「水流渓人な日々」2

日々思う・・・雑多な駄文であります。

ようやく年無し1号

平成30年10月31日(水)


蒲江を目指して自宅を出るが、何かしら「延岡新港」で右折してしまう。
結構、気合いは入っていて、前夜から渾身の「団子作り」をした。

ボラの60㎝からスタートする。
それにしても強い引きで、目だって恥ずかしい・・・。
ここのところ釣果が悪く、偵察の釣り人の方達から声を掛けられる。

寝ウキを使うのは、好みなのだろうが、私には一番よく情報を拾ってくれる気がするせいだ!!
続いて、もう1匹ボラが渾身のファイトを楽しませてくれる。
それから、タカノハダイ・・・ちとダメモード気配。

素晴らしいアタリが出て、寝ウキが引き込まれた!
??ボラ??
51.5㎝年無しチヌ!!
自己最高の大きさだ。

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41cm、32cmを追加し、いい一日となった。

次女と孫は、1ヶ月健診。
ママ?ババ?の運転で病院へ。
もうすぐ、里帰り出産も期間終了となり、3日には福岡へ送って行く事になる。


ロッド:インテッサG-V 1.0号 5m
リール:BB-X テクニウム C3000DXG
ライン:BB-X HYPER-REPEL α NYLON サスペンド 2.0号
ハリス:トルネード松田スペシャル競技 ブラックストリーム 1.5号
うき:釣武者 超ねうきT-Ⅱ

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更新が、1ヶ月半ぶりとなった。
もちろん、登山は無い。
次女が、出産の為の里帰りをしていたからだ。
臨月を迎え、新しい家族を迎える準備を、一緒に過ごしたかったからだ。
ただただ、母子共に元気!を願う。
 
 

4人の子供達に恵まれ、出産と言う場面は経験したはずだ。
しかし、子供が出産となれば、話は別だ!!
初体験の「ジジ・ババへの道」なのだ!

 
生まれるまで、お父さんも各週末と福岡からやって来た。
次女は、勿論不安も多かったろうが、嬉しさが勝っている感じもした。
やっぱり、その子は「親を選んで生まれてくる子」なんだろうなぁ〜。
 
 
予定日の1週間前、「?」という兆候・・・。
丁度28日が休みだった私は、「その時」を期待し備えたが、何事もなく夕食。
夕刻には、鹿児島から所用と、妹の様子伺いを兼ねて、長女が帰って来た。
楽しく賑やかな夕食も終わり、うたた寝をしている私は、「破水した!」の声に目覚める。
「その時」が来たのだが、ママの車で長女も付き添い、次女は病院へ向かった。
金曜日、仕事を終えたお父さんも、福岡から車を走らせ病院へ向かう。
自宅待機の私、安産祈願の「中山寺」で頂いた「その時セット」の中にある「安産御符」を水に浮かべ、「安産おろうそく」の点火準備をする。
大役だ!!
本当は、立ち合いたかったなぁ〜。
ママからライン「長期戦になりそうだから、寝てていいよ!」
何言ってんだ??と、怒りながら、ちょこっとろうそく点火し安産祈願を済ませ。
しばし寝てしまう。
 
 
明け方4時、福岡からお父さん到着。
陣痛続く中、ようやく4時33分、産まれた。
ママが、かすかな産声をラインで送ってくれた。
お父さんを待って産まれて来るところなんか、やるね!!
 
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「初孫」なので、病院の先生から、山形県酒田市「初孫」を贈ってくださった。
孫と言う違う世代を含めた、新しい形の家族がスタートした。
楽しみで仕方ない。
 
 
 
 
 
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次女ブログ その①  その②

産まれたその日、大型台風24号が通過した。

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連休無き盆の日々

今年は、お盆休みの連休は無い。
だが、がむしゃらに働かなくても、やり残している夢に時間を費やしても良いのではないか?
やはり、暮らす国に法律があれど、環境に意識がないと、哀れな人生になる。
ただ、私は家族を守り、生きていく為に我慢を選んだ。
それでなくては生きていけない能力しかなかったのだから、環境のせいにしてはいけないだろう。

