「水流渓人な日々」2

日々思う・・・雑多な駄文であります。

次女の結婚式は11月4日だったが、旦那の仕事都合で少し遅れての新婚旅行となった。
なかなか魅力的な計画を企てていた。

1日目 福岡→東京 東京発
2日目 オークランド→クライストチャーチ着
     レンタカーにて、買い出し後230km、テカポ湖キャンプ場泊。
3日目 テカポ湖散策→100kmマウントクック眺望(ケア・ポイント散策) マウントクックキャンプ場泊
4日目 フッカー・バレー・トラック ホテル泊
5日目 クイーンズタウンへ263km キーウィ・バードライフ・パーク ホテル泊
6日目 蒸気船TSSアーンスロー号(バーベキュー・羊毛刈りショー) 280km野宿キャンプ。
7日目 ダニーディン 361km野宿キャンプ。 361km
8日目 クライストチャーチ→オークランド→大阪→福岡

と言う旅。

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価値があるとか、思い出に残るとか、旅に行くとかは、こういう事だ!!
「2日だけやったかなぁ〜・・・シャワー浴びたのは!」
「夜は10時頃まで明るいっちゃが!!」
その二言で、旅の充実が判る。

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今年の年末は、18日に長女夫婦が帰って来て
「正月は、旦那の実家・鹿児島で過ごすわ!」
と言った。
 
「いよいよ修士論文が佳境に入るから、正月も研究室で過ごすわ!」
と、長男。
ママが、あれこれ食品を送ったりしていた。
 
で、次男が30日のフェリーで帰って来た。
彼も、今年大学を卒業し、社会人となる。
大晦日から、私も休みで、掃除やら買い出しやら3人行動で年越しを迎えた。
美味いものを喰い、酒を飲み、ウトウトと「紅白歌合戦」を眺めた。
年越し蕎麦の準備を始めたママの号令で、蕎麦をすすった。
12時を回ると、夜道を歩いて「都萬神社」に初詣に出る。
今年の夜道は、月明かりが素晴らしくて、自分の月影を踏んで歩いた。
並んでお賽銭を投げ、2礼2拍1礼。
 
朝、天気が良いから「初日の出」と意気込んでいたが、自宅の部屋からのご来光になってしまう。
お雑煮メインの新年挨拶、とおとお最後の「お年玉」を次男がいただいた。
私達からは、最初で最後の「百万円と記載の珍味焼蒲」。
昼から、日向一ノ宮「都農神社」へ参拝。
 
深夜、次女夫婦が車で到着した。
あれこれ話したいが、少しで就寝し明日に備える。

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直方出身の旦那のご実家から、「嫁ぶり」なる寒ブリ1匹を頂いた。
丸々とした寒ブリを見ると、そりゃ〜興奮する!
北九州の習慣で、嫁を貰った初めての正月に「よか嫁ぶり」という挨拶の品だそうだが、地域の習慣に触れる事が出来るのも縁あっての事・・・有難い事である。
ならば、気持ちを込め「捌く」というのが礼儀だろう!!
父親の形見の「出刃包丁」「柳葉包丁」を研いだ。
正月から、気持ちを込め思いを込め研いだ。
血抜きも完璧なブリを、3枚におろす。
脂がのり、捌く途中で刺身醤油(これも直方からの頂いた)で食べると、まぁ〜旨い!!
夜は、「あら炊き」と「刺身」で、たらふくいただく事にする。
 
いつも行く「速川神社」に下りて登る。
天気が良くて寒くないので、今までになく多い人でだ!
続いて、「児原稲荷」に参拝し、ここの「うどん」「おでん」をいただく。
折角だからと、これから始まる西郷どんにちなみ「天包山」に行く。
山頂から、「市房山・石堂山」を眺め、西南戦争の痕跡「坊主岩の弾痕」を見る。
それにしても良い天気だ。

長男中学卒業記念「天包山」


今年で、長男と次男が社会人になる。
いつもの事だが、子供を4人授かり、大変さ以上の感動・喜びを貰った。
文句も衝突も痛みも心配も、家族という愛情がすべてを包括してしまう。
年頭に、いつもそれを感じる事に意識を置く。
まだ少し危なっかしいが、次男の運転での1日。
 
夜は、「寒ブリ」・・・。
殊の外、あら炊きの味付けが上手に出来た。
素材が良いからに限るが、刺身も唸る味だ!
 
