† THEATER OF MOON †

つきこの創作小説劇場◆愛と幻想・・・妖しくも美しい禁断の物語へようこそ!更新遅れてすみません。

第十一章 白の谷

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 コーデリアは部屋の中で一人物思いに耽っていた。あれからシェラ・ドーネと顔を合わせるのが何となく気まずくて、コーデリアは部屋から一歩も出ることもなく退屈な日々を過ごしていた。シェラ・ドーネもコーデリアの下に足を運ぶこともなかった。

 どうしよう・・・やはりシェラ・ドーネさまは怒っていらっしゃる。あんなことをしたのだもの。当然だわ。

 コーデリアはシェラ・ドーネを突き飛ばして逃げ出したことを今も後悔していた。あのとき何故素直にシェラ・ドーネの胸に飛び込んでいけなかったのかと思うと歯痒い思いでいっぱいであった。コーデリアは修復の機会を逃していた。素直にシェラ・ドーネの下に謝罪に行くことが躊躇われた。
 ふとコーデリアの脳裏にミーシャの顔が浮かんだ。ミーシャのやさしい笑顔を思い出して、何だか自分が恥ずかしかった。

 私、あの人にも酷いことを言ってしまった。あんなことを言ったこと自体、もう負けを認めてしまったようなものだ。あの人の方が私よりも何倍もシェラ・ドーネさまのことを知っている。私の知らないシェラ・ドーネさまのことを・・・きっと今頃シェラ・ドーネさまはあの人の所へ・・・

 そう思うとコーデリアは自分が情けなくてならなかった。どうすればいいのかわからず、ただ涙を零すことしか出来なかった。


 ミーシャの部屋にシェラ・ドーネが久しぶりに訪れていた。何の前触れもなく突然現れたシェラ・ドーネを見て、ミーシャの顔に驚愕の色が浮かんだ。
「どうした?私の顔などもう見忘れたか?」
 怪訝そうにシェラ・ドーネに見つめられてミーシャは思わず躯をびくつかせた。
「あっ・・・いえ・・・急なお越しでしたので驚いて・・・」
 あたふたするミーシャを見て、シェラ・ドーネは歩きながら部屋の中を見渡した。
「ふっ・・・まさかまた泥棒猫をかくまってはいないだろうね?ミーシャ・・・」
「・・・?」
 シェリークのことを疑われているのかと思って、ミーシャは途端に蒼ざめた。あれからシェリークと会うこともなかったのだ。それなのに自分はまだ信用されていないのかと思うと悲しいものが胸にこみ上げてきた。
「あれから一度もシェリークさまはお見えになっていません。何をなさっておいでなのかも私は・・・」
 ミーシャの言葉にシェラ・ドーネは冷たく笑みを零した。
「まるでシェリークが会いに来ないのが寂しいような口ぶりではないか?やはりシェリークのことが気になるのか?」
「・・・」
 久しぶりに会ったというのにシェリークのことばかり問い詰められてミーシャはどう答えていいのかわからなかった。何故シェラ・ドーネがシェリークのことをそれほどまでに固執するのかわからなかった。
「まあいい。あれも懲りて暫くはそなたに会いに来られないであろう。」
 シェラ・ドーネが不敵に笑ったのを見て、ミーシャの背筋に冷たい戦慄が走った。
「あ・・・シェラ・ドーネさま・・・シェリークさまに一体何を・・・?」
 シェラ・ドーネがシェリークに何かしたのではないかと思うと何だか不安で堪らなかった。
「ふん・・・少々お仕置きをしただけだよ。そなたに二度と近付けないようにね。」
 ミーシャはシェラ・ドーネの性格を知らないわけではなかった。独占欲の強いシェラ・ドーネが嫉妬に狂ってどんな酷いことをシェリークにしたかと思うと恐ろしくてならなかった。
「ミーシャ・・・」
 いつのまにかミーシャはシェラ・ドーネに背中を強く抱き締められていた。
「もうあいつの話はやめよう。ミーシャ・・・せっかく私がこうしてそなたに会いに来たのに・・・そなたは嬉しくはないのか?」
 シェラ・ドーネは拗ねるようにミーシャの首筋に顔を埋めた。熱い吐息が肌を擽ってミーシャの躯は途端に熱く火照りだした。
「あっ・・・」
 シェラ・ドーネの熱い唇がミーシャの首筋に触れて、ミーシャは堪らず甘い吐息を漏らした。シェラ・ドーネの流れ落ちる銀色の髪から漂う甘い銀樹の香りに半ば酔いそうになりながら、ミーシャは熱く息を喘がせた。
「ふふ・・・嬉しいのならそう言ってくれないと・・・それとも躯で答えてくれるつもりなのかな?」
「ああ・・・シェラ・ドーネさま・・・」
 シェラ・ドーネに開いた胸元に口づけされてミーシャは堪らず身を捩じらせた。抱き締められるだけでもミーシャは気が遠くなりそうなのに、肌に直接触れられると理性が飛びそうになるのだ。
 さっきまでの冷たい態度とは裏腹にシェラ・ドーネの抱擁と接吻は胸を焦がすほど熱く激しかった。シェラ・ドーネは一度火が点くと止められなかった。ミーシャは逃げることも抗うことも出来ずに、シェラ・ドーネに翻弄されたまま抱かれるしかなかった。
 深く重ねられた唇はミーシャを捕らえて離そうとはせず、舌を絡めて何処までも追い求めて快楽を貪っていた。シェラ・ドーネの口づけだけでミーシャは身も心も熱く蕩けそうになっていた。
「いやらしいな。ミーシャ・・・口づけだけでそんなに感じたの?」
 そう言って赤く上気させたミーシャの頬に手を添えると、シェラ・ドーネは再びミーシャの唇を塞いだ。息も出来ないくらいの激しい接吻の嵐にミーシャは意識を朦朧とさせていた。
「ふふっ・・・可愛い・・・耳まで真っ赤だよ。我慢しないで。ミーシャ・・・」
 ミーシャはシェラ・ドーネの胸に縋り付いているのがやっとであった。
「意地悪しないで・・・シェラ・ドーネさま・・・ミーシャはもう・・・」
「我慢出来ない?」
「あっ・・・」
 いつのまにかミーシャはシェラ・ドーネに躯を抱き上げられていた。軽々と持ち上げられてミーシャがシェラ・ドーネの腕の中でドキドキしていると、シェラ・ドーネは無言のままミーシャの寝室に向かっていた。寝台の上に下されたミーシャは戸惑いながらシェラ・ドーネを見上げた。
「シェラ・ドーネさま・・・こんな昼間から・・・」
 恥ずかしそうに訴えるミーシャにシェラ・ドーネはやさしく笑みを浮かべてみせた。
「私も夜まで我慢出来そうにない。いいね。ミーシャ・・・」
 返事をする間もなく、ミーシャは強引に寝台に押し倒されていた。シェラ・ドーネはそのまま真っ直ぐにミーシャを見つめていた。