10日連続で出勤となる。
ようやく休めた日、前夜から出かけ、深い森の合間に眠りにつき、
翌日、五木の渓流に遊んだ。

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豊かな時間が流れた。
こんな豊かな時間を過ごせるのは、ある意味今いる環境のおかげだと感謝しなくてはならないのだろう。
もっと少ない糧でも、楽しめるんではないだろうか?
決して、私に豊富な収入が、幸せだとは思えない。
贅沢に高価なものに囲まれようが、こんな豊かな自然の中を歩けなければ、哀れすぎる。
時間を過ごすとは・・・、まったく違う価値観があり、個々の中にある物だけだろう。

盆休み、子供達全員と家族で過ごす時間が欲しかった。
健全な環境に身を置く長男は、11日〜19日の連休・・・。
大学時代、学部・宿舎・旅・免許と、同じ時間をたくさん過ごした友を連れ帰省した。
11日、ママが空港から「青島神宮」「堀切峠」「西都原」と案内した。

夜、食べ飲み語る。

翌朝、早朝から県北へと、ママが連れて行く。
私は、仕事だ。
「高千穂峡」のボート狙いだが、朝8時に到着すると、すでに遠い駐車場しか無く。
ボートは、すでに2時間半待ち・・・驚きだ!!
「淡水魚水族館」を立ち寄り、「天岩戸神社」。
日向「馬ヶ背」「クルスの海」「大御神社」と、県北満載コース。
その夜は、鹿児島からの長女が餃子を作ってくれて、さらに賑やかだった。

ようやく休みの13日。
「鵜戸神宮」から、始める。
7時半の到着で、駐車場もガラガラ・・・おかげで「運玉」誰も入らず??
青い海を眺めながら、「幸島」に行くが、低気圧のせいで船は出ていなかった。
そのまま「都井岬」で、岬馬と遊び、灯台から景色を楽しんだ。
日南に戻り、美味い魚を食べる。
連休は混雑してんね!!

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ん?これなら霧島まで行けるんじゃね??
酒谷を抜け、都城をぬけ、霧島神話の里から錦江湾を見ると、桜島の向こうに開聞岳までクッキリ!
えびの高原に到着すると、エコミュージアムセンターの展示見学にも間に合った。
帰路は、白鳥温泉方面からえびの〜小林と走り、小林市内で「宮崎和牛」を買いこむ。
最後の夜も、外食でなく自宅で良かった!!

翌朝、長男は友の研修先「長崎」に、高速バスで向かった。
その日は、歩いて「稲佐山」に登り、夜景。
翌日は、「精霊流し」をみたそうだ。

次の日、次女のいる糸島に行き、1泊。
その次の日、青春18切符で、大阪の次男宅泊。
長男の旅は、家族全員を繋いでくれる珍旅となった。

ありがとう!

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鹿児島へ

先週の22日・日曜日()のことだが、鹿児島へ行った。
本当は、どこか数座登るつもりだったが、天気予報がおもわしくなく、止めた。
4時ごろ、長女を鹿児島中央駅で拾う予定だったので、それまで観光と決めた。

こんな報告書いている日曜日の今日も、台風の影響で、また遊べないでいる!

「西郷どん」ロケ地になっている「国指定史跡:大口筋・龍門司坂」・・・。
日向と熊本との分岐にもなる街道だそうだ。
ドラマの撮影というより、薩摩藩の主要街道・・・大名行列や物資の輸送、西南戦争に使われた街道を強く感じた。

続き、「石橋記念公園」。
甲突川五石橋・・・江戸末期に架けられ、平成5年の災害まで150年も現役として使われていた、
その橋の「西田橋」「高麗橋」「玉江橋」が、移設された公園。
江戸末期に、どう造られ、平成にどう移設されたのか?
とても興味深い展示を見ることができた。

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昼食を兼ね、鶴丸城付近に駐車する。
丁度、「おぎおんさぁ」の祭りと重なり、駐車場に苦労した。

鶴丸城の堀を歩く。
城壁には、弾痕が残っていた。
感じの良い店員さんのいる喫茶コーナーで、外の暑さを癒す。
展示を、見るが娘との待ち合わせまで2時間しかなく、とても全部は見れなかった。(再訪決定!)

