武士道 BUSHIDO

「正しく生きよう!」こう思ったら今日からサムライだ!

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慈にあらわす「武士の情け」弱き者、敗れし者、虐げられた者への仁の愛情は、サムライらしい愛情である。日本人の憧れの特別の階級「武士・サムライ」の思想は、義・勇・仁・礼・誠・誉・忠で構築されている(武士道、武道) 強きものが弱きもの・弟子を死に至らしめた事件に武士道は、なかった。
 大相撲の時津風部屋の序ノ口力士が6月に愛知県犬山市でけいこ後に急死したことは、メディアで問題になっている。朝青龍問題の時も大いに考えさせられた。
      武道と称するならば、
 須磨の浦の戦い(1184)の武将・熊谷直実の話を思い出してもらいたいものである。
一の谷の合戦で熊谷直実は平敦盛と戦い、組み伏せました。兜を剥ぎ取ると敦盛の顔をみれば「自分の子供の小次郎と同じ年の16歳程度に見えた」そこでこの子供一人討ったところで戦の行方に変わりは、ない、ましてやこの少年の死を知ったら父親の嘆きはいかばかりだろうかと思って、直実は敦盛を助けようとします。しかし時すでに遅く、背後には源氏の武士たちが迫っており、直実が助けたとしても敦盛の命はない。直実は涙をふるって敦盛の命を絶ちました。「あはれ、弓矢取る身ほど、口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生まれずば、何とてかかる憂き目をば見るべき、情けなうも討ちたてまつるものかな」

 そして直実は花のような若武者をも殺さねばならないこの世の無常を感じて出家をした、というのが「平家物語」にもある「武士道の慈悲=武士の情け」を表した話である。(実話は、別とし武士の訓えとして受け止めて)
 後の狂気の殺戮集団のサムライたちは、「武士の情け」を訓えの一つとし哲学を形成し日本人の心に宿っていった。このような事件が武道と称され国技である「相撲」に起きたことは、残念である!!!

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