「ニュージーランド旅・新婚旅行編」写真報告会・・・。
1/3程度しか晴れの日がないそうだが、いい天気に恵まれ、写真好きの彼の綺麗な写真。
思えば、たくさんの豊かな「旅経験」のある二人・・・。
テント泊が似合う。
すべて整う、ホテルやレストランやのツアーでは、決して味わえないものを楽しんで来ていた。
 
3日、次男は家に居るというので、送りがてら小林に向かう。
次女夫婦を乗せ、えびの高原に上がり、狭野神社に参拝し見送る。
 
今年も、楽しむぞ!!と自分に言い聞かせている。     



1月2日(火)


山行座数合計・・・1026座(回)



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「保口岳」八代市

12月20日(水)

山行座数合計・・・1025座(回)

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今年最後の登山はどこにしようか?
久しぶりに五木村方面に出かけてみようか・・・と思い選んだのが「保口岳」。
何度か行こうと思いつつも後回しになって来た。
 
ジジィになると、朝が早い!!
11月に結婚した次女の所から送って来た「もつ鍋」を、山頂で食べて「忘年登山」的な雰囲気にしようと思っていた。
昨晩、ママが用意した野菜等々、準備をごそごそ・・・。
6時出発の予定だが、なかなか起きないママがようやく起きて、40分にようやく出発。
久しぶりに走る米良街道・・・村所を抜け、湯前からフルーティロードで川辺川沿いに、道の駅「五木」。
底抜けに青空だ!
雲一つない、碧い空だ!
こっち方向だなぁ〜と、車を走らせると「保口岳」の標識が出始めた。
従うと、行き止まりになる「登山口」にたどり着いた。
周囲の山々の山肌に「雪」が見え、むふむふとテンションが上がる。
 
 
歩き始めると、「?」民家?
「失礼しまぁ〜す!」
と、声を掛けるとご住人さんに出くわした。
挨拶と、御礼を言いながら敷地を通り裏の登山道へと入らせてもらう。
地図を確認すると、しばらく登りがきつい感じ・・・。
スズタケのトンネルを抜け、杉林を抜け、林道に出くわす。
 
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ススキが黄金色に輝いた斜面・・・。
風の谷のナウシカのシーンと重なると、ママのテンションMAX・・・
必ず呪文の如く唱える・・・
「その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。
失われし大地との絆を結び、ついに人々を清浄の地に導かん。」
 
普賢峰への急登は、雪で少し緊張する。
登り上がると、それはそれは澄んだ山々の眺望があった。
青空を纏い、五木・五家荘の山々は本当に山深い。
やっぱ、この山深さもいいねぇ〜。
来年は、どんな山行にしようか?そんな事を考えながら歩くのも楽しい。
普賢峰から保口岳の山頂まではなだらかで、石灰岩のうねうねに雪が積もり、なんとも新鮮な山頂に思えた。
コンロをセットして、山頂で「もつ鍋」・・・〆のチャンポン麺ももちろんある。
はふはふ熱い鍋、雪面を見ながら、風も無くあくまでも青空・・・言う事無しだぜ!!
下山は、山頂直下の林道に下り、周辺の景色を楽しみながらのんびり下山。
途中から、また登山道に合流し、民家の方にも、再度御礼を言い登山口。
天気が良くて、雪があって、景色が良くで・・・今年〆の1座は「保口岳」。

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6:40自宅発----村所----道の駅・五木8:52----登山口9:38----民家----林道10:46----普賢峰11:42----保口岳12:15----昼食「もつ鍋」----下山13:02----林道13:22----登山口14:30----湯楽里16:10----自宅18:45

今年のニューピークは、「92座」。
合計で、「732座」。
1000座まで、「268座」・・・。
あと268座・・・と見るか、まだ268座楽しめる!と見るか?



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12月13日(水)

山行座数合計・・・1024座(回)

離島登山もいいなぁ〜!
そう思い始めて決めたのが「姫島」・・・3座ある。
車道歩きも含め12㎞の距離だから、観光がてらの登山もいい!
前夜、ママは職場の忘年会だが、車通勤口実のノンアルコール参加。
帰宅後、風呂に入って出発する。
いつもの様に、高速無料区間が始まる「南延岡」までは下道。
佐伯からは有料になるが、急ぎ車中泊をしたいので、そのまま高速で大分空港を目指すが、なんと「大分空港道路」が閉鎖・・・。
なんと、ナビに従うと山越え?で、道の駅くにみに到着したのが1時30分。
すぐにシュラフに潜り、ぬくぬくと寝る。
 
 
予報では、今期最高の寒波?みたい。
まだ薄暗い朝、風の音と、早い雲の動きで周防灘が見えた。
朝食に、お湯を沸かした。
 
 
休み度に出かける。
「歩けなくなったらどうする?」
「病気になったらどうする?」
たくさんの「どうする?」が、背中を押す。
何かに押され、出かけている間も、どこか楽しめない自分がいる。
「次は何するんだ??」と、けしかける自分がいる。
ママに、「あんたはアホや!!」と言われる。
アホだが、51歳で他界した父の後が追えない・・・。
「いつ死んでもええわぁ〜、今が楽しめたら!!」
そうありたいが、先先の楽しみばかりを考えると、不安が先立つ。
本当にアホと思うが、気持ちがグラグラ動いている。
「欲深いんかなぁ〜・・・。」
「やる気が無くなりかけてるんかなぁ〜。」
判らない不安と圧力を、ほじくり出しては感じている。
「もう、仕事すんのは嫌だなぁ〜。」
「金無いのも嫌だなぁ〜。」
「もっと、休み欲しいなぁ〜。」
「休みに天気悪いの嫌だなぁ〜。」
「欲しいのに買うの我慢すんの嫌だなぁ〜。」
「健康を気遣って食事を考えてばかり・・・つらいなぁ。」
どう考えても、アホばかり考えているが、「金はあって休みがもう少し人並みに欲しいなぁ〜!!」という本音。
現実はどうだ?
いかにも上手に遊んでいるかの様に振る舞う自分がいる。
しかし、誰に振る舞っているのか?って、冷静に考えると・・・。
そう見えてるのかな?なんて格好つけている自分なだけだ・・・。
あ〜あ、つまんねぇ日々だなぁ〜。
と、休み前日までぐたぐた思っている。
「あんたはアホや!!」
その通り・・・。
 