鹿児島中央駅近くで、娘をピックアップし、2泊の実家帰りの為、一緒に宮崎へ・・・。
娘の運転で、私は後部座席で爆睡・・・。
帰路途中、都城JA「ATOM」の「レストラン朝霧」で、都城牛の焼肉を堪能する。
うまかったぁ〜!!

そして、そこからはママちゃんの運転で、再爆睡。

そんな休みもあったりする。


今日、山でもない釣りでもない今・・・、ママ主導で計画が決まって行ってる。

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7月18日(水)


山行座数合計・・・1071座(回) 


三重町を過ぎ、朝地を右折・・・を忘れ、沈堕の滝から右折してしまう。
師田原ダム横を通り、大峠を越えての野津原。
ママと意思統一が出来て無くて、ママのナビセットは、大龍山登山口。
ナビは30号線「芹川トンネル」側からを案内し、私の目指す「永慶寺トンネル」ではない事が、もう少しという所で判明。
デリカなら走っていたところだが、ママのノートだから・・・と、引き返しての「永慶寺トンネル」。
結果、それが大正解!
冠山の登山口となる、永慶寺跡へは「芹川トンネル」方面の林道からだと、チェーンゲートで通れなかった事が歩きだして判明。

永慶寺トンネル北川から「日本一の里山」の黄色い看板方面へ入ると、すぐに永慶寺跡。
通り過ぎて、砂利道わ100mぐらいの先の空地に駐車し、暑い林道を歩いて登山口へ。
暑いとは言っても、樹間からそよぐ風は涼しい、そして格別。
クーラーの冷気に比べると、汗だくの中の涼風は、その価値が違う!
地図は大龍山の山頂はすぐだが、手前ピークからがちょこっと辛い。
そう言っても、24分で山頂だから登山的にはちょっとだわな・・・。
すぐに下山すると、続いて冠山。

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その前に、駐車した三叉路でオニギリ昼食。
ここも、冠山方面の林道はチェーンゲート閉鎖してあった。
案内板はあるが、すでに道は草に覆われていた。
目印は豊富にあるが、すでに歩かれていないのかなぁ〜。
目印通りに山頂へだとり、そして下山。
辛かった登りも1時間ちょい、下山は吹く風を感じながら。

車につくと、すべて着替える。

盛夏登山、悪くない!!

6:00自宅発----8:00北川はゆま朝食----豊後大野----41号線〜大峠----庄内----10:46永慶寺トンネル----11:08駐車位置発----11:23大龍山登山口----11:47大龍山-----12:35下山----移動----冠山分岐・昼食----12:53登山開始----14:07冠山----14:50下山----朝地----豊後大野・三重----日向夕食----19:00自宅


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7月15日(日)


山行座数合計・・・1069座(回)

なんなら、久住近くまで行ってみっか!
爺ぃになると、早く目覚める。
5時出発を決めていても、4時には目が覚めて、出発時間を待つ感じ?
毎度、大分方面には、道の駅北川はゆまの「朝食バイキング500円」となる。
さすが日曜日、7時開店前から人が並んだ。
野菜が豊富で、そこそこ薄味・・・。
野菜ジュースも、牛乳も、ドリップ珈琲もある。
まぁ〜お得で美味しいって事だ!

ここからは、豊後大野から竹田に抜け、直入から白水鉱泉、男池から朝日丘に着く。
やまなみハイウェイ沿い・・・久住の景色に酔う。

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なだらかな山容に、山頂に立つ電波塔・・・そりゃ「道アリ」歩きだわな!
廃墟ドライブイン脇に駐車し、牧草地の道を行くとゲートとなる。
施錠のないゲートで、通らせてもらうとしばらく舗装路〜砂利道歩き。
人工林も多いが、自然林の気配はすこぶるいい!!
しばらくすると、作業道は狭くなり勾配が出る。
浸食でガタゴトした道は、崩平山の山頂まで続き草地の中に電波塔が建ち並んでいた。
今日は、運動靴と思い来ていた。
今日から猛暑と言うも、木陰の涼しさはこの上ないものがある。
樹間からそよぐ風、街歩きでは味わえないよなぁ〜。
噴き出す汗も、静かに感じれば、生きている自分が判る。
次の山に向かう。
登山口となる蛇越岳林道入口の空地に駐車し、冷房の効いた車内でオニギリを食べる。