 ああ・・・この目・・・月のように美しい銀色の瞳が私を捕らえて離さない・・・

 シェラ・ドーネの銀色の双眸に見つめられると、ミーシャは身動きすら出来なかった。まるで魔が潜んでいるかのように妖しく煌めくその瞳に、金縛りにでもあったかのように自由を奪われてしまう。
「ミーシャ・・・」
 まるで呪文のように囁くシェラ・ドーネの言葉に、ミーシャはいつのまにか甘い眠りの淵に誘われていた。

 それからどれだけの時間が過ぎてしまったのかわからなかった。気が付くと辺りはすっかり闇に包まれていた。窓から差し込む月明かりが微かに寝台を照らしてした。

 ああ・・・いつのまにか眠っていた・・・?

 目を覚ましたミーシャがふと躯を起こして横を見ると、静かに眠りについているシェラ・ドーネの姿があった。
 月の光を浴びてシェラ・ドーネの白皙の肌や長い銀色の髪が闇の中に浮かび上がるようにきらきらと輝いていた。それはあまりにも美しく、今にも消えてしまいそうな儚い光景であった。

 ああ・・・なんて綺麗・・・シェラ・ドーネさまのこんなに安らかな寝顔を見たのはどれだけぶりだろう。よほどお疲れだったのだろうか?ぐっすりと眠っているお顔は幼い子供のように清らかだ。

 ミーシャはシェラ・ドーネの寝顔を見ながら、ふとそんなことを考えていた。ミーシャは思わず手を伸ばしてシェラ・ドーネの銀色の髪に触れてみた。透けるように美しい銀色の髪はさらさらとミーシャの指の間を滑り落ちて敷布に広がった。
「あっ・・・」
 突然ミーシャは腕を掴まれて、思わず声を上げた。ミーシャの腕を掴んだのはシェラ・ドーネであった。シェラ・ドーネは気怠そうにミーシャを見つめると、ミーシャを自分に引き寄せた。
「すみません。起こしてしまって・・・」
 ミーシャが慌てて言い繕うと、シェラ・ドーネはミーシャの躯をそっと胸に抱き寄せた。
「眠い・・・ミーシャ・・・一緒に眠ろう。」
 それは何処かやさしいシェラ・ドーネの声であった。シェラ・ドーネの胸に抱かれると、肌の温もりが心地よかった。ミーシャはこんなに穏やかな気持ちになれたのは久しぶりであった。

 今日のシェラ・ドーネさまはいつもと違う。いつもこんなだっただろうか?

 何処か違和感を覚えるシェラ・ドーネの様子に、ミーシャは戸惑いを隠せなかった。

 どちらが本当のシェラ・ドーネさまなのだろう?私を抱いて眠っているのは本当にシェラ・ドーネさまなのだろうか?

 ミーシャはまだ自分が夢でも見ているのかと思った。闇に浮かぶ銀色の月が自分にひととき見せた幻なのではないかと思わずにはいられなかった。
 夢ならこのまま覚めないでほしいと思った。夢でもいいから今この幸せな時間が長く続けばいいと願わずにはいられなかった。
 自分勝手な我儘なのは十分わかっていた。だがミーシャはどうしてもシェラ・ドーネを忘れることが出来ないことに気付かされるのだ。シェラ・ドーネの為に身を引こうとも思った。コーデリアを見て、自分には到底敵わないと思い知らされた。それなのにこうしてシェラ・ドーネから離れられない自分がどうしようもなく悲しかった。
 ミーシャはシェラ・ドーネを愛するほどに胸が苦しくなるのを感じずにはいられなかった。




『外伝 銀の森  第十一章 白の谷』   完






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「あなたが・・・ミーシャ・・・?」
 シェラ・ドーネの寵愛を受けて王女まで儲けたというファルド侯爵家の姫の存在はコーデリアにとっては何よりも脅威であった。シェラ・ドーネを虜にするほどさぞかし魅惑的で高慢な女なのだろうと勝手に思い込んでいた。だが今目の前にいるミーシャはまるで思っていた女性とは違っていた。
 屈託のない笑顔はまるで少女のように温かく、薄茶色の円らな瞳で微笑むミーシャは何処か可愛らしく憎めなかった。そんなやさしげなミーシャを見て、コーデリアの中で蟠っていた何かがすっと消えていくのを感じた。
 コーデリアがふっと笑みを零したような気がして、ミーシャも思わず笑みを浮かべた。コーデリアがあまりにも奥ゆかしく、恥ずかしそうに目を伏せるのを見て、何だか可愛らしく思えて仕方なかった。
「コーデリアさまは甘いものはお好きですか?」
「・・・?」
「さっきお菓子を焼いたので、どうぞコーデリアさまもご一緒に・・・」
 気が付くといつのまにかコーデリアは庭先に置かれたテーブル席に座らされていた。

 私・・・どうしてこんなことに・・・?よりによってミーシャ夫人の庭で・・・

 困惑したままどうすることもできずに椅子に腰かけていたコーデリアは一刻も早くここから逃げ出したい衝動に駆られていた。
「お口に合うかわかりませんが・・・」
 すると目の前に美味しそうな匂いを漂わせた見事な焼き菓子が運ばれてきて、コーデリアは目を円くさせた。
「いつもお茶を淹れてくれる侍女のサラがお使いに出ていて・・・」
 ミーシャは恥ずかしそうにコーデリアにお茶を注いだ。だがコーデリアは黙り込んだまま茶器に手を触れようともしなかった。
 やはりコーデリアさまは私のことをよく思っていないのだ。私のことをきっと疎ましく思っているのに違いない。そんな当たり前のことに気付かないなんて・・・
 そんなふうにミーシャが思っていると、コーデリアが目の前のお菓子を見ながら恥ずかしそうに言葉を漏らした。
「これは・・・あなたが作ったの?」
「え・・・?」
 コーデリアに不審がられているのだとわかって、ミーシャは困惑した。
「あ・・・大丈夫ですから・・・毒なんて入っていません。何でしたら私がお毒見を・・・」
 慌てたミーシャが誤解を解こうとお菓子に手を伸ばしたときだった。コーデリアはミーシャよりも早くお菓子を手にしていた。
「コーデリアさま・・・?」
 コーデリアは頬を赤らめながらミーシャの方を見た。さすがのコーデリアも甘く香ばしいお菓子の匂いには勝てなかった。
「せっかくだから一口いただくわ。」
 コーデリアはそう言うと、お菓子を口に運んだ。
「・・・!」
 それは初めて口にする味だった。香ばしい香りと口に含むと途端に蕩けるような不思議な触感に、コーデリアは目を円くさせた。
「美味しい・・・」
 コーデリアは思わず言葉を漏らした。あまりの美味しさにそれ以上の言葉が出てこなかった。コーデリアが美味しそうに食べているのを見て、ミーシャも安堵の溜息を洩らした。
「よかった。お気に召していただけて・・・」
「・・・?」
 ミーシャが喜んでいる顔を見て、コーデリアはふと自己嫌悪に陥った。
 私は・・・何故ここで悠長にお菓子なんか食べているのだろう?しかも舌が蕩けるほど甘くて美味しい。こんなの今まで食べたことない。
 だがコーデリアはミーシャに警戒を解いたわけではなかった。ミーシャへの不信感はまだ残っていた。

