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薄暗い部屋の中でクラウディスはテリドレアーネを必死で見つめていた。レティシアが亡くなって深い悲しみの淵に沈んでいたテリドレアーネが死にたがっているのを見て、クラウディスはそれを止めなければならないのだと思った。例え何があろうともテリドレアーネを死なせるわけにはいかなかった。 「レティシアどのの為にも・・・あなたが死ねばレティシアどのも悲しむ。レティシアどのはそんなことを望んではいない。」 クラウディスの流した涙がテリドレアーネの手に零れ落ちていた。その涙はどこか温かかった。テリドレアーネは冷え切った心が少しずつ融けていくようなかんじを覚えた。 「私は一人になるのが嫌だ・・・私は怖いのだ・・・一人が怖い・・・」 クラウディスはテリドレアーネの肩を後ろから優しく抱いた。 「あなたは一人ではありませぬ。私がこうしてお傍におります。あなたには大勢の臣下たちも民人もおります。あなたは決して一人ではないのです。皆あなたのことを心配しております。皆あなたのことを愛しております。」 「誰も私のことなど愛しておらぬ。誰も本気で私のことなど愛してくれぬ。」 クラウディスはテリドレアーネを思わず強く抱き締めた。 「皆愛しております。皆あなたが必要なのです。あなたがいなくなれば皆が嘆き悲しむ。何故信じてくださいませぬ。ご自分以外は信じられないのですか?」 「私は誰も信じぬ。私が信じていたのはレティシアだけだ。レティシア以外は誰も・・・」 「私では信じていただけませんか・・・?私はあなたのことを信じたい。だから・・・どれだけ私があなたのことを・・・」 テリドレアーネは顔を上げてクラウディスを見た。クラウディスははっとして身を引いた。咄嗟に自分が何を言おうとしたのか気付いて顔が赤くなった。思わずテリドレアーネから躯を離して顔を背けた。 「クラウディス・・・」 「・・・」 テリドレアーネはクラウディスの腕を掴んで自分に引き寄せた。クラウディスはその腕から逃げることが出来ず、気が付けばテリドレアーネの胸に抱かれていた。 いつのまにか窓から差し込む月の光が二人を銀色に照らし出していた。月の光を受けて煌くテリドレアーネの銀色の瞳がクラウディスを悲しそうに見つめていた。その目に見つめられてクラウディスは声も出せず、身動きも出来ずにいた。 「クラウディス・・・私のことが憎くはないのか?私をそなたは嫌いではなかったのか?」 クラウディスは一瞬躊躇った。テリドレアーネの声はどこかやさしく静かな響きを湛えていた。 「私はあなたのことをずっと憎らしいと思っていました。でも・・・あなたのことを嫌いにはなれなかった。気がつけばいつもあなたのことを考えていた。私の心にはいつもあなたがいた。おそらくずっと・・・あなたにお会いしたときから・・・」 クラウディスは恥ずかしそうに言葉を紡いだ。テリドレアーネは驚いた。今までそんなふうにクラウディスが自分の心情を話してくれたことはなかったのだ。 「すまなかった。私はそなたの気持ちも知らずに酷いことをしてきた。今更許してもらおうとは思っていない。許されないことを私はしてきたのだから・・・」 「もういいのです。過ぎたことはもう・・・」 クラウディスは優しく微笑んだ。テリドレアーネはそのとき気付いた。クラウディスの優しく包み込むような温かな笑みを・・・ 「今まで気付かなかった。そなた笑っているほうがいい・・・もっと私にその顔を見せてくれないか。」 テリドレアーネの思いがけない言葉にクラウディスは頬を紅潮させた。テリドレアーネはその頬に手を添えた。 「クラウディス・・・私の傍にいてくれ。今だけでもいいから・・・私の傍に・・・」 テリドレアーネはクラウディスを抱き締めていた。こんなふうにテリドレアーネに抱き締められたのは初めてだった。クラウディスの目は涙で溢れそうになっていた。 「泣いているのか?私はそなたを困らせているのか?」 「いいえ・・・嬉しいのです。嬉しくて涙が止まりませぬ。」 テリドレアーネは抱き締めていた腕を緩めると、クラウディスにしな垂れるように躯を預けた。 「王・・・?」 「このまま私を抱いていてくれないか・・・そなたは温かい・・・」 まるで幼い子供のようであった。クラウディスはテリドレアーネがこんなふうに自分に甘えてくるとは思いも寄らなかった。 テリドレアーネはクラウディスに抱かれながらレティシアのことを想い出していた。 『レティシアはお兄様さえいれば他は何も要らない。お兄様さえいればそれで幸せ・・・だからレティシアは幸せなの・・・お兄様に愛されてレティシアはとても幸せ・・・だから私・・お兄様が初めて私を求めてきたとき抵抗しなかった。昔お母様が言った。「お兄様に迷惑をかけてはいけませんよ。お兄様の邪魔になるようなことをしてはいけませんよ。王は絶対なのです。