† THEATER OF MOON †

つきこの創作小説劇場◆愛と幻想・・・妖しくも美しい禁断の物語へようこそ!更新遅れてすみません。

第一章 銀の剣

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◆R15ご注意ください◆


 その夜のうちにロワール卿の遺体は王の部屋から運び出され、病死ということで事無く処理された。
 突然の悲報に城中が騒然となった。
 テリドレアーネの母である王太妃もロワール卿の死に驚きを隠せなかった。
「何故こんな突然に・・・ロワール卿は先王から仕えてくれた信頼出来る側近であったのに・・・」
 泣き崩れる母親を見てテリドレアーネの口元が歪んだ。
「ロワール卿がいなくなって、あなたはそんなに悲しいのですか?母上・・・」
「・・・?」
 顔を上げて訝しげにテリドレアーネの顔を見た王太妃は愕然とした。
 テリドレアーネが笑っていたのだ。
「そなたは悲しくないのか・・・?何故笑っている・・・?」
「くっくっ・・・」
 テリドレアーネは堪えきれず笑い声を漏らした。
「まさか・・・まさか・・・そなた・・・」
 王太妃は蒼ざめた。声にならなかった。
「母上・・・あなたはあの男を愛していらしたのですか?」
「な・・・何を言っているの?私がロワール卿を・・・?」
 テリドレアーネは呆然と立ち尽くした王太妃に近づくと後ろから抱き締めた。
「私が何も知らなかったとでも・・・?」
 王太妃の耳元でテリドレアーネは囁いた。テリドレアーネの息が首筋を擽り、冷やりとした快感に王太妃は眩暈がしそうであった。
「母上が私を裏切るなんて・・・」
「やめて。何を言って・・・」
「あなたは酷い人だ。自分だけでなく私まで臣下に売った。」
「あっ・・・ああっ・・・やめて。許して・・・」
 テリドレアーネは更に強く抱き締めると王太妃の頬にそっと口づけをした。
「お認めになるのですね。ご自分の犯した罪を・・・」
「テリドレアーネ・・・妾はそなたの為に・・・そなたを愛していたから・・・」
「愛している・・?あの男と同じことをおっしゃる。あの男が私に何をしたと思います?」
「あっ・・・ああ・・・」
 王太妃はテリドレアーネから逃れようとした。だがテリドレアーネの腕は王太妃を抱き締めたまま離そうとはしなかった。テリドレアーネは冷たい笑みを浮かべていた。
「私の躯を玩具のように弄んで・・・私の苦痛がどれだけのものか女に生まれたあなたにはおわかりになれない。そうでしょう・・・?母上。」
「許して・・・そんなつもりではなかった。私はただあなたを守りたかった・・・」
「あなたはあの男と一緒だ。私を愛していると言いながら私を苦しめる。だからあの男は罰を受けた。報いを受けて当然だ。」
「ああっ・・・うっ・・・」
 王太妃は全身の力が抜けるようにテリドレアーネの腕の中で崩れ落ちた。王太妃の嗚咽が静かな部屋に響き渡った。

 それからすっかり王太妃は塞ぎ込んで公然には姿を現さなくなった。
 王太妃は恐れていた。
「テリドレアーネに自分も殺される。あれは妾を怨んでいる。」
 王太妃は毎晩悪夢にうなされ、眠れない日々を過ごした。見かねた侍医が王太妃のために睡眠薬を勧めた。王太妃は睡眠薬のおかげで安心してやっと眠ることが出来た。
 それを聞いたテリドレアーネは微かに笑みをこぼした。

 テリドレアーネが元服し、銀の森の王として正式に就任したことで王城内は何かが変ろうとしていた。
 それまでテリドレアーネの側近として揺るぎ無い権力を握っていたロワール卿が突然の死を遂げたことで、王城内によからぬ噂が流れていた。ロワール卿の死は病死だと公表されていたが、その真相は謎で人々の不安を煽った。そんな噂話はいつしかテリドレアーネの耳にも届き、テリドレアーネは臣下たちに不快を露にした。
「私の前で二度とその男の名前を出すな。今度その名を口にしてみろ。ただでは済まぬ。」
 テリドレアーネの突き刺すように冷たい銀色の瞳に睨み付けられて誰もが背筋を凍りつかせた。元服したとはいえまだ歳若いテリドレアーネの迫力に臣下たちは竦みあがっていた。
「ふふっ・・・わかっておろうな。命が惜しければ私を不愉快にさせないことだ。」
 それまでとはどこか違うテリドレアーネの様子に人々は戸惑いを隠せなかった。
 そしていつしかロワール卿の噂をする者は誰もいなくなり、城内では暗黙のうちにロワール卿の名は禁句となっていた。それはまるでその男が最初から存在すらしていなかったかのようであった。