 やはり自分にはお姫様相手は無理なのだ。元々生まれも卑しく身分の低い侍女上がりの自分が生まれも育ちも立派な王女と対等に話が出来るわけなどないのだ。そんな自分がコーデリアに疎まれるのは当然だ。

 世の中の穢れをまるで知らないかのような美しいコーデリアを目の当たりにして、ミーシャが卑屈に思ってしまうのも無理はなかった。
 二人の間に再び沈黙が訪れた。コーデリアが困ったように俯いているのを見て、ミーシャはコーデリアが決して気取っているわけではなく恥ずかしがり屋で大人しい性格なのではないかと思った。ミーシャはそんなコーデリアのことがもっと知りたいと思った。
「今日はとてもお天気がよかったので・・・そんな日はこんなふうにお菓子を焼いて、庭で外の景色を眺めながらのんびりとお茶をいただくのが好きなのです。」
 ミーシャはコーデリアにそっと微笑んだ。まるでお日様のように温かく微笑むミーシャを見て、コーデリアの緊張していた糸は少し緩んだような気がした。
 ミーシャ・・・なんて素敵に笑うのだろう。こんなに可愛く笑う人を今まで見たことがない。ああ・・・きっとシェラ・ドーネさまもこの方の笑顔に魅かれて・・・
「シェラ・ドーネさまも・・・いつもこれを召し上がっているの?」
 コーデリアはついそんなことを口にしていた。ミーシャが焼いたお菓子をシェラ・ドーネも美味しそうに食べているのかと思うと何だか羨ましいような悔しいような複雑な気分であった。
「あっ・・・シェラ・ドーネさまはあまり甘いものは・・・王妃さまは喜んで召し上がってくださるのですが・・・」
 ミーシャは困ったように苦笑した。だがコーデリアはシェラ・ドーネが甘いものが苦手だとわかってほっとした反面、ミーシャが王妃とも親密なことがわかって不審を募らせた。
「あなたは王妃さまとも仲がよろしいのね。」
 それは精一杯の嫌味であった。ミーシャが憧れのクラウディス王妃とも仲がよいことに嫉妬していた。コーデリアは自分でも嫌な女だと思わずにはいられなかった。
「王妃さまにはよくしていただいております。とても勿体ないほどに・・・」
「・・・?」
「私のことご存じなのでしょう?今はこうして王妃さまやシェラ・ドーネさまのご厚意でこちらにお世話になっておりますが・・・コーデリアさまの邪魔をするつもりは微塵も・・・」
 ミーシャはコーデリアの誤解を解きたかった。コーデリアには邪魔な女だと嫌われたくなかった。だがコーデリアはまだミーシャに心を許したわけではなかった。
「邪魔をしないというのならどうしてあなたはここにいるの?どうしてシェラ・ドーネさまがあなたの下に通っているの?」
「それは・・・」
「シェラ・ドーネさまはやさしいから・・・きっとあなたのことを捨てられないだけなのだわ。そうでしょう?そうでなければシェラ・ドーネさまはあなたのことなんて・・・」
 コーデリアの無情な言葉にミーシャの躯が冷たく凍りついた。まるで心臓を射抜かれたようにミーシャの胸に痛みが走った。
「あっ・・・ごめんなさい。私・・・」
 顔色が変わったミーシャを見て、コーデリアは酷いことを言ってしまったのだと漸く気が付いた。コーデリアはそんな自分が情けなくて思わず涙を零していた。
「コーデリアさま・・・?」
 突然涙を流したコーデリアを見て驚いたのはミーシャの方だった。ミーシャはコーデリアが自分のことで辛い思いをしていたのかと思うと居たたまれなくなった。
「謝らなければいけないのは私の方です。コーデリアさまのおっしゃるとおり・・・シェラ・ドーネさまはやさしい・・・だから・・・」
 ミーシャは思わず唇を噛みしめた。自分はシェラ・ドーネのやさしさに甘えているだけなのだと、コーデリアに思い知らされたような気がした。
「ごちそうさま。」
 そう言ってコーデリアが突然椅子から立ち上がった。
「あの・・・」
 コーデリアを怒らせてしまったのかと思うと、ミーシャは慌てて呼び止めた。だがコーデリアは恥かしそうにミーシャを見つめた。
「あなたの焼いたお菓子・・・とても美味しかったわ。」
「あっ・・・コーデリアさま・・・?」
「でも・・・私、あなたに負けないから・・・」
「・・・?」
「シェラ・ドーネさまを独り占めしたら・・・私が許さないから・・・」
 コーデリアはそう言うと顔を赤らめながら急いでミーシャの前から立ち去った。ミーシャは唖然としたままコーデリアの遠ざかる後ろ姿を見送っていた。

 ああ・・・なんて純粋な想い・・・コーデリアさまはあまりにも素直で一途で・・・何よりも高潔で可愛らしい。シェラ・ドーネさまがご執心なのも頷ける。

 ミーシャは何だか可笑しかった。自分が敵うはずもないような正妃のコーデリアに恋敵だと認められたのが少し嬉しかった。コーデリアになら何を言われても許せるような気がして、ミーシャの中で燻っていた恐れや不安が薄れたような気がした。

