にお見せください。イリュミナ姫・・・」
 剣を交えたまま顔を近付けてくるドナールにイリュミナは怯むこともせず、剣を握る腕に力を込めて懸命に押し止めた。
「何の真似だ?私から離れろ。」
「離れろ・・・?これは真剣勝負ですよ。姫・・・」
「くっ・・・」
「それとも降参なさいますか?私とて美しいあなたを傷つけるのは忍びない。」
「黙れ・・・誰が降参など・・・」
 余裕の笑みを浮かべるドナールをイリュミナは強く睨み付けた。イリュミナはそう易々と負けたくはなかった。だが思っていた以上に力強いドナールの剣を受け止めるのが精いっぱいで、その場をしのぐ秘策も思い浮かばなかった。
 強い・・・この男・・・まるで剣を体の一部のように扱って・・・隙がない。一体どうすれば・・・
 じりじりと追い詰められてイリュミナにはもう後がなかった。このままでは呆気なく仕留められてしまう。そう頭に過った瞬間であった。イリュミナは不覚にも足を滑らせて体勢を崩してしまった。
 その時、鋭い刃の音が響き渡った。
「ふっ・・・危なっかしくて見ていられないな。あんた、そんなにその男にやられたいのか?」
「・・・?!」
 聞き慣れない男の声にイリュミナは一瞬何が起こったかわからなかった。だがその声は何処かで聞き覚えのある男のものだった。尻もちをついて身動きできなくなったイリュミナは思わず目を見開いた。するといつのまにか目の前に立ち塞がった金色の髪の男がイリュミナを庇うようにドナールの剣を受け止めていた。
「おまえは・・・?」
 イリュミナは目を疑った。振り返った男はあのとき自分に無礼を働いた異国の見知らぬ男だったのだ。
「ぶ、無礼者。そこを退け。試合を邪魔するな。」
 イリュミナは思わず怒声を浴びせたが、金色の髪の男はイリュミナの前から動こうとはしなかった。
「いいのか?このままだとあんたはあいつに負ける。あんたの代わりに戦ってやるよ。」
「何勝手なことを・・・」
 動揺するイリュミナとは裏腹に男は不敵な笑みを浮かべてみせた。そんな自信満々に現れた男の姿に広場に集まった観衆は皆どよめいた。
「貴様、一体何者だ?私と姫さまの勝負を邪魔する気か?」
 突然試合に割り込んできた新参者に邪魔をされて面白くないのはドナールだった。
「気に入らないな。その顔・・・イリュミナ姫がおまえのような男を選ぶとは思えない。」
「何だと・・・?」
 馬鹿にされてドナールも冷静ではいられなくなった。
「ふっ・・・何処の誰かは知らんが、そう言ったことを後悔させてやる。」
 すっかり二人が臨戦態勢に入ったのを見て観衆は湧き上がった。予想外の展開に皆が興奮せずにはいられなかった。
 あの金髪の男・・・てっきり自分の国に逃げ帰っているとばかり思っていた。まさか試合に現れるなんて・・・
 イリュミナは夢か幻でも見ているかのように呆然となった。再び会えたことに何故か胸の鼓動が熱く高鳴っているのを感じて高揚せずにはいられなかった。
「あれは・・・確か・・・」
 あの若者はファルド侯爵夫人が銀の森から連れてきた護衛の・・・
 ゼア大公はシェリークの姿に気付くと口元を綻ばせた。
「よろしいのですか?御前・・・このままでは試合が・・・」
「かまわぬ。特別に飛び入りを許そう。面白そうではないか。」
 ゼア大公の言葉にイリュミナはふと我に返った。
「おじいさま?私の試合をめちゃめちゃにした男よ。そんな礼儀も知らぬ男に・・・」
「イリュミナ・・・強い男が好きなのだろう?どちらか勝った方を相手に選べ。」
「なっ・・・?」
 にやりと笑みを浮かべたゼア大公にイリュミナは絶句した。何が何だかわからずイリュミナは顔を真っ赤に染めるしかなかった。
「試合は続行じゃ。」
 ゼア大公の粋な計らいでシェリークの参加が認められ、ドナールとの一騎打ちが繰り広げられることになった。そんな様子を見てファルド侯爵夫人も愉快そうに笑みを浮かべていた。
「あらあら・・・大丈夫なの?大変なことになったわね。止めるなら今よ。エメリア伯爵・・・」
「ちっとも止めたそうには聞こえませんが・・・」
「ふふっ・・・だって面白そうなのだもの。あの子、剣の腕前はどうなの?」
「さあ・・・正直剣術が得意とは聞いたことがございませんが・・・」
「まあ・・・随分冷たいのね。」
「宴まで大人しく休んでいるようにと言ったはずですが・・・どうやら無駄だったようです。まさか試合に来るとは・・・」
 エメリア伯爵は困ったように頭を抱えていた。そんなエメリア伯爵の不安をよそに、ファルド侯爵夫人はうっとりと夢見るように微笑んでいた。
「でも男が女の為に戦うのは素敵だと思わなくて?少しは彼のことを見直したわ。」
 そしてシェリークとドナールの試合はついに始まった。かつてない緊張感が広場を包んでいた。夜の森の騎士団一の精鋭として有名なドナールに無鉄砲に挑む異国の若者の登場に誰もが興奮せずにはいられなかった。そんなシェリークの姿に集まった婦人たちも皆注目せずにはいられなかった。
「あの方どなた?見慣れない顔だけど・・・」
「でも精悍で綺麗なお顔立ちだわ。ドナール様も素敵だけれどあの方もよく見ると・・・」
「ああ・・・私、あの金髪の貴公子を応援しようかしら。」
「まあ抜け駆けは許さないわよ。あの方に先に目を付けたのは私よ。」
「そこを退きなさい。あの方は私のものよ。」
 いつのまにかドナールを応援していたはずの婦人たちがシェリークを応援し始めていた。夜の森では珍しい美貌のシェリークに誰もが心を奪われていた。
 
 
 
 

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