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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ラザの王城では突然のラセス王の帰還に騒然となっていた。 「城で何があった?城下が騒々しかったぞ。」 「陛下、お早いご帰還で・・・ご予定ではまだ暫く遠征されていると・・・」 「あの金色の光を見て、いても立ってもいられなかった。あれは何だ?」 「そのことで陛下に申し上げたいことが・・・」 侍従長が困ったようにラセスを見た。血相変えたラセスの様子に戸惑いを隠せなかった。 「何だ・・・?早く申せ。」 ラセスは待ちきれないとばかりに侍従長に詰め寄った。 「まずはこの度のこと、おめでとうございます。」 「・・・?」 ラセスは何のことかわからず目を円くさせた。 「昨日、王妃さまが無事ご出産なさいました。お世継ぎのご誕生、誠におめでとうございます。」 侍従長が祝いの言葉を述べたのを聞いて、ラセスの動きが止まった。 「今・・・なんと・・・?」 ラセスは一瞬頭の中が真っ白になった。自分がいない間に城の中で何が起こったのかすぐに理解することが出来なかった。 馬を駆って城に到着したばかりのラセスは汗に塗れているのもお構いなしに息を乱しながら城の奥に突き進んだ。裾の長い外套を風に靡かせながら城の中を勢いよく歩いて行くラセスに、臣下たちも皆一斉に道を空けた。ただならぬ様子のラセスに出迎えた侍従たちも慌てふためいていた。 「アデリースは・・・アデリースはどうしている?」 「あっ、王妃さまはお部屋に・・・」 「お待ちください。陛下・・・そのようなお姿のままでは・・・」 「陛下、どうかお着替えになられてから・・・」 侍従たちが止めようとするのも聞かずに、ラセスは侍従たちを振り切りながらアデリースのいる後宮に向かった。 「王妃さま、大変でございます。たった今、陛下がこちらに・・・」 王妃付きの女官が慌てて部屋に駆け込んできたのを見て、寝所で休んでいたアデリースは驚いて振り返った。 「陛下・・・?」 そこには久し振りに見るラセスの姿があった。腰に剣を携えたままの武装した姿のラセスは以前とは何処か違って勇壮に映った。アデリースは王の突然の帰還に驚いて目を見開いた。 「アデリース、無事だったのか?そなた・・・」 ラセスは寝台の中にいるアデリースを見つけると、急いで駆け寄った。 アデリースに特に変った様子はなく、ラセスはそれを見て安堵の溜息を吐いた。だが、以前にも増して美しい輝きを放つアデリースの美貌にラセスは目を見張った。 「陛下・・・随分お早いお帰りで・・・」 アデリースの銀色の双眸に宝石のごとく煌く涙が浮かんでいた。月の光を湛えた涙の雫はやがてぽろぽろと頬を伝って零れ落ちた。 「まさか・・・こんなに早くお戻りになるなんて・・・」 突然涙を零したアデリースを見て、驚いたのはラセスの方だった。ラセスは何故か胸が締め付けられた。 「陛下、王妃さまはずっと陛下のお帰りをお待ちになっておりました。」 「おめでとうございます。陛下・・・心からお祝いを申し上げます。」 傍にいた女官や侍女たちが一斉にラセスの前で深々とお辞儀をした。女官たちの様子にラセスは我に返って後ろを振り返った。 一人の侍女が白い布を手にして恭しくラセスの下に近付いてきた。 「陛下、ご覧くださいませ。光り輝くように美しい御子であらせられます。」 女官の言葉を聞いて、ラセスが恐る恐る侍女の腕の中を覗き込んだ。そこには白い産着に包まれて静かに眠っている小さな赤子の姿があった。 それは見たこともないような綺麗な赤子であった。透けるような白い肌に煙るような金糸の髪、まるで神の手で創られたかのような彫刻の如く整えられた目鼻立ちはとても生まれて幾日も立たない子供のものとは思えなかった。 「これは・・・?!」 「陛下、お喜びくださいませ。王妃さまはお世継ぎをお産みになられたのでございますよ。」 呆然としたままのラセスに女官は嬉しそうに告げた。だがラセスはまだ信じられなかった。予定ではまだずっと先のはずだった。アデリースが本当に出産したのか信じがたかった。 「そんな馬鹿な・・・そなた・・・まだ産み月では・・・」 ラセスの躯は震えていた。自分でもよくわからないまま躯の震えを抑えることが出来なかった。 「申し訳ございませぬ。予定よりも早く産気づいてしまいました。自分でも驚いております。まさかこんなに早く生まれるなんて・・・」 アデリース自身もまだ夢でも見ているかのように信じられないといった表情であった。だがてっきりラセスが自分のことを心配して遠征先から急いで戻ってきたものとばかり思っていたアデリースの顔が一瞬翳りを見せた。 ラセスさまは私が子供を産んだことを喜んでいないのだろうか?やはりまだ私のことを信じてくれていないのだろうか? そんな思いがアデリースの中に過ぎった。アデリースは何だか急に悲しくなった。