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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 明るい光が窓から寝所に差し込んでいた。幕の隙間から零れる陽光と外から聞こえてくる小鳥の囀る声が、朝の訪れを静かに告げていた。 天蓋の下でルカスは目を覚ましていた。いつのまに自分は寝台で眠っていたのか、ルカスはよく思い出せなかった。 寝台の中から起き上がろうと躯を動かしたルカスは全身が重く気だるい熱に包まれているのを感じた。手足が思うように動かなかった。まだ夢の中にでもいるような浮遊感が躯を支配していた。 「んっ・・・」 隣で寝返りを打った男の裸体を見て、ルカスはようやく現実に引き戻された。 夢ではなかったのだ。昨夜自分は一晩中セラフィスに抱かれていたのだ。 ルカスの中に記憶が蘇っていた。ルカスは確かめるように己の躯を眺めた。白い肌に浮かび上がるように紅い痣がいくつも残っていた。それは散りばめられた花のように淫らな痕だった。躯中に残されたセラフィスの刻印はあまりにも生々しかった。 ルカスはふと隣で眠る男に視線を落とした。 静かな寝息を立てながら眠っているセラフィスの横顔は昨夜自分を抱いていた男と同じとは思えぬほど穏やかだった。まるで少年のように無邪気な寝顔だった。 窓から差し込む柔らかな日差しがセラフィスの金色の髪を撫でるように照らしていた。それは透けるように美しくきらきらと太陽のように輝いていた。 昔と変らぬ若く精悍なその美貌は寝顔からでも充分過ぎるほど見て取れた。ルカスは複雑な思いでその美しい寝顔を暫し眺めていた。 こんなふうにセラフィスの顔をゆっくりと近くで見たことがあっただろうか。今まであまりにも近くに居過ぎて、自分はセラフィスのことを見ていなかったのではないだろうか。 ルカスはセラフィスの寝顔を見ながら何か罪悪感のようなものを感じずにはいられなかった。 皆から神の子と謳われた偉大なるラザ王に自分はこんなにも愛されていながら裏切ろうとしているのだ。 ルカスの中に熱い想いがこみ上げてきた。 もう二度とあなたに抱かれることはないでしょう。これでもうあなたに悩まされることもない。私はあなたから離れることが出来る。 ルカスは重い腰を引きずるように寝台から足を下ろした。脱ぎ捨ててあった夜着を拾うと裸の躯にそれを纏った。まだ足先に力が入らず、足元が覚束なかった。ふらついた躯をなんとか起こして歩き出そうとすると背後から声が聞こえた。 「ルカス・・・」 ふいに名前を呼ばれてルカスは寝台の方を振り向いた。 まだ眠そうに目を擦っているセラフィスが躯を起こしてルカスの方を見ていた。 「ルカス・・・もう起きるのか・・・?もう少し寝ていたい。」 そこにいたのはいつものセラフィスだった。セラフィスは甘えるように再び枕に顔を沈めていた。 「おいで・・・ルカス・・・そなたと一緒に眠りたい・・・」 セラフィスはまるで子供のように微笑むとルカスを手招きした。 いつもなら二人で過ごした翌朝は、疲れた躯をゆっくり休ませる為にセラフィスの腕の中で素直に眠りについているルカスだった。だがこの日は違っていた。ルカスはセラフィスの待つ寝台には戻ろうとはしなかった。 「眠りたければどうぞお一人でごゆっくりと・・・後で侍従に陛下の着替えを持って遣させますから、それまでここをご自由にお使いください。」 「待て!ルカス・・・そなた何を言って・・・」 ルカスの様子にセラフィスは途端に目が覚めたかのように慌てて飛び起きた。だがルカスは平然とセラフィスを見据えていた。 「もうあなたと寝ることはないでしょう。あなたに抱かれることも二度と・・・」 「ルカス・・・?!」 セラフィスが呆然とルカスを見つめていると、ルカスは静かに扉に向かって歩き出した。そして扉の前で足を止めると振り返ってセラフィスを見た。更々と流れる銀色の髪が揺れてルカスの頬を掠めた。 「さようなら・・・」 それは短い言葉だった。ほんの一瞬ルカスの口元が笑ったような気がした。 だがすぐにルカスは踵を返すと扉を開けて寝所から出て行った。扉が閉ざされる音が無常にも寝所の中に響き渡った。 セラフィスは何が起こったのかわからぬまま立ち尽くしていた。 さようなら・・・? ルカスが最後に残したその言葉の意味をセラフィスはすぐに理解することが出来ずにいた。 「まさか・・・そんな馬鹿な・・・」 セラフィスは頭を抱えて床に倒れ込んだ。 ルカスが昨夜私に抱かれたのは私と別れる為だったとでもいうのか・・・?最後に私の好きにさせて・・・それで何もかも終わりにしようとでもいうつもりだったのか・・・? セラフィスはてっきりルカスが自分とやり直してくれる決心をしたとばかり思っていたのだ。ルカスがやっと自分に身も心も許してくれたのかとそう信じて疑わなかった。 まさかそれがこんな形で終焉を迎えることになろうとは思いも寄らないセラフィスであった。 