 ある日の夜、王太妃の寝所にテリドレアーネが訪れていた。
「テリドレアーネ・・・?どうしたのです?こんな遅くに・・・」
 寝台の中にいた王太妃は突然やってきたテリドレアーネを見て驚かずにはいられなかった。月明かりの下、テリドレアーネの銀色に揺らめく美しい姿は遠目でもよくわかった。だがテリドレアーネが王太妃の寝所に来ることは滅多になく、王太妃は恐怖に怯える目でテリドレアーネを見た。テリドレアーネは静かに王太妃に微笑んだ。
「母上・・・私も眠れないのです。母上のお薬をいただけないかと思いまして・・・」
「薬・・・?薬なら侍従に言えば・・・」
 いつのまにかテリドレアーネは王太妃の寝台に腰を下ろしていた。王太妃はすぐ傍にテリドレアーネがいるのがわかって、思わず身を引いた。テリドレアーネの夜着が肌蹴て胸元が見えた。王太妃はそれを見てどきっとした。それはどこか艶かしく、テリドレアーネのまるで誘っているかのような肌に王妃は思わず吸い寄せられそうになっていた。
「母上・・・どうなさったのです?」
「・・・?」
 テリドレアーネの声に我に返った王太妃は躯を硬直させた。
 テリドレアーネは完全体になって元服したとはいえ、まだ躯は華奢な少年のままであった。背は随分と伸びて王太妃と同じくらいまで成長していたが、いくら大人びて見えてもまだ子供であることには違いはなかった。
 ふと見るとテリドレアーネの冷ややかに笑う銀色の瞳が王太妃を見つめていた。その闇夜に浮かぶ銀色の月のようなテリドレアーネの美しくも妖しく煌く瞳に王太妃は恐怖のようなものを感じた。
「母上も眠れませんか?ならば薬を・・・」
 テリドレアーネは寝台の傍に置かれていた薬に目をやった。それは王太妃が毎晩のように飲んでいた睡眠薬だった。テリドレアーネが薬を手にしたのを見て王太妃は蒼ざめた。
「薬なら先ほど飲みました。薬が欲しかったのはそなたではないのか?」
 テリドレアーネは王太妃ににじり寄っていた。
「母上・・・まだ足りないのでしょう?遠慮は要りませんよ。私が飲ませて差し上げますから・・・」
 テリドレアーネは水差しを手に取り、杯に水を注いだ。何食わぬ顔で笑っているテリドレアーネを見て王太妃は躯が竦んで身動きできなかった。そんな王太妃をテリドレアーネはそっと抱き締めた。
「震えているのですか・・・?私が怖いのですか・・・?」
 耳元で囁くテリドレアーネの声に、王太妃の背筋に戦慄が走った。
「大丈夫・・・すぐに楽にして差し上げますから・・・」
「あっ・・・」
 テリドレアーネは王太妃の顎を掴むと、手にした錠剤を素早く口の中に押し込んだ。テリドレアーネは微かに笑みを浮かべると水を口に含んだ。テリドレアーネはそのまま怯えた瞳の王太妃に顔を近づけると口づけをした。テリドレアーネに無理やり口移しで水を流し込まれて王太妃は喉を喘がせた。王太妃が水と一緒に薬を飲み込んだのがわかると、テリドレアーネは笑みを零して唇を離した。王太妃は息を乱していた。思いもかけないテリドレアーネの行為に王太妃は何が何だかわからず呆然としていた。
「ふふっ・・・母上・・・もっと欲しいですか?」
 テリドレアーネは更に薬を王太妃の口に放り込むと、また口移しに水を飲ませた。テリドレアーネの柔らかな唇の感触と僅かに触れた生温かな舌の感触に王太妃は躯の奥から何か熱いものが湧き上がってくるのを感じた。王太妃はテリドレアーネの口づけに翻弄されていた。王太妃の頭の中は白くなって何も考えられなくなっていた。それが薬のせいなのかテリドレアーネの甘い口づけのせいなのかもわからなかった。ただテリドレアーネに抱き締められ口づけされているというだけで、王太妃は自分がテリドレアーネの母親であることさえも忘れてしまいそうになっていた。

「ああっ・・・テリドレアーネ・・・」

 王太妃の瞳は潤んでいた。夢でも見ているかのようにテリドレアーネを見ていた。テリドレアーネはそんな王太妃に更に多くの薬を飲ませると今度は深く唇を交わした。テリドレアーネは王太妃の唇を息も出来ないくらいに塞いでいた。王太妃の口の端からはテリドレアーネから飲まされた水が滴り落ちていた。息苦しさに王太妃はもがくようにテリドレアーネの背中にしがみついた。テリドレアーネの口づけに王太妃は感じていた。王太妃は抗うことも出来ずにテリドレアーネの口づけを受け入れていた。
「うっ・・・んんっ・・・」
 王太妃の甘い喘ぎ声だけが寝台の中で響いていた。
 いつしかテリドレアーネにしがみついていた王太妃の腕からは力が失われていた。そうして王太妃はテリドレアーネの腕の中で深い眠りに堕ちていった。
「母上・・・もう眠ってしまわれたのですか?ふふっ・・・もう少し楽しませてくれるかと思っていたのに・・・」
 テリドレアーネは王太妃の躯に自分の躯を重ねた。
「もうその手で私を抱き締めてはくださらないのですね。母上・・・」
 テリドレアーネは王太妃の頬に手を添えると最期の口づけを交わした。テリドレアーネの瞳からは涙が一滴零れ落ちた。
「母上・・・あなたのことを愛していました。でももう・・・それもお仕舞いです。あなたは私を裏切ったのだから・・・」
 王妃の寝台の上でテリドレアーネは一人静かに笑っていた。


 しばらく静かだった城内にまた驚愕の知らせが走った。
 王太妃が突然病死したのだ。朝、いつものように王太妃を起こしに来た侍女が何度声をかけても王太妃が返事しないので不審に思って寝台を覗くと、王太妃はすでに息をしていなかったのだという。それはまるで眠っているかのように静かな死に顔であった。慌てて駆けつけた侍医が王太妃を診たが、原因は睡眠薬の服用によるもので致死量を超えていた為と診断された。おそらく不眠に悩む王太妃が睡眠薬を飲み過ぎた為と誰もが信じて疑わなかった。
 皆が王太妃の死を嘆き悲しんだが、テリドレアーネ王は涙を流すこともなく毅然としていた。そんな王を見て誰もが立派だと褒め称えた。誰もテリドレアーネを疑う者などいなかった。
 王太妃の葬儀はテリドレアーネの指示の下、しめやかに執り行われた。それは静かで厳かな式だった。

 母上・・・安らかな眠りを・・・もうあなたは苦しまなくてもいいのです。あなたは自由になったのです。これがあなたにしてあげられる私の最期の餞です。どうか父上と共にお幸せに・・・

 テリドレアーネは眠る王太妃に花を手向けると静かに笑みを零した。
 このときテリドレアーネはまだ十三歳を迎えたばかりであった。




「外伝 銀の森  第一章 銀の剣」をご愛読いただきましてありがとうございます。
この続きは「外伝 銀の森  第二章 月の涙」でお楽しみください。



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◆R15ご注意ください◆


 それからもテリドレアーネはロワール卿に躯を許しても心までは許さなかった。
そして数年が過ぎ、少年と少女の狭間を彷徨っていたテリドレアーネの肉体に変化が訪れていた。背も伸び、骨格も一回り大きく成長したテリドレアーネに以前とは違った男性的なものが現れていた。
「これで我が君も無事元服を迎えられます。盛大にお祝いをせねばなりませんね。」
 侍従たちは待ち望んでいた王の元服とあって準備に大慌てであった。
 銀の森では両性体として生まれた王子の元服は大きな意味を持つ儀式に他ならなかった。元服は即ち完全体として成人した証でもあり、王位を継ぐ者として認められることでもあった。
 通常はこの元服を迎えた後、王位継承権を与えられた王子が王位に就く。だがテリドレアーネは元服より先に異例の即位を行ってしまった為、王の元服式はどこか奇妙でもあった。