少しでもラセスが自分を想って帰ってきてくれたのだと思って喜んだことがただの思い上がりのように感じられて恥ずかしかった。 「本当に・・・そなたがこの子を・・・」 ラセスは自分とは似つかぬ美しい赤子を見せられて、どう言っていいのかわからなかった。 「何を仰せです?陛下、どうかお抱きになってくださいませ。王妃さまによく似ておいでですよ。」 女官が可笑しそうに微笑むと、侍女の手から赤子を受け取ってラセスの前に差し出した。いきなりのことにラセスはどうしていいのか困惑した。赤子を抱いたことはおろか手に触れたことすらなかったのだ。 ラセスには年の離れた妹が二人いたが、赤子のときに何度か近くで見たことはあっても触らせてはもらえなかった。ラザ王家では昔からの慣わしで女子が生まれると年頃になるまでは男性との接触を嫌い、後宮の女たちの中で大事に育てられる。たとえ兄妹でも容易く触れ合うことは出来なかった。だが王の場合は別であった。王には全てのものを保有する権利があった。 「あっ・・・私は赤子を抱いたことなど・・・」 「陛下の御子でございましょう。さあ・・・」 女官に有無を言わせず突きつけられて、ラセスは震える手で白い布に包まれた小さな赤子を恐る恐る受け取った。 「・・・?」 その柔らかで温かな感触にラセスは不思議なものを感じた。間近で見る小さな子供はうっとりと見蕩れてしまうほど美しかった。 これが私の子・・・?本当に私の子なのか・・・? そのときだった。ラセスの腕の中で眠っていたはずの赤子が突然瞼を開いた。揺れる長い睫毛の下から覗いたのは、眩しいほどの煌きを放つ金色の双眸であった。それはまるで太陽の如く明るい光明で全てを照らし出してしまうような美しい輝きであった。 ラセスはその瞳に魅入られたかのように目が釘付けになっていた。金縛りにでもあったかのように身動き出来ず、ただ赤子を見つめることしか出来なかった。 金色の瞳・・・この目は何処かで見たような・・・ だがラセスはすぐに思い出すことが出来なかった。不思議な輝きを放つ金色の瞳がしっかりと自分を見つめているのが何故だか耐えられなかった。 ふと赤子がラセスを見て笑ったような気がした。ラセスの躯に胸を射抜かれるような衝撃が走った。ラセスに向けられたその微笑はあまりにも眩しすぎた。 「陛下・・・どうかその子に名前を付けてあげてください。」 アデリースは王子を抱いたまま立ち尽くしているラセスにそっと声をかけた。 「名前・・・?」 急に言われてもラセスに子供の名前が思い浮かぶはずもなかった。そのとき、風が一瞬ラセスの傍を通り過ぎたような気がした。 『リカエル』 風がラセスの耳元で囁いたような気がした。いや、ラセスの躯の中で歌うような綺麗な声が響いた気がした。ラセスは思わずその名を口にした。 「リカエル・・・」 ラセスの言葉を聞いた女官や侍女たちが一斉にどよめいた。 「リカエルさま・・・おお、なんと素敵なお名前でございましょう。」 「ああ・・・リカエルさま・・・ラザの王子に相応しい名でございます。」 まるで神の啓示でも受けたかのように女官たちは涙を流して歓喜した。それにはラセス自身驚かずにはいられなかった。 今、自分が言ったのか?リカエルと・・・ 呆然としているラセスとは対照的に、アデリースは嬉しそうに涙を零していた。 「陛下・・・ありがとうございます。よき名でございます。その子もきっと喜びます。」 「アデリース・・・」 ラセスは驚愕に打ち震えた。目の前にいる金色に光る子供が全てを知っているような気がして怖くてならなかった。 リカエル・・・それは昔、神の子フロネ・シスが人間の姿をしてこの地に降り立ったときの名だと古い書物に残されている。 風に戦ぐ絹糸のように美しい髪は太陽の如く明るく輝く黄金色、世の中を照らし全てのものを映し出すと言われる金色の瞳は美しき金虹彩を湛え、透けるような白き肌はまるで馨しき乙女のようだと言い伝えられていた。 こうしてラザ王クーディア二世ラセスと王妃アデリースの間に誕生した第一王子はリカエルと命名された。 だが深い眠りについていたフロネ・シスは、ようやく目覚めたばかりであった。 『外伝 銀の森 第十章 覚醒』 完 |
第十章 覚醒
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ラザの城下で降り注ぐ金色の花を見た人々は皆呆然と口を開けたまま天を仰いだ。ラジールは花の月を迎えていたが、城下の花が全て金色に咲き乱れる不思議な現象に誰もが目を疑った。 「フロネ・シス。」 金色に光る花を手にした人々は一斉にその名を呼んでいた。 フロネ・シス・・・それは古より伝えられし神の子の名であった。神の子フロネ・シスは世界の創造主であり星の守護神でもあった。フロネ・シスの子孫がラザ王となりこの地にラジールの王国を築き上げたという言い伝えが今も残っていた。 代々のラザ王は神の子の生まれ変わりとしてラジールを治め人々を導いてきた。