微笑みながら

北海道は今が一番かな、朝晩涼しく昼は25度前後。夏中こんな日が続けば良いのにね!

懐かしい話

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今日は「良い夫婦の日」と朝からTVで色々な話を聞いていたら昔の事を思い出しました
 
私が子供の頃、実家には色んな人々が住んでいた
 
住み込みの大工見習いの人や独身の大工さん、母の妹たち
 
その後は遠い親戚が夫の暴力から子供連れで避難してきたり
 
あの頃はわからなかったけどきっと夜逃げの為の一時避難の家族
 
そして母の実家のご近所さんがこれまた夫から逃れてきたら続けて子供達がやってきた(もう成人の子供)
 
そうだ駆け落ちの人も住んでいた
 
まだまだ元気だった祖母にさぞ肩身が狭かったはず
 
でも頼ってきた人を見過ごす事はできなかったんでしょう
 
こうして思い返すとまるで実家は駆け込み寺のようじゃないですか・・・
 
色んな夫婦ですが不思議と離婚だけはしてないそうです
 
昔はそんな事が特別なことにも思っていなかったけど(たぶん子供だったから)今我家でそんな事が繰り広げられたら・・・寝込むかも
 
今更ですが私の母は太っ腹!
 
父は良い嫁だったとあの世で思っているかしら
 
良い夫婦って山も谷も越えて長い年月の先に見えてくるのかな
 
まだまだ「良い夫婦修行中」でしょうね私は。
 
 
 
私が小学生の頃
 
田舎でしたが一年生から給食がありました
 
その頃はコッペパンというパンが毎日のようにでます
 
私は好き嫌いが激しい子だったので給食の時間が大嫌いでした
 
K君という転校生が隣の席になった時大嫌いなニンジンを全部食べてくれました、そのほかの嫌いな物も食べてくれました
 
元気で明るいK君は給食の時間は特に輝いて見えました
 
(本当にいい子だったな〜)
 
そしてコッペパンは家にいるチロという犬に持って帰ります
 
チロはパンをちぎって高く投げるとジャンプしてパクッと食べます
 
それが楽しくて毎日パンを持って帰るのが楽しみでした
 
チロはとても人懐こい犬だったからなのか、ある朝居なくなっていました
 
繋いだクサリごと居なくなっていたので誰かが連れていってしまったようです
 
それからコッペパンは隣の家のクロにあげる事になりました
 
(きっと私が勝手に決めたんでしょうけど・・・)
 
残念な事にクロはチロほどジャンプが得意ではありませんでした
 
でもとてもおとなしい犬でした
 
そうして私が給食が終わる中学を卒業する頃にはパンを食べてくれる犬はもう居ませんでした
 
 
好き嫌いはダメと言われ強制的に同じ量を食べなければならなかった学校給食・・・大嫌いな思い出です
 
息子達の時代になるとメニューも郷土料理が入っていたり食べれないものは食べなくてよくなったり羨ましい
 
何でも先生達が好き嫌いがあるので子供達に強制できないようになったのだとか・・・
 
本当みたいだけど本当かしら・・・
 
 
給食をチョッピリ楽しい思い出にしてくれたのがチロとクロでした。

立春式

むか〜しの話ですが当然私にも中学生の頃はあった

私の町内会の行事で「立春式」というのがありました

中学二年生が昔の元服のように大人になるというのだからしっかりと自覚を持ちなさい

というような事だった・・気がするのですが

あまりに昔のことで覚えていません。。。

なぜか二年生全員ではなく同じ町内会の子だけが○○町会館に先生の引率で出かけるのです

町会の行事なのに授業受けなくて良いなんてラッキー!って思っていました

今でもあるのかな〜息子達の学校や町会では無かったと思うけど・・・

ただ思い出に残っているのはちょっとしたお膳がでるんですが大人の挨拶が長くて足が痺れて友達が一生懸命私の足をさすってくれた事

もちろん感覚が無くて自分の足と信じて私の足を察すっていたのだけれど

それに私が気付くのも相当時間がかかったという事

お赤飯も硬くて割り箸が折れて困った顔がたくさんいた事


折角の大人達の心遣いも中学生にはよくわかりませんでした

どうして全員揃って立春式をしないのか、どうしてこんなに足って痺れるのか・・・

そんな思いしか残らなかった中二の頃の話です。

夏が遠ざかる

誕生日が過ぎるとゆっくりゆっくり夏が遠退く

あ〜今年も夏が終わる・・・・・

毎年毎年そう思うのです



子供の頃、私は両親と一緒に寝ることはできませんでした

2歳下の弟が産まれ更に3歳下に弟が産まれ私はすぐ祖母と伯母と布団を並べた(らしい)