 城内がテリドレアーネの元服式の準備で慌しい中、テリドレアーネはこっそりと自分の部屋を抜け出してレティシアの部屋を訪れていた。
『お兄さま?!』 
 突然現れたテリドレアーネを見てレティシアは目を丸くした。
「レティシア・・・」
 テリドレアーネはレティシアに駆け寄ると待ちきれないとばかりにその躯を抱き締めた。
「会いたかった。そなたに早く会いたかった。」
『お兄さま・・・今日は元服式の衣装合わせではなかったのですか?』
 レティシアは心配そうにテリドレアーネを見つめた。レティシアの『鳥の声』はテリドレアーネの胸に深く響いた。テリドレアーネは静かに笑ってみせた。
「あんなのは勝手にやらせておけばいい。それよりも毎日忙しくて、そなたに会うことも出来なくて、私は辛かった。」
『お兄さま・・・』
 レティシアはほんのりと頬を赤らめた。テリドレアーネがそれほどまでに自分に会いたがっていたとわかって嬉しかった。テリドレアーネはずっと公務で忙しくてなかなかレティシアに会う時間がなかったのだ。レティシアもそのことがわかっていただけに、余計にテリドレアーネの気持ちが嬉しくてならなかった。
「どうした・・・?レティシア・・・久しぶりに会ったというのに、もっとそなたの声を聞かせておくれ。」
 いつもとどこか様子が違うレティシアにテリドレアーネは不思議そうな顔をした。レティシアは恥ずかしそうに瞳を逸らした。
『しばらくお会いしない間に何だかお兄さま・・・前よりも綺麗になられて・・・レティシアからどんどん遠く離れていってしまうみたいで・・・レティシアもずっと寂しかった。』
「レティシアも寂しかったのか・・・?」
 テリドレアーネにやさしく訊ねられてレティシアはこくりと頷いてみせた。
「そうか・・・すまなかった。これからはもっとそなたと一緒にいられるようにするから・・・」
 レティシアは今度は首を横に振ってみせた。
「レティシア・・・?」
 レティシアは王であるテリドレアーネが元服すればこれからもっと忙しくなるのはわかっていた。それだけに無理なことはさせたくなかった。
『お兄さまはお忙しいのだからあまり無理をなさらないで・・・レティシアのことは大丈夫だから気になさらないで・・・』
「・・・」
 健気なレティシアの思いやりにテリドレアーネは胸が痛むのを感じた。自分が幼い妹に何もしてやれないもどかしさに羞恥した。テリドレアーネはどうしていいのかわからず、ただレティシアの柔らかな白金の髪をそっと撫でることしか出来なかった。レティシアはそんなテリドレアーネの指の温もりを感じて、恥ずかしそうに微笑んだ。
 二人はそうしてしばらく会えなかった時間を取り戻すかのように、お互いの体温と息遣いを感じながらそっと抱き締め合っていた。それはとても心地がよかった。夢見るようにレティシアはテリドレアーネの少し広くなった胸に顔を埋めた。

 こんなふうにずっと一緒にいられたらどんなに嬉しいだろう。ずっとお兄さまの傍にいられたらどんなに幸せだろう。

 レティシアの心にふとそんな想いが過ぎっていた。
 テリドレアーネもまたいつも自分を励まして癒してくれる可愛い妹とずっと一緒にいたいと思っていた。


 それからしばらくして後、テリドレアーネ王の元服式の日を迎えた。
 銀の森の王城はいつもとは違った厳かな空気に包まれていた。式典に現れたテリドレアーネ王を見て皆が一斉に息を呑んだ。華やかな白地の衣装に身を包んだテリドレアーネの姿に皆の視線が釘付けになった。肩まで伸びた銀色の髪を揺らめかせて歩くテリドレアーネの姿はどこか神秘的でこの世のものとは思えない美しさであった。
 テリドレアーネの背はまだ成人男性には及ばなかったが、これからまだ成長するであろうしなやかな肢体と少し大人びた表情に明らかに男性的なものが感じられた。だが透き通るように美しい白い肌や繊細な彫刻のように整った美貌は癖のない真っ直ぐな美しい銀色の髪に縁取られ、一層艶やかに輝いて見えた。テリドレアーネの銀色の瞳はどこか冷たい月のようでもあり、怜悧な光を静かに宿していた。
 テリドレアーネは臣下たちが見守る中、堂々と儀式を執り行った。その美しい仕草や優雅な物腰に皆が溜息を漏らした。
 厳かな元服式が無事に終わると、臣下たちは両性体から男性へと変化を遂げたテリドレアーネに祝杯を挙げた。これでテリドレアーネはようやく臣下たちからも正式な王として迎えられたのだ。
 テリドレアーネは以前にも増して一層美しく咲き誇り、祝いに集まる人々をうっとりと魅了した。誰もがまだ若く美しい王に敬意を表した。