ラジールの人々はこの地がフロネ・シスに護られていると信じて疑わなかった。 ラザの王城に程近いノアーレ公の館でも不思議なことが起こっていた。 ノアーレ公ルカスとその奥方ライナには一人娘のレシーアがいたが、赤子のときに侵された熱病が原因で視力と聴覚を失い言葉を話すことも出来なかった。レシーアはすでに一歳を迎えていたが三重苦の為か他の子供に較べると成長が遅かった。一人で立って歩くこともまだ上手く出来なかった。そんなレシーアをノアーレ公夫妻は不安の中でただ温かく見守ることしか出来なかった。 「大変でございます。奥方さま、レシーアさまが・・・」 レシーア付きの小間使いが慌ててライナの下に駆け込んできた。ただならぬ小間使いの様子にライナは目を円くした。 「何事ですか?騒々しい・・・」 「ああっ・・・奥方さま・・・レシーアさまが・・・立ってお歩きに・・・」 小間使いの言葉にライナは急いでレシーナのいる部屋へと向かった。 「レシーア・・・」 レシーアの姿を見たライナは驚かずにはいられなかった。一人では立って歩くこともままならなかったレシーアがまるで見えているかのように歩き回っていたのだ。 ライナは夢でも見ているのではないかと思わずにはいられなかった。 だがその直後、レシーアは窓に向かって突然走り出したのだ。それには傍にいた小間使いも止めることが出来なかった。 「レシーアさま?!」 するとレシーアは窓の前で立ち止まり、空に向かって腕を伸ばした。言葉を話せないはずのレシーアがそのとき何かの名前を叫んだような気がした。 その瞬間、レシーアが指し示した指先の向こうに不思議な光景が現れた。 突然空から眩い光が飛び込んできたかと思うと、部屋中が金色の光に包まれたのだ。 「これは・・・何・・・?」 ライナには何が起こったのかまるでわからなかった。だが目の前のレシーアは金色の光を見て笑っているかのように見えた。それはあたかも金色の光の正体が何であるのかわかっているかのようだった。 「レシーア・・・まさか・・・見えているの・・・?」 そのとき部屋の扉が開く音がしてライナは思わず後ろを振り返った。そこに立っていたのはルカスだった。 「ライナ、無事か?レシーアは・・・大丈夫なのか?」 「あっ・・・ルカスさま・・・あれは一体何なのです?あの光は・・・」 「わからぬ。ラザの城から放たれた光が瞬く間に空を突き抜けて、遠くレルーダの山の向こうにまで伸びている。城で何があったのかも私には・・・」 ルカスも突然のことに驚いて、慌ててライナたちを捜しに来たようだった。だがルカスを驚かせたのはそればかりではなかった。 「レシーア・・・?」 ルカスは一人で立って普通に歩いているレシーアの姿を見て目を見開いた。 「レシーア・・・歩けるのか?一人で立っているのか?」 耳も聞こえないはずのレシーアはルカスの声に反応するかのように笑って答えた。 ルカスとライナは思わず顔を見合わせた。二人はまだ信じられなかった。 金色の光がまだぼんやりと残っている部屋の中で、ルカスとライナは呆然と娘のレシーアを見つめていた。 その頃、ウルリカの大神殿でもラジールで起こった不思議な現象を感じる者たちがいた。 「モーゼ長老、今ラザの王城の方角からレルーダの山の方に向かって光のようなものが・・・」 「あの金色の光をおまえたちも見たのか?」 「はい、あれは一体何だったのでしょう?一瞬天が金色に染まったかのように見えましたが・・・」 大神殿の最高責任者でもあるモーゼ長老は慌てふためく神官たちを見て眉を顰めた。 「あれはフロネ・シスが放った奇跡の光だ。フロネ・シスがかの地に降り立ったに違いない。」 「なんと・・・フロネ・シスがラジールに降臨あそばしたと・・・?」 長老の言葉に神官たちは皆驚愕に目を見開いた。 「では新王ラセスさまの下に神の子が・・・?」 だが長老は深い皺を刻んだ顔を更に歪ませて、大きな溜息を吐いた。 「さて・・・それはどうしたものか?ラセスさまは神の子としてラザ王におなりになったはず・・・それならば何ゆえフロネ・シスが今現れる・・・?」 「それは・・・」 「ラジールで何かあったのではございませんか?そうでなければこのようなことは・・・」 「まさかラザ王の身に何かよからぬことが・・・」 「不吉なことを申すな。ラセスさまはまだ新王におなりになったばかりだ。」 神官たちも皆動揺を隠せなかった。 ウルリカはかつて都として栄えた古代都市であった。だがより強大な力を求めたラザ王は領土を広げて大国を築き上げた。その為王都はラジールに移され、巨大な神殿が残されたかつての都は聖地と呼ばれるようになった。ウルリカは政治的な力を失った代わりに信仰の地として残ることを許された。 それからというもの神殿には世界中から訪れる巡礼者が後を絶たなかった。かつてラザ王が住んでいた居城には神官を育てる学問所として学院が創設された。やがて世界中から学問を修得しようと学生たちが集うようになった。ウルリカは長い年月を経て学問と信仰の地として新たに生まれ変わっていた。 