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・・・・。
やはり、状況報告なんて記録・・・私には無理だなぁ〜。
山の記録、何処からどう登ってどうのこうのと言うウェブサイトは、私は読んでも面白くない。
だからやはり、書くのも辛い。
私の記録は、自身のもので、好き勝手に書くのが楽しい。
時系列の報告書みたいなのが苦手で、しかもほぼ読み返さない。
なら、なぜ記録みたいにブログに綴るのか?
1000座を目標にしているからだ。
登った証しって事だけだ。
とりあえず1000座。
その向こうに何もない事も知っている。
達成感より、たくさんの喪失感を味わう事になるのも知っている。
私は、そんな卑屈な奴だが、この歳で見えてきたものもある。
終われば次だ!
前だけを追いかける事を知った。
1000座の後は、2000座?
違うね!
やりたい事、達成したい目標は次々にある。
どうしても、同じ事にとらわれる事は難しい。
そういう生き方もある。

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これまた山頂に中継局のある野稲岳。
国土交通省の中継局ともなれば、砂利林道だったはずが、立派な舗装路に転じ山頂となった。
そんな2座。
牧ノ戸峠を抜け帰る。


5:15自宅発----6:50北川はゆま朝食----豊後大野----男池横----10:21朝日丘----11:45崩平山----12:40下山----やまなみハイウェイ移動----昼食----13:32蛇越岳林道入口ゲート----14:54野稲岳----15:42下山----長者原----牧ノ戸----竹田・夕食----延岡----20:50自宅

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7月11日(水)

山行座数合計・・・1067座(回)


ようやく梅雨明けだが、各地で豪雨の被害が出た。
テレビを見る度に、ため息しか出ない光景が飛び込んで来る。
誰もが「まさか?」と思うだろう・・・。
「もし?」をいつも想定できるなら・・・いや、難しい事だなぁ〜。


臼杵ICを降りると、217号線を走り佐志生へ左折する。
中尾ダムへと向かう道には、「樅木山へ」の看板が誘導してくれる。
登山口手前の広場に駐車すると、立派で清潔なバイオトイレが設置されていた。
なんともなだらかで、樹木がおだやかで、清々しい風に包まれた。
夏の日差しも感じる事無く、出迎えてくれた「一等三角点」の樅木山。

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一旦、臼杵市街に戻り、スーパーで弁当を買うと、津久見方面へ向かう。
未踏の「碁盤ヶ岳」を目指した。
ナビに誘導されると、217号線から右折して「鉱山道路」に入ってしまう。
変だと思いながらも進むとゲート、後続のヘルメットの方に聞くと、「立ち入り禁止」だと判る。
 
慌ててUターンし、昼飯を食べる空地を見つけて佐伯方面へ向かう。
昼食後、よくよく調べると、津久見高校から宗麟公園看板右折で西之内地区へと判る。
そのまま、高速をくぐり、うねうねと舗装林道を八戸地区へ向かう。
途中、セメント原料の石灰岩砕石場をなぞり、登山口となる神社に出会った。

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すでに午後2時を過ぎていたので、山頂に4時までに着かなければ・・・と言い聞かせ登る。
神社裏からの石灰岩と泥の急登は、久しぶりに面白かった。
少し、泣きが入るママも見れたが、
「お前がどの程度登れるか知っているから、登れる!」
なんて、励ましながらあっけなく山頂。
いつもながら、石灰岩の山は面白い。
下山後、佐伯で夕食を食べ、ママの運転で寝ながら自宅。
いい気なものだ!