 コーデリアは慌てて後宮の庭を歩いていた。咄嗟にあんなことを言ってしまった自分が恥ずかしくてならなかった。

 ミーシャ・・・私よりも少し年上だったのだろうか?でも笑顔がとても眩しくて・・・温かかった。あのお菓子も蕩けるように甘くて、とてもやさしい味がした。

 コーデリアはミーシャが作ったというお菓子の味が忘れられなかった。そんな美味しいお菓子を作るミーシャのことが気になって仕方なかった。

 シェラ・ドーネさまが惚れてしまうくらいなのだもの。きっとやさしくて素敵な方に違いない。そうでなければ困る。シェラ・ドーネさまが好きになるほどきっと・・・

 コーデリアはミーシャのことが何故か羨ましかった。自分もあんなふうにやさしく微笑むことが出来たら・・・ふとそんなことを思い浮かべてコーデリアは頬を赤らめた。
 今まで同じ年頃の友人を持ったことがなかったコーデリアはミーシャのような女性と知り合えたことが何だか嬉しかった。コーデリアはもっとミーシャのことが知りたいと思った。ミーシャともっと話がしたいと思った。でもミーシャを傷つけてしまったのかと思うと悲嘆に暮れた。

 どうしよう・・・ミーシャに謝りたい。

 コーデリアはミーシャにもう一度会いたいと思わずにはいられなかった。







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 シェラ・ドーネは一人ぼんやりと椅子にもたれていた。酒を飲もうと盃を手にしたシェラ・ドーネは盃が空だったことに気付いて、傍にあった酒器に手をかけた。
「・・・?」
 盃に注ごうと傾けた酒器からは一滴の酒も出てこなかった。
「ちっ・・・こっちも空っぽか・・・」
 面白くなさそうに酒器を放り投げると、シェラ・ドーネは声を張り上げた。
「誰か、誰かおらぬか?」
 だが周囲はしんと静まり返って誰もやってくる気配はなかった。
「そうであった。侍従たちを近付けぬよう人払いを・・・」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵と二人だけで過ごす為に部屋付きの侍従たちを全て追い払っていたことを漸く思い出していた。誰もいない部屋に一人でいることが急になんだか虚しく感じられて、シェラ・ドーネは大きな溜息を零した。
「私としたことが・・・さて・・・どうしたものか・・・」
 シェラ・ドーネは額にかかった長い銀色の髪を煩わしそうに指でかき上げた。肩からさらさらと流れ落ちる銀色の髪は冷たく煌めいて、まるでシェラ・ドーネの擦れた心を諌めているかのようであった。

 コーデリアは意外と勘のいい女だ。あの様子ではエメリア伯とのことも勘付いているだろうな。今更案ずることではなかったはずだが・・・

 シェラ・ドーネはコーデリアを黙って逃したことを後悔していた。あのとき無理矢理でもコーデリアを引き留めておくべきであったと思わずにはいられなかった。

 ふっ・・・今度こそ嫌われてしまったか?まさかあれほど拒絶されるとは思わなかったが・・・

 いつになくシェラ・ドーネは不安を抱いていた。手に入れたはずの小鳥が漸く自分に懐いたと思っていたら突然籠から逃げられてしまったようなそんな心境であった。

 何故だ・・・?何故・・・皆私から逃げる?何故・・・私に背く?私はただこの手にしたいだけなのに・・・何故・・・私の思うようにならぬ?何故・・・私の邪魔をする?何故・・・私の行く手を阻む?

 握りしめた瑠璃色の盃が突然パキッと音を立てて砕け散った。シェラ・ドーネの手からは紅い血が滴り落ちていた。
 それを見たシェラ・ドーネは高らかな声を上げて笑い出した。何故かそんなことで思い悩む自分が可笑しくてならなかった。シェラ・ドーネはもうどうでもよくなっていた。何もかもがただ虚しかった。

 ははっ・・・どうなることでもあるまい・・・また捕まえて籠に閉じ込めればいいだけのことだ。綺麗な鳥は私の腕の中だけで啼けばいい。それが何よりも至福の時だと思い知る。

 シェラ・ドーネは血に濡れた指先を舌で舐め上げた。シェラ・ドーネの舌はたちまち紅く染まった。

 ふふっ・・・可愛いコーデリア・・・戻っておいで。そなたはもう私なしでは生きられない。

 シェラ・ドーネは愉快そうにクスクスと笑みを浮かべた。その銀色の双眸には人知れぬ狂気の色が宿っていた。


 銀樹の森に囲まれた広い王城の中はまるで迷路であった。コーデリアは不慣れな城の中を歩いているうちに一人迷子のように途方に暮れていた。

 ああ・・・どうしよう。帰り道がわからない。急いでシェラ・ドーネさまの部屋から駆け出して・・・気が付いたら全然知らない所に・・・

 コーデリアは供も連れずに城の中を一人で歩いていたことを後悔していた。日頃城内を歩き回ったりすることのないコーデリアが道に迷うのも無理はなかった。

 どうしてシェラ・ドーネさまから逃げてしまったのだろう?あのときのシェラ・ドーネさまはいつもとは違っていた。何故かあの目に見つめられるのが怖くて堪らなかった。あの腕に抱きしめられるのが恐ろしくてならなかった。そう・・・あんなシェラ・ドーネさまを見たのは初めてだった。

 コーデリアがそんなことを考えながら歩いていると、いつのまにか庭の中を彷徨っていたことに気が付いた。

 ここはどこだろう?後宮の奥庭だろうか?でも女官や侍女たちの姿も見えない。こんなに広い庭なのに誰も出会わないなんて・・・

 綺麗な花が見事に咲き誇る庭の中を眺めながらコーデリアは不安げに歩き続けた。すると何処からか人の声が聞こえたような気がした。

 あっ・・・今、向こうから声が・・・誰かいるのかもしれない。

 そう思ったコーデリアは助かったとばかりに勇んで声のする方に向かって行った。
「ラネーシャさま、いけませんよ。そちらは・・・」
 茂みの間から人影が見えて、コーデリアはそっと覗いてみた。するとそこにはまだよちよち歩きの小さな赤ん坊と、その後を慌てて追いかけている侍女らしき若い女性の姿があった。

 子供・・・?こんなところに・・・?

 コーデリアが不思議そうに茂みから様子を窺っていると、部屋の中からもう一人若い女性が現れたことに気が付いた。水色の上品な衣装に身を包んだその女性は茶色の髪を結い上げるでもなく背中に下して、まるで少女のようにやさしく微笑んで佇んでいた。
「そろそろお昼寝の時間だからラネーシャを部屋に連れていって。」
「はい、ミーシャさま・・・」
 そう言うと侍女はラネーシャを抱きかかえていそいそと部屋の中に消えていった。ここは後宮の東の一角、ミーシャが住む部屋の裏庭だということにコーデリアはまだ気付いていなかった。

 ミーシャ・・・?今ミーシャと言った・・・?