 完全体となって元服すれば、もう一人前として扱われる。後見人も必要ない。王として一人で決断することが出来るのだ。

 テリドレアーネはこの日が訪れるのをずっと待っていた。
 だがテリドレアーネの元服を一番喜んでいたのはロワール卿であった。ロワール卿は臣下たちの前でもいつになく饒舌であった。
 その晩、ロワール卿は少し酒に酔っていたのか上機嫌でテリドレアーネの下を訪れた。いつものようにロワール卿はテリドレアーネの躯を背中から抱き締めて口づけをした。
「我が君・・・私は嬉しゅうございます。あなたが元服なされて・・・これ以上の喜びはございませぬ。」
 ロワール卿はテリドレアーネの躯を弄り胸元を開けた。男の唇がテリドレアーネの滑らかな肌を這った。
「私も嬉しいよ。ロワール卿・・・今日という日をどれだけ待ったことか・・・」
「我が君・・・?」
 ふと冷たい感触が肌に当たり、ロワール卿は視線を上げた。
 冷たく光る懐剣がロワール卿の首筋に突き刺さらんばかりに押し付けられていた。
「な・・・何の真似ですか?一体・・・」
「覚えている?この懐剣・・・あのときの懐剣だよ。」
 ロワール卿は驚愕した。
「何故それを・・・それは私が・・・」
「そなたが預かると言ってなかなか返してくれないから、私が自分で探した。意外と簡単に見つかったよ。鍵のかかる所に隠しておくべきだったな。」
「それはあなたが元服した暁にお返ししようと思っておりました。隠しておくつもりは・・・」
 テリドレアーネが冷たい笑みを零した。
「それは知らなかった。私は待っていればよかったのかな?ねぇ、ロワール卿・・・」
「我が君・・・何をなさるおつもりですか?」
「ふふっ・・・わからない?今までのお礼だよ。私からそなたへの・・・」
 ロワール卿は血の気が引いて蒼ざめた顔のまま身動きできなかった。
「何の・・・ご冗談で・・・?」
 ロワール卿の声は恐怖で震えていた。
「私は本気だよ。ロワール卿。今まで私の躯を弄んでくれたお礼をしてあげる。もうこれでお仕舞いにしよう。」
「我が君・・・」
 男は怯えながらテリドレアーネに手を伸ばそうとした。

「私に触れるな。汚らわしい。私はもう真っ平だ。そなたの顔も見たくはない。」

「何をおっしゃるのです。私はあなたのことを想って・・・愛しております。これからもあなたの為に私は・・・」
 男は必死で懇願した。だがテリドレアーネが男を赦すはずもなかった。
 懐剣の切っ先が男の喉下に触れ、赤い血が一滴流れ落ちた。

「私の為に死んでくれるな・・・?」

「・・・!」

 テリドレアーネの怜悧な銀色の瞳が刃のように鋭く煌いた。
 その瞬間、躊躇うこともなく懐剣が宙を切り裂いた。男の首からは紅い鮮血が迸った。

「ああっ・・・我が君・・・あなたを・・・愛して・・・ま・・・」

 男はテリドレアーネの足元に倒れ伏した。男はテリドレアーネの爪先に震える指を伸ばすと力尽きた。
 テリドレアーネの白い肌が男の血で紅く染まっていた。

「くっくっくっ・・・・あーはっはっは・・・」

 テリドレアーネは手に握っていた血に濡れた懐剣を床に落とすと、狂ったように笑い転げた。
「はは・・・ロワール卿・・・そなたは幸せ者だ。私に命を捧げて満足であろう・・・」

 異変に気付いた侍従たちが部屋に駆けつけると、紅く染まった床を見て驚愕した。
 テリドレアーネの躯も紅くなっているのを見て、侍従たちは急いで駆け寄った。
「何事でございますか?これは一体・・・」
「どこかお怪我でも・・・」
 混乱した侍従たちは足元で転がっている動かなくなった遺体がロワール卿だと気付くと蒼ざめて腰を抜かした。
「それを早く始末しろ。不快でかなわぬ。」
 テリドレアーネはまるで鼠の屍骸でも見るように侍従たちに言って聞かせた。
「・・・」
 侍従たちは何がなんだかわからず呆然と遺体を見つめた。
「何を驚いている。その男は私に不逞を働いたので無礼討ちにしたのだ。」
 王が臣下を討ったという次第をようやく呑み込んで、侍従たちは慌てふためいた。
「何をしている?そなたたちも斬られたいのか?」
 テリドレアーネは手についた血を舌で舐めるとニヤリと笑って見せた。





◆R18ご注意ください◆


 あれから何日が過ぎたのだろうか。テリドレアーネはずっと寝所に篭ったままだった。
 ロワール卿が公務もしなくていいと言うので、テリドレアーネは全てロワール卿に任せた。何もする気が起きず怠惰な日々を過ごした。
 時々ロワール卿がやってきてテリドレアーネを抱いた。テリドレアーネはただ抱かれていた。人形のように・・・

「我が君・・・王太妃さまがお見えですが、お通ししてもよろしいですか?」
 侍従の声が扉の向こうから聞こえてきた。テリドレアーネは寝台から気だるそうに出てきた。
「今そちらに行く。」
「はい・・・では奥の間に・・・」
 テリドレアーネは乱れた夜着を直し、長い上着を羽織った。

「テリドレアーネ!」

 寝所から出てきたテリドレアーネに王太妃は駆け寄った。
「もう起きてもよろしいのですか?心配いたしました。そなたが三日も寝込んでいると聞いて妾は・・・」
「母上・・・心配をおかけして申し訳ありませぬ。私はこの通り大丈夫ですから。」
「本当に・・・本当に何ともないのですか?」
 王太妃は何度も確かめるようにテリドレアーネの躯を抱き締めた。
「そなたが王になってからは忙しいからとなかなか妾に会いに来てはくれなかった。妾はそなたのことが気がかりでならなかった。」
「母上に会いに行かなかったことはお詫びいたします。」
 王太妃は目に涙を浮かべていた。
「そなたが倒れたと聞いて妾は生きた心地がしなかった。ロワール卿に言ってもそなたは過労で安静が必要だからと、妾に会わせてもくれなかった。」
「母上・・・」
 テリドレアーネは表情を変えることもなく王太妃を抱き寄せた。
「ああ・・・テリドレアーネ・・・やっとこうしてそなたに会えた。妾は嬉しい・・・」
「・・・」
 王太妃はテリドレアーネの頬に手を添えた。
「しばらく見ぬ間にそなた・・・以前より痩せたような・・・」
 そして徐に握った手を見て王太妃は涙を零した。
「ああ・・・こんなにも指もか細くなって・・・なんて不憫な・・・」
 王太妃はテリドレアーネの細い指を両手で握り締めた。
「テリドレアーネ・・・何か辛いことがあるならこの母に話してくだされ。まだ若いそなたにこんな苦労をかけさせるなんて・・・」
 テリドレアーネは何も答えなかった。ただ悲しそうな銀色の瞳が王太妃を見つめていた。
「何も話してはくれぬのか?そなたは昔から賢くて優しくて手のかからぬよい子であった。いつも妾には何でも話してくれた。」
「・・・」
「妾はそなたを慰めることも出来ぬのか・・・」
「母上・・・泣いているのはあなたのほうです。私ではない・・・」
 テリドレアーネの言葉に王太妃は慌てて涙を拭いた。
「そうであった。そなたが気丈に振舞っているというのに、妾が泣いていては笑われてしまう。」
 テリドレアーネは冷ややかに微笑んだ。
「あなたは幸せなお人だ。そうやって誰かの為に涙を流せるなんて・・・」
「テリドレアーネ・・・?」
「母上は父上のことを愛していましたか?」
「何を言うの・・・?急に・・・妾は今でも・・・あの方が亡くなった今でも愛しているわ。」
「それは嘘ではありませんか?」
「・・・?」
 テリドレアーネは王太妃の背中を抱き締め、首筋に唇を這わせた。
「ああっ・・・」
 王太妃はその唇の感触に思わず躯を震わせて声を漏らした。
「感じているのですか?・・・あなたは他の男に抱かれていてもそんないやらしい声をお出しになるのですか?」
「・・・?!」
 顔を赤くした王太妃は咄嗟にテリドレアーネから身を離した。
「何を言っているの?妾は・・・」
「どうぞお引取りを・・・」
「テリドレアーネ・・・そなたは妾を追い返すのか?この母を嫌っておるのか?」
 テリドレアーネは冷たく笑った。
「愛していますよ。母上・・・この上なく・・・」
 王太妃の目から涙が零れ落ちた。
「何故お泣きになるのです?私にはあなたがわからない。母上・・・」
「妾は悲しいだけじゃ。寂しいだけじゃ。そなたにはこの母の心がわからぬか?」
「ならば誰かに慰めてもらえばいい・・・私ではない誰かに・・・」
 テリドレアーネは微笑んでいたが、それはどこか苦しそうに見えた。
「そなたはどこか変わった・・・もう妾の知っているそなたではないのか・・・」
「・・・」
「約束して・・・妾に会いに来てくれると・・・そなたがどんなに変わろうとも妾はそなたのことを・・・」
 テリドレアーネは何を信じていいのかわからなかった。自分を想う母ですらも疑ってしまう自分がいた。