5:25自宅発----7:10道の駅はゆま朝食----臼杵IC----中尾ダム----9:44駐車場----9:48登山口----10:42樅木山----下山----11:33登山口----移動----臼杵A-coop----下青江----鉱山専用道路(ミスコース)----昼食----津久見高----西之内----14:21八戸・神社----15:50碁盤ヶ岳----16:43下山----佐伯・夕食----21:00自宅

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一三夫ちゃんは、私の親父。
昭和7年生まれ・・・。

私が大学を卒業し、大阪に就職した年の7月7日死んだ。
昭和58年、一三夫ちゃんが51歳の時の事・・・。
その前夜、お袋と二人で飲みに出かけた。
朝、いびきをかいたまま寝ていた。
脳血栓。
お袋が気付いた時には、意識がなかった・・・はず。
いびきはしていた。



大阪の私は、その日休みで、借りていた文化住宅の大家さんが訪ねてきて、その訃報を聞いた。
冷や汗が出た。
暑いのに、冷や汗をかきながら、宮崎行の飛行機に飛び乗った。

自宅近くの病院のベットに横たわる一三夫ちゃんは、ただ息をしているだけだった。
体温が40度を超え、あちこち冷却されていた。
次第に、呼吸が弱くなり、痰がからんだ息だけが辛く聞こえていた。
お袋の実家の親戚たちが、入れ替わりやって来ては様子を見て帰った。
あまりにもしらじらしく見えた。
親父は、何を感じ、どう生きたのか?私には判らない。
大好きな親父の枕元で、言葉を聞きたかった。
そして、私を息子に選んでくれた感謝を伝えたかった。


今、59歳の私は、一三夫ちゃんの無念と、楽しかった日々とが判るようになってきた。
一三夫ちゃんに、結婚式に出て欲しかった。
一三夫ちゃんに、4人の子供の成長を見せたかった。
一三夫ちゃんに、孫を抱かせたかった。
沢山景色を一緒に見たかった。
もっと釣りをしたかった。

51歳で他界し、35年が過ぎた。
一三夫ちゃんと共に生きた23年より、長い時が過ぎた。
一三夫ちゃんの写真は、すでに私より若い!


報告したい事は山の様にあるけど、いつも一緒に見ているよね!
もうすぐ、孫も生まれるよ!!

何度でも言う「一三夫ちゃんの子供に生まれて感謝している。」

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6月28日(水)

山行座数合計・・・1065座(回)


そろそろ梅雨明けか?と思わせる好天に恵まれた。
こちら方面なら、「道の駅・北川はゆま」の500円朝食で、腹一杯食べる。

ニューピーク狙いだから、毎度の走行距離は300kmを超える。
ママの車を、日産NOTE・e-powerに替え、燃料費は大幅に浮く!
なんつうか、アクセルだけで「加速・減速・停止」までやれる運転は、実に楽だ!
豊後大野の市場一区交差点を左折し、沈堕の滝方面から、四辻峠を越えて442号線に出る。
4駆じゃ無い分、舗装路に停車し歩く距離は増える。

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農道を抜け、林道工事現場を通してもらい山道に入る。
30分も登れば神社に着き、神社左の斜面を上がると山頂まで近かった。
人工林の中に山頂標識があり、4等三角点は少し先。
下山途中、夏の風物詩?「マムシ」に遭遇。
毎年、必ず出会いがあるが、咬まれない事・・・幸運だ!

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風がある。
この暑さだから有難い。

扇岳は、舗装路から棚田脇を上がり、水路横の廃道に入る。
竹が覆い、薮化している。
途中から廃道を反れて杉林を抜けようとするが、きつい藪に突入する事になってしまった。
藪を抜けると、再び廃道に合流し、ホダ木が積み上げてある丘に出る。
たっぷり水分を補給し、行動食で腹を満たす。
近くのクヌギは樹液を出し、酸っぱい匂いをさせていた。
樹皮の割れ目を覘くと、小クワガタがいた。
ひたひた登ると山頂・・・だが、三角点がなかなか見つからない。
こういう時は、上を見上げる。
樹間が空いている感じの所に三角点の確率は高い。
そして、周囲に石を置いてある事も多い。
低く茂った笹の中を足で探っていると、ほどなくで3等三角点が見つかり、倒木に割れたオレンジの標識のかけらがあった。
藪も、一度通れば、うっすらだが道になる。
歩きやすくなり、下山は早くなる。