だから王であるお兄様のおっしゃることに逆らってはなりませんよ。」私はお兄様に身を委ねた。お兄様はやさしく私を抱いてくださった。あの日のことをレティシアは忘れない・・・レティシアは嬉しかった。ありがとう・・・お兄様・・・』 レティシアの声が聞こえたような気がした。 張り詰めていた糸が緩んだのかテリドレアーネはクラウディスに抱かれたまま眠りについていた。テリドレアーネの長い睫毛が時々震えていた。そんなテリドレアーネの寝顔を初めて見てクラウディスは愛しさで胸がいっぱいになった。テリドレアーネの肩にかかる長い銀色の髪もそのとき初めて指に触れた。更々と流れ落ちるテリドレアーネの髪は絹糸のように綺麗だった。クラウディスはやさしくテリドレアーネの髪を撫でながら、いつしか自分も眠りに落ちていった。 二人は椅子にもたれて寄り添ったまま、王の部屋の片隅で一夜を明かした。 外から鳥の囀る声が聞こえてきた。朝の光が窓から差し込んで、テリドレアーネの髪をきらきらと美しく照らしていた。クラウディスはそれが眩しくて目を覚ました。ふと見るとクラウディスの胸にはテリドレアーネの透けるように白く美しい寝顔があった。 夢ではなかったのだ。一晩中こうして私はテリドレアーネを抱いていた。 「ん・・・」 テリドレアーネも目を覚ました。そして眩しそうにクラウディスを見つめた。 「お目覚めですか?」 クラウディスの声に気付いてテリドレアーネは上体を起こした。 「そなた・・・ずっとここにいたのか・・・?」 「はい・・・あなたの仰せのままに・・・」 テリドレアーネは少し照れたような顔をした。 「侍従を呼んでまいりましょう。お体を清めてお着替えをなさらねば・・・」 クラウディスが椅子から立ち上がろうとしたとき、その手をテリドレアーネに掴まれた。 「行かなくてもいい。もう少し傍に・・・」 「あっ・・・」 強く手を握られた反動でクラウディスはテリドレアーネの前に引き戻された。目の前にテリドレアーネの顔が飛び込んできてクラウディスは恥ずかしさに目を背けた。テリドレアーネはそんなクラウディスの仕草に目が離せなかった。 「そなた意外と可愛い・・・そんな顔も出来るのだな。」 「私をからかっていらっしゃるのですか?」 クラウディスは顔を紅く染めた。テリドレアーネはクラウディスを見てやさしく微笑んだ。 ああ・・・この顔だ。レティシアどのと一緒にいるときにいつも見せていたあの顔・・・ クラウディスはそのとき思った。テリドレアーネがレティシアにしか見せることのなかったあの穏やかで優しい笑顔だと・・・ テリドレアーネはクラウディスの背中を抱き寄せた。 「これからも私の傍にいてほしい・・・」 抱き締められてクラウディスは苦しくて返事が出来なかった。 「嫌か・・・?私と一緒にいるのは嫌か・・・?」 クラウディスは抱き締められた腕を解こうとテリドレアーネの胸を手で押し返した。 「嫌ではありませぬ・・・嫌では・・・」 「どうした・・・?」 クラウディスは戸惑っていた。 テリドレアーネはただ寂しくてそんなことを私に言っているのだろうか。それともレティシアのことを忘れようとその悲しみを隠そうとしているのだろうか。 「なんでもありませぬ。さあ・・・そろそろ身支度なさいませんと・・・」 テリドレアーネが自分にあの笑顔を見せてくれた。それだけでクラウディスは今までのことを全て赦すことが出来る・・・そんな気がした。 そしてあくる日、空は穏やかに澄み渡り清々しい空気に満ちていた。銀の森の王城の奥では、レティシアの葬儀がしめやかに執り行われた。 レティシアが亡くなったときに見せた取り乱したテリドレアーネの姿はもうそこにはなかった。テリドレアーネは一国の王として恥じることのない姿を人々の前に堂々と現し、その美しい気品と威厳を損なうことは決してなかった。臣下たちもそんなテリドレアーネ王に心から敬意を払った。 ただレティシアの母の泣いている姿はやはり寂しく、クラウディスは見ているだけで心が締め付けられた。自分も母を・・・そして父を亡くしたが、我が子に先立たれる親の気持ちはどんなにか苦しかろう・・・そう思うとクラウディスも辛くてどうしようもなく悲しかった。 レティシアは享年十四歳であった。死を迎えるにはあまりにも早すぎると誰もが思った。 誰かがレティシアのことを花のような人生だと言った。美しい花の命は短い。 レティシアは精一杯花を咲かせて燃え尽きるように散ったのだ。 銀の森で何かが変わろうとしていた。それが何であるのかまだ誰も知ることはなかった。 「外伝 銀の森 第二章 月の涙」を長らくご愛読いただきましてありがとうございました。 この続きは「外伝 銀の森 第三章 月と太陽」でお楽しみくださいませ。 皆様これからも応援よろしくお願いします。 お気に召していただきましたら↓の文字の部分をポチしてください。 ◆ブログランキング参加中◆ |
第二章 月の涙