ラザ王家の庇護の下、ウルリカは長い歴史の中で平和であった。それは神の子の生まれ変わりであるラザ王に守られているからだとも言われていた。 長老や神官たちは少なくともそんな神の存在を信じる者たちであった。 ラジール中が金色の光に染まり花が乱舞したその日のうちに、ラザ王妃が王子を出産したという知らせは瞬く間にラジール全土に広まった。 王妃アデリースが聖堂で金色に輝く美しい王子を産んだという話はそれだけで人々の関心を集めた。誰もが神の子の誕生を疑わなかった。人々は生まれた王子をフロネ・シスの再来と心から喜んだ。 だが複雑な思いでその知らせを聞かされたのは西王エテ・ファーレであった。エテ・ファーレはキルクール長官から王子誕生の報告を受けた途端、愕然と足をよろめかせて倒れそうになった。 「西王さま、大丈夫でございますか?」 慌てて傍に駆け寄って躯を支えたのは側近のヘテカであった。エテ・ファーレの透き通るように美しい白皙の美貌は瞬く間に顔面蒼白となった。 「すまない・・・大丈夫だ。ちょっと驚いただけで・・・」 エテ・ファーレは気を落ち着かせようと両手で躯を押さえたが、躯の震えは止まらなかった。 まさか・・・こんな早く・・・確か予定ではまだ先ではなかったか? エテ・ファーレはまだ信じられないといった表情であった。 「ラザの王城でも混乱しているようです。予定よりもかなりお早い出産だったようで・・・」 ラザの王城から戻ったばかりのキルクール長官も言葉に困っているようだった。 「では先ほどのあの金色の光は・・・?ラザの王城が金色に光って見えたあれは・・・?」 ヘテカはエテ・ファーレに代わってキルクール長官に尋ねた。それはヘテカ自身も気になったことであった。 「王城内での噂によりますと、王妃さまがご出産なさったときに王子の御体から眩い金色の光が放たれ、城中が金色の光に包まれたのだと・・・」 「何だって・・・?そんな馬鹿なことが・・・」 「ラザの城では『神の子』がお生まれになったと皆が口々に申しておりましたが・・・」 「神の子・・・?!」 その言葉にエテ・ファーレは目を見開いた。エテ・ファーレの脳裏をかつて自分を愛してくれたラザ王セラフィスの姿が過ぎった。エテ・ファーレはセラフィスが臣下たちからも『神の子』として特別視されていたことを思い出していた。 「王子は金色の髪と瞳をお持ちの大層美しい御子であらせられるとか・・・」 キルクール長官の言葉にエテ・ファーレは思わず涙を零した。セラフィスと同じ金色の髪と瞳だと聞かされて、何故だかエテ・ファーレの中で熱いものがこみ上げてくるのを感じた。 |
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ラザ王ラセスがまだ遠くの地にいた頃、ラザの王城では奇跡が起きていた。 奥の院の聖堂で祈りを捧げていた王妃アデリースに突然異変が起こった。苦しそうに床に倒れ込んだアデリースを見つけた侍女が慌てて傍に駆け寄った。 「王妃さま!一体どうなさったのです?」 するとアデリースは大きなお腹を抱えながら悶えだした。 「あっ・・・お腹の子が・・・」 「王妃さま・・・?!」 アデリースのただならぬ様子に駆けつけた侍女は驚愕した。 まさか・・・生まれる・・・?でもまだ産み月のはずでは・・・ アデリースの出産予定日はまだ先であった。突然のことに侍女は慌てふためいた。 だが息を乱した王妃の苦しそうな表情は、それが陣痛なのだと侍女に訴えていた。 「すぐに人を呼んできますから・・・王妃さま、お気を確かに。」 アデリースは自分でも何が起こっているのかわからなかった。 昨夜は何だか胸騒ぎがして眠れなかったのだ。不安でならなかったアデリースは朝から侍女を伴って奥の院の聖堂に向かったのだ。もちろん奥の院の聖堂には王妃といえども勝手に入ることは許されなかった。だがアデリースは禁を犯してでも聖堂に行かなければならないような気がした。 フロネ・シスが呼んでいる。 アデリースはそんな気がしてならなかった。フロネ・シスが自分を呼んでいるような気がした。アデリースはそこで何が待ち受けているのか知る由もなかった。 ようやく侍女が数人の女官と侍女たちを連れて聖堂に戻ってきた。 「あれほど聖堂には勝手に入らぬようにとご忠告したというのに・・・」 「今はそんなことを言っている場合では・・・」 「王妃さまの身に何かあってはそれこそ一大事でございます。」 慌てふためく女官たちが聖堂の階段を上り詰めて、入り口にまで辿り着いたときだった。 突如として眩い光が横たわったアデリースの躯を包み込んだかと思うと一面金色の光が聖堂の中を多い尽くした。 侍女たちは皆あまりの眩しさに目を塞ぎ、呆然とその場で立ち尽くした。 アデリースのお腹は金色に輝き、そこから放たれた光が瞬く間に聖堂の天窓を突き抜けていた。 「・・・?!」 ラセスの中で何か嫌な予感が走った。 「陛下・・・何か?」 