 何故私はそんな思いをしてまで生きているのだろう・・・

 テリドレアーネは泣いている母を見ているのが辛くてならなかった。


「どうかなさいましたか?」
 いつものようにテリドレアーネは寝台でロワール卿に抱かれていた。テリドレアーネは虚ろな目をしていた。
「何でもない・・・」
 テリドレアーネはロワール卿から逃れられない自分をどうしていいのかわからなかった。
 ロワール卿はテリドレアーネを自分のものにしている優越感で、益々城での地位を揺るぎ無いものにしていた。
 この男の政治手腕は皆が認めている。誰もこの男に逆らおうとする者はいないだろう。
 秘密を握られたこの男にテリドレアーネはただその身を捧げるしかなかった。母とレティシアのことを思うとそうするしか術がなかった。
「我が君・・・何も心配なさることはないのです。あなたは何もなさらなくてもよいのです。ただその美しいお姿を皆にお見せになるだけで誰もがあなたに敬意を示し忠誠を誓う。このロワールがあなたを立派な王になるように支えておりますゆえ・・・」
 うつ伏せになったテリドレアーネの白い背中に男は唇を這わせながらそう言った。

「ああっ・・・」

 男の愛撫にテリドレアーネは上体を仰け反らせた。男はテリドレアーネの両腕を掴んで躯を押さえていた。
「あなたは私の言うとおりになさっていればよい。ああ・・・我が君・・・あなたのことは全てこの私が・・・」
 男の指がテリドレアーネの奥を押し広げてとろりとした液体を流し込んだ。

「あああっ・・・ううっ・・・」

 冷たい感触が中まで沁み渡って、テリドレアーネの躯はビクンと跳ね上がった。
「ご安心を・・・潤滑剤です。これで存分に欲しがってください。」
 テリドレアーネの過敏な花蕾は途端に色づき始めてヒクヒクと喘ぎだした。
「我が君・・・もうここが欲しそうになさっている。あなたの花蕾は開きたくて疼いていらっしゃる。」

「あああっ・・・やめろ・・・いや・・・」

 容赦なく男の指が中を掻き回した。テリドレアーネはその刺激に思わず腰を上げてしまった。男はそれを見て微笑んだ。
「おや・・・もう我慢なりませぬか。そんなに感じていただけるとは・・・」
 男はテリドレアーネの腰を高く持ち上げた。テリドレアーネは四つん這いの姿勢にさせられてあられもない姿を男の前に晒された。中から垂れた液体が足の間を伝って流れ落ち、とてつもなく淫らに見せた。

「いや・・・よせ・・・やあっ・・・」

 男は開いたテリドレアーネの足の間から手を差し入れ、花茎を掌で包み込んだ。

「ああっ・・・」

 男の指が先端を弄りだして、テリドレアーネの躯は一気に体温が上昇して熱く燃え上がった。テリドレアーネの躯からは仄かに馨しい香りが立ち上った。それは銀樹の花の香りにも似たどこか艶かしい匂いであった。男はその香りに酔い痴れた。
「我が君・・・ああ・・・なんと素晴らしい。あなたの花弁が見事に開いております。可憐な花がまるで蜜を滴らせているよう・・・」
 男はテリドレアーネの花茎を握り締めたまま、後ろの花弁に舌を這わせた。花弁を一枚一枚丁寧に味わうように舌を上下させた。その度にテリドレアーネは花弁を震わせ開閉を繰り返した。
「あっ・・・もう・・・やめて・・・可笑しくなる・・・」
「可愛いことをおっしゃる。可笑しくなってもかまわないのですよ。一層もっと淫らになっても・・・我が君の乱れた姿はたまりませぬ。」
 テリドレアーネは男の指と舌だけでもう蕩けそうになっていたが、それだけで男が満足するはずなどなかった。男の持つ熱を帯びた牡はすでに昂ぶりを見せて、テリドレアーネの艶やかな花弁の中央に押し込まれた。