昨夜のそなたは一体何だったのだ?私とそなたは一つに溶け合うまで互いに愛し合ったのではなかったのか・・・? セラフィスは悪い夢でも見ていたようなそんな暗黒の闇に突然突き落とされたかのような焦燥感と軽い眩暈から暫く抜け出すことが出来なかった。 もう私の元には戻っては来ないのか・・・?ルカス・・・そなたは私の手から離れていってしまったのか・・・? 寝所から去ったルカスもまた歩き続けることが出来ずにふらふらと躯をよろめかせた。膝から崩れ落ちて床に座り込んだルカスは一人で起き上がることも出来なかった。 「ふふっ・・・ははっ・・・」 そんな情けない自分の姿を嘲笑うかのように、ルカスは引きつった笑いを零した。 ルカスの銀色の双眸からは涙がとめどなく溢れて、頬を伝って流れ落ちていた。 それから数日後、ラザの王城に銀の森からテリドレアーネ王の使いの者が訪れていた。 ラザ王セラフィスの下にノアーレ公ルカスとライナ王女との結婚を認める返事が届けられていた。 二人の結婚に反対をしていたテリドレアーネ王は王妃や臣下たちからの度重なる説得に折れて、ようやくライナの結婚を承諾したのだった。セラフィスもその返事を聞いてやっと諦めがついたかのようにルカスの結婚の準備をするように言った。 銀の森でもライナの輿入れの準備が着々と進められていた。テリドレアーネはそれを複雑な想いで見るしかなかった。 テリドレアーネは二度とライナを抱くことをしなくなった。抱けば決心が鈍りまたライナを手離せなくなってしまう・・・テリドレアーネはそんな自分が怖かった。ライナに触れることすら出来なくなっていた。テリドレアーネは必死で己の欲望を抑えていた。 そうしてライナは王からやっと離れることが出来た。だがなぜか心は空しかった。あれほど願ってやまなかったはずなのに、ライナはテリドレアーネが自分を避けているのが悲しく思えた。 本当にこれでよかったのだろうか・・・私は父を置いて行ってもいいのだろうか・・・ ライナはどうしようもなく心が寂しくなった。気がつけば父のことを想っている自分がいた。ライナは奇妙な罪悪感に包まれて心が痛んだ。 そして数ヶ月後、ライナはノアーレ公ルカスと結婚した。生まれて初めて銀の森を出て、遠いラジールへと嫁いだのだ。 ルカスがあまり派手な挙式を望まなかったので、ラザの王城の奥で式は静かに厳かに行われた。そのときルカスは十八歳、ライナは十五歳になったばかりであった。まだ若い二人に不安がないわけではなかった。そんな二人の結婚を周囲は温かく見守った。 ノアーレ公はラザの王城から少し離れた静かな館を賜り、そこでライナと一緒に暮らすことになった。ラザ王が手配した使用人たちとライナが銀の森から連れて行った従者と侍女たちに囲まれて、平和な生活が始まった。 二人は自由になれた幸せを感謝し、穏やかに館での日々を過ごした。 だがその先に訪れる儚くも恐ろしい運命を二人はまだ知る由もなかった。 *「外伝 銀の森 第四章 籠の鳥」を長らくご愛読いただきましてありがとうございました。 この続きは「外伝 銀の森 第五章 幻惑」にてお楽しみください。 |
第四章 籠の鳥
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ◆R18ご注意ください。 いつのまにかセラフィスの指がルカスの肌を弄って、服の中にまで手を伸ばしていた。敏感なところを弄られてルカスは咄嗟に身を捩った。 「ルカス・・・私はそなたがいなくては生きられぬ。そなたが欲しくて堪らないのだ。そなたとて同じであろう?そなたも私を欲しがって・・・」 「おやめください。私はあなたとは違う。あなたを欲しがってなど・・・」 セラフィスはルカスの牡を握り締めた。その衝撃にルカスの躯はびくっと反応した。 「何故意地を張る?そんな躯で・・・もっと素直になれ。」 「いやです。私はあなたに飼われてる籠の鳥ではない。何故・・・自由に飛ばせてくれないのですか?」 セラフィスが冷たい笑みを零した。 「ふっ・・・鳥だと・・・?ならばそなたはその美しい姿で美しい声で鳴いていればいいだけだ。飛ぶ必要など何処にある?」 「どうしてもわかっていただけないのですか?」 「・・・?」 ルカスの手の中で何かが一瞬煌いた。 セラフィスがルカスの手元を見ると、そこにはいつのまにか銀の懐剣が握り締められていた。それは美しい文様が施された銀細工の懐剣で、セラフィスは思わず目を見張った。何故そんなものをルカスが持っているのかわからなかった。 「一体何の真似だ?そんなものを持って・・・気でも狂ったか・・・?」 「ふふっ・・・あなたはこの剣のことをご存じないのですね?」 セラフィスがその懐剣を見たのは初めてだった。それは一度見れば忘れることなど出来ないような見事な細工の懐剣であった。 「これは母上の形見です。母が亡くなったときにこれを私に託すようにと遺言があったそうです。」 「リネージュがそなたに・・・?」 