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伊美港に駐車する。
5〜10時間駐車で920円。
姫島行きのフェリーは、約1時間おきに出ていて片道一人570円。
2番船?、7時30分発のフェリーからは、姫島で乗船した学生や勤めの人がたくさん降りてきた。
伊美港からは、20名程度やろか?少ない。
寒波の影響で、少し波があるが酔うほどではなく、20分で到着してしまう。
 
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姫島港でトイレを済ませ、テクテク稲積方面へと県道を歩く。
冷たい風だが、歩いているとそう感じない。
トンネルを抜け、金公民館付近の防火水槽横から「焼野岳」を目指す。
登山道があるのかどうかわからないので、すぐの尾根に取り付くと、すんげぇ藪歩きを強いられる。
こりぁ〜いったい今日はどうなる?雰囲気だが、森をじっと見渡すと、右下の止むの向こうに道がありそうな感じ・・・。
ひょっこり旧道に出ると、歩きやすい事子の上ないなぁ〜。
でも、どうしても気になるのが、弱い鞍部の地図の「墓」マーク。
またまたシダ藪に突入して這い上がると、墓石が寝かされている墓地。
移設後に墓標を倒すのだろうか?明治の頃の墓の様だ。
「正月初七日」の堀文字が、悲哀を感じた。
そこから、おねをたどると猛烈なシダの密生をガシガシ進んで、さっきの旧道に出ると、山頂はあっけなかった。
 
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続き、トンネルを戻り、左折して大海港へ。
綺麗なトイレが隣接した小屋になったバス停を拝借して、しばし小休止。
近くで、矢筈岳の登山口を聞くが、ヒジキの乾燥作業をされている人は、知らない。
そんなもんだろうなぁ〜・・・地元の人は、そう登山する事見もないやろうし・・・。
立派な登山口は、その方の家の裏にあったが、何の標識もない。
登山道は立派に除草され、すこぶる快適だが急登。
しかし、その分勝負は早く30分で山頂となる。
「一等三角点」に「天測点」まであり、大満足の1座。
山頂からは、銀色に輝く周防灘の向こうに国東半島の山々が望めた。
やはり、山の高きは貴からず・・・だわ。
矢筈岳は、その高さで姫島のそこに立つ意義を持っていた。

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姫島港側へ下山すると、空腹はMAX!
名産「車エビ」を目指し、予定していた「かのや」さんは定休日・・・。
少し先に行くと「姫乃家」さんの看板を見つけ、大帯八幡社境内を通り抜けた。
私は「車エビフライ定食」、ママは「車エビとタコの天丼」・・・美味し!

食後は、姫島小学校前を通り抜け、3座目の「達磨山」を目指す。
道路の途中に穴が開いた様な道に入り込むと、なんとも里山の風情は絶好調。
所々でお地蔵さんに出迎えられながら、石段の参道にたどり着いた。
海〜吹きあげる風は冷たいが、青空は限りなく青空!
神社の裏を抜け、三角点を目指し探し当てるとすぐ下山。
 
島内巡回バスが発車する時間を目指し、離島センターに向かう。
本当は、稲積の灯台まで行きたかったが、予定してるフェリー時刻に間に合わないからだ!
バスは、一旦港を通り、矢筈岳下のひめしまブルーラインを通り、今日歩いたトンネルを抜け金公民館、そして拍子水温泉〜稲積で折り返した。
ジオパークに指定されている姫島は、正に「火山が生み出した神秘の島」。
まだまだ見足りない。
しかし、無料の巡回バスは有難いなぁ〜。
 
 
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伊美港に戻ると、文殊仙寺へ向かう。
六郷満山開山1300年祭を記念して、「本尊文殊菩薩」の御開帳を12月25日まで行っているからだ。
合わせて、おみくじの元祖と言われている鬼大師(元三大師)にも会えた。
終了時間が4時30分だったが、駐車場到着が4時25分。
石段の登りの入口に、「本堂まで10〜15分」と書いた看板が設置されていた。
「よっし!行くか!」と、気合い一発で登り上がると、受付の人に「まだ大丈夫です。」と言っていただけた。
 
 
「見たい!」
「行きたい!」
「折角だから!」
「どうなっているんだろう?」
「行けるだろうか?」
気持ちがくすぐられ、体が動けば・・・。
行動に出たらいい!!
それが、自然なんだろうなぁ〜。