 コーデリアは思わず耳を疑った。その聞き覚えのある名前に背中がゾクッと震えるのを感じた。
「・・・?」
 庭先から自分も部屋の中に戻ろうとしたミーシャは背中に視線を感じたような気がしてふと足を止めた。振り返ったミーシャは訝しげに庭を眺めた。
「誰かいるの?そこに誰かいるのですか?」
 木々の葉が微かに揺れる音が聞こえて、ミーシャは恐る恐る声をかけた。

 まさかこんな昼間からシェリークさまが庭先に・・・?

 ミーシャはてっきりシェリークが自分に会いに庭から忍び込んできたのかと思って一瞬躯を竦めた。だが茂みの陰から現れたのはシェリークではなく、見たこともない美しい女性であった。
 華やかな装飾に彩られた薄紅色の上質な衣装を身に纏った美しい女性は陽に輝く金色の髪を結い上げて白く透ける肌を一層美しく際立たせていた。その高貴なまでに美しい婦人の姿に圧倒されたミーシャは目を見開いたまま呆然と立ち尽くした。
 そんなミーシャの様子を見て驚かせてしまったのだと思ったコーデリアは慌てて言葉を漏らした。
「ご、ごめんなさい。私、道に迷ってしまって、庭を歩いていたらこちらに・・・」
 コーデリアが顔を真っ赤にしてあたふたしているのを見て、呆然としていたミーシャははっと我に返った。
 二人の間に気まずい空気が流れた。
 どう見ても女官ではない若い貴婦人の姿にミーシャは動揺を隠せなかった。今はファルド侯爵家の養女となり後宮に住むことも許されたミーシャであったが、王城に出入りする貴族たちとはほとんど面識がなく、こんなときはどう挨拶していいのかわからなかった。

 どうしよう・・・ここは後宮の裏庭・・・しかも私が迷い込んだのは・・・

 コーデリアの中でまさかの思いが過った。コーデリアは間違いであってほしいと願いながら思い切って尋ねてみた。
「あの・・・ここは・・・東の宮・・・?」
「そうですが・・・あなたは・・・?」
 不審そうに答えるミーシャの言葉にコーデリアは確信した。

 間違いない。ここはファルド侯爵家の姫が住むという東の一角だ。そして今私の目の前にいるのは・・・

 コーデリアは信じられないといった顔をした。
 
 これではまるで自分がミーシャ夫人のことが気になってこそこそと盗人のようにやってきたみたいではないか?こんなことが城中に知れ渡ったら・・・

 コーデリアはまるで覗き見るかのように庭に立っていた自分がなんだか恥ずかしくてならなかった。コーデリアは慌てて踵を返すと、裾を翻してその場から駆け出していた。
「あっ・・・お待ちになって・・・」
 突然逃げるように走り出したコーデリアを見て、ミーシャは咄嗟に呼び止めていた。ミーシャは何故呼び止めたのか自分でもよくわからなかった。その美しい貴婦人が何者なのか気になって仕方なかった。
「コーデリアさま・・・?」
 ミーシャは思わずその名を口にしていた。コーデリアには一度も会ったことも見たこともなかったミーシャであったが、何となくその美しい女性がコーデリアではないかと思わずにはいられなかった。それは女の勘とも言えるものであった。
 思いもかけず名前を呼ばれたコーデリアは足を止めて恐る恐る後ろを振り返った。するとミーシャが穏やかな笑顔で自分を見つめているのがわかって、コーデリアの躯は途端に硬直した。
「ああ・・・やはりコーデリアさまでしたか・・・?」
 コーデリアはもうお終いだと思った。愚かにも宿敵ともいえるミーシャ夫人の住まいに不覚にも足を踏み入れてしまったのだ。コーデリアは恥ずかしさに穴があったら入りたい心境であった。
 そんなふうに顔を真っ赤に染めたままおろおろとしているコーデリアを見て、ミーシャは目を円くさせた。想像していたコーデリアはもっと気位が高くてつんと澄ました近寄りがたい王女といったかんじであった。だが今自分の目の前にいるコーデリアはまるで小鳥のように怯えた目をして今にも泣きだしそうなほど儚く可憐な風情を漂わせていた。ミーシャはそれが何だか不思議でならなかった。
「あの・・・よろしければご一緒にお茶でもいかがですか?」
「・・・?」
 突然の誘いにコーデリアは驚いて目を見開いた。まさかそんなふうにやさしく声をかけられるとは思いもよらず、コーデリアは戸惑いを隠せなかった。
「すみませぬ。私ったらなんてことを・・・」
 ミーシャは自分が大それたことを言ってしまったことに気付いて慌てだした。畏れ多くも相手は白の谷からシェラ・ドーネの下に嫁いできた高貴な王女なのだ。自分がどれだけ頑張っても敵うはずのないシェラ・ドーネの正妃なのだ。それなのに図々しくも自分から声をかけてしまったことを羞恥せずにはいられなかった。
 コーデリアもまたそんなミーシャに違和感を覚えていた。