セラフィスは突然リネージュのことが思い出されて困惑した。 「私は小さな頃からこの剣を母だと思って見ていました。私には朧な母の記憶しか残っていない。この剣しか私と母を繋ぐものはなかった。」 ルカスの銀色の瞳が涙で潤んでいるのを見て、セラフィスは遠い日のリネージュを思い出さずにはいられなかった。 「私はこの剣を見る度に母を怨まずにはいられなかった。」 「ルカス・・・?」 「何故私を産んでしまったのか・・・私は生まれてくるべきではなかったのに・・・」 「何馬鹿なことを・・・リネージュがどんな思いでそなたを産んだと思っている?リネージュがどれだけそなたを愛しんで育てたと・・・」 「だったら何故私を残して逝ってしまったのです?私にこんな思いをさせて・・・」 ルカスは手にした懐剣の刃に自分を映して見せた。そこには母と同じ銀色の髪と瞳が映っていた。 「もう・・・何もかも終わりにしたい。あなたにわかってもらえないのなら私は・・・」 ルカスが剣の切っ先を己の首筋に向けたのを見て、セラフィスは慌ててルカスの手を掴んだ。ルカスの肌に触れる前にそれはセラフィスに遮られた。ルカスの手から懐剣が離れて、音を立てて床に滑り落ちた。 「あっ・・・」 驚いて呆然としたルカスの背中をセラフィスは抱き締めていた。 「ルカス・・・そなたまで私を残して逝くなど・・・許さぬ・・・そんなことは断じて許さぬ。」 息も出来ないほど強く抱き締められていた。背中に回された手がルカスの銀色の髪を撫でていた。それはとてもやさしい手触りだった。ルカスの目から思わず涙が零れ落ちていた。 「そなたを失いたくない。そなたがいなければ私は・・・」 セラフィスはルカスの顎を掴むとそっと口づけを落とした。重なる唇からお互いの吐息が漏れていた。セラフィスは舐めるようにルカスの唇を奪っていた。ルカスは抗うことも出来ずにセラフィスの口づけを受け入れてしまっていた。ルカスにはもう抵抗する気力も残ってはいなかった。 そんなルカスの様子を見て、セラフィスはルカスを抱き上げると奥にある寝所に向かった。 セラフィスはルカスをそっと寝台に下ろした。 ルカスは虚ろな瞳で天井を見ていた。セラフィスは横たわったルカスの隣に腰を下ろした。セラフィスはルカスの夜着に手をかけて胸を開いた。その美しい肌に指を滑らせると微かにルカスの躯が反応した。だが逃げようともしないルカスを見てセラフィスは怪訝そうな目をした。 「私から逃げないのか?何故抵抗しない?」 「・・・」 いつもならルカスはセラフィスから逃れようと激しく抵抗していた。抗われるほどにセラフィスの征服欲が駆り出されて、ルカスを狂ったように抱き続けた。だがルカスはいつもとは違っていた。ルカスは嫌がることもなくセラフィスを拒もうとはしなかった。 「ルカス・・・いいのだな・・・?」 セラフィスはそれをルカスが自分を許してくれたものだと承諾した。セラフィスは大人しく抱かれるルカスに違和感を覚えながらも、愛撫をやめることは出来なかった。 ルカスの肌は一度触れるとその滑らかな感触に吸い寄せられるように虜にされる。抱かれるほどに艶かしい色香を放つルカスにセラフィスの欲望は抑えることなど出来なかった。 「ああ・・・ルカス・・・もっと・・・善がれ・・・声を聞かせろ・・・」 セラフィスは執拗にルカスを追い詰めてその美しい姿が艶かしく乱れる様を眺めるのが好きだった。そして我慢出来ずにルカスの方から自分を求めてくるのを見るのが何よりも快感だった。そんなときのルカスは堪らなく愛しくて、セラフィスは夢中になってルカスを抱き続けるのだ。 いつもとはどこか違うルカスに躊躇いながらもセラフィスはルカスの肌を確かめるように愛撫した。ルカスは堪えるように時々躯を震わせた。 やがてルカスの足を開いてセラフィスはその中に顔を埋めた。いつのまにかセラフィスに牡を咥えられて熱くなった昂ぶりを我慢することが出来なくなっていた。 「ああっ・・・やっ・・・」 ルカスは躯が勝手に反応するのを止められなかった。セラフィスが何よりも自分を感じさせてくれることを躯は正直に覚えていた。セラフィスの熱い舌がルカスの躯を解きほぐすように融かしていた。 「あっ・・・」 セラフィスの指がルカスの蕾を押し広げるように中に侵入していた。途端にルカスの躯は熱く疼き始めた。蠢くセラフィスの指の刺激に蕩けそうになりながらもルカスは堪えた。だがセラフィスはルカスの躯で知らぬことなどなかった。どこを触れられればルカスが気持ちよくなれるかを知っているのはセラフィスだけであった。焦らすようにルカスの中を指で掻き乱すと、ルカスは自分でも気付かぬうちにセラフィスの指を求めていた。 「あああっ・・・」 痺れるような甘い快感がルカスを襲った。セラフィスの指がルカスを攻めた瞬間、ルカスは勢いよく熱を放った。 ルカスは横たわったまま放心していた。 「ルカス・・・そんなに気持ちよかったか?」 微笑むセラフィスにルカスの返事はなかった。