自宅12日21:10----ちょるちょる市場・道の駅くにみ1:30泊----伊美港7:30初フェリー----姫島港7:50着----金公民館8:46----焼野岳9:40----下山10:07----大海港10:40----登山口10:51----矢筈岳11:29----下山12:08----姫島港12:29----昼食「姫乃家」----達磨山13:49----離島センター14:15----巡回バス14:40----稲積----姫島港15:20発フェリー----文殊仙寺16:25----延岡・夕食19:50----自宅21:10


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12月6日(水)

山行座数合計・・・1021座(回)


子供達が家を出て、ママと二人の我が家だ。
思い出せば、数限りない子供達との思い出がある。
娘二人は嫁ぎ、息子二人は就職。
自立するって事は、嬉しい事なんだろうが・・・寂しさがある。
そうとは判りながらも、ダダをこねたい親父心理もある。
 
もうすぐ還暦・・・。
私が子供の頃の「還暦」は、すでに爺で、そろそろってな爺に感じていた。
今の還暦は、まだまだ若いじゃないか!って風潮。
じゃがしかし、私の父は、51歳で他界し、還暦すら迎えられていない。
お袋は、還暦過ぎて5年目で他界している。
やはり、還暦は若い感じは私には無い。
あの頃、私は、息子として、両親にもっともっと何かしてあげたかった。
後悔ばかりが立ち、子供としての恩返しも何も出来ていない自責がある。
が、もうすぐ還暦となった今、出来るだけ健康で、子供達に手を掛けないようにしなくては・・・と感じている。
父さんも母さんも、まだまだ活発に登山できるし、健康なんだぞ!!
まだまだ、沢山の事に挑戦して行くんだぞ!!
とばかりに、報告をする。
LINEで、家族グループの所に投稿する。
元気をアピールして、自分の事に専念できる子供達の状態を作ってあげたいとしてしまう。
生きててなんぼ!と言うが、正にそうだ。
「生きているだけで丸儲け!」なんだと思う。
休みの度に、近場に出かけられる状況を楽しみ、そして目標に挑戦している。
こんな前向きな事を書きながら、本当は、口で愚痴ばかり言う。
いつも、ママが、それを怒ってくれて、なにかしら吹っ切れている自分もいる。

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歩きやすい山を歩くと、山頂から素晴らしい景色を見る事が出来た。
臼杵湾から先に、四国の山々が見えた。
白石山〜トギシ山への尾根歩きは、それはそれは穏やかな曲線だった。
昼食を少し我慢して、白石山の山頂に戻り、その景色に包まれ食べた。


何かを忘れ、その今に溶け込もうとする自分がいる。
何かから逃れ隠れる様にする自分がいる。
穏やかに癒される時間では無い気がする。
また、迫りくるものに押し潰されそうな圧迫感を感じている。
しかし、景色からは何の圧迫感もなく、聡明だ。
私は、何の為に山に登っているのだろう?
好きとか、そう言うものでない感覚だと思う。
やはり、自分を確かめている自分に対し、手応えのある感じが無いと不安だからなんだろう・・・。

自宅6:00----日向・朝食----延岡----臼杵IC----一本松峠登山口10:11----白石山11:06----トギシ山12:02----白石山/昼食12:44----下山13:19----登山口13:49----三重町----北川はゆま道の駅


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11月29日(水)


山行座数合計・・・1019座(回)

雨や風邪で、しばらくぶりの「山」?・・・「山頂」だ!!
結婚記念日「紅葉登山」見送りで、今回こそと「中山仙境/国東半島」を計画していたが、またしても雨。
釣道具と山道具を積込み、とりあえず「曇りマーク」の鹿児島薩摩半島を目指す。
 
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魚見岳へ車で上がり、指宿港で釣りの計画だ!
えびの経由で鹿児島市内を抜け、チンタラ道の駅「喜入」に到着。
昼飯に弁当でも・・・と思うが、そんなものは売っていないぞ!スタイルの珍しい道の駅。
道路案内標識に「大野岳展望公園」なるものを見つけ、指宿スカイラインへと登る。
丁度、無料区間が始まる「頴娃IC」辺りから南下すると、ピークの連続となる。
 
「千貫平展望公園」の中に、尾巡山の2等三角点を見つけ1座目。
続いて、「アグリランドえい」内の展望台が「牧神山」ピークで2座目。
そこからすぐ、風力発電機の建つ「吉見山」は、藪の中を這いずりまわって3座目。
ドライブがてらの「大野岳」では、紅葉の大野嶽神社に参拝し展望公園で3等三角点の4座目。
なんとも、曇り&小雨だが、開聞岳や池田湖のパノラマが楽しめた。
 
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続いて、指宿市内へと向かい昼飯にと、ラーメン屋さんを探す。
麺屋二郎・・・定休日。
二件目、指宿ラーメン「二代目」・・・で、理想的なトンコツスープに魅了される。
ママは、一押し?指宿名産かつおぶしの乗る「勝武士ラーメン」。
折角だからと、「魚見岳」へと車で行き5座目。
ほとんど歩いていないなぁ〜・・・。