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帰路、肥後街道「今市の石畳」に寄る。
ごとごとと、石畳の車道を通り「信玄曲り」。
案内板を見ながら、「丸山八幡神社」。
素晴らしい「楼門」を見学させてもらう。
立派な杉に覆われたすぅ〜っとする空間だった。
「千社札」・・・やっぱ嫌な感じがするなぁ〜。
沢山のご利益の証とも言われるが、同じ人が何枚も貼っている。
しかし、これが江戸時代に張られた札だとしたら、「凄い」に見方が変わるのも変な感覚だわ!

自宅6:30----延岡・給油----道の駅はゆま・朝食----豊後大野----四辻峠----奥集落駐車位置10:21----神社10:55----貝殻岳11:06----4等三角点11:08----下山11:40----移動----原集落手前駐車位置12:08----水路12:11----椎茸ほだ木丘・昼食----扇岳13:19----下山13:58----今市石畳14:26----丸山八幡神社14:47----豊後大野----延岡----自宅18:00



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6月13日(水)

山行座数合計・・・1063座(回)
 
梅雨間の晴れ・・・。
しかも、絶好の青空で、しかも山の中は涼し過ぎるぐらいの風〜。
どこ行く?も、どこ行こうか?も・・・行くのはニューピークだけだ!
通い続けると、行く山もだんだん遠い距離になる。
出来る限り、複数座狙える行程を考えている。
早く1000座を達成したいのか?
じっくり味わい楽しんで1000座を迎えるのか?
自分でも判らなくなっている。
 
「遊ぶ」に、「こだわり」を持つと、「深く」なる。
だが、問題なのは、その「深さ」なんだろうなぁ〜。
私の遊びに深さがあるとは思えないが、「これでいいのか?」と自問する事が多くなった。
間もなく還暦という今、「お前の遊びってそんなもんか?」「それでいいんか?」と聞こえてくる。
今まで、自分のやってることに対する声は、周囲から聞こえてきた。
だが、今は自分の中からの声しか聞こえてこなくなっている。

 
今回も、大分へ。
大分宮河内ICで降りると、流通業務団地を通り姫岳の西からの林道へ入る。
杉に赤テープ、斜面に目印が沢山ある。
結構登る人が多いのだろう・・・、ガイドに出てるのか?出ていないのか?登山口を気にする事は少ない。
道路脇に駐車し、目印をたどると、結構きつい斜面を通り尾根に出た。
山頂まで目印が誘導してくれて、約1時間で「姫岳」山頂に着いた。
気持ち良い汗、そして涼しい風。
 
イメージ 1

 
下山すると、戸塚山へ登るのに「佐野植物園」へ向かう。
入場無料の公園は、小さい子供を連れた家族で賑わっていた。
木陰で弁当を広げている人が多い。
私達は、展望所に上がって弁当にした。
天気と景色がいいと、登山と言う行為そのものの価値が大きく上がる。
悪天候とか、厳しいとか、間違えると言う行為は、印象が残る。
どちらも受け入れているから、いつも「それもアリ!」のピークハント登山・・・。
昼食を済ませ、展望所から鉄塔を目指し、そのまま尾根に取り付く。
ここも、目印豊富に山頂となる。
ダニさん1匹吸い付いていた。
 
下山すると、折角だから「佐野植物園」を徘徊した。
綺麗に展示された植物ゾーンを見学し、池見家を見学した。
まだ14時、せっかくだから「若山」を3座目とし臼杵を抜けて佐伯から高速に乗る。
帰路は、いつもママが運転を頑張ってくれ、私は助手席居眠りのパターン。
延岡で、夕食を済ませ帰宅する。
 
自宅5:45----日向・朝食----延岡南----大分宮河内IC----登山口9:45----姫岳10:48----下山11:36----移動----佐野植物園12:00----展望所12:08・昼食----鉄塔12:45----戸塚山13:04----下山13:35----植物園見学----移動----若山14:54----臼杵市内----佐伯IC----延岡・夕食----自宅19:00


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