突然馬の足を止めたラセスに従者が怪訝そうな顔をした。それはラセス自身もよくわからないような大きな胸騒ぎだった。 何だ・・・?このかんじ・・・何かが自分を呼んでいる・・・? そのときだった。突然空に一筋の金色の光が立ち上って通り過ぎたかと思うと、一面眩く輝きだした。その不思議な光景に王の従者達も皆呆然と口を開けて天を仰いだ。 「あれは何だ?!」 ラセスが光の放たれた方向を目を凝らして見た。 「陛下、あれはラザの王城のある方角です。あの光は王城から遥かレルーダ山脈の向こうにまで伸びております。」 「何だって?!」 側近の言葉にラセスは目を見開いた。 「城で何があった?あの光は一体・・・」 「わかりませぬ。あんな光を見たのは初めてでございます。」 側近も何が起こったのか皆目見当がつかずおろおろするばかりであった。 まさか・・・アデリースの身に何か・・・ ふとラセスの脳裏にアデリースの顔が浮かんだ。ラセスはアデリースに何かあったのかと思うとじっとしてなどいられなかった。 突然馬を走らせようとしたラセスを見て、側近は慌ててそれを止めようとした。 「陛下!どちらへ?!」 「決まっておる。即刻城に帰る。皆急いで我に続け。」 いつもとは何処か違う血相を変えたラセスの姿に従者たちは皆呆気にとられた。さすがにラセスの側近もこのときばかりはラセスの言葉に従った。 「何をしておる。皆陛下に遅れを取るな。急いで城に戻るのだ。」 「ははっ。」 ラセス王の一行は訳もわからずラザの王城目指して走り出した。 アデリース・・・頼む・・・無事でいてくれ。そなたの身に何かあれば私は・・・ ラセスはアデリースのことを思うと不安でならなかった。一刻も早く城に戻りたくて、ラセスは休むことなく馬の足を早めた。 それから間もなくのことであった。峠を越えてラザの城下に向かったラセス王の一行は更なる異変に気付いて馬を止めた。 「陛下、あれをご覧ください。」 ラセスは従者が指差した先を見た。すると野山が一面金色に染まったかと思うと花が一斉に金色に咲き乱れた。金色の花弁が風に吹かれて空を舞う景色は不思議としか言いようがなかった。それはまるで狂ったように歌い踊る花の精のようであった。 ラセスはその光景に圧倒されて呆然とした。 なんだ・・・これは・・・一体何が起こっている? だが異変はそれだけではなかった。高台からラザの城下を見下ろしたラセスの一行は驚愕に目を見開いた。城下中の花が恐ろしいほど美しく金色に咲き乱れていた。 「まさか・・・こんなことが・・・まるで神話の一節だ。金樹の精が狂喜乱舞している。」 側近は信じられないといった顔でラセスの方を見た。 「陛下・・・我々は今夢か幻でも見ているのでしょうか?」 側近の言うとおり夢か幻としか思えなかった。これほど不思議で美しい光景は後にも先にも見たことがなかった。 ラセスの躯にかつてないほどの戦慄が走った。握り締めた拳が指先までブルブルと震えて止まらなかった。 その頃、金色の光に包まれたラザの王城内は騒然となっていた。 「王妃さま!」 「王妃さま、ご無事ですか?」 女官と侍女たちがアデリースのいる聖堂にようやく駆けつけたときだった。 静まり返った聖堂の中で突然赤子の産声が響き渡った。女官と侍女は皆驚愕に目を見開いた。 アデリースの傍には金色の光に包まれた小さな赤子が元気な産声を上げて泣いていたのだ。 「こ・・・これは・・・?!」 「お生まれになった・・・?!」 それはあまりにも綺麗な御子であった。金色の光を纏ったその子供はまるでフロネ・シスの如くきらきらと美しく煌いていた。 「王妃さま・・・おめでとうございます。」 「王子のご誕生でございます。」 「ああ・・・なんて綺麗な御子でございましょう。」 あまりの突然の出来事に女官と侍女たちは皆感動に打ち震え、涙を零して喜んだ。 だが一番驚いた顔をしていたのは王子を産んだアデリース自身であった。本当に自分が子供を産んだのかまだ信じられずにいた。 アデリースは初産だというのに陣痛の苦しみもあまり感じないまま瞬く間に出産したのだ。ただ自分が温かな金色の光に包まれていたことだけは覚えていた。 「さあ・・・王妃さま、よくご覧になって・・・」 「とても綺麗な男の子でございます。」 侍女が生まれたばかりの赤子を抱きかかえると、そっとアデリースの傍に差し出した。アデリースはそれを見て恐る恐る赤子に手を伸ばした。 「あっ・・・私の・・・赤ちゃん・・・」 アデリースは思わず目から涙を零した。 それはあまりにも小さく、生きているのがとても信じられなかった。だが赤子の小さな手がアデリースの指をしっかりと握り締めていた。その力強い確かな温もりを感じて、アデリースはようやく笑みを浮かべた。 アデリースの銀色の双眸から温かな涙が止めどなく溢れては流れ落ちた。 |