山頂から見える「知林ヶ島」は、3〜10月に陸続きになる案内を見て「田良浜」へ。
砂浜を歩き、ようやく本日8000歩となる。
日暮れまで釣りかなぁ〜と、指宿港を見て回っていると雨になり、帰宅の途へ・・・。
鹿児島市内の渋滞は、ママが運転してくれたので助手席で居眠り・・・。
都城で夕食を済ませ、帰宅する頃には、15時間行動終了となった。
まぁ充実した1日だが、釣りが出来なかった未練は残った。
5座のピークゲット後、50アップの歳無チヌ・・・なんて出来過ぎた状況・・・無いよなぁ〜。
 
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自宅5:45----小林/朝食----姶良----鹿児島市内----喜入----尾巡山11:25----牧神山11:39----吉見山12:10----大野嶽神社12:50----大野岳13:05----指宿ラーメン13:55----魚見岳14:38----田良浜15:15----指宿港15:45----鹿児島市内----都城/夕食20:00----自宅22:05



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次女の結婚式。
どう言ったらいいのだろう。
どう感じたらいいのだろう。
たくさんの感情表現の、どれをもが当てはまらない。
彼女が誕生し、そして今日が来た。
 
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それが、走馬灯の様に駆け巡っていた。
ちよっと風変わりで、器用で、努力家だった。
絵を上手に書く彼女を、どれほど誉めただろうか?
それに答え、よく賞を貰った。
中学・高校と、美術部に在籍し、九州大会・全国大会へと行った。
もちろん、勉強も頑張っていた。
進学した「九州大学・芸術工学部」。
大学で在籍したワンゲル部の同期、「工学部」の相棒と結婚した。
大学時、沢山の「バックパック旅」をした。
国内列島あちこちや島旅、海外はスペインに始まり東ヨーロッパ8か国。
ついでに、ママと長男を従え、ベネルクス3国。
彼女の周囲には、いつも魅力的な時間があった。
沢山の思い出と、これからの夢を従え、感動的な結婚式・披露宴に包まれた。
 

11月2日、仕事を終え、えびのICから高速に乗る。
なんとか、日付が変わる前に、次女宅に到着する。
日付が変わると、深夜二人は「婚姻届」を持ち、ロードバイクで市役所の警備員さんへ提出。
なんでも、11日3日は、今年の中でも抜群に良い暦日だそうな・・・。

11月3日、朝。
天神で、10人乗りレンタカーを借り、福岡空港へ。
大阪から、おばあちゃん、弟家族、次男ペアが朝一番の便で到着する。
久しぶりの再会挨拶は、車内。
 
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空港から、「宮地嶽神社」「海の中道〜志賀島」「糸島・櫻井神社〜二見ヶ浦」、次女新居で長女夫婦と合流し「焼肉:三馬力半」。
天神のホテルにチェックイン後、遅く到着する長男と合流。
子供達は次男の部屋に集合、私の部屋でママと弟と少し晩酌。
まぁ、しばらくぶりの再会でも、時間はすぐに埋まるものだ。
10人乗りレンタカーで、集団移動は殊の外良かった!!
弟の子供達も、なついてくれている。 
 

11月4日、結婚式当日。
バスをチャーターしていた。
朝に到着する親族、ワンゲル同期の友達を、空港で拾ったバスが天神に来た。
大学前で、更に3人を拾い、「櫻井神社」。
新郎の、ご両親と挨拶を交したりしていると、白無垢綿帽子の次女が到着した。
 
大学の位置する「糸島」の、「櫻井神社」で挙式、二見ヶ浦のレストランで披露宴を選んだ。

前日の糸島は、暑いぐらいの陽気で、海は凪でいた。
今日は、曇ったり晴れたり、冷たい風が吹き波立っていた。
二人の門出に、それは関係ない。
神社でも、披露宴会場でも、二人の穏やかな空気が漂い、そして私達は包まれた。
心のこもったもので、感動的で、心温まるものだった。
それは、準備された雰囲気がそうさせたのでなく、その日の二人が作り上げた空気だ!
気持ちのこもった言葉は、その日の声となり、触れる私達に静かに染み入った。
次女は、感謝の手紙を徹夜で書いたそうだが、それを読まず、その場に立ちその場で言いたくなった言葉を私達にくれた。
存分に伝わった。
ママが、思わずこみ上げ、しわくちゃになった表情の横で、同じ顔をした新婦がいた。
 
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何を目指し過ごしてきたのか?
何を感じ育ってきたのか?
おそらく、表現できる言葉という物はこの世には無く、空気で伝わって来る感覚だ。
式は、挙式も披露宴も「形」「型」なんだろうが、何が違うのだろう?
それは、その日までどう暮らし、どう育ち、どう育て、どう関わり、どう思いやったか?
それが、感覚を研ぎ澄ませて、伝わるからこみ上げるものが発生するのだろう・・・。
長男が、大泣きしていた。
たくさんの思い出が、巡りこみ上げてきたそうだ。
いい姉弟だ。
いい4人姉妹兄弟だ。
そして、いい家族だ。
 