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 王城の窓から一望出来る銀の森の広大な風景は今日も変わらず美しかった。何処までも続く深い銀樹の森林は静寂に満ち、何者も寄せ付けないかのような力強い威厳を漂わせながら銀色に輝いていた。コーデリアはいつのまにか見慣れてしまったその景色に深い溜息を漏らした。
「おや・・・姫さま・・・溜息なんて吐いて、いかがなさいました?」
 窓辺に佇むコーデリアの姿を見つけて、乳母が心配げに声をかけた。コーデリアはそんな姿を見られて思わず苦笑した。
「銀樹の森はなんて綺麗なんだろうと思って・・・つい見蕩れていたのよ。」
 そんなコーデリアの言葉に乳母は目を細めた。長年コーデリアに仕えてきた乳母にとってコーデリアが何を思っているのかわからぬはずはなかった。
「ほほ・・・シェラ・ドーネさまのことでも思い浮かべていらしたのでしょう?顔にそう書いてありますよ。」
 乳母に指摘されてコーデリアは思わず顔を真っ赤に染めた。
「ち・・・違うわ。そんなんじゃ・・・」
「姫さまはすぐお顔に出る。ほんにわかりやすい。」
「・・・」
 コーデリアは赤くなった頬を慌てて両手で隠した。シェラ・ドーネのことが頭に浮かんだだけで恥ずかしくてならなかった。
「そんなふうに遠くを見つめて溜息など吐いていると幸せが逃げていってしまいますよ。」
 コーデリアは自分が本当に幸せなのかよくわからなかった。シェラ・ドーネのことは堪らないほど好きであったが、シェラ・ドーネに自分が本当に愛されているのかまだ自信が持てなかった。シェラ・ドーネには自分以外にも恋人や愛人が大勢いても可笑しくなかったし、いくら自分が正式な妻であっても夫であるシェラ・ドーネを独占するようなことは出来なかった。それでもシェラ・ドーネに会えない日々は不安でどうしようもなかった。
「シェラ・ドーネさまのお顔をご覧にならないと寂しいのでしょう?ただ待っている時間が長く感じられるのも仕方ございませんが・・・」
 乳母の言うとおりであった。コーデリアは自分でも気付かないうちにシェラ・ドーネのことばかり考えていた。シェラ・ドーネの顔を見ない日は心が落ち着かなかった。
「シェラ・ドーネさまはきっとお忙しいのです。私に会いに来る暇もないほどに・・・」
 コーデリアはそう自分に言い聞かせるかのように言葉を漏らした。乳母はそんなコーデリアが不憫でならなかった。
「姫さま・・・そんなにお会いになりたければ姫さまの方から出向かれてはいかがですか?」
「えっ・・・?」
「何も待ち続けなくても・・・姫様から足を運ばれればきっとシェラ・ドーネさまもお喜びになるはず・・・」
「でも・・・そんなこと・・・シェラ・ドーネさまに迷惑なんじゃ・・・」
 コーデリアは困惑した。自分からシェラ・ドーネに会いに行くことなど考えもしないことであった。
「姫さまともあろうお方が何をそんな気弱なことを・・・まさかあの東の姫君に遠慮なさっておいでで?」
「・・・?」
 コーデリアはその名を聞いて目を見開いた。東の姫君・・・それは後宮の東の一角に住まうファルド侯爵家の姫君ミーシャのことであった。ミーシャにはすでにシェラ・ドーネとの間に儲けた王女が一人いた。そのことがコーデリアにとって何よりも脅威でならなかった。たとえ自分が正妃であってもミーシャに負けているような気がしてならなかった。
「お忘れですか?姫さまはシェラ・ドーネさまの正妃なのですよ。東の姫君はたかが第二夫人に過ぎませぬ。ご身分ではコーデリアさまに敵いませぬ。」
 それは自分でもわかっているつもりであった。だがシェラ・ドーネに愛されなければ何の意味も成さないのだ。
 シェラ・ドーネの心をどうしたら繋ぎ止めることが出来るのだろう?
 コーデリアはどうしていいのかわからなかった。不器用なコーデリアは何をすればシェラ・ドーネが喜んでくれるのかわからなかった。
「シェラ・ドーネさまは私に会ってくださるだろうか?突然会いに行って邪魔に思われたら・・・」
 不安げな顔をしたコーデリアを乳母がそっと抱き寄せた。
「姫さま・・・もっとご自分に自信をお持ちください。姫さまはシェラ・ドーネさまに愛されておいでなのですから・・・何度も申し上げましたように、もっと堂々となさっておればよいのです。」
 コーデリアは乳母の心強い励ましに胸が締め付けられた。乳母の言うようにもっと強い心を持たねばならないと思った。シェラ・ドーネへの想いは誰にも負けたくはなかった。
 漸くコーデリアはシェラ・ドーネに会いに行く決心をした。シェラ・ドーネのことを思うと居ても立ってもいられなかった。

 コーデリアは新しい服に急いで着替えると部屋から駆け出した。シェラ・ドーネには誰よりも綺麗な自分を見せたかった。美しいシェラ・ドーネに相応しい妻でなければ恥ずかしいとさえ思った。だがシェラ・ドーネに会えるかと思うと逸る心を抑え切れなかった。

 シェラ・ドーネさまはお部屋にいらっしゃるかしら?そうだわ。こっそり会いに行ってシェラ・ドーネさまをびっくりさせよう。シェラ・ドーネさまの驚く顔・・・ふふ・・・楽しみ・・・

 コーデリアはシェラ・ドーネの部屋に向かいながら楽しそうに浮かれていた。
 漸くシェラ・ドーネの部屋に辿り着いたときだった。扉の向こうからよろめくように人影が現れたのを見てコーデリアは慌てて足を止めた。目の前に現れたのはエメリア伯爵であった。気のせいかエメリア伯爵の顔色が蒼ざめているように見えた。
 何処かいつもと様子の違うエメリア伯爵が会釈をしてコーデリアの横を通り過ぎたときだった。
「あっ・・・」
 エメリア伯爵と擦れ違いざまに銀樹の甘い香りが仄かに漂った。コーデリアはその香りに思わず振り返った。

 今の香り・・・まさか・・・

 何も言わずに足早に立ち去ったエメリア伯爵の後姿を見て、コーデリアに疑念が過ぎった。エメリア伯爵の躯から漂ったあの香りは間違いなくシェラ・ドーネと同じであった。シェラ・ドーネの匂いをコーデリアが間違うはずはなかった。
 コーデリアは動揺したまま部屋の扉を開けていた。
「どうした?エメリア伯・・・忘れ物でもしたのか?」
 部屋の奥からシェラ・ドーネの声が聞こえた。コーデリアは思わず声のする方向へ足を進めた。コーデリアの視界に入ったのは椅子にもたれて気だるく酒を煽っているシェラ・ドーネの姿であった。
 もう昼下がりだというのにシェラ・ドーネは夜着を羽織っただけの無防備な姿で杯を傾けていた。酔っているのか、その瞳はぼんやりと虚ろであった。肌蹴た胸元や絡げた裾から覗く太腿の白い肌が妙に艶かしく扇情的であった。
「シェラ・ドーネさま・・・」
 驚愕に目を見開いたコーデリアが思わずその名を呼んでいた。コーデリアは足が竦んでそれ以上動けなかった。
「コーデリア・・・?」
 部屋に入ってきたのがエメリア伯爵ではなくコーデリアだと気付いて、シェラ・ドーネは怪訝そうに眉を顰めた。
「そこで何をしている?」
 不機嫌そうなシェラ・ドーネの声を聞いて、コーデリアは困惑したまま躯を強張らせた。
「何の用だ?コーデリア・・・勝手に私の部屋に入って・・・」
 コーデリアはシェラ・ドーネが怒っているのだと思った。やはりここに来てはいけなかったのだ。シェラ・ドーネに冷たく見つめられてコーデリアはどうしていいのかわからなくなった。
「さっき・・・エメリア伯爵と擦れ違って・・・」
「・・・?」