ルカスの躯はまだ熱い刺激で痺れたままだった。 「だがそなたは指だけでは満足出来ぬはずだ。まだ欲しくて堪らないのだろう?」 セラフィスの言うとおりであった。躯はまだ欲しがっていた。セラフィスからもたらされる快感をルカスの躯は待ち望んでいた。どんなにセラフィスに酷くされてもあの快楽だけは忘れることなど出来はしなかった。 「セラフィス・・・」 ルカスは無意識のうちにセラフィスの名を呼んでいた。セラフィスはそんなルカスに答えるかのように、ルカスを抱き締めながら唇を重ねた。セラフィスの熱い口づけはルカスの舌を甘く蕩けさせた。絡み合うほどに深く、息も出来ないほど口腔を舐め尽くされて、ルカスの意識は朦朧と宙を彷徨っていた。 繰り返される熱い抱擁と口づけの中でルカスはただセラフィスに身を委ねた。 このままセラフィスに抱かれたまま自分が死んでしまえるのなら、どれだけ幸せなことだろう・・・ そんな想いが一瞬ルカスの脳裏を過ぎった。 そうだ・・・自分はもう死んだのだ。セラフィスに抱かれて自分はもう自分でなくなったのだ。ここにあるのはただの屍だ。 重なり合った肌の温もりに溺れていく自分をルカスは戒めるかのように心の中で呟いた。 「ルカス・・・」 熱くなったセラフィスの牡がルカスの中を奥まで満たしていた。セラフィスの熱い息遣いや心臓の鼓動、激しく脈打つ牡の波動にルカスは同調するかのようにセラフィスを受け入れていた。 もう何も考えることなど出来なかった。躯はすでに感覚を失っていた。手足が麻痺して躯の自由がきかなかった。セラフィスと溶け合って自分の躯がもう消えて無くなっているようなそんなかんじがした。 「ルカス・・・ルカス・・・」 何度も自分を呼ぶ甘く掠れたセラフィスの声が遠くで木霊していた。 セラフィスはルカスの躯から離れられなかった。銀色の長い髪を乱しながら艶かしい白皙の美貌を燻らせるルカスの姿を手放すことなど出来なかった。自分の腕の中で悶える美しい銀色の瞳を他の者になど見せたくはなかった。 「そなたは私だけのものだ・・・ルカス・・・私だけのルカス・・・」 セラフィスはそうして何度もルカスを抱き続けた。時に激しく狂おしいまでの快楽を与えられながら、朦朧とした意識の中でルカスはセラフィスに抱かれ続けた。 まるで夢か幻に抱かれるかのように二人は闇の底に深く沈んでいった。 朝を迎えるまでそれは終わることなく繰り返された。だが残酷な時は二人を永遠に結びつけることなど出来はしなかった。 |
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ◆R15ご注意ください。 ルカスは自分の部屋に一人でいた。思い詰めた表情で手にしたものを見つめていた。 それは美しい彫りが施された見事な銀細工の懐剣であった。その柄には銀の森の王家の紋章が刻み込まれていた。 「母上・・・これでよかったのですか?私はあの王を裏切るようなことをしてしまいました。あれほど陛下から逃れたいと思っていたのに・・・今はただ空しいばかりです。」 銀の懐剣は亡くなった母のリネージュの形見だった。リネージュはまだ幼かったルカスにこの剣を託したのだった。 その懐剣はリネージュがラザ王に輿入れするとき、父であった銀の森の王がリネージュに手渡したものだった。銀の森では王が元服した王子や嫁ぐ王女に銀の懐剣を授けるのが代々の慣わしであった。 ルカスは母のことをよく覚えていなかった。リネージュが亡くなったとき、ルカスはまだほんの小さな子供であった。ルカスにとってその剣だけが母を偲ばせる絆であった。 ふと物音がしたような気がして、ルカスは扉の方を見た。すると扉を叩く音が聞こえてきた。 こんな時間に一体誰だろう・・・?侍従たちももう休んでいるはずだが・・・ そう思いながらルカスは椅子から立ち上がり、懐剣を服の中に隠すと部屋の扉に向かった。夜はすっかり更けて辺りは静かだった。ルカスは扉の前で立ち止まると訝しげに訊ねてみた。 「誰・・・?そこに誰かいるのですか?」 「・・・」 返事はなかった。気のせいだったのかとルカスは扉の傍から離れようとした。 「ルカス・・・私だ。中に入れてくれないか?」 それは聞き覚えのある声だった。いや、ルカスにとっては忘れることなど出来ない何度も聞いた声に他ならなかった。 「陛下・・・?」 すぐにそれがセラフィスだとルカスにはわかったが、部屋の扉を開けるのは躊躇われた。 「どうした?ルカス・・・そこにいるのだろう?私だ。セラフィスだ。」 何故こんな夜中にセラフィスが自分の部屋を訪れるのかわからなかった。今セラフィスを部屋に入れてしまえば、またいつものように自分はセラフィスに抱かれてしまうのではないかと、そんな不安と恐怖がルカスの中を駆け巡った。 「ルカス・・・そなたと会って話がしたい。頼むから・・・せめて顔を見せてくれないか?」 それはどこか寂しく悲しい声色でいつものセラフィスとは何かが違っていた。ルカスはその寂しげな声につられてつい扉を少し開いた。 