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ゆうべの晩ごはん。
ねぎとろ巻き、お寿司、チーズ。
同居人が日曜から出張でいないので、テキトーなものを買って食べている。
あと少し、あと少し、あと少しで書きあがる。
メドも立ってるしプロットもわりとかっちり組んである。
書こうと思えば勢いで書き上げられちゃうかもしれない。
でもそれではイカンのである。
勢いは甘い罠。
今までの経験から私はそう信じている。
だからわざと「寝かせて」みる。
走り出したくなるのを「どうどう」と押さえて、もう一度アタマをからっぽにして、それから改めて書き始める。
すると、見えてなかったもの、書かねばならないこと、そしてここが大事だと思うのだが「書いてはいけない何か」が見えてくるのだ。
戯曲は「見えている部分=オン」と「見えていない部分=オフ」で構成される。
オンの部分にとかく注意が向きがちだが、実は書かれていないオフの部分にこそ、その戯曲の真髄が現れると言っていい。
もちろん全編オフではなんのこっちゃわからぬ芝居になってしまう。
(前衛劇ではありうるかもしれぬが)
だから劇作家は、そこらへんの塩梅を才能なり経験なりひらめきなり偶然なり…で決めなくてはならない。
その塩梅のための時間が、特に後半にかけて必要となる。
ワインもウィスキーも戯曲も寝かせて育てる。
もちろんそれには「熟成に耐えるだけの力」を備えていなければならないけどね。
さあて旨い芝居になりますかどうか。
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