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テリドレアーネ王は部屋に篭ったまま誰にも会おうとはしなかった。臣下たちもそんな王には近づけず困っていた。 「王・・・クラウディスです。入ってもよろしいですか?」 王妃クラウディスはテリドレアーネの部屋を訪れていた。だがクラウディスの呼びかけにも返事はなかった。クラウディスは大きく息を吸って自分を落ち着かせ扉を開いた。 「王・・・?」 部屋の中は薄暗く、灯りも点いておらず、王の姿をすぐには見つけられなかった。だが目が慣れてくると、部屋の中が荒れているのに気付いた。酒の匂いが鼻を衝いた。足元に酒の空瓶が転がっていてクラウディスは躓きそうになった。 「誰だ?誰も入れるなと言ったはずだ。」 ぼんやりとした人影が見えた。聞こえてきたのは確かにテリドレアーネの声であった。目を凝らすと手に杯を持って椅子にもたれているテリドレアーネの姿があった。 「クラウディスです。勝手に入ってすみませぬ。」 「クラウディス・・・?私に何の用だ・・・?」 その声はいつものテリドレアーネであったが、どこか寂しく悲しい響きであった。 「私を笑いに来たのか・・・?」 クラウディスは驚いた。そんなつもりではなかった。自分はただ王が心配でならなかったのだと言いたかったが言葉にならなかった。 「どうした・・・?何故黙っている?そなたも私のことを嘲笑っているのであろう・・・?」 「王・・・何故そんなふうにおっしゃるのです?そんな悲しいことを誰も思っておりませぬ。」 クラウディスは悲しい目をした。 「天罰が下ったのだ。私がレティシアを愛したばかりに・・・レティシアに王子を望まなければこんなことにはならなかった。私がレティシアを殺してしまった。私はレティシアがいたから今まで生きてこられたというのに・・・」 テリドレアーネは自分を責めていた。こんな心の弱さを見せられてクラウディスは戸惑った。 「あれほど待ち望んだというのに生まれた子供は王女だった。王となる両性体の王子ではなく王女だった。はは・・・とんだ誤算だ。生まれてくるのは王子だと信じて疑わなかったのに・・・よりによってレティシアは自分の命を犠牲にして娘を・・・笑うがいい・・・私を笑え・・・」 「・・・」 苦しそうに自嘲しているテリドレアーネを見てクラウディスもまた胸が痛むのを感じた。 「どうした・・・笑わないのか・・・?」 「何故私があなたを笑うことなど出来ましょう・・・あなたはただレティシアどのを愛しただけなのに・・・そしてレティシアどのもあなたの愛に応えただけなのです。」 「何故そなたが泣いている・・・?憐れみの涙など要らぬ・・・同情されるのも好かぬ・・・」 「王・・・あなたの胸は悲しみの涙で溢れている。あなたは・・・本当は心のやさしい方です。」 「もう遅い・・・何もかももう・・・レティシアはいない。私はどうすればいい・・・これからどうやって生きていけと・・・」 いつでも気高く誰にも負けなど認めることのない強い王だと思っていた。それなのに今目の前で泣いている王はなんと脆いのだろう。砕けてしまいそうなほど繊細な硝子細工のようだった。 「あなたが悪いのではありません。レティシアどのはあなたに愛されて幸せだったのではないのですか?だからこそあなたもレティシアどのを大事になさったのではないのですか?」 「そなたに何がわかる・・・一体何がわかるというのだ。」 テリドレアーネの声にクラウディスはびくっとなった。だがクラウディスは引き下がるわけにはいかなかった。 「私にもわかります。あなたの悲しみが・・・痛いほど私にも・・・どうか・・・一人で悲しまないで・・・私に少しでもあなたの悲しみを癒すことが出来るのなら・・・私はあなたの傍にいたい。」 「・・・」 テリドレアーネは黙ったままだった。 「私では傍にいることすらお許しいただけないのですね。」 「・・・」 「わかりました。私はもうここには来ませんから・・・」 クラウディスは自分では駄目なのだと思った。自分ではテリドレアーネの心を傷つけることしか出来ないのだと思った。 クラウディスは踵を返して部屋を出て行こうとした。だが思いがけない声がクラウディスを呼び止めた。 「待て!私を一人にして出て行くつもりか?!」 クラウディスは驚いて振り返った。 「そなたも私をおいて行ってしまうというのか・・・」 薄闇の中でテリドレアーネの銀色の瞳がクラウディスを見つめていた。 「王・・・?」 クラウディスは胸の鼓動が高まるのを感じた。 「私はそなたに帰れとは言っておらぬ。」 「ここにいてもよろしいのですか?」 クラウディスは不安になった。テリドレアーネが何を考えているのかわからなかった。 「頼む・・・行かないでくれ。私を一人にしないでくれ・・・」 テリドレアーネの言葉にクラウディスの胸は締め付けられた。これほどまでひどく寂しそうな王の姿を今まで見たことがなかった。 