扉が開いたのを見てセラフィスは部屋の中に押し入ろうとしたが、ルカスは慌ててそれを遮った。 「陛下・・・あなたを中に入れるわけにはまいりませぬ。どうかお引取りを・・・」 「ルカス・・・私を追い返す気か?私の話を聞いてはくれぬのか?」 「何を今更・・・私にはお話しすることなどもう何も・・・」 だがセラフィスは扉を押さえていたルカスの腕を掴むと、強引に扉を開いて部屋の中に踏み込んできた。 ルカスはセラフィスの腕を振り払うと逃げるように躯を離した。セラフィスはそんなルカスの様子を見て溜息を吐いた。セラフィスは何も言わずに部屋の奥まで突き進んで大きな椅子に腰を下ろした。ルカスはそれを止めることも出来ずに呆然と立ち尽くした。 「ルカス・・・そこに座れ。」 セラフィスは傍にあった椅子にルカスを呼んだ。ルカスは躊躇いながらも大人しくその椅子に腰を下ろした。ルカスはセラフィスと向き合うのがなんだか怖く思わず目を逸らした。だがセラフィスの金色の瞳は真っ直ぐにルカスを見つめていた。 「何故だ?何故私から目を逸らす?私を見ろ。ルカス・・・」 セラフィスの声にルカスの躯はびくっと震えた。ルカスはそっとセラフィスに目を遣った。怒っているのかと思っていたセラフィスの瞳はどこか悲しく暗い翳を宿していた。 「そなたとどうしても話がしたかった。このままでは納得がいかぬ。そなたを諦められぬ。」 それはセラフィスの悲痛な心の叫びだった。ルカスは胸が締め付けられた。だがもう引き返すわけにはいかなかった。何よりもセラフィスとの決別を望んだのは自分自身だったのだから。 「もう何度も申し上げたはずです。私に構わないでください。私を自由にしてください。」 「それがそなたの本心なのか?そなたは偽りを言っているのではないのか?」 「・・・?」 ルカスは震える指先をぎゅっと握りこんだ。セラフィスが何を考えているのかわからず不安に押し潰されそうであった。 「そなたは私のことをそれほど嫌っていたのか?私に愛されるのがそんなに嫌だったのか?」 いつもとは違う自信のないセラフィスの言葉にルカスは戸惑いを覚えた。そんな気弱そうなセラフィスの顔を見るのは辛かった。 「何故答えぬ?ルカス・・・そなたはいつも素直でやさしくて・・・いつまでもずっと私の傍にいてくれるものとばかり思っていた。なのに・・・これほどまでにそなたに嫌われていようとは思いも寄らなかった。」 「私をこんなふうにしたのはあなたです。何故今頃そんなことをおっしゃるのです?私にはあなたがわからない。」 ルカスが苦しそうに顔を歪めたのを見てセラフィスもまた胸が苦しくなった。 「どうしてあなたはいつも自分勝手で・・・私の気持ちなど知ろうともしないで・・・」 「ルカス・・・?」 「あなたのことを嫌いになれれば・・・私はどんなにか・・・」 「どういうことだ・・・?」 「昔のあなたはやさしかった。あなたはいつでも私の傍にいてくれて・・・私に何でもしてくれて・・・私に何でも与えてくれた。」 「何を言っている?今でも私は・・・」 「あなたは私の憧れで自慢の兄上だった。なのにあなたは変わってしまった。あの日からあなたは・・・」 ルカスは膝の上で両手の拳を握りこんだ。ルカスの肩は微かに震えていた。 「何も知らないあの頃のままでいられたなら・・・どんなによかっただろう。あの日あなたが私を抱いたりしなければ・・・こんなにも苦しまなくてもよかったものを・・・」 「そなたはずっと私のことを恨んでいたのか・・・?私のことをずっと憎んで・・・?」 セラフィスは自分でもわからなくなっていた。ルカスを抱いたことが間違いだったと認めたくなかった。 「あなたが私の父親だと聞かされて・・・私は・・・何を信じていいのかわからなかった。私はあなたに抱かれる度に気が狂いそうだった。」 耐え切れなくなったルカスの目からは涙が零れ落ちていた。今までのことが思い起こされて、ルカスの躯に生々しい感触までもが蘇っていた。 「ルカス・・・」 セラフィスは思わず椅子から立ち上がると、ルカスの腕を引き寄せて強く抱き締めた。 「あっ・・・」 あまりにも一瞬のことでルカスは逃げることも出来なかった。セラフィスの力強く抱き締めた腕はどこかやさしく、広く大きな胸は温かかった。今まで何度この腕に抱かれたのかわからないくらいルカスの躯はセラフィスを覚えていた。 「ルカス・・・もう一度やり直さないか・・・?私の傍でもう一度・・・」 セラフィスのやさしい声が耳の傍で響いていた。その甘い声にルカスの躯は震えた。 「あっ・・・今更もう・・・何もかも遅いのです。私はあなたではなくライナ姫を選んでしまった。私はライナ姫と結婚するのです。」 「そんなに銀の森の王女と結婚したいのか?」 ルカスは返事に困った。自分でも結婚の意味がよくわからないでいた。 「私よりもその王女の方が大事だというのか?」 「・・・」 ルカスは答えられずに口を閉ざした。それを見たセラフィスは苛立ちを覚えた。 