「あああっ・・・はあっ・・・」

 すでに充分に潤っていたテリドレアーネの中は男を吸い上げるように奥まで引き入れていた。テリドレアーネは瞬く間に艶やかな大輪の花を咲かせていた。その花にただ咥えられているだけで男の楔は溶けてしまいそうに熱くなっていた。男はその高揚に暫く浸るかのようにそのまま動こうとはしなかった。
 腰を高く持ち上げられたままのテリドレアーネはその姿勢のままでじっとしているのが堪らなかった。終には動こうとしない男にもどかしさを覚えてテリドレアーネは自ら腰を動かしてしまった。中を擦られた男にも快感が走った。その感触に男は震えた。
 男はテリドレアーネの腰を抱き寄せると激しく突き始めたのだ。テリドレアーネはその激しい腰使いに翻弄されて、自分も腰を振っていた。まるで欲情した獣の番のように二人は熱く繋がっていた。
 いつのまにかテリドレアーネは果てて男の腕の中で息を切らしていた。男は満足そうにテリドレアーネを抱き締めていた。
 テリドレアーネの目からは涙が零れ落ちた。それは悔しさゆえの涙であった。
 心では自分を抱くロワール卿を疎んじ逃れたいと思っていながら、躯はいつしか男を受け入れていた。テリドレアーネはそんな自分を嫌悪した。好きでもない男に何故こんなに抱かれて、嫌というほどの屈辱を受けなければならないのか。テリドレアーネはそんな自分が赦せなかった。

 早く成人して王として正式に認められ、この男を見返してやりたい。そうだ。私が騙せばいいのだ。何も私が言いなりになることはない。この男が私を好きに出来るのは今だけだ。私がこの男を利用すればいいだけだ。そう・・・まだこの男は使える。私の為に働いてくれる。私は時期を待てばいいのだ。そのとき私はこの男に報復すればいい。

 テリドレアーネは堪えるように笑っていた。
「我が君・・・?」
 笑っているテリドレアーネに気付いてロワール卿は怪訝そうに見つめた。
「ふふっ・・なんでもない・・・」
 テリドレアーネはニヤリと笑うと、男の胸に口づけをした。男はその口づけの意味に気付くことはなかった。





 銀の森の王城は何事もなかったかのように静かであった。
 テリドレアーネはあれから丸一日眠り続けた。
 長い夢から覚めたテリドレアーネは、目が覚めてもまだ夢現で起き上がる気力も失せていた。
「お目覚めですか?」
 傍にいたロワール卿が声をかけてきた。テリドレアーネは男の声に気付いたが返事はしなかった。
 心配そうに男はテリドレアーネの顔を覗き込んだ。
「あなたは一日中お眠りになっていらしたのですよ。おわかりですか?」
「・・・」
 テリドレアーネは虚ろな目で男を見た。
「まだ眠いようならお休みになられてもいいのですよ。それとも何かお召し上がりになりますか?」
 ロワール卿の優しい声を聞いて安心したのか、テリドレアーネの銀色の瞳から涙が零れ落ちていた。
「我が君・・・どこかご気分でも・・・?」
 テリドレアーネは僅かに首を横に振った。男はそれを見てテリドレアーネの銀色の髪を撫でた。
「かわいそうに・・・もう大丈夫ですから。このロワールがいつでも傍についております。」
 テリドレアーネは何故ロワール卿が自分に優しくするのかよくわからなかった。
「覚えていらっしゃらないのですか?・・・そう、お忘れになることが一番です。」
 男が何のことを言っているのかわからず、テリドレアーネは何か思い出そうとしていた。

「私は何をしていた・・・?」

「我が君・・・?」
 テリドレアーネは寝台から躯を起こそうとした。ロワール卿が腕を伸ばしてテリドレアーネの躯を支えようとしたとき、男の手がテリドレアーネの肌に触れた。テリドレアーネは咄嗟に身を引いた。テリドレアーネの躯は震えだした。
「我が君?どうなさいました?」

「私に触れるな・・・」

「我が君・・・」

「寄るな・・・私に触れるな・・あっ・・・」

 テリドレアーネの脳裏に悪夢が過ぎった。テリドレアーネはそれを振り切ろうと頭を抱えた。
「しっかりなさってください。我が君・・・」
「あの男は・・・ドートスは・・・」
「・・・」
「死んだのか・・・?」
 テリドレアーネの記憶が蘇っていた。断片的にあのことを想い出していた。
「はい・・・遺体は私が処理いたしました。あなたは何も見なかった。ドートスどののことはどうかお忘れください。」
 ロワール卿は落ち着き払っていた。テリドレアーネは自分の両手を開いて見つめていた。
「私が殺した・・・この手で私は・・・」
「いいえ・・・あなたは何もしていない。お忘れになることです。」
 テリドレアーネは震える拳を握り締めた。
「殺すつもりはなかった・・・なのに私は・・・いつのまにか剣を握って・・・」
「事故だったのです。あなたは悪くない。」
 テリドレアーネは震える躯を両手で抑えた。
「訊かぬのか?」
「・・・?」
「そなたは何も訊かないのか?ドートスと何があったのか・・・」
「私は無理に訊くつもりはございませぬ。あなたが訊いてほしいとおっしゃるのならお訊きしますが・・・」
「・・・」
 テリドレアーネは黙ってしまった。
 あれは悪夢だとそう思いたかった。幻なら消えて無くなってくれればいいと思った。

「何処へやった?」

「何のことでございましょう?」
「私の剣だ。あれを何処へやった?!」
「懐剣のことでございますか?あれは私が預かっております。」
 テリドレアーネは男を睨み付けた。
「返せ・・・」
「お返しするわけにはまいりませぬ。」
「何故だ?あれは私の懐剣だ。父上が私にくださった形見の・・・」
 男は溜息を吐いた。
「今はまだ・・・あなたが落ち着かれるまでは、私が大事にお預かりしておきますので・・・」
「そなた・・・私があの剣で自害するとでも思っているのか?」
「・・・」
「それとも次は自分が殺されるとでも・・・?」
「そのようなことは・・・」
「私が怖くはないのか?そなたは平気なのか?」
「私は我が君を信じております。たとえ何があろうと私はあなたをお守りいたします。」
「大した忠義だ。私が人殺しでもそなたは私を愛してくれるのだな。」
「もちろんでございます。」
「・・・」
 テリドレアーネは悲しい顔をした。自分がどうしていいのかわからなかった。
「我が君・・・少しお休みになられたほうが・・・」
 ロワール卿がテリドレアーネを寝かしつけようとしたが、テリドレアーネはそれを遮った。
「ドートスに身内はいたのか?」
「いえ・・・身寄りはないと聞いております。幼い頃この城に奉公に上がって、先代の目に留まりずっと小姓を務めておりましたゆえ・・・先代は随分目をかけていらっしゃいましたが・・・」
「そうか・・・ドートスにはすまないことをした。」
「生真面目な男でした。まだ若かったが政務次官としてもよくやっておりました。私も期待をかけておりましたが・・・」
「・・・」
「ご心配なさいますな。ドートスの亡骸は先代の墓の近くに手厚く葬りました。」
「すまない・・・父上が寂しがらなくてすむ・・・」
 何故だかテリドレアーネは死んだ男のことを哀れんでいた。