「私にはレティシアだけが生きる全てだった・・・だがレティシアはもういない・・・もう生きている意味がない。」 クラウディスはどう慰めていいのかわからなかった。 「クラウディス・・・そこに剣があるだろう・・・?」 テリドレアーネが指差した椅子の上に長剣が無造作に置かれていた。 「・・・?」 「そなたに頼みがある・・・その剣で私を殺してくれないか・・・?」 クラウディスは驚愕した。 「王・・・酔っていらっしゃるのですか・・・?」 「私は酔ってなどいない・・・いくら酒を飲んでも酔えぬ・・・」 「王・・・」 「私の最期の望みだ・・・それで私の胸を突いてくれ・・・」 クラウディスは信じられなかった。この王が自分にそんなことを望むなんて・・・ クラウディスは森でレティシアに会ったときのことを思い出した。あのときレティシアは自分がいなくなったときの王のことを心配して、私に王を助けてほしいと言ったのだ。その意味がようやくわかったような気がした。 「なりませぬ。死んではなりませぬ。あなたはこの国の王なのです。民人を残して命を捨てようなどと・・・あなたはそんな弱い人ではなかったはず・・・あなたはもっと自信に満ち溢れて、全てのものを導く存在であらねばなりませぬ。どうか生きてください。」 クラウディスはつい我を忘れてテリドレアーネに縋り付いていた。 ◆ブログランキング参加中◆ 応援よろしくお願いします。 |
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テリドレアーネとクラウディスの関係はずっと平行線を辿ったままだった。 テリドレアーネは産み月が近づいてくるレティシアの身体のことが心配になって、クラウディスのことを考える余裕がなくなっていた。クラウディスもまた自分に素直になれずテリドレアーネとの修復の機会を逃していた。 レティシアはいつまでもふたりの仲が上手くいかないのを知って胸を痛めていた。レティシアは心配でならなかった。二人には早く仲良くしてほしかったのだ。 ある日の午後、城内は突如慌しい喧噪に包まれていた。 まだ予定日まで日があったというのに突然レティシアの陣痛が始まったのだ。急に苦しみだしたレティシアの様子に侍女たちは慌てふためいた。急いで医師が呼ばれ侍女たちは出産準備に奔走した。 しかしレティシアの初めてのお産は難産で、身体の弱いレティシアにとってはあまりにも危険であった。 「まだか?まだ生まれぬか?」 テリドレアーネは苛立っていた。レティシアが難産だと聞いて落ち着いてなどいられなかった。陣痛が始まってからかなりの時間が経過していた。テリドレアーネはレティシアの身が心配でならなかった。 まさか・・・レティシアは・・・ テリドレアーネの脳裏に嫌な予感が走った瞬間、元気な産声が奥の部屋から響いてきた。テリドレアーネは一刻も早くレティシアと生まれた赤子を見ようと、知らせを待ちきれずに部屋の中へ入った。 「レティシア!」 テリドレアーネは疲れた顔で横たわっているレティシアの傍に駆け寄った。 「よくやった。レティシア・・・よくぞ私の子を・・・」 レティシアは悲しそうに首を横に振った。テリドレアーネが訝しげに生まれたばかりの赤子に目をやった。 「王女のご誕生でございます。可愛らしい姫さまにございます。」 傍にいた医師がテリドレアーネに告げた。レティシアの産んだ赤子は両性体の王子ではなく王女であった。 『ごめんなさい・・・お兄様・・・お兄様の望みを叶えられなかった。私は王子を産むことが出来なかった。』 レティシアは弱々しい声でテリドレアーネに語りかけた。 「そなたが謝ることはない。私はそなたたちが無事ならそれで・・・」 レティシアは細い腕を伸ばした。テリドレアーネはその手を握り締めた。 『お兄様との約束守れなかった・・・ごめんなさい・・・お兄様・・・』 「レティシア・・・そなたはよくやった。無理をさせてすまなかった。」 レティシアはテリドレアーネの優しい声を聞いて安堵したのか笑みを零した。 『お兄様・・・私の分もこの子を愛してあげて・・・』 レティシアは横で眠る王女を愛おしそうに見つめて、そっとその頬に指で触れた。 『温かい・・・よかった・・・生きている・・・』 「レティシア・・・?」 テリドレアーネはレティシアの様子が可笑しいのに気付いた。 『お兄様・・・レティシアはお兄様といられて・・・幸せでした・・・』 「レティシア・・・私もそなたといられて幸せだ。」 レティシアはテリドレアーネの手を握り返した。 『ありがとう・・・お兄様・・・』 「レティシア・・・」 テリドレアーネの手を握ったレティシアの手から力が抜けていくのがわかった。 『お兄様・・・どうか・・・クラウディスさまと・・・お幸せに・・・』 レティシアの鳥の声がどんどん遠のいていった。テリドレアーネはそのとき何が起こったのかわからなかった。 ずっと見つめたままのテリドレアーネにレティシアは静かに微笑むと、そっと瞳を閉じた。