「ルカス・・・もう一度考え直すことは出来ぬか?私とやり直さないか?」 セラフィスがルカスの顔を覗き込んだ。その目はどこか不安を帯びた悲しい色を湛えていた。 「今更そんなこと・・・出来るとでも・・・?銀の森とて許しはしないでしょう。」 ルカスの返答にセラフィスはまだ諦めきれないでいた。 「そんなに結婚がしたいのか?ならばするがよかろう。ただしそなたは結婚しても今までどおり私の傍にいろ。それならそなたの結婚を許してやってもいい。」 ルカスは愕然となった。セラフィスの言葉に耳を疑った。 「今・・・なんて・・・なんと仰せで・・・?」 「聞こえなかったのか?結婚しても私から離れるな。私の傍にいろと言ったのだ。」 ルカスは蒼ざめた。それではまるで意味がなかった。一体自分は何の為に結婚の許しを得るというのだ?全て王から離れる為ではなかったのか? 「どうした?嫌なのか?そなたの望む結婚を許すと言っているのだ。その代わりそなたは私の・・・」 「あなたはまるでわかっていない。私の気持ちなど少しも・・・」 「ルカス・・・」 セラフィスの唇がルカスの白い首筋を這っていた。吸い付くような熱い接吻を肌に感じてルカスは思わず背中を震わせた。 「あっ・・・やめ・・・」 ルカスの躯はセラフィスの腕にしっかりと抱き締められていた。ルカスがその腕を振り払おうとして逆に手首を掴まれてしまっていた。ルカスは逃げられなかった。 「ルカス・・・そなたとて本当は私の傍にいたいのであろう?臣下たちに何を吹き込まれたのかは知らぬが、そなたは何も気にすることなどないのだ。そなたが犠牲を払うことなど何もないのだ。」 「・・・?」 セラフィスが何を言っているのかわからなかった。 このまま勘違いをされたままではまた以前と同じことの繰り返しだ。 ルカスがそう思ったときルカスの躯に刺激が走った。 |
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ◆R15ご注意ください。 銀の森ではテリドレアーネ王が怒りを露にしていた。 「私は認めぬ。ライナはどこにもやらぬ。私の愛する娘を欲しいなどと図々しいにも程がある。」 「ラジールから頭を下げてきたのですぞ。これほどの好機はございませぬ。どうかわが国の為にも姫さまを・・・」 「国の為にライナを手放せと申すか。ならぬ!ライナは私のものだ。ラジールの青二才などに渡してなるものか。」 「ノアーレ公はクラウディス王妃の異母弟君でもあり、ノアーレ公の母君はあなたの姉君であるリネージュさまでございます。この銀の森の血も引いておられます。お血筋から申されても決して悪い話では・・・」 「ノアーレ公がたとえ姉上の子であろうと、ライナはラジールには嫁がせぬ。」 テリドレアーネ王は臣下たちの声にも耳を傾けなかった。 凄まじい剣幕でテリドレアーネ王はライナの下を訪れた。 「お父さま・・・?」 ライナは驚いて王を見た。テリドレアーネの長い銀色の髪が揺らめいて、鮮やかな青紫の長衣の上に更々と流れ落ちていた。 「先程ラジールから使いが来た。ノアーレ公がそなたと結婚したいと言ってきた。」 突然の知らせにライナは驚きながらも、一瞬笑みがこぼれた。それを王が見逃すはずはなかった。 「今、そなた嬉しそうな顔をしたな。」 「・・・」 ライナは慌てた。テリドレアーネ王の美しい貌が見る見るうちに怒りに染まっていくのを見て、ライナは怯えた。 王はライナに近づくと頤を掴んで顔を持ち上げた。テリドレアーネの銀色の瞳は冷たく光る刃のように煌いた。 「いや・・・赦して・・・お父さま・・・」 「狩りのとき、あの男と約束でも交わしたのか?」 「あっ・・・」 王の手に力が込められ、ライナは身動きも出来ず立ち竦んだ。どちらかといえば痩身のテリドレアーネの一体どこにそんな力があるのかと思うほど、テリドレアーネの腕は強くライナを掴んで離さなかった。 「ライナ・・・私を裏切るのか?私から逃げてラジールの男と一緒になろうなどと・・・私よりもあの男を選ぶというのか?」 「お父さま・・・やめて・・・」 テリドレアーネはライナの唇を塞いだ。強く抱き締めたまま貪るようにライナの唇を奪うと、息が出来ない苦しさにライナは悶えた。 「うっ・・・んんっ・・・」 テリドレアーネはライナを離そうとはしなかった。何度も深く唇を重ね、舌を絡ませ喉の奥まで蹂躙した。堪えられなくなったライナはテリドレアーネの背中に腕を回してしがみつくように躯を寄せた。ライナの感触にテリドレアーネは笑みを浮かべた。 「そなたは私なしでは生きられぬ。そうであろう?愛しいライナ・・・」 「いや・・・やめて・・・離して・・・」 泣き叫ぶライナを弄ぶかのように愛撫するテリドレアーネに抗う力さえも奪われ捩じ伏せられた。 「ライナ・・・そなたは私のものだ。誰にもやらぬ。」 テリドレアーネは狂ったようにライナを抱いた。ライナが気を失うまでテリドレアーネは何度も抱き続けた。 