 あっ・・・私ったら何をいきなり・・・どうしてエメリア伯爵のことを・・・

 混乱したコーデリアは自分でもわからないままエメリア伯爵のことを口にしていた。
「エメリア伯爵がどうかしたのか?」
 シェラ・ドーネは冷たく笑みを浮かべたまま酒を煽った。そんなシェラ・ドーネの様子にコーデリアは逃げ出したい心境に駆られた。
「いえ・・・なんでも・・・すみません。」
 コーデリアは慌ててシェラ・ドーネの前から立ち去ろうとした。シェラ・ドーネをこれ以上怒らせたくはなかった。
「待て、コーデリア・・・私に用があって来たのではないのか?」
 突然シェラ・ドーネに呼び止められて、コーデリアは思わず振り返った。だがどう答えていいのか言葉が見つからず、コーデリアはシェラ・ドーネから目を逸らした。
「私に会いに来たのだろう?何故逃げる?」
 コーデリアはシェラ・ドーネがさっきまでエメリア伯爵と一緒だったことを懸念していた。二人がここで何をしていたのかと考えるだけで胸が苦しくなるのを感じた。
「ふっ・・・エメリア伯のことが気になるのか?気にするなとあれほど言ったはずだが・・・」
 シェラ・ドーネの言葉にコーデリアは確信した。やはりシェラ・ドーネとエメリア伯爵は一晩一緒に過ごしたのだ。乱れたシェラ・ドーネの姿と先程のエメリア伯爵の姿が重なって、コーデリアは今にも泣きそうな顔を浮かべた。
「おいで・・・コーデリア・・・さっきは怒鳴って悪かった。」
 先程とは別人のようにやさしく声をかけるシェラ・ドーネにコーデリアは複雑な思いを抱いた。素直になれない自分がそこにはいた。
 立ち尽くしたまま動こうとはしないコーデリアを見て、シェラ・ドーネは椅子から立ち上がった。静かにコーデリアに近づくとシェラ・ドーネはコーデリアの背中をやさしく抱き締めた。
「・・・?!」
 抱き締められた瞬間、シェラ・ドーネの躯から銀樹の香りが立ち込めて、コーデリアの鼻を擽った。シェラ・ドーネの唇が肌に触れる寸前、コーデリアは思わずシェラ・ドーネの躯を突き飛ばしていた。
「コーデリア・・・?」
 いきなり躯を突き放されて、驚いたのはシェラ・ドーネの方だった。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 コーデリアは目に涙を浮かべながらシェラ・ドーネの前から走り去った。コーデリアは自分でも感情を抑えることが出来なかった。
 そんなコーデリアの走り去る後姿をシェラ・ドーネはただ呆然と眺めていた。