幼い頃の夏の記憶は蚊帳の中

夜になると蚊帳を吊るのです

もちろん蚊に刺されないようにと蚊帳の中で寝るのですが吊る時なのか自分が入るときなのか破れた穴からはいるのか「ブ〜〜〜ン」と聞こえるのです

そうなると蚊の退治を終えなければ寝ることは出来ないから大騒ぎになるのです

今では蚊帳って何?と言われそうですがなんと言っても私がワカメちゃんのような髪型の頃ですから昔の話です

昔といっても微妙な程度の昔です・・・

その頃は本当に幸せな子供が多かったと思います

寝る時は「背中が痒い」と言っては伯母がずっと背中をかいてくれます

「耳がかゆい」今度は耳、なんて我儘な・・・・・

冬は足が冷たいと伯母が足を暖めてくれる・・・・・

大切に大切に育てられたと今になって思うのです

その頃はたぶん当たり前だったのです

大切にされたら自分も大切にしたいという気持ちになります

そんな当たり前の事が今は少ないのかと淋しい気持ちになります

今では暑い夜はエアコンや扇風機ですが蚊帳の中で過ごす・・そんな楽しさを沢山の人に知って欲しいですね


短い夏が去って一瞬の秋、そして長い冬が続くのです


スイカが美味しいのは今週までかしら・・・

大きなタライで丸ごと冷やしたスイカを見る事もなくなりましたね〜。。。。。

便利な現代の生活は絶対捨てられない私ですがやはり懐かしく思うのです。

夏休みの音

夏休みには独特の音があると思います

たぶんいつもは学校に居る子供達の音です

音といっても話し声や歓声や自転車の音等色んな音が入り混じっての音なんですけど

特に私が好きなのはラジオ体操から帰る時の子供達のお喋りや午前中から聞こえる吹奏楽の音色


子供の頃の自分が重なります

私が子供の頃は小学生は全員参加のラジオ体操でした

普段よりずっと早起きしなければならない夏休みに子供の頃は疑問さえ持たないんです

しかも公園だけじゃなく町中でラジオ体操の音が響いていました

今のように生活サイクルが多様ではないので苦情も少なかったのでしょう

体操が終わると並んで首からぶら下げたカードにハンコを押してもらうのです

休み明けにはカードも先生に提出するのでズルできないんです

そうして家に帰り朝食です

帰り道に今日の約束を友達と交わします

携帯もなく家の電話も子供に自由に使える時代ではなかったから子供達にとってはラジオ体操に行くのは結構重要な事でした

休み最後の日はノートやえんぴつを貰えるのです

冬休みはラジオ体操が無いので(雪でムリだからね)今思うと夏休みって健康的だったんですね

今の小学生は毎日ラジオ体操には行かないんでしょうね


今は吹奏楽の練習が聞こえます

随分迫力ある音が聞こえます、何ていう曲なのかしら綺麗なメロディーそして迫力あるティンパニが印象的だな〜

窓から聞こえる音色はとても心地良い、みんな一生懸命練習してきたんでしょうね

私の中学生活は吹奏楽部が全て、それ程練習に明け暮れていたのかって事じゃなく音の中に包まれる心地良さを知ったという事なんです

あ、同じ所を何回も途切れ途切れに繰り返す

きっと指揮の先生の指導がはいっているんだ

暑いのに頑張ってるな〜


今日は小学生の声がしない・・・

暑いから夕方からかしら外で遊ぶのは



こんな平和な夏休みを世界中の子供達がおくれますように・・・

夏休みがいつまでも優しい記憶でありますように・・・

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