やがて恍惚とした表情を見せるライナに満足すると、テリドレアーネはやさしくライナを抱き締め甘い口づけを落とすのだ。 ライナはそんな王を嫌いになれなかった。自分が愛されているとわかるほどにライナの苦悩は深くなるばかりであった。 テリドレアーネ王の振る舞いに臣下たちは手を焼いていた。幼少の頃より文武に秀で賢いと評判だった王だがいつからか残忍な性格が表れるようになり、逆らえば命がないとまで言われるほどであった。 王妃クラウディスの心痛も日増しに大きくなっていった。クラウディスはラザ王セラフィスの妹であり、ラザの王女として生まれ育った誇り高さが彼女を支えていた。聡明で美しいクラウディスは臣下たちからの信頼も厚く慕われていた。 「王・・・何故ライナ姫の結婚をお認めにならぬ。ライナ姫をいつまでもあなたのお傍に置いておくおつもりですか?」 クラウディスは王に意見した。皆が王に恐れをなして意見すら言えなくなっている今、王に抗議できる勇気のある者は王妃しかいなかった。 「何故?私はライナを何処にもやらぬ。まさかそなたが私からライナを引き離す為にラザ王に・・・」 「王、私はそのようなことを兄上に頼みはいたしませぬ。ライナどのが可愛ければ娘の幸せを願うのが父であるあなたの務めではないのですか。」 テリドレアーネ王の顔が翳った。 「そなたは私のことをわかってくれていると思っていたが・・・」 「あなたは間違っている。あなたはレティシアどのを死なせてしまった負い目から罪滅ぼしをなさろうとしているだけです。でもそれはライナどのを縛り付けているに過ぎない。ライナどのがかわいそうだとは思わないのですか?」 「ライナは私に愛されて幸せなのだ。例えそなたでも邪魔することは赦さぬ。」 「ライナどのが泣いているのがわかりませぬか。あなたは愛するライナどのを苦しめているだけです。」 「くっ・・・」 テリドレアーネの冷たい横顔が歪められた。 「あなたのやり方に臣下たちは恐れを抱いております。あなたはこの国を滅ぼすおつもりですか?この国の将来を思うならそんな真似は出来ないはずです。」 「私がライナを愛してはいけないのか・・・?」 「ライナどののことを心から愛しているのなら、どうかこの度の結婚を許してあげてくだい。それが父であり王であるあなたの責任でございますれば・・・」 「それであの子が幸せになれるというのか・・・」 「それは私にもわかりませぬ。ですがライナどのがそれを望むのなら、どんな結果になろうとも我らは見守ることしか出来ませぬ。」 「・・・」 「王・・・?」 「すまぬ・・・一人にしてくれないか・・・」 王の声は震えていた。クラウディスは悲しい目で王を見つめると黙って部屋を出て行った。 部屋に一人残ったテリドレアーネは椅子にもたれると、顔を両手で押さえた。涙が勝手に溢れてテリドレアーネの頬を流れ落ちていた。 「私は間違っていたのか・・・?私はライナを愛しただけなのに・・・ずっと一緒にいたかっただけなのに・・・何故・・・私からライナを奪う・・・」 テリドレアーネは震える躯を抑えることが出来ず、咽び泣いた。 |
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ルカスはこのままでは自分は一生セラフィスから離れられないと思った。自分一人の力では何も出来ないことを悟った。 だが諦めるわけにはいかなかった。ライナの為にも結婚を認めてもらわねばならなかった。ルカスは思い悩んだ末に決意した。 王妃の力を借りれば臣下たちも動き、王とて私の結婚を認めないわけにはいかなくなるだろう。 そんなことをルカスは考えていた。王と王妃が不仲なのは知っていたし、王妃が自分のことを快く思っていないことも充分承知していた。それでも他に頼る者などいなかったルカスにとって王妃が最後の頼みの綱であった。 ルカスは王妃に会いに行った。もしや追い返されるのではと懸念したが、意外とすんなりと部屋を通されてルカスは驚いた。 椅子に腰掛けている王妃のすぐ横に若い側近が一人立っていた。それは王妃の愛人と噂されている貴族の青年だった。王妃がその男に下がるように言うと、男は横目で意味ありげにルカスに微笑み立ち去った。 「妾に一体何の用じゃ・・・?そなたからわざわざ出向いてくるなど珍しいこと・・・」 王妃は不機嫌そうにルカスを見据えた。目の前に立ったルカスは艶やかな銀色の髪と男とは思えぬような白皙の美貌で、王妃も思わず見蕩れてしまうほどであった。だがその怜悧な銀色の瞳もよく見ればセラフィスにどことなく似ていて、王妃は奇妙な感覚に襲われた。 「折り入ってお願いがございます。どうか私にお力添えをしていただけないでしょうか?」 ルカスは王妃の足元に跪き、深く頭を垂れた。王妃は怪訝な顔でルカスを見下ろした。 「ルカスどの。一体何の真似じゃ?今更そんなことをして妾の機嫌をとるおつもりか?妾は騙されぬ。」 王妃は椅子から立ち上がって怒りを露にした。ルカスはそれでも縋るような目で王妃に訴えた。 