 私にあんなことさえしなければ死なずにすんだのだ。
 まだあの男に触れられた感触が残っている。ドートスの指が・・・舌が・・・私の肌に今も・・・
 私の躯は淫らにも感じていたのだ。私の躯はもっと抱かれたがっていた。それなのに父上と姉上が愛した男を私はこの手で葬った。このことをラジールの姉上が知ったらさぞ驚くであろう。私のことを何と思うだろうか。姉上は私のことを嫌いになるだろうか。父上もあの世で私のことを軽蔑なさっているのだろうか。

「我が君・・・?」
 テリドレアーネの目からは涙が溢れて零れ落ちていた。
 ロワール卿はそんなテリドレアーネの肩を抱き寄せた。テリドレアーネは声を殺して泣いていた。
「声をお出しになって泣かれてもよいのですよ。我慢なさらなくともよいのです。」
 テリドレアーネはどうやって泣いていいのかもわからなかった。自分が何故泣いているのかさえわからなかった。
 テリドレアーネは男の広い胸に顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。ロワール卿は何も言わずに、ただテリドレアーネを抱き締めていた。





◆R15ご注意ください◆


 ドートス政務次官は寝台の中でテリドレアーネを抱きながらリネージュのことを語りだした。
「私はリネージュさまを幼い頃から存じていました。私は王の小姓をする傍ら、ずっと姫さまの遊び相手をしておりました。それは可愛らしくて・・・私にもよく懐いてくださいました。私が小姓を辞めてからも私たちは時々会っていました。リネージュさまは私を本当の兄のように慕ってくださった。」
 テリドレアーネは怪訝そうな目でドートスを見た。
「そなたは姉上のことを愛していたのか?」
「愛・・・?もとより身分違いでございます。許されるはずのない恋でした。そんなときラザ王がリネージュさまに求婚なさったのです。姫さまは泣いておいででした。ラジールに行くのが嫌だと・・・だが私にはどうすることも出来なかった。」
「ではやはり父上は姉上をラザ王に売ったのか?」
 ドートスは静かに微笑むと、そっとテリドレアーネの頬に触れた。
「国の為でございます。王もやむを得ず、泣く泣く姫さまを手放されたのです。」
「嘘だ・・・そんなこと・・・」
 テリドレアーネは何もかも信じられなくなっていた。尊敬していた父ですら信じがたかった。
「しかしリネージュさまが泣いていらした本当の理由はそんなことではなかったのです。」
「・・・?」
「リネージュさまはまだ両性体のお身体で完全体ではなかったのです。私はそんな姫さまをラザ王にやりたくはなかった。私は我慢が出来ずリネージュさまを・・・」
「そなたは無理やり・・・姉上を手篭めにしたのか?」
「最初は嫌がっておいででした。ですが・・・泣きながら私に足を開いてくださいました。」
「なんてことを・・・そなたは・・・」
 テリドレアーネは怒りに躯を震わせていた。
「まだ若いあなたさまにはおわかりいただけないかもしれませんが・・・リネージュさまは私の頼みを聞いてくださった。これは二人だけの秘密と思っておりましたが・・・こうなった以上あなたさまも同じでございます。このことは秘密にいたしますゆえ、どうか私の頼みを聞いてはいただけませぬか?」
「一体何のことだ?」
 テリドレアーネが怪訝そうに見据えると、男は懐から何やら大事そうに取り出した。
「ご覧になりたいですか?」
 それは薄い本のような形をしていた。
「これはリネージュさまがまだ両性体だったときの美しいお姿を描きとめたものです。そう・・・あの神秘の部分を私は描き残したかったのです。リネージュさまが完全に女性になられてラジールに行かれれば、私は二度と姫さまにお会いすることもないでしょう。そうなる前に私は姫さまのお姿を見ておきたかった。そして私はこれをずっと胸に抱いておりました。」
「そなた・・・どうかしている・・・そんなものを・・・」
「そんなもの・・・?何をおっしゃいます。これの価値があなたにはおわかりになりませんか?我ながらよく描けていると自負しております。医学的にも賛美されて然るべきものです。おそらくこのような資料は王家でも残してはおりますまい。」
「当たり前だ。そんなことは神への冒瀆だ。そなたのやっていることは大罪だ。」
 テリドレアーネは男の言動に恐れを抱いていた。
「罪だと申されますか?ならばあなた方両性体の存在こそが罪でございます。神は何ゆえこのように美しいものをお創りになったのか・・・」
「そなたは狂っている・・・そなたはそれをどうしようというのだ。」
「何も・・・ただあなたもリネージュさまと同じように私にその姿を描かせてくださればよろしいのです。リネージュさまとテリドレアーネさまのあの絵が並べばさぞかし素晴らしいことでしょう。」
「そんなことはさせぬ。そなたに描かせたりはしない。」
 テリドレアーネは躯を震わせていた。だが男は平然としていた。
「よろしいのですか?あなたが拒否なさればこれを公表しますよ。リネージュさまの大切な部分を世間にお見せしてもよろしいのですか?おそらくこれは皆が欲しがるでしょう。さぞかし高値がつくかと思われますが。複製すればどうなるかよもやおわかりにならないわけでは・・・」
「そなたは姉上を愛していたのではないのか?そんなことをすれば・・・」
「愛しております。ですから公表などしたくはありませぬ。つまりそういうことです。我が君・・・あなたのお心次第です。」
「王であるこの私を脅迫する気か・・・?」
「リネージュさまの名誉のためにもどうか・・・」
「くっ・・・」
 テリドレアーネは怒りに震えながら唇を噛んだ。

 この男は可笑しい・・・どうかしている・・・まともじゃない・・・私の躯を描いて、それをネタにまた脅すつもりだ。そうだ・・・きっと・・・この男がいる限りずっと私は秘密を握られたまま・・・