閉ざされた瞼から一滴の涙が頬を伝って流れ落ちた。 「・・・?」 レティシアの透けるように蒼白い肌は生気を失っていた。 「レティシア・・・?」 テリドレアーネがレティシアの名を呼んだが返事はなかった。傍にいた侍医がレティシアの脈をとったがすでに心臓は止まっていた。 「ご臨終でございます。」 侍医の言葉に部屋の中が一斉に静まり返った。 まるで眠っているかのようなレティシアの顔は穏やかで美しかった。テリドレアーネは信じられなかった。レティシアが死んだなどと信じたくはなかった。 「嘘だ・・・何故・・・レティシアが私を置いていくなんて・・・嘘だと言ってくれ・・・レティシア・・・何故返事をしない・・・」 泣けど叫べどもレティシアはテリドレアーネの呼びかけに答えることはなかった。テリドレアーネはレティシアの頬に手を添えた。レティシアのまだ生温かい肌が徐々に冷たくなっていくのをテリドレアーネは止められなかった。 「レティシア・・・」 テリドレアーネはレティシアの冷たい唇にそっと自分の唇を重ねた。それはまるで人形のように冷たく硬い肌触りであった。テリドレアーネの流した涙がレティシアの頬に零れ落ちた。テリドレアーネは嗚咽を漏らしながら崩れ落ちた。 ずっと傍にいたレティシアの母もとうとう耐えられなくなって、侍女たちに支えられながらその場で泣き崩れていた。覚悟していたこととはいえ、たった一人の愛しい娘を失った悲しみは深い絶望でしかなかった。その様子に周りで見守っていた侍女たちも涙を零さずにはいられなかった。 生まれた王女だけは何も知らずに安らかな寝顔で侍女に抱かれていた。 「私のせいだ・・・私がレティシアに王子が欲しいと願わなければ・・・私はレティシアさえいれば他には何も望まなかったものを・・・」 テリドレアーネはレティシアの傍を離れようとはしなかった。冷たくなったレティシアの手を握り締めたまま動こうとはしなかった。 誰もがそんな王の姿を見て驚きを隠せなかった。今まで父王や母が亡くなったときでさえ涙を流すこともなく、人前では決して泣き顔を見せたことのなかった王がこれほど激しく泣いている姿を誰も見たことがなかったのだ。 侍従たちに抱きかかえられるようにしてテリドレアーネはようやく立ち上がったが、一人では歩くこともままならなかった。それでも侍従たちに支えられながらなんとか自分の部屋に戻った。 王女誕生とレティシアの逝去の知らせは、王妃クラウディスの耳にもすぐに届いた。 クラウディスは複雑な想いであった。テリドレアーネの心を独り占めにしていたレティシアのことを少なからず憎らしいと思ったこともあった。だが二人にとっては自分こそが侵入者であり邪魔な存在であったのだ。そのことに気付いたクラウディスは日々苦しんでいた。 テリドレアーネが愛するレティシアのことを自分にとっても可愛い妹なのだと思うようにした。そうすることによって自分の居場所が得られるような気がしていた。自分はレティシアのことを怨んではいけないのだと・・・ しかしそんなクラウディスの想いも空しくレティシアは息を引き取ったのだ。突然のことでクラウディスはどうしていいのかわからなかった。ただテリドレアーネのことが心配でならなかった。 あれほど愛していたレティシアが亡くなって王の悲しみは底知れぬほど深くて辛いものに違いない。そう思うとクラウディスもまた胸が痛んだ。 ◆ブログランキング参加中◆ 応援よろしくお願いします。 |
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王妃クラウディスの部屋には王から様々な贈り物が届けられた。 それは豪華な衣装や宝石や小物ばかりで、衣裳部屋がいつのまにか王からの贈り物でいっぱいになっていた。 クラウディスは嬉しいと思う反面困っていた。自分はテリドレアーネにこんなことをしてほしいわけではないのだ。テリドレアーネ自身がクラウディスに会いに来ることはなかった。クラウディスは自分がテリドレアーネに冷たくしたから遠慮して来られないのかと思った。だとしたらやはり自分が悪いのだ。クラウディスはそう思わずにはいられなかった。 「王妃さま、せっかくの衣装お召しにならないのですか?」 侍女たちは心配そうにクラウディスを見た。侍女たちが手にしたのは鮮やかな碧の衣装で襟元と袖口には群青と濃紺の縁取りが華やかに飾られた見事なものだった。 「このお色・・・とても王妃さまにお似合いになるのに・・・お召しになっているのを是非拝見したいですわ。」 侍女たちは王妃の衣装を見てうっとりしていた。女性なら誰もが着てみたいと思うような美しい衣装なのだ。 そういえば父のラザ王が亡くなってから地味な服しか身に着けていなかった。喪も明けているというのにクラウディスは着飾ることをしていなかった。 侍女たちに勧められて、クラウディスは恥ずかしながら新しい衣装に着替えた。 「まあ、やっぱり素敵・・・王妃さまにぴったり。」 