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 ラザ王ラセスの一行はラザの王城から遠く離れた国境付近の領内を視察していた。 新王に就任したとはいえ、ラセスはまだ国の情勢や治安を全て把握出来ているわけではなかった。ラセスは自分の治める国をその目で見て回りたいと積極的に行動していた。まだ若いラセスにとって城の外の世界は何もかもが新鮮で珍しく驚きに溢れたものであった。 自分は今まで城の中という箱庭で育てられ、まるで世の中というものを知らなかった。世界がこれほど広くて計り知れないものであることを何故今まで気付かずにいたのだろう? ラセスはそんな自分が王であることを恥じずにはいられなかった。 しかし今は亡き先代のセラフィス王が国の内外に残した功績は大きく、その威光はまだ消えてはいなかった。王都ラジールの外れにある小さな村でさえも、今尚セラフィス王を神の子として崇め続けていた。 ラセスがそんな村を訪れると、セラフィス王の子だというだけで手を合わせて神のように拝む老人たちが後を絶たなかった。そんな光景を目の当たりにして、ラセスは困惑せずにはいられなかった。 自分は父とは違う。自分にはセラフィス王のような神の子としての優れた力は何一つ持ち合わせてなどいないのだ。 ラセスはそんな自分を蔑んだ。自分が王という名の仮面を被っただけの虚構の王に過ぎないのではないかと思わずにはいられなかった。 「どうかなさいましたか?陛下・・・お疲れでしたら少しこちらで休憩なさいますか?」 ぼんやりとしていたラセスに傍にいた側近が声をかけた。 「あ・・・いや・・・大丈夫だ。」 ラセスは我に返って後ろを振り返った。そこには村人達が道端に跪いてラセスを拝んでいる姿があった。ラセスはそこに踏み止まるのが居た堪れなかった。 「先を急ごう。ここはもう出発する。」 「はい、ではご出立の準備を。」 側近が従者たちに合図を送ると、馬が一斉に動き出した。それからすぐに王の一行は村を出た。 ラセスはまだ回らねばならない所が多く残っていた。ラザ王の訪問を待っている民人たちはまだまだ大勢いるのだ。歓迎してくれるのはとてもありがたかったが、ラセスにはのんびりとしている暇などなかった。 自分は物見遊山で国中を巡っているわけではない。 ラセスは気が重かった。接待を受けるのが苦手なラセスはゆっくり羽を伸ばして遊ぶということも出来なかった。 地方の領主などは皆ラセスのご機嫌を取ろうと酒やご馳走や貢物を惜しみなく用意したが、ラセスは素直にそれを喜ぶことが出来なかった。中には若い娘をラセスに差し出す者までいて、遊び慣れないラセスは頑なにそれを拒否した。 「おや・・・陛下は若い女子はお好みではございませんでしたか?」 「・・・?」 「ああ・・・これは失礼を。そういえば先のセラフィス王は女子よりも若く綺麗な男をご所望に・・・陛下もそちらがよければすぐに器量のよい若者をご用意いたしますが・・・」 領主がいやらしい笑いを浮かべながら進言したのを聞いて、途端にラセスは顔を真っ赤にして怒りをぶちまけた。 「無礼者が!この私を愚弄しておるのか?!そんなことでこの私が喜ぶとでも・・・」 「陛下・・・?!」 普段はいつも大人しく温厚なラセスが突然声を荒げたのを見て、周囲は皆度肝を抜かれた。側近が慌ててラセスを抑えて、ようやくラセスははっと我に返った。 「あっ・・・すまない。私への気遣いは無用だ。かまわないでくれ。」 ラセスは抑え切れない気持ちのやり場に困惑した。 そんなことは初めてではなかったが、ラセスは父であるセラフィスのことを引き合いに出されると何故だか感情的になった。ラセスはそれが何なのか自分でもよくわからなかった。 自分は父とは違う。父とは比較するな。 自分には結婚したばかりの妻のアデリースがいる。いくら今はアデリースのいる城から遠く離れた所に来ているとはいえ、他の誰かに手を出すような真似は出来ぬ。 そんな歯痒い思いがラセスをずっと縛り付けていた。ラセスは心の底からアデリースのことを愛していた。 「何ともお若い王だ。あれではお付きの者たちも大変であろう。」 「地方に来た時くらい羽目を外して大いに遊んでいけばよいものを。」 「噂以上にお堅い王よのう。」 「先の王とは随分違うではないか。セラフィス王が凱旋でここに立ち寄ったときにはそれはもうすごい騒ぎで、気に入った男たちを侍らせて一晩中飲み明かしておったが・・・」 「はは・・・そんなこともございましたな。セラフィス王のご機嫌をとるのに皆必死じゃった。」 ラセスの行く先々ではそんな噂を立てられることもしばしばであった。 だがラセスが一番気がかりなのはそんなつまらぬ噂話などではなかった。ラセスはラザの王城に残してきた王妃アデリースのことが何より心配でならなかった。 アデリースの懐妊がわかってからというもの、公務に阻まれ二人で一緒に過ごす時間はあまりなかった。ラセスはアデリースを愛するあまりに臆病になっていた。会話のない王と王妃の間に深い溝が刻まれてしまうのは時間の問題であった。 だがこうして遠く離れて暮らしていると途端に寂しい思いに駆られてどうしようもなかった。 