「ではよろしいのですね。」
 男が紙とペンを手にして詰め寄ってきた。テリドレアーネは躊躇したが男の前で足を開いた。
「さあ・・・もっと傍で見るがよい。離れていてはよく見えないだろう?」
 男は興奮してテリドレアーネに近づいてきた。
「ああ・・・我が君・・・嬉しゅうございます。」
 テリドレアーネは男の躯を引き寄せた。

「・・・?!」

 鈍い音がした。一瞬何が起こったかわからず男の動きが止まった。
「あっ・・・我が君・・・?」
 ドートスの胸に何かが突き刺さっていた。それはテリドレアーネが手にした懐剣だった。

「な・・・ぜ・・・?」

「そなたは秘密を知りすぎた。そなたを生かしてはおけぬ・・・」

「あああっ・・・」

 男は口から血を流して倒れた。男は胸に懐剣を突き立てたまま二度と動かなかった。
 テリドレアーネは目の前の光景に呆然となった。自分のしたことがまだよくわからなかった。
「あ・・・ドートス・・・?死んだの・・・?本当に死んだの・・・?」
 横たわった男からは返事がなかった。テリドレアーネはドートスの躯に震える手で触れてみた。ドートスの胸は血で紅く染まっていた。
「私がやったのか・・・?私がこの手で・・・」
 テリドレアーネは気が動転していた。足が竦んで動けなかった。

 これは夢だ・・・私は悪い夢を見ているのだ。

 テリドレアーネは這うようにして寝台から出るとそのまま床に転がり落ちた。
 どうしていいのかわからなかった。傍にあった服を掴んで着ようとしたが、指が震えて上手く着ることが出来なかった。座り込んだまま呆然としていると、遠くから足音が聞こえてきた。それはどんどん近づいてきて、突然扉が開いた。
「我が君・・・そちらにいらっしゃるのですか?」
 それは聞き覚えのある声だった。男は部屋の中の異変に気付いて慌てて寝台に近づいた。
「我が君!」
 裸のまま寝台の下で蹲っていたテリドレアーネの姿を見つけて男は蒼ざめた。
「一体何があったのです?こんなお姿で・・・」
「ロワール卿・・・?」
 弱々しい声でテリドレアーネは答えた。まだ意識はあるようだった。
 ロワール卿はテリドレアーネに傍に置いてあったガウンを肩から掛けて抱き締めた。
 テリドレアーネの躯は震えたままだった。ふと見たテリドレアーネの躯に紅い血のようなものが付いていてロワール卿は驚愕した。
「どこかお怪我を・・・?」
 テリドレアーネは首を横に振った。視線が寝台のほうに向いた。ロワール卿は起き上がり寝台を覗いた。
「これは・・・」
 ロワール卿が目にしたのは男の死体だった。駆け寄って呼吸と脈拍を確認したがすでに息はなく心臓は停止していた。
「ドートス政務次官・・・?何故こんなことに・・・?」
 男は振り返ってテリドレアーネを見た。テリドレアーネの目からは涙が溢れていた。
「まさか・・・あなたがこの男を・・・?」
 ロワール卿は信じられなかった。テリドレアーネが人を殺すなどと・・・これは何かの間違いかと、もう一度死体を見た。
 ドートス政務次官の胸には紛れもない王家の紋章入りの懐剣が突き刺さっていた。
「急所に一突きとは・・・実にお見事・・・」
 ロワール卿はそれがテリドレアーネの懐剣だとわかって武者震いをした。
 おそらくこの様子ではあまり苦しまずに即死だったのだろう。
 テリドレアーネが幼い頃から剣術に長けていたのは知っていた。だがこんな懐剣でいきなり相手を殺してしまうとは・・・
 ロワール卿は男を寝台から引き摺り下ろすと、胸の懐剣を引き抜いた。そこから血が流れ出てきた。ロワール卿は懐剣についた男の血を綺麗に拭き取ると寝台の中に落ちていた鞘を拾って、その中に剣を収めた。
 ロワール卿は跪いてテリドレアーネの肩を抱くと、額に口づけをした。
「我が君・・・あなたは何もしていない。よろしいですね。ドートス政務次官とは何もなかったのです。これはあなたが見た幻です。どうかお忘れください。」
「ロワール卿・・・?」
 テリドレアーネは不安げに男の顔を見上げた。
「何も心配なさらずともよいのです。全てこの私にお任せを・・・私が上手く取り計らいますから、あなたは何もしなくていいのです。」
 テリドレアーネにはロワール卿の声も届いてないようだった。
 ふとロワール卿がドートス政務次官の傍に何か落ちているのに気付いた。
 ロワール卿が手に取ると、それは血に染まった薄い本のようなものだった。
「これは・・・?」
 男は中を開いて見ようとしていた。テリドレアーネがそれに気付くと慌てて声を張り上げた。
「駄目だ!それは見るな!見てはならぬ!」
 テリドレアーネの声に驚いて男は手からそれを落とした。
「どうなさったのです?これが何か・・・」
「中を見てはならぬ。今すぐ破け!いや駄目だ。燃やせ!全部燃やせ!」
 テリドレアーネの様子に驚いてロワール卿は燭台を手にした。
「これを燃やせばよろしいので?」
「そうだ・・・早く燃やせ。焼いてしまえ・・・」
 男は何だかよくわからないまま本を蝋燭の炎に近づけた。
 それは途端にメラメラと音を立てて熱く燃え上がった。盆の中で揺ら揺らと陽炎が立っていた。
 テリドレアーネはそれをじっと見つめていた。
「あ・・・終わった・・・もう・・・消えたよ・・・姉上・・・これでもう・・・」
 テリドレアーネは笑っていた。揺らめく炎を見て涙を流しながら笑っていた。
 それを見たロワール卿はテリドレアーネに何か底知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。
 やがて力尽きたのかテリドレアーネは気を失って倒れた。
「我が君!」
 ロワール卿はテリドレアーネを抱き上げると隣の部屋に運んで長椅子に寝かせた。
「我が君・・・何故こんなことに・・・」
 男は大きく深呼吸すると自分を奮い立たせた。そして寝所に戻ると部屋の中を片付けだした。

 翌日には何事もなかったかのように王の寝所は元の姿に戻っていた。
 そして城から男が一人姿を消した。





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