「さすがは王ですわ。王妃さまにお似合いのものをよくご存知でいらっしゃる。」 クラウディスは鏡に映った自分を見た。なんだか自分ではないような気がした。胸元が少し開いていたが薄絹で華やかな飾りが胸を覆っていたのであまり気にはならなかった。 「この服・・・なんだか派手じゃないかしら・・・」 「何をおっしゃいます。王妃さまはお肌も綺麗なのですもの。こんな綺麗なお色をお召しにならないなんて勿体無いですわ。」 侍女が碧と蒼の大粒の宝石が付いた首飾りをクラウディスの開いた胸元に着けた。それはクラウディスが身に着けた途端何倍にも美しく煌きだした。 「ああ・・・やっぱりこれですわ。王の審美眼は本物です。こんなにお似合いになるなんて・・・」 侍女たちはまるで自分のことのように興奮していた。美しい王妃に皆が見蕩れていた。 王から贈られた宝石はどれも見事な細工が施された高価なもので、クラウディスはその宝石にも負けることなくまるで身体の一部のように身に纏っていたのである。 クラウディスは鏡を見つめた。碧い宝石はクラウディスの瞳の色と同じ色をしていた。 「せっかくですから王妃さま、お部屋に篭っていてはいけませんわ。」 「そうですわ。皆に王妃さまをお見せしないと。」 はしゃぐ侍女たちにクラウディスは部屋の外に追い出されてしまった。 「王妃さま。王にお礼に行かれてはいかがですか?きっと王も王妃さまのあまりの美しさにびっくりなさいます。」 クラウディスは顔を赤らめた。 こんな格好で王に会いに行くなんて恥ずかしかった。きっと王に笑われる。そんなふうにクラウディスは羞恥したが、気がつけば足は王の下へ向かっていた。 クラウディスはすんなりと王の部屋に通された。王が部屋にいなければいいのにと思っていたが、クラウディスの想いとは別に、テリドレアーネはまるで待っていたかのようにクラウディスを出迎えた。 「クラウディス・・・」 クラウディスはテリドレアーネの顔をまともに見ることが出来なかった。 「綺麗だ・・・思った以上によく似合っている・・・そなたがそれを着て私に会いに来てくれるとは思わなかった。」 テリドレアーネは満足げに微笑んでいた。 「私はただ・・・あなたにお礼を言いたかっただけ・・・花や果実や贅沢なものをいろいろ贈っていただいて・・・ありがとうございます。」 クラウディスは顔を紅く染めていた。 「気に入ってくれたか?」 「はい・・・とても・・・でももうこんなこと・・・無理なことはなさらないで・・・」 テリドレアーネの顔が少し曇った。 「無理・・・?私が無理をしていると・・・?」 「違うのですか?私に気を遣ってわざわざ・・・」 「クラウディス・・・何故そなたは素直に喜ばぬ?私はそなたの為によかれと思って・・・」 困惑するテリドレアーネにクラウディスもまた困り果てていた。 「何故・・・?何故急に私にやさしくなさるのです?あなたにはレティシアどのがいるのに・・・」 「そなたは私の妃だ。王が妃にやさしくしてはいけないのか?」 クラウディスは言葉が出てこなかった。テリドレアーネが何を考えているのかわからなかった。 「私はそなたのことをまだ何も知らない・・・私はそなたのことを知りたい。それなのにそなたは頑なに私を避けようとする。私はどうすればいい・・・?」 「私にもわかりませぬ。どうしたらいいのか・・・」 クラウディスは俯いたままだった。テリドレアーネはゆっくりクラウディスに近づくと、クラウディスの頬に両手を添えて上に向かせた。クラウディスはテリドレアーネの指の感触に胸の鼓動を大きくさせた。クラウディスの目の前にテリドレアーネの顔が近づいてきた。銀色の瞳に見つめられてクラウディスは身動き出来なかった。 すると突然テリドレアーネの唇がクラウディスの唇に重ねられた。クラウディスはテリドレアーネの唇の感触に驚いて慌てて離れようとしたが、テリドレアーネの腕はいつのまにかクラウディスの腕を掴んでいて離そうとはしなかった。 「うっ・・・んんっ・・・」 クラウディスは深く口唇を塞がれて喘いだ。テリドレアーネの銀色の髪が流れ落ちてクラウディスの頬を掠めた。銀樹の香りが漂ってクラウディスはその甘い香りに酔いそうになっていた。テリドレアーネは舐めるようにクラウディスの唇に接吻していた。テリドレアーネの舌は熱く、クラウディスの舌をあっというまに蕩けさせた。クラウディスの胸は破裂しそうなくらい鼓動を早めて、躯中の血液が熱く燃えているような錯覚に襲われた。 テリドレアーネの唇がクラウディスから離れた途端、クラウディスは全身の力が抜けてよろけそうになっていた。 「はあっ・・・ああっ・・」 クラウディスの頬は紅く上気し、息は乱れていた。テリドレアーネは息も乱さず微かに笑みを浮かべていた。 クラウディスは慌ててテリドレアーネを手で押し退けた。 「あっ・・・」 言葉にならずクラウディスは呆然としていた。それからようやく我に返ったクラウディスは震えた躯を両手で押さえながら部屋から走り去った。 