アデリースに早く会いたい。会ってアデリースをこの胸に強く抱き締めたい。 ラセスのそんな想いは日に日に強く増すばかりであった。アデリースのことを考えるだけで胸が苦しくてならなかった。 「ラザにはいつ帰れる?」 「は・・・?」 「城にはいつ帰るのかと訊いている。」 ラセスに突然尋ねられて、傍にいた従者が驚いた顔をした。 「陛下、城にお戻りになるのはまだ・・・この後のご予定がまだ残っておりますので順調に進んでも後十日程かかるかと・・・」 「十日?!」 ラセスは驚愕の色をあらわにした。 まだ十日もあるというのか?十日もアデリースに会えない? ラセスは愕然と項垂れた。アデリースに会えないということがこんなにも辛いことなのだと今更ながら自分でも驚かずにはいられなかった。 「陛下、お城においでの王妃さまのことをご心配なさっておいでなのでしょう?」 「・・・?」 「無理もございません。最愛の王妃さまがご懐妊なさって産み月も近いとなれば落ち着いてなどいられないでしょう。ご心中お察し申し上げます。」 従者の言葉にラセスは目を見開いた。まさかそんなことを言い当てられるとは思いも寄らず動揺を隠せなかった。 「よろしいのですよ。陛下・・・そんな思い詰めたお顔をなさいますと私も辛いです。」 「すまない。つい・・・」 「大丈夫ですよ。王妃さまもきっと陛下が無事にお戻りになるのを首を長くしてお待ちになられているはず・・・もう暫くのご辛抱でございます。この視察が無事に済めばラザの城でゆっくりなさる時間も出来るでしょう。」 「だといいのだが・・・」 ラセスは素直に喜べなかった。 本当にアデリースは自分を待っていてくれるのだろうか?城に帰っても快く迎えてくれるのだろうか? そう思うとラセスはなんだか自分が城に戻ってはいけないようなそんな気がしてならなかった。 |
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◆初めてお越しの方はトップページよりお入りください。 広間にはラザ王家の肖像画が壁一面に飾られていた。その中で特に目を引く一枚の大きな絵の前で、アデリースは呆然と立ち尽くしていた。 「王妃さま、それは先代のラザ王、クーディア一世セラフィスさまでございます。」 「・・・?」 「ラセス陛下の父君・・・そして王妃さまの母君であるクラウディスさまの兄君でいらっしゃいます。」 女官の言葉にアデリースは驚かずにはいられなかった。 「この方が・・・セラフィス王?」 ラセスとはあまり似ていないその姿に、アデリースは何か違和感を覚えた。ラセスよりも兄のシェリークに似ているような気がして何だか不思議でならなかった。 「はい。即位当時のお姿ですが、その絵は完成するまでに何度も王が描き直させたとかで、稀代の名作と謳われております。」 噂に聞いてはいたが、アデリースはセラフィス王に一度も会ったことはなかった。アデリースが輿入れする前にセラフィス王は急死を遂げて、会うことは叶わなかったのだ。だがアデリースはそのセラフィス王の姿に何処か惹かれるものを感じていた。 何という力強さだろう。強い生命力と希望に満ち溢れた圧倒的なまでの美しさだ。 父である銀の森のテリドレアーネ王や兄のシェラ・ドーネは銀色の髪と瞳で、どちらかといえば夜の闇を静かに照らす月のような美しさで何処か近寄りがたい空気に包まれていた。 だがこのセラフィス王はどうだろう?太陽のように世の中を全て明るく覆ってしまいそうな眩しいまでの存在感と自信に満ち溢れている。 アデリースはまるで正反対だと思った。テリドレアーネ王やシェラ・ドーネとは違うものをセラフィス王に感じていた。だがそれだけではなかった。アデリースはセラフィス王の姿に何か懐かしいような不思議なかんじを覚えずにはいられなかった。 なんだろう・・・このかんじ・・・初めて会ったような気がしない・・・何処かで会ったような・・・懐かしい記憶が蘇ったような・・・ だがそれが何だったのかアデリースはすぐに思い出すことが出来なかった。 「王妃さま・・・その絵がどうかなさいましたか?」 セラフィス王の肖像画の前から離れようとしないアデリースを見て、女官が訝しげな顔をした。 「あ・・・いえ・・・あまりに綺麗な絵なのでつい・・・」 我に返ったアデリースは恥ずかしそうに頬を赤らめながら答えた。それを見た女官がくすっと笑みを零した。 「本物のセラフィス王はこの絵よりももっと美しくて眩しい方でした。他国からは『恐王』などと呼ばれて恐れられていたそうですが、ラジールでは皆に『神の子』と呼ばれて、それはもう崇められておりました。」 「そんなにすごい方だったのですか?」 「ふふっ・・・実際はとても気さくな方で、子供がそのまま大人になってしまったような・・・いつもお元気で明るくて、まるでやんちゃな少年のようだと・・・側近の方たちは皆苦労をなさっていたとか・・・」 「まあ・・・セラフィス王ってそんな方でしたの?