 
 
 
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披露宴後、バスに乗り込むと、レストラン前の車道を「バナナマン・日村さん」
撮影クルー達と歩いてきた!!声掛けると、愛想良く「じゃぁ〜、皆で写真撮ろうか!!」と・・・。
人気なのがよく判る・・・今時良く言う「神対応」


11月5日
2次会から朝帰りの二人が、私達の宿泊しているホテルに来た。
シャワーを浴びて、私のベットに倒れ寝た。
ホテル前で二人と別れ、大阪組と茨城の長男を空港に送る。
そこから、私達は「久留米ラーメン」を食べ、八女市で「城山」をピークハントした。
日向神ダム湖で「ハート岩」を眺め、中津江村「鯛生金山」を見学。
夕暮前の、「九重連山」「阿蘇五岳」を眺めた。
ずっと、昨日の余韻に包まれたまま・・・。

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「城山」八女市

11月5日(日)

山行座数合計・・・1014座(回)



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10月8日(日)


山行座数合計・・・1013座(回)

9月10日、「時山」に登った時、尾根繋がりの「熊群山」が気になっていた。

まぁ、その時に登ってしまおうという気力もなかったので、帰宅後調べてみると、面白そう!
私の持っている23年前の分県登山ガイド「大分県の山」には記載がないが、大分の山のガイド本にも出いてる
らしく、多くの登山記録があった。
熊群神社からのコースに、素晴らしい参道石段・鎖場があり、ますます行きたくなった。
 
 
で、出かけた。
 
 
県道621号線沿いの、神社駐車場に止め歩き始める。
道路脇には、たくさんのツリフネソウが咲いている。
段々畑を抜け、林道に入る頃、もう下山されてきたグループとすれ違う。
道なりに登ると、右に古い鳥居に出くわし入り込むと、道が無い。
??左かなと、林道を進むと尾根が裏になって来た。
戻り、古い鳥居すぐ下の綺麗な道を行くと、素直に「熊群神社」となる。
道・・・関係なく藪歩きの性・・・だろう、良くこんな行動に出くわす。
しばらく、神社横の建物の縁側に座り、森の声を聞く。
森は、自宅より賑やかだ!
だが、自然の中のたくさんの音・・森のざわめき・鳥の鳴き声は、静寂を感じる。

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よくこれだけ積み上げたものだ!と、感心しながら味わって石段を上がる。
息が切れるころ、奥宮?にたどり着く。
 
ここからどこへ行くのだ??と、少しウロウロ社の裏を抜け向こうに行くと、道があった。
楽しみにしていた「鎖場」だ。
びちょびちょに濡れた岩肌を見上げ、ママは「私も行くんかい?」と顔に書いてある。
丈夫な鎖があるから、心配ないが、気持ちが萎えるとすくむので、スリングを腰に巻き付けロープをつける。
15メートル?上の棚まで、私が先に登る。
左手に鎖、右手で木の根や岩を掴めば、安定して登れる。
濡れは岩は、スタンス豊富だ!
だから、一般登山道なのだろうが、ママは違う!
棚で一旦ママに登ってもらうが、アヘアへ登って来た。
「もう嫌だ!」と言わない所が、嬉しい。
ついでなので、もう20メートルロープ確保してあげる。
後は、滑りそうな所はフィックスロープが設置してあり、山頂台地の端に到着する。
 
登り上がった所で、小さな祠があり視界が広がった。
少し紅葉した山肌が見える。
トリカブトも、もうすぐ開花だろう・・・白い蕾。
ぺったんとした穏やかな山頂台地と、そこへ至る急な斜面は、登山としての内容は濃い!
楽しい山だった。
 
 
帰路途中、竹田の「三宅山」へ車で立ち寄る。
林道を覆う草や枝木、ワシャワシャ掻き分けて走ると、電波塔の建つ山頂。
 
腹も減って来て、急ぎ三重町で夕食。
食事した店の駐車場に、神楽の太鼓と笛が聞こえてきた。
食事後、神楽舞を見て、神社にお参りして帰路につく。
 
自宅6:15----日向・朝食----北川はゆま道の駅----道の駅・清川----長湯温泉----熊群神社駐車場10:22----熊群神社11:19----鎖場11:46----熊群山12:52----昼食----下山13:14----登山口15:04----移動----三宅山16:39----三重町・夕食----延岡----自宅20:55

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10月1日(日)
山行座数合計・・・1011座(回)


天気が良いようで、休みが2週続けて雨になった。
昔から、「雨なら釣り」と呪文の如くの家訓がある??
だったが、「紀州釣り」専念宣言をしてから、「団子」に雨は大敵である。
雨を避けながらの団子管理で、「宮崎港」に続き「延岡新港」に出向く。
大雨で、下着までずぶ濡れの中、延岡でようやくキビレチヌ2匹を釣った。
嬉しいが、喜ぶには足りないサイズだった。
 