王の部屋から離れてもまだクラウディスの躯は震えたままだった。 何故部屋を飛び出したのか自分でもわからなかった。クラウディスは怖かった。 あんな接吻は初めてだった。 テリドレアーネの舌の感触がまだ唇に舌に口の中にも残っている。熱くて融けてしまいそうだった。テリドレアーネがあんな接吻をするなんて・・・ クラウディスの碧い瞳は涙で潤んでいた。 部屋に一人取り残されたテリドレアーネは大きな溜息を吐いていた。 クラウディスが何故自分から逃げたのかわからなかった。テリドレアーネは口づけを嫌がられるなどと思ってもみなかった。 女は皆綺麗なものや宝石を見れば素直に喜ぶものだと思っていたし、抱けば心も許してくれるものだと思っていた。だがクラウディスはそうではなかったのだ。テリドレアーネには微妙な女心が理解できなかった。 ◆ ブログランキング参加中◆ 応援よろしくお願いします。 |
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ある日のこと、銀の森の王城にラジールから急な知らせが届いた。 ラザ王が病で急死したというのだ。突然の知らせにクラウディスは蒼白になった。 「父上が死んだ・・・?嘘・・・以前お会いしたときはまだお元気だった。何故・・・こんな突然に・・・」 「姫さま・・・お気を確かに・・・父君はお元気そうでしたが何度も発作で倒れておいででした。銀の森に嫁ぐ姫さまには心配させてはならぬと、そのことは堅く口止めされておりました。父君はおそらく発作を起こされて・・・」 クラウディスは乳母のコラルの言葉を聞いて崩れ落ちた。信じられなかった。父がこの世を去ったなどと信じたくはなかった。 コラルはクラウディスを抱きかかえて椅子に横たえた。 「何故・・・教えてくれなかった・・・父上がそんなに容態がよくなかったなんて・・・」 「言えば姫さまはラジールに残るとおっしゃるのではないかと・・・父君はそのことを懸念なさっておいででした。父君は銀の森との婚姻を望んでおいででしたから。」 コラルはクラウディスを落ち着かせようと背中を摩った。 「何故・・・そうまでして私を銀の森へ・・・」 「お国の為でございます。」 「違う・・・国の為なら他にも嫁ぎ先はいくらもあったはず・・・父上は何故銀の森に固執なさったの・・・?」 「それは・・・」 「リネージュさまの故郷だから?父上はリネージュさまをこの国から奪ったから・・それで私を代わりに・・・?」 「父君はリネージュさまのことを愛しておいでした。ですがリネージュさまがラジールに嫁がれたのはまだ十三歳におなりになったばかりで・・・お気の毒でございました。いつも寂しそうになさっておいでで・・・父君はずっとそのことに胸を痛めておいででした。」 「罪滅ぼし・・・?」 「わかりませぬ・・・王が何をお考えだったのかは私にも・・・」 「そう・・・」 クラウディスはラジールで過ごした日々のことを思い出していた。 父は大らかな人で臣下からも慕われていた。私にも優しかった。その父がもういないのだ。 クラウディスは目に涙を浮かべていた。 「姫さま・・・国にお帰りになられますか?」 コラルの問いかけにクラウディスは首を横に振った。 今ラジールに帰れば二度とこの国には戻って来られないような気がした。 それは父の願いではないだろう。私はもうこの銀の森の王妃なのだ。私が父の死を口実に逃げ帰るような真似をしてはいけない。 クラウディスは泣きそうになるのを必死で堪えた。 部屋に篭っていたクラウディスの所にテリドレアーネがやってきた。クラウディスは突然の王の訪問に戸惑った。 「ラザ王のことは聞いた。病とは知らなかった。ラザ王は以前からどこか具合が悪かったのか?」 テリドレアーネも真相を確かめに来たのだろう。だがクラウディス自身も父のことはよくわからなかったのだ。 「ラジールにいたときは元気そうにしてらした。まだ信じられません。」 「そうか・・・そなたもこの国に来たばかりでさぞ辛いであろう。ラジールに帰ってもよいのだぞ。帰って父君との別れをしてくればいい。」 クラウディスはテリドレアーネの真意がわからなかった。 心から私に同情してくれているのか、それとも私をこのまま追い返そうとしているのか・・・ 「私はラジールには帰りませぬ。」 テリドレアーネは怪訝そうな顔をした。 「何故だ?父君が亡くなられたというのにそなた帰りたくはないのか?」 「リネージュさまも銀の森の父君が亡くなられたとき、今の私より少し若かったように思いますが、銀の森にお戻りになることはなさいませんでした。」 テリドレアーネは自分の父が亡くなったときのことを思い出していた。確かに父の葬儀に姉のリネージュの姿はなかった。 「今なら少しリネージュさまのお気持ちがわかるような気がします。」 「そなたは悲しくはないのか?何故そんなに意地を張る?」 