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今では珍しくなった餅つき
日が良いというので毎年12月28日は餅つきの日と決まっていた
そんな実家の餅つきの風景も遠い記憶の中だけになった・・淋しいね
さて餅つきは前日から始まっているのです
もち米をとぐのは当日は絶対いけないというひい婆ちゃんの教えを守る母が相当な量の、
もち米をとぎます
祖母や伯母はあんこを練ります
実家はこしあんと決まっていたので焦がさないように練るのは重労働です
私は茹でて冷凍しておいたヨモギをひたすらまな板の上でたたきます
手を抜くと美味しいヨモギ餅にならないので私以外には任せられないのです
そして当日、いつも早起きしようと思うのに「ペッタン、ペッタン・・・」の音で目覚める
それでもまだまだ夜明け前で暗い
大きな木の臼を物置に出してすでに餅つきは始まっている
物置といっても私が小学生の頃は石炭ストーブが主流だったので一冬分の石炭を収納しトラックを置き漬物樽が何個もあり資材も少し置くっていう場所なので物置としては広い
しかも寒い・・・・・
絶妙のコンビネーションで餅をついていく父母を見るのは楽しかった
そしてつき終わった餅をまずはお供えを作りそれからあんこ餅を作りのし餅を作る
つきたての餅をクルクル丸め、あんこを包み、まずは試食
大量の餅を冬中食べる時、あんなにブツブツ言ってる子供達がクリスマスケーキより美味しいと言わんばかりに競って食べる・・・今思うと不思議
延々と餅をつき最後の仕事はのし餅を切る作業です
柔らかくても硬くてもダメ、そんな頃合いを見計らって始まる
一部屋が餅で埋め尽くされた所に自分の場所確保から始まる
手にするものは包丁とダイコン
包丁についた餅の粘りをダイコンで取るのです
なかなか大きさが揃わなく、慣れた頃には硬くなってきて包丁を持つ手も限界になる
最後は子供達が近所にお餅を持って行く
たぶん大人は片付けや疲労でヘトヘトだから子供の役割になったのかしら
大きな器や箱(大きいと言っても子供ですからね)でお餅を運ぶ
帰りは器に「おうつり」といってお菓子や果物、おこづかいなんかを入れてくれる
そんな風習も懐かしい
12月28日は大晦日の次に長〜い日です。
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