今回で、718座のニューピークを踏めた。
1000座まで、282座。
まだまだあるなぁ〜と思うと、まだまだ楽しめる。
後282座かぁ〜と思うと、これからの1座1座が愛おしい。
宮崎全山341座を完了してからの足跡だが、在職期間での1000座と考えている。
連休取得が出来ない縛りが、日帰りばかりの「鹿児島・熊本・大分」フィールドだ。
毎度、往復400キロの走行距離での山旅になる。
「難」多いほど楽しみは膨らむ。
だから、遊びにストレスが多い。
それが楽しいのかもね!!
1000座を目標にしてはいるが、歩ける間は登山は続けたい。
定年後・・・と馳せれば、沢山の組み合わせの楽しみが待っている。
やはり、これからは「健康と時間」が財産で、金じゃないねぇ〜。
価値観が違えば仕方ないが、財産・社会的地位・・・より自分のささやかな楽しみを自分の体でやっていきたいねぇ〜。
大きな炎を轟轟燃やす人生より、小さい炎をちょろちょろ燃やし続けたい!

ようやく晴れマークの休み、鹿児島へ向かう。
まずは「千貫岳」の登山口だろう場所に着くと、クライマー数名を確認して尋ねてみた。
「千貫岩」というクライミングゲレンデがあるのは知っていたが、登山としての登山口なのかなぁ?との確認だ。
親切に教えて頂いたクライマーさんに感謝し、岩の取り付きの基部を左奥に進み、フィックスをたどると数分で急登が終わった。
後は、踏み跡も消失している弱い尾根を、古いテープをたどり山頂らしき「国土調査杭No.56-619」に到着。
登り、ゆっくりでも約40分。
下山の途中、千貫岩を通ると、クライマーが増えていた。
もう、あまり血が騒がない自分を確認できた。

イメージ 1
 
続き、簡単だろうと「丸山」へ、20年前の登山ガイド本をあてにしてみた。
厳島神社横の登山口は閉鎖されていた。
反対からなら・・・と、○○の森入口も、ゲート閉鎖していたが、そこに駐車し歩いてみる。
山の斜面に、やたら「落石止め」が設置してある。
やはり、公園の機能を停止してあるんだろう。
仕方ないので、古い遊歩道だろう道跡は無視して斜面を直登する。
やたら大岩が多く、ペンキで番号がつけられている。
落ちそうな危険な領域なのだろう・・・、悪場は沢山経験したが、早く抜けるに限る。
焦り過ぎて、水分・食料切れになって足が止まる大失態。
座り込んで、落石の巣の中心で弁当を食べて水分摂取・・・やらかしたなぁ〜。
それから、5分で山頂標識を藪から見つける。
下山してくると、草刈りをさけていたおじさんから、「北薩地震」で、あの大岩が危険との判断で、山頂への遊歩道を使用禁止にしたそうな・・・。
よくたどり着けたもんだ!と、言われた。
ヘビが多く、3匹目マムシも出る。
それが、藪山だろう・・・自然一杯だ!
 
 
イメージ 2


日笠山、車で三角点。
 
上床(寺山)、山頂台地が公園化され、眺めが良く、草原の中にポツンと三角点。
これでおしまい!と、公園のレストハウスでソフトクリームを食べる。
大して距離は歩かなかったが、しめて4座となる。
 
 
自宅発6:05----小林・朝食----栗野・給油----千貫岳登山口9:50----千貫岩9:59----千貫岳10:33----下山11:10----移動----厳島神社11:40----丸山公園先のけやきの森ゲート駐車11:50----車道歩き----斜面取付き11:57----藪歩き・昼食----丸山12:46----下山12:21----移動----日笠山14:20----移動----上床(寺山)15:09----えびの・夕食----自宅20:05


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9月10日(日)


山行座数合計・・・1007座(回)

日陰が少なくて、夏は辛いだろうなぁ〜と、尋ねた「花牟礼山」。
9合目付近まで、木陰を歩けて、涼しい風があった。
 
少し早く起きて!と、5時に目覚ましをセットするも、3時半に目が覚める。
いかん、いかん、睡眠!と、トイレに行って寝ようとするが、うとうとの「う」ぐらいで、目覚ましが鳴る。
ママに、早く早くと急いでもらい、ようやく6時前に出発出来た。
 
休みの日、休日というのか?
何を休める日なのだろう?
判っているが、休める日に体を疲れさせる・・・そして、気持ちが休まる。
その「気持ち休まる休日」に、憑りつかれた様に山へ行くのか??
理由が必要だった。
つい最近までは・・・。
理由を考え、自分を追い込み、擦り減らす。
自分が、自己の内部に、その瞳を置き、何を見ようと探るのか?
答えなどない事に、最近、うすうす感じ、自己の外から眺める自分が少しいる。
いいねぇ〜!
朝早く起きてしまうのは、歳のせいだろうなぁ〜。
こうして、忙しく歳をとってしまうのも、私なんだ!