「私はもうこの国の王妃だから・・・何があってもラジールには帰りませぬ。」 「強いな・・・そなた・・・羨ましいほどに・・・」 「王・・・?」 テリドレアーネがどこか寂しげに見えた。クラウディスは自分が間違ったことを言ってしまったのではないかと不安になった。 「そなたの好きにするがいい。私はそなたを縛るつもりはない。そなたは自由だ。」 テリドレアーネはそう言い残すと、長い衣の裾を翻して部屋を後にした。 クラウディスは心が痛んだ。 もしかするとテリドレアーネさまは本当に私のことを慰めに来てくれたのかもしれない。私があんな言い方をするから寂しそうに帰ってしまったのかもしれない。なんであんな強気なことを言ってしまったのだろう。私がテリドレアーネさまの胸で泣けばよかったのだ。そうすればテリドレアーネさまも私にやさしくしてくれたかもしれないのに・・・ クラウディスは素直になれない自分を疎ましく思った。 結局クラウディスはラジールには帰らなかった。ずっと塞ぎ込んだままのクラウディスの姿をコラルは見ているのが辛かった。 「姫さま・・・何か召し上がりませんと・・・お身体が・・・」 クラウディスは食欲がなく食事もあまり喉を通らなかった。クラウディスは自分でもどうしたらいいのかわからないでいた。 ある日のこと、クラウディスの部屋が突然騒々しくなった。侍女たちが何やら騒いでいるのだ。 クラウディスが何事かと寝所を出て扉を開けると、目も覚めるような馨しい花の香りがクラウディスを刺激した。部屋の中には溢れんばかりの美しい花が埋め尽くされていたのだ。 「これは一体・・・?」 「お目覚めですか?王妃さま。見事なお花でしょう?城の温室で育てられた銀樹の森の珍しい花ばかり・・・これを眺めているだけで心が癒されます。」 確かに銀樹の森の匂いがする。クラウディスの好きな香りだった。 「でも・・・こんなにたくさん・・・一体誰が・・・?」 クラウディスは不思議そうに辺りを見渡した。侍女たちは皆顔を見合わせてくすっと笑った。 「王ですよ。王妃さまが外にも出られないと聞いて、王が温室の花を贈ってくださったのです。」 「王が私に・・・?」 クラウディスは耳を疑った。こんな贈り物は初めてだった。何故こんなことを・・・? 「それだけじゃありませんわ。これも王が・・・」 見たこともないような珍しい果実が大きな籠いっぱいに盛られていた。 「それは・・・?」 「これも温室で栽培された果実です。なかなかたくさん収穫出来ない貴重な果実で・・・今年の初物です。これはこのまま召し上がっても美味しいけれど、摩り下ろしても大変美味だそうですわ。」 「えっ?」 クラウディスは困惑した。侍女たちが目を輝かせて興奮しているのがわかった。 「そんなに美味しいの?」 クラウディスが侍女に尋ねると皆一斉に口を閉ざした。 「どうしたの?」 「あの・・・私たちまだ一度も食べたことがなくて・・・温室の果実は王さまと・・・王家の方やお客様にしかお口に出来なくて・・・」 「でも本当に美味しいのですって。頬っぺたが落ちるくらいに・・・」 クラウディスは思わず笑った。侍女たちは驚いた。いつも澄ました顔のクラウディスが可愛く笑ったのを見て、侍女たちも顔がほころんだ。 「ではこれを皆でいただきましょう。切ってくださる?」 クラウディスの言葉に侍女たちは飛び上がりそうになった。 「私たちもご相伴させていただいてもよろしいのですか?」 「もちろんよ。こんなにたくさん一人では食べきれないわ。」 クラウディスは喜ぶ侍女たちの顔を見るのが嬉しかった。自分もいつのまにか笑っているのに気付いてなんだか可笑しかった。 侍女たちは急いで用意を始めた。手際よく果実は切り分けられ、クラウディスの為に食べやすく摩り下ろしたものも並べられた。瑞々しい赤や黄色の果肉が色鮮やかに輝いていた。 「まあ美味しそう。初めてだわ。こんなの・・・」 ずっと食欲がなかったクラウディスだが、その果実を見た途端、思わず唾を飲み込んだ。クラウディスは口に運んだ。甘酸っぱい爽やかな風味が口の中いっぱいに広がってクラウディスは驚いて目を見開いた。 「本当・・・頬っぺたが落ちそう・・・」 クラウディスの無邪気な反応に侍女たちも思わず笑った。 それはとても不思議な味だった。今まで食べたことのないような食感と舌が蕩けそうな甘さに、クラウディスは一瞬にして虜になったのだ。 侍女たちも一斉に頬張ると嬉しそうに微笑んだ。 クラウディスはなんだか不思議なかんじがした。王に贈られた花に囲まれて、侍女たちと一緒にこうして楽しく美味しいものを食べているのが、まるで夢でも見ているような気分であった。 私が塞ぎ込んでいると聞いて王はわざわざ私の為にこんなことをしてくれたのだろうか・・・それともこれは私への侘びのつもりなのだろうか・・・ クラウディスは理由がなんであれ、テリドレアーネの厚意に感謝した。 ◆ブログランキング参加中◆ 応援よろしくお願いします。 |