「滅相もございませぬ。そんなつもりは毛頭も・・・どうかお願いでございます。私の話をどうか・・・」 初めてであった。自分にこれほど弱さを見せ付けるルカスを王妃は初めて見た。いつも王の傍らでまるで寵妃のように可愛がられていた男が自分に傅いている。そんな哀れな姿のルカスを見て、王妃は大きな溜息を吐いた。 「顔を上げられよ。ルカスどの・・・それでは話も出来ぬ。」 ルカスは驚いて顔を上げた。潤んだ瞳のルカスに見つめられて、王妃は胸が締め付けられた。 ああ・・・これだ。この目が・・・王もきっとこの目で心まで奪われているのだ。 王妃は悔しかったが、あの王がルカスを傍に置きたがる気持ちが何となくわかって、それを否定できなかった。 「私の話を聞いていただけますか・・・?」 ルカスの言葉に王妃は黙って頷いた。 ルカスは決死の覚悟で王妃に助言を求めた。 「どうかお助けを・・・私はあなたやあなたのお子を苦しめるつもりなどないのです。私は王になることなど微塵も望んでおりませぬ。私を王から解放してください。この城から出て妃を娶り、王から離れて静かに暮らしたいだけなのです。ですから銀の森の王女との結婚を許していただけるよう・・・どうかあなたから王に進言を・・・」 必死に懇願するルカスの姿に、王妃は困惑した。 「そなたはあれだけ王の寵愛をいただきながら、なぜそのようなことを言う?妾はずっとそなたのことが疎ましかった。そなたが妬ましかった。妾の前から消えてほしいと何度願ったかしれはせぬ。それなのにそなたは・・・陛下のことを愛してはいなかったのか?陛下に偽って愛されているふりをしていたというのか?」 王妃も長年の屈辱が呼び起こされ、怒りをどうしていいのかわからなかった。 「お腹立ちは充分わかっております。勝手なことを申し上げているのも承知しております。ですがもう・・・自分に嘘はつけませぬ。お願いでございます。私は王位継承権も放棄します。あなたのお子を脅かすことは決していたしませぬ・・・」 王妃は戸惑った。まさかルカスがそんなことを言うとは思ってもいなかった。てっきり王を誑かして自分が王になれるように取り入っているのだと思っていたのだ。だがルカスの瞳は嘘を言っているようには見えなかった。 「それでいいのですか?そなたそれで本当にいいのですか・・・?王ではなく銀の森の王女との結婚を選ぶと・・・?」 「はい・・・私には他に術がございませぬ。」 ルカスの真摯な眼差しに、王妃は大きく溜息を漏らした。 「わかりました。それほどまでに意志が固いのであれば、止めることも出来ますまい。そなたの婚儀は臣下たちとも相談して陛下に申し上げることにいたしましょう。私に出来るのはそこまでです。」 「ありがとうございます。このご恩は一生忘れませぬ。」 ルカスの瞳から涙が零れ落ちた。慌てて手で拭い、その場を立ち去ろうとするルカスに王妃は声をかけた。 「一つ訊いてもよいか?」 「・・・?」 何かと思ってルカスは立ち止まった。 「そなた・・・銀の森の王女のことをそれほどまでに愛しているのか・・・?王よりもその王女のほうが大事なのか・・・?」 「自分でもよくわかりません。王から逃げたい口実を作りたかっただけかもしれません。ただ言えるのは・・・」 王妃は訝しげにルカスを見つめた。一瞬ルカスの口元が笑ったかのように思えた。 「ライナ姫と私はよく似ている・・・ずっと以前からお互いのことを知っていたかのように、私たちは惹かれあった。私とライナ姫は同じ痛みを共有している。ただそれだけなのです。私もライナ姫も同じなのです。」 王妃は胸に痛みが走った。ルカスの心の悲鳴が聞こえたような気がした。 ルカスは踵を返すと静かに王妃の前から立ち去った。 「私はどうやらそなたのことを勘違いしていたようです。もっと早くに気付いていれば、傷が深くならないうちに助けてあげることも出来たかもしれないのに・・・赦してください。謝罪すべきは私のほうです・・・」 王妃の目から涙が零れ落ちていた。 数日後、王妃は重臣たちを集めた。 王妃はルカスの願いを叶えてやろうとルカスの結婚の話を持ちかけた。ノアーレ公の結婚について重臣たちは快く賛同した。これで今まで臣下たちを悩ませてきたセラフィス王のノアーレ公への執着ぶりも薄れるかと思うと反対する者など誰もいなかったのだ。ただ王だけは臣下たちからの進言に頷くことは出来なかったのである。 だがそれも国の情勢が傾きかけている今、臣下たちの声を聞かぬわけにはいかなくなっていた。これ以上王妃の機嫌を損ねれば、王妃は間違いなく叔父の東龍王に相談を持ちかけるであろう。この機に東龍王がラジールを狙ってくるかもしれないと臣下たちは怯えていた。 セラフィスは思い悩んだ。ラジールという大国とルカスを天秤にかけなければならない王という立場を呪った。セラフィスは厭々ながらも許可するしかなかった。早速ラザ王の使いが婚約の儀の為に銀の森に向かった。 しかし事はそう簡単に運ぶはずもなかった。 |




