ヒナコノヒヨコ

遠い灯を 求めておよぐ 昏い夜。

キオク

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頭の抽斗から、たまに取り出して並べます。いままで生きてきて感じた様々なコトガラ。
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24年前

23歳のときに、
芝居でお世話になっていた公民館の広報誌に載せてもらいました。
実家に残っていたらしく、
母が持って来てくれました。
「将来は小説家志望」、自分でも忘れてた…
夢がかなうのはこの20年後です。

イメージ 1

記憶のなかの道を辿る

ゆうべの晩ごはん。
九州ラーメン桜島@京王八王子駅前店の、
味噌バターラージャン麺。

高校一年まで、
八王子は恩方という、
京王線京王八王子駅からさらにバスで30分の、
「ほぼ山梨」みたいな山奥に住んでいた。

平家の落人伝説がある土地で、
でも別に落人だったから住んでたわけじゃなく、
たまたま両親が買った家が、
そこに開かれた新興住宅街にあっただけのことだ。

昨日、初めて子どもたちをつれて、
私の育った家を見に行った。

まだ、建ってた。

新興住宅(だった)街は、
人影も少なく、
初夏の陽気にただようのは陽炎ばかり。
ねこの姿が目立つ。

親世代が老い、
子ども世代は帰ることなく、
町は時間を失ったまま、
ただ在りつづける。

家を見たあと、
小3まで通った「恩方第一小学校」へ歩いてみる。

これが遠いのだ。
家から学校まで約5キロ。
この田舎道を、
一年生だった私は巨大なランドセルを背負ったまま、
てくてくと歩き続けた。
よく歩いたものだ。我ながら…

記憶を辿りながら、歩く。

だがさすがに30年の歳月は、
村も道も変えてしまっていた。
迷い、道を聞き、また迷う。
「ねむい。もうねむい」ほろほろ泣くビーをなだめすかし、
ルーを励ましながらようやく到着。
「八王子市内の小学生が遠足に来る母校」は、
健在であった。

1時間に1本のバスで駅まで帰る。

今度はさらに山奥に建つ、
中学校へ行ってみようかな。
この中学校では、
夏、蛍が飛び、
むささびが舞うのだ。
そして市内の中学生が遠足に。

ねずみと電信柱

ゆうべの晩ごはん。
クリームシチュー、お惣菜パン、新たまねぎとレタスのサラダ。

自宅マンションの前に広がる空き地。
現在、永の空き時間を経て、
宅地造成真っ最中、である。

昨日、電信柱が4本、おっ立った。
夕暮れ、
ふと目をやると、
整地されかけた地面ににょっきり立っていた。

越してきて以来12年このかた正統派空き地で。
大きな柿の木がそびえていたりして。
飼っていたスナネズミが死ぬと、
その木の根元に埋めていた。

茶々、音ゝ、文、民、のの。
茶々と音ゝが初めて飼った初代のスナネズミ。
姉妹だった。
会社の先輩宅で産まれた子どもを分けてもらったのだ。
ねずみだけど、結構な長生きをして(4年近く生きたか)、
音ゝ、そして茶々と死んだ時は本当に悲しかった。
箱につめ、同居人とふたり、空き地に埋めた。

次に飼ったのが、文(ふみ)と民(たみ)。
これはペットショップで買った。
だが文は体が弱く、
家に来て3日ほどで死んでしまった。
小さな体を先住ねずみの側に埋葬。

ペットショップに経緯を話すと、
「では代わりに」と言って、
かなり年増のねずみをくれた。
しかも、巨大。
すなねずみにしては。
これが、ののさん。

民が死に、最後のののは、ルーが1歳の頃まで生きた。
ちなみに全員女子であった。

つまり、現在掘り起こされている地面には、
スナネズミが5匹、埋まっている。
あんな小さな体だから、
きっともう土に還ったに相違ないが。

墓標となった柿の木は伐られ、
今、
コンクリートの電信柱がそびえゆく。

違和を感じるこの風景にも、
やがて私は馴れるだろう。
ひとはなんにでも馴れてゆくのだ。
そうやっていきてゆくのだ。

伐られゆく。

ゆうべの晩ごはん。
塩さば、金平牛蒡、ぶひぶひ山、しらす干、とうふとなめこのおみそ汁。

前々から、
我が家の前の空き地に家が建つ、とは聞いていたが、
とうとう今日、
まず雑木の伐採が始まった。

駅前だし、
広いし、
だからきっと相続税対策とかあるんだろうし、
もちろん自分の土地でもないし、
だいたい今住んでるマンションだってもとは空き地だか畑だかだったところを開発して建てられたものなんだから、
もう全く完全になにも文句言える筋合いではない。
ないのだが、
やはり11年間見慣れた風景が壊れていく、というのは、
さびしい、を通り越して、痛い。
特に、四季を私に感じさせてくれた柿の木が伐られてゆくのを見るのは辛かった。

私たちが越してきた12年前に、
すでに大木であったから、
たぶん数十年は経っているのだろう。

春、芽吹き、
夏、茂り、
秋、実り、
冬、葉を落とした。

さまざまな生き物たちの生まれては死に行くさまを、
柿の木は見てきたのだ。

でも伐られるときは、一瞬だね。

大地がわずかゆれ、
カーテンを開けばそこに、見慣れたあの木は、ない。

誰が悪いのでもない。
誰も悪くなんかない。
だからよけいに痛い。

朝、保育園に向かう前のビーと、
柿の木に「さよなら」をした。
同居人も、
帰ってきたら肩を落とすだろうなあ…

そして現実問題として、
目の前に新しい住宅が建ったら、
ウチはどのよーな環境下に置かれるのだろーか。
それまた不安ではある。

これまた仕方のないことなんだけどさ。

オメデトウゴザイマス

ゆうべの晩ごはん。
えびピラフ、豚汁、冷や奴、小松菜のおひたし。
マッシュルームがなかったので代わりにまいたけを投入。
意外と美味しく出来ますた。

元男闘呼組の前田耕陽サンが再婚なさったことを昨日のテレビで知る。
おめでとうございます。
耕陽サンとは幼稚園から中学まで一緒でした。

「男前・優しい・頭がいい」の三拍子揃った耕陽は、幼稚園時代から女の子の憧れの的。
劇の発表会では「誰が耕陽クンとお手てを繋ぐか」で6歳女児は揉めにもめたものだ。

また先日、実家に置いてある小さいころのノート類を整理していたら、
小学校低学年のワタシの手になる「前田耕陽と彼をめぐる女たち」と題された取材?メモを発見。
どうやら耕陽本人と、彼を慕う女の子たちにインタビューしてまわったらしい。
幼少のみぎりより「ミーハーで大馬鹿」なことが証明されてしまった。

ちなみに将棋の羽生善治サンも同じ幼稚園〜中学校である(年はいくつか下)。
何年か前、偶然テレビで「前田耕陽、羽生善治に会いに行く」みたいなバラエティ番組を見た。
「前田耕陽、羽生善治に将棋で挑戦」はまあいいとしても、
「二人、出身の幼稚園を訪ね、懐かしい担任の先生と感動の再会」はどうよ??
公共の電波を使ってこんなミウチーな番組を流してええんか?
この番組の企画者も絶対幼なじみの誰かだな…と確信した私であった。

何はともあれオメデトウゴザイマス。
ご活躍をこっそり応援しておりますよ。

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