まるでラセスさまとは似ていないのね。」 「・・・?!」 思わず口を滑らしたアデリースは女官の顔色が一瞬変ったのを見て、慌てて口を押さえた。 「確かに陛下はとても真面目な方で、セラフィス王とは似ていないと言われておりますが・・・」 女官も返答に困った様子であった。王妃の前で滅多なことは言えなかった。 アデリースは話題を変えようと、他の肖像画に目をやった。するとセラフィス王の肖像画の隣にノアーレ公ルカスの少し小さな肖像画が遠慮がちに並んでいることに気が付いた。 歴代のラザ王家の中ではその銀色の髪と瞳が異彩を放っていた。アデリースにはルカスの瞳が何処か寂しげに見えた。 「それはノアーレ公さまが元服なさったときにセラフィス王が描かせたと聞いております。殿下はとても美しい方でしたので絵師たちもなかなか上手く描けなかったようで、セラフィス王は気に入るまで何度も描き直しをさせたとか・・・」 「まあ・・・肖像画を描くのって大変なのね。そういえばラセスさまは・・・?ラセスさまの絵がないようだけど・・・」 アデリースは不思議そうに辺りを見渡してみたが、ラセス思われる肖像画を見つけることが出来なかった。 「王妃さま・・・ラセス王の肖像画はまだございません。」 「・・・?」 「普通は即位なさると王はご自分の肖像画を描かせるものなのですが、陛下はまだのようです。いずれ王妃さまも絵師を呼んで肖像画を描かせなくてはいけないのですが・・・」 アデリースは驚いた。自分の肖像画がやがてここに飾られるのかと思うと何だか不思議なかんじがした。 「それはどうしてもしないといけないのですか?」 「王妃さま・・・?」 「ここに自分の姿が飾られるのは何だか恥ずかしい・・・私は遠慮します。」 アデリースの言葉を聞いて女官は目を瞬かせた。 「何をおっしゃるのです?ラザ王家の頂点に立つ王妃さまともあろうお方が恥ずかしいなどと・・・王家お抱えの最高の絵師にそれはもう美しく王妃さまを描くように申し付けますから心配なさることはございません。」 「あ・・・そういうことではなく・・・」 アデリースは困惑した。ラザ王であるラセスに嫁いだとはいえ、まだ自分がラザ王家の人間になったという自覚が持てなかった。 自分は本当にラザの王妃として相応しいのだろうか?自分はまだ皆から王妃として認められていないのではないだろうか? ふとそんなことを思ったアデリースだった。何よりも夫であるラセスが自分を妻だと認めていないような気がして自信がなかった。 「王妃さま・・・そんなお顔をなさってはいけませぬ。王妃さまほど聡明で美しい女性はこのラジール広しといえども何処にもおりませぬ。もっと自信をお持ちくださいませ。王妃さまは皆の鏡となり導く存在とならねばならないのです。」 女官はアデリースににこりと笑いかけた。アデリースはどう答えていいのかわからなかった。 「大丈夫です。王妃さま・・・お腹の御子が王妃さまを支えてくださいます。きっとお元気で健やかな御子がお生まれになります。今はそのことだけをお考えなさいませ。王妃さまがお元気でないとお腹の御子も丈夫に育ちませぬ。」 女官に両手をやさしく握られて、アデリースは思わず涙を零した。 「ごめんなさい。私・・・どうしていいのかわからなくて・・・本当は怖くて・・・産むのが怖い・・・今だってお腹の中に・・・」 アデリースの躯が突然固まった。様子の可笑しいアデリースを見て女官は首を傾げた。 「王妃さま・・・?」 「あっ・・・今・・・動いた・・・お腹の中が・・・」 驚いたアデリースは手で自分のお腹を擦ってみた。中から足で蹴られたような感触に暫し呆然となっていた。 「まあ・・・お元気な御子ですこと。きっとお腹の中にいらっしゃるのは王子ですわ。」 「・・・?!」 女官の言葉にアデリースは目を見開いた。 「何故・・・王子だなんて・・・そんなことがわかるの?」 「あっ・・・すみませぬ。王妃さま・・・ただなんとなくそんな気がして・・・」 アデリースは困惑していた。以前フロネ・シスが自分に言ったことを思い出していた。 私のお腹にはラザ王となる王子がいるのだと、フロネ・シスは自分にそう告げたのだ。 あのときはまだ夢でも見ているようで実感は湧かなかった。だが今こうして確かな感触と温もりを感じて、それが嘘ではないような気がしてならなかった。 「・・・?」 そのときアデリースは誰かに見られているような気がして、思わず後ろを振り返った。 だがそこには誰もおらず、ただ壁に飾られたセラフィス王がこちらを見ているだけだった。 フロネ・シス・・・?! アデリースはセラフィス王の肖像画を見て、夢に見たフロネ・シスと何か重なるものを感じた。 そうだ・・・何処か似ている。あの目・・・?強い意志を秘めたあの金色の瞳・・・ アデリースが見たフロネ・シスはもっと少年のようでもあり女性のようにも見える美しい姿をしていた。精悍な青年の姿をしたセラフィス王と似ているような気がしたことが何処か不思議でならなかった。 |