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 シェラ・ドーネの腰に跨っていたエメリア伯爵は不覚にもシェラ・ドーネよりも先に熱を放っていた。己の肌を白く濡らしたエメリア伯爵をシェラ・ドーネは冷ややかに笑って見ていた。
「ふっ・・・我慢できなかったか?エメリア伯・・・」
「あっ・・・申し訳ありません・・・シェラ・ドーネさま・・・」
 息を乱しながらエメリア伯爵はシェラ・ドーネに頭を下げた。振り乱した金色の髪が汗ばんだ額に濡れて、いつものエメリア伯爵とは思えぬ艶かしい姿であった。
「ふっ・・・まだ終わらせないよ。エメリア伯・・・私が満足いくまで何度でもいかせてやる。覚悟は出来ているんだろう?」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵の放った飛沫を指で掬うと舌でぺろりと美味しそうに舐めてみせた。その不敵な笑みにエメリア伯爵は抗うことが出来なかった。
「御意・・・」
 シェラ・ドーネは躯を繋げたままエメリア伯爵を押し倒した。エメリア伯爵はシェラ・ドーネに無理やり躯を捻じ伏せられたかと思うと床に顔を押し付けられた。
「這い蹲れ。エメリア伯・・・そのまま四つん這いになれ。」
 シェラ・ドーネに背中を押さえ込まれてエメリア伯爵は床に這い蹲った。シェラ・ドーネの楔が打ち込まれたまま無理な体勢を強いられたエメリア伯爵は思わず顔を上げてシェラ・ドーネの方を見た。
「腰を高く上げろ。もっとよく見えるように足を開け。」
 エメリア伯爵はシェラ・ドーネに腰を高く持ち上げられて屈辱的な姿を晒していた。
「自分で腰を振ってみせろ。それくらい容易いだろう?エメリア伯・・・」
「・・・」
 エメリア伯爵は耐えながらも腰を動かし始めた。エメリア伯爵の中で擦れるように蠢くシェラ・ドーネの熱の塊が容赦なく責め立てていた。
「ふふっ・・・いい眺めだ。エメリア伯・・・蜜を滴らせたいやらしい獣を飼い馴らすのも悪くない。従順にして淫らで美しい・・・」
「あああっ・・・」
 腰を抉られるように深く突き上げられて、エメリア伯爵の躯に熱い衝撃が走った。足の先まで痺れるような快感にエメリア伯爵は堪らず自ら腰を突き動かした。
「どうだ?エメリア伯・・・父上のことなど忘れて私だけのものになる気はないか?その心も躯も全て私のものになれ。」
 シェラ・ドーネは背中越しにエメリア伯爵の耳元で囁いた。熱い吐息を肌に感じてエメリア伯爵の躯がぶるっと震えた。
「何を今更・・・こんなことまでなさって・・・私はもうあなたのものではありませんか?」
 エメリア伯爵は冷ややかに笑みを浮かべてみせた。シェラ・ドーネはそんなエメリア伯爵の金色の髪を掴んで引っ張ると、無理やり顔を上向かせた。
「父上の側近をやめるつもりもないくせに・・・口惜しい男だ。」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵の髪を掴んでいた手を突き放した。エメリア伯爵は途端に床に崩れ落ちた。
「随分乱暴なことをなさる。もう少しやさしくしていただけませんか?シェラ・ドーネさま・・・」
「私だけのものになると誓えば少しくらいやさしくしてやってもいい。」
 シェラ・ドーネの勝手な言い草にエメリア伯爵も困惑の表情を浮かべた。シェラ・ドーネが本気でそんなことを言っているとは到底思えなかった。自分をからかって弄んでいるに違いないと思わずにはいられなかった。
「そんなに父上が大事か?そなたにやさしく触れようともしない父上が・・・そんなに大事なのか?」
 シェラ・ドーネが一瞬苦しそうに顔を歪めた。歯痒さに唇を噛み締めたのを見て、エメリア伯爵も戸惑いを隠せなかった。
「我が君は絶対的な存在です。たとえあなたでもそれは敵わない。あなたもわかっておいでのはず・・・」
「敵わない・・・?ふふっ・・・そんなことは初めからわかっているさ。それでも私は手に入れたいのだよ。エメリア伯・・・」
「ああっ・・・」
 背後から打ち込まれたシェラ・ドーネの楔に突き上げられて、四つん這いにさせられたエメリア伯爵は背中を仰け反らせた。躯の奥深くまで挿入したシェラ・ドーネの猛った熱が容赦なくエメリア伯爵の腰を貫いていた。
「ほら・・・もっと腰を突き出して・・・エメリア伯・・・腰が逃げているよ。」
「あっ・・・シェラ・ドーネさま・・・」
 シェラ・ドーネに腰を引き寄せられてエメリア伯爵は堪らず腰を震わせた。さすがのエメリア伯爵もシェラ・ドーネの強引な仕打ちに耐えられそうになかった。
「こんなものではまだまだ足りないよ。エメリア伯・・・覚えているだろう?私の躯をこんなふうにしたのは他ならぬそなただ。何も知らぬ私の躯にそなたは快楽の何たるかを教え込ませた。今でもそなたが与えてくれた甘い快楽と熱い衝動は忘れられない。」
「お役に立てて・・・嬉しゅうございます。シェラ・ドーネさま・・・」
 エメリア伯爵は震える声で言葉を漏らした。声を絞り出すのが精一杯であった。
「ふふっ・・・好きだよ。エメリア伯・・・」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵の熱く滾った牡を手で握った。蜜で濡れた肌の滑りがシェラ・ドーネの指に絡みつくように吸い付いていた。
「それは・・・私の躯が・・・ですか?それとも・・・」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵の硬く聳えた牡を根元から扱き始めた。熱で張り詰め、今にも弾けそうなほど膨らんだエメリア伯爵の牡を愛おしそうに擦りだした。
「あっ・・・あっ・・・シェラ・ドーネさま・・・」
「私の為に尽力を惜しまず働いてくれるそなたの全てが愛しくてならないよ。」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵の熱くなった牡を握り締めたまま腰を動かし始めた。シェラ・ドーネに突き上げられる度に、エメリア伯爵の牡がシェラ・ドーネの掌でぷるぷると熱く震えた。
「あっ・・・もう・・・お願いです。早く私の中に・・・」
 我慢出来そうになく、エメリア伯爵は思わずシェラ・ドーネに懇願していた。だがシェラ・ドーネがそれを許すはずなどなかった。
「まだだ。エメリア伯・・・そなたの中があまりにも気持ちよすぎて・・・まだ離れたくない。」
「あっ・・・シェラ・ドーネさま・・・」
 シェラ・ドーネはいつのまにか細い紐を手にして、エメリア伯爵の牡の先に括りつけていた。射精を抑制されて、途端にエメリア伯爵は苦しそうに息を喘がせた。
「苦しい?エメリア伯・・・だがそれもやがて気持ちよくなる。そうであったな?」
 かつてエメリア伯爵にされたことを思い出して、シェラ・ドーネも実行したに過ぎなかった。
「よく覚えていらっしゃる・・・」
「ふっ・・・全てそなたが私に仕込んだことだ。エメリア伯・・・これは私からのお礼だよ。」
「あああっ・・・」
 うねるような快感がエメリア伯爵の躯を支配していた。躯の中で熱く蠢くシェラ・ドーネを感じて、エメリア伯爵も限界に達していた。紐を括られた屹立の先からは苦しそうに蜜がぽたぽたと足の間に滴り落ちて床を濡らしていた。
「はあっ・・・もうお許しを・・・これ以上は・・・」
「もう弱音を吐くのか?もっと楽しませてくれるかと思っていたが・・・残念だよ。」
 シェラ・ドーネは冷ややかに笑みを浮かべると、エメリア伯爵を縛り付けていた紐を外して腰を強く突き上げた。股間を解放されたエメリア伯爵は勢いよく己の熱を放って、絵を描くように床を白く濡らしていた。
「随分出したな。エメリア伯・・・そんなに気持ちよかった?」
「あっ・・・シェラ・ドーネさま・・・」
 エメリア伯爵の中で熱を放ったシェラ・ドーネはゆっくりと己の楔を引き抜いた。シェラ・ドーネのまだ熱く濡れた楔と共に、放たれた白濁が淫らに足の間に流れ落ちた。ひくひくと花弁を震わせながら白い蜜を滴らせているエメリア伯爵の四つん這いになった後姿は何とも言えず艶かしかった。
「そなたのこんないやらしい姿・・・父上が見たら何と思うだろうね。ふふっ・・・父上にも見せてやりたいよ。」
 シェラ・ドーネのからかうような視線に、エメリア伯爵は羞恥に頬を染めた。テリドレアーネ王にこんな恥ずかしい姿を見られるかと思うと、それだけで躯が熱るのを感じた。
「なんだ・・・?父上のことを思い出して興奮でもしたか?」
「・・・」
 シェラ・ドーネに言い当てられてエメリア伯爵も動揺を隠せなかった。そんなエメリア伯爵の様子にシェラ・ドーネは不愉快そうに眉を顰めた。
「父上の下には帰さないよ。エメリア伯・・・今日は私がそなたを存分に可愛がってやる。そなたの腰が立たなくなるまで何度でも・・・」
 銀色の双眸が刃のように冷たく煌いた。エメリア伯爵はその目にゾクッと躯を震わせた。シェラ・ドーネの視線だけで全身を犯されているような気分であった。
「いいのか?エメリア伯・・・私は容赦しない。それでも耐えられるか?」
「嫌だと言ってもあなたは止めないのでしょう?シェラ・ドーネさま・・・どうか気の済むまで私を好きになさるといい。」
 こんな状況でも大人の余裕を見せるエメリア伯爵にシェラ・ドーネは馬鹿にされたようで気に入らなかった。
「泣いて拒めば許してやろうかと思っていたが・・・どうやらその必要はないようだな。」
 シェラ・ドーネはエメリア伯爵の足を無理やり開くと、足の間に己の楔を再び突きつけた。
「うっ・・・」
 突然熱くなった塊を中に押し込められて、エメリア伯爵の腰はぶるぶると震えだした。先程熱を放ったばかりだというのに、シェラ・ドーネの肉体は萎えることなどなく力強く滾ったままであった。そんなシェラ・ドーネにエメリア伯爵は驚愕せずにはいられなかった。
「ふふっ・・・もっと味わえ。エメリア伯・・・特別に許してやろう。」
「うあああっ・・・」
 いつのまにかシェラ・ドーネに奥まで捻じ込まれて、エメリア伯爵の中はシェラ・ドーネの熱くなった塊でいっぱいに満たされていた。シェラ・ドーネが中で放った白濁を掻き乱しながら滑った音を響かせているのが淫らであった。
 狂ったように銀色の髪を乱しながら戯れる美しい獣にエメリア伯爵の躯は蹂躙され甘い陶酔に犯され続けた。それはまるで終わりのない淫夢のようであった。
 





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