「花牟礼山」・・・背丈に近い草が登山道を覆っていた。
わしわし歩くと、黒嶽が正面に見える。
沢山の花に出会うが、最後まで「ゲンノショウコ」の名が思い出せなかった。
山頂標識の少し手前に4等三角点が設置してあった。
登りやすく、気持ち良く山頂へと迎える山だ!
こんな山もいい。
一人、登山者に出会う。
「この後は、どこの山に登られますか?」
と、ママが聞いていた。
「???」
と顔をされていたが、通常は「花牟礼山」を登りに来ただけだろう・・・。

イメージ 1

下山後、昼食を食べて「時山」へ向かう。
地図にあった林道は、すでに廃道・・・。
廃道歩きが始まるが、崩壊があちこちあり、棘藪が広がり、返って歩きづらい。
道が消失?と、斜面に取り付く・・・、しばらくして廃道。
地形を歩く方が、ずいぶんましに思える。
地図にある道をたどろうとすると、厄介な事になる事が多い。
しかし、満足の3等三角点が迎えてくれた。
大分にしては珍しい「山頂標識」の無い山頂。
それゆえ、満足感は大きい。
いいねぇ〜。

帰路、たらふく出た汗を流そう・・・と、長湯温泉「ラムネ温泉館」へ。
シャワー施設故障に付、浸かるだけ!の限定条件での湯・・・。
おっさん、兄さんが、洗う事無く悶々とつかるだけの間抜けな状況・・・。
まぁ〜・・・それでもいいがね!!

自宅発5:50----日向・朝食----道の駅宇目・休憩----道の駅「朝地」----阿蘇野・登山口9:20----登山開始9:40----花牟礼山11:15----下山12:30----移動・昼食----高津野----内山大池手前・廃道入口13:15----時山14:30----下山15:15----ラムネ温泉----日向・夕食----自宅着20:15


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9月6日(水)


山行座数合計・・・1005座(回)


8月下旬から、一気に秋の気配。
気になるのは、「須木栗」・・・。
いつも買うお店は、まだ回転の時間ではなく通過・・・とりあえず道の駅えびので、1ネット確保する。
 
平日の「道の駅えびの」は、開店しても弁当は並んでいない。
品揃えは土日だけか!!と、ガッカリ・・・だが、綺麗なトイレは有難いねぇ。
吉松のAコープで食料調達し、県民の森方面へ向かい「野坂林道」側の登山口から歩く。
 
と、言っても山頂まで20分程度。
汗が噴き出る頃に到着するが、「一等三角点」有する山だ!!
少し霞んで、桜島・錦江湾が見えていた。
日差しが強くなり、無風となると真夏。
1座ケット!の感覚なら、それもアリだが、登山なのか?と疑問を持つと気が引ける。
 
そんな考えは捨てて、2座目「貝吹岡」へ向かう。
山頂付近に鉄塔を確認したので、楽勝だわ!!と気分も安易・・・じゃが登山?となると最大気は引ける。

イメージ 1

そう言えば、「なんともならない事も、諦めず挑戦し続ければ・・・。」という話はよく聞く。
じゃが「なんともならないから、なんともならない事」であって、いくら「諦めず挑戦」し続けても、
「なんともならない事」であるはずなのに、いつかは「なんとかなる事」へと話を結びつける。
怖い事だ!
「可能性は、ゼロでは無い!」というのなら、「諦めずに挑戦」が成立する。
たとえ「ダムの壁に指で穴を開ける!」行為は、「可能性はゼロでは無い。」
しかし、「なんともならない事」は、「なんともならないから、なんともならない事」でなくては・・・
「なんともならない」という言葉状況の威厳が無くなるよなぁ〜。(どう思う?)
「諦めずに挑戦し続けた結果、なんとかなった事は、決してなんともならない事ではない!」
そういう事だよなぁ〜。
やはり、「なんともならない」なら、そそくさ諦めるべきなんだよなぁ〜。
かくして、私の挑戦は「何とかなる事」のみ追い続ける挑戦でなくてはならない。
「夢」と設定した「シーバスのメーター超え」も、なんとかなった。
そして挑戦し続ける「1000座への道」も、すでに700座を超えた。
死ぬまで「なんとかなりそうな事へ挑戦し達成感を味わう。」でいいよなぁ〜。

 
 
昼食を済ませ、やっぱもう少しは歩きたいよね!と、「国見岳」へ。
痛いやら暑いやら、鬱蒼とした「正調棘藪」の洗礼を受け「2等三角点」を探し当てた。
しかし、それも40分の登りだ!
 
帰路、念願の「須木栗」をゲットし、夜は茹でて全部剥いた。
今年も、甘いねぇ〜。

6:48自宅発----小林・朝食----道の駅えびの----登山口10:39----烏帽子岳11:02----下山11:26----移動----貝吹岡12:02----移動・昼食----駐車位置13:21----国見岳14:02